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雷子  作者: 三幸
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呉編 夷陵の戦い

呉編 夷陵の戦い




 どうにか劉備軍の進軍を止めることに成功した呉軍は夷陵の陸遜の元に向かった。


徐盛「陸遜! そっちはどうだ!」


陸遜「あっ徐盛さん! こちらはほぼ終わりました」


徐盛「そうか……」


陸遜「時間を稼いで頂きありがとうございます」


徐盛「ああ」


陸遜「徐盛さん。何かありましたか?」


徐盛「韓当殿がな……」


陸遜「そうですか……韓当殿が……」


徐盛「俺達を逃がす為に」


陸遜「私の責任です……」


徐盛「それは違う陸遜! お前は何も悪くない! 悪いのは! 悪いのは……」


陸遜「この戦いに悪なんてあるのでしょうか……全て皆が自分達に都合の良い正義で戦っています」


徐盛「そうかもしれない……」


甘寧「陸遜! じいさまの弔い合戦だ! 準備は出来てるんだろうな!」


 甘寧が現れる。


陸遜「はい、大丈夫です」


甘寧「そうか! だったら作戦を教えてくれ」


陸遜「はい。皆さんのおかげで劉備軍は死地に布陣し、こちらは劉備軍を殲滅する用意が整いました」


徐盛「どうするんだ?」


陸遜「火計にて劉備軍を撃退します」


甘寧「火計かよ! 俺達はここぞと言う時はいつも火計だな!」


陸遜「本当ですね。何かと火には縁がありますね」


陸遜「私は川を伝い劉備軍陣営に火を起こします」


徐盛「一人で大丈夫か?」


陸遜「はい。今は乾季です。一度広がった火は消せず、その燃え広がる勢いは劉備軍を絶望の淵へと叩き落とすでしょう」


甘寧「そうか。だったら俺達は逃げる劉備軍を狩ればいいんだな!」


徐盛「俺は周泰と朱桓に作戦内容を伝えてくる」


陸遜「はい。お願いします」


甘寧「陸遜。この戦いに勝てば劉備軍はもう簡単には攻めて来れんだろうな」


陸遜「ええ。絶対とは言い切れませんが曹操軍の存在が在る限り呉軍侵攻を許さないでしょう」


甘寧「そっか……だったら張り切って行ってくるぜ!」


陸遜「甘寧さん。くれぐれも無理の無い様に戦って下さいね」


甘寧「んぁ? 何だ陸遜。心配してくれるのか?」


陸遜「はい。心配しています。私達は命の奪い合いをしているのですから……」


甘寧「分かった……必ず生きて帰る。心配するな陸遜」


陸遜「はい。必ず……お会いしましょう」







 日が落ちた闇夜。陸遜は劉備軍の陣営から離れた小さな川の支流に工兵隊を率いた。


呉軍工兵「陸遜様。岸に船を着けますか?」


陸遜「ええ。ここからなら劉備軍の索敵範囲外でしょう。松明は厳禁です。必ず灯籠にて足元を照らす様にし、決して明かりを高く上げないで下さい」


呉軍工兵「分かりました」


陸遜「地図の場所から言うと……今はこの辺ですか?」


呉軍工兵「はい。ここになります……ここから南下すれば劉備軍の陣営です」


 陸遜と工兵は灯籠で照らされた地図で自分達の所在位置を確認した。


陸遜「見れば見るほどなんて恐ろしい地形に布陣しているのでしょう……乾いた空気に風を遮るものもなく広い草原地帯も寒気で枯れ果てている……何より水場が圧倒的に少ない……慢心とは恐ろしいものですね……」


呉軍工兵「どの様にして火を付けますか?」


陸遜「必ず川から陸地に向けて火が回る様にして下さい。着火地点はここです。そうすると劉備軍の逃走経路はここになります。既に伏兵を配置済みですので逃走経路を塞ぎつつ後方から火が追いかけてくるようにしますので私の部隊が火の手を上げたら直ぐには火を付けずに……この場所から順に火を付けて下さい」


 陸遜は工兵に地図で指さしをしながら作戦の概要を説明する。


呉軍工兵「分かりました。それでは私達もこれより散会します」


陸遜「お願いします。くれぐれも火に巻き込まれないようにしてください」


呉軍工兵「はい」



 この日、月は出ていない。見えるのは灯籠の光と灯籠で照らされた足元だけであった。陸遜達が夷陵に到着してからどれ程の時間が経過したであろうか風が強く吹き始めた風向きが東から西に変わった。


陸遜「機は整いました! これより反撃に移ります!」


 陸遜は工兵達に向かって叫ぶ。


陸遜「劉備軍陣営に向けて火矢を!」


呉軍工兵「はっ!」


 数十の火矢が暗闇に向けて放たれた。


 放たれた火矢は枯草に点火され風に吹かれて火が燃え広がる木々に燃え移り煙を赤く染めた。それと同時に一斉に各所から別動隊の火矢が放たれる。


 夷陵の地はあっと言う間に火炎地獄と化した。


 そして劉備軍の陣営からの叫び声が聞こえてくる。かなりの距離があるにも関わらず陸遜の元まで届くその叫び声はどれ程の者達が恐怖し混乱しているかが分かる。


 呉軍は陸遜の火計に巻き込まれない位置に展開し逃げ惑う劉備軍に襲い掛かった。劉備軍の兵達はほとんどの者が武器も持たずに逃げており呉軍の餌食となった。


 火の恐ろしさは燃えるだけではない。枯草が燃え尽きた場所も人の皮膚を溶かすに十分な熱を持つ。火傷は体の水分を奪い劉備軍の兵達は痛みと脱水症状に似た状態で走るのが遅く呉軍に追いつかれ後ろから刺されただただ悲痛な表情のまま命を落としていった。甘寧、徐盛、周泰、朱桓は劉備の後を追いかけていた。



やがて夜は明け太陽が昇った。おびただしい劉備軍の死体が転がる中、呉軍の追撃はまだ終わっていなかった。



黄忠「呉軍! もうこんなところまで!」


 しんがりをしていた黄忠は呉軍の追撃の早さに驚く。


黄忠「そこの者! 劉備様を白帝城まで必ず送り届けるのだ!」


劉備軍兵士「分かりました! 黄忠様はどうなさるのです?」


黄忠「私は追撃してくる呉軍を食い止める。劉備様には伝えないで欲しい」


劉備軍兵士「しかし! いえ……分かりました……。黄忠様……御武運を」


黄忠「ありがとう。そなたもな……」


 黄忠は一人呉軍に向かって行く。


黄忠「では迫り来る呉軍を防ぐとしようか! 黄忠の矢はそう簡単には避けれんぞ!」


 黄忠は弓を構える。


黄忠「はっ!」


 黄忠の矢が呉軍に向けて放たれた。


呉軍兵士「ぐわ!」


甘寧「おおっと! 危ねえ! どこから飛んで来た!」


呉軍兵士「甘寧様! あそこに、劉備軍の武将らしき者が!」


甘寧「お……なんだありゃ……あんな距離から矢を放って届くのかよ」


呉軍兵士「うわっ!」


 また一人黄忠の矢によって討たれた。


甘寧「ちっ! 被害が大きくなる前に倒さねーと!」


 甘寧は黄忠に目がけて走る。


黄忠「向かってくるか。呉軍にも気骨のある者がいるみたいね。しかし、私の弓は甘くはない!」


 黄忠は甘寧に向けて放たれる。


甘寧「くっ! 蒋欽の矢より早えーじゃねーかよ!」


 黄忠の矢が甘寧の頬を掠めた。


黄忠「良くかわしたわね! ではこれではどう!?」


 黄忠は3本の矢を同時に放つ。


甘寧「ぐあ! 痛え……だがな……ここで倒れる訳にはいかねぇんだよ!」


 甘寧の身体に二本の矢が突き刺さる。一本は脇腹に……そしてもう一本は左胸に。だが甘寧は走り続ける。息は出来ない。呼吸しようとするたびに血が口から吹き出した。


黄忠「馬鹿な! 何故倒れないの!」


 甘寧の鬼気迫る突進に黄忠は恐怖を感じた。


甘寧「ぬぁああああ!」


 甘寧は斬馬刀を横に振りかざした。黄忠の上半身が分断され宙を舞い地面に転がる。


黄忠「そっそんな……私はこんなところで死ぬ訳には……いかないのに……」


 仰向けに転がる黄忠の上半身。


甘寧「くそ……メチャクチャ痛てぇじゃねーか……」


黄忠「私は死ぬのね……」


甘寧「ぐふっ……ああ……あんた黄忠だろ……」


 甘寧に刺さる矢は肺に達していた。


黄忠「私の為に……誰か泣いてくれるのかしら……張飛……あなたの仇を……とれ……姜……姜……維……」


 黄忠は息を引き取った。


甘寧「聞いてねーのかよ……最後に姜維と言う者の名前が…ぐは!」


 甘寧は大量の血を吐く。


甘寧「最後の最後でやっちまったな……少し休んで戻るとするか……」


 甘寧はその場に倒れる。


甘寧「ははは……何だよ……皆そこにいたんかよ……凌凌統、呂蒙、蒋欽……」


 意識が薄れゆくなか甘寧の目には凌凌統、呂蒙、蒋欽の幻覚が見えていた。


甘寧「悪い……ちょっと手を貸してくれ……」


 幻覚の凌凌統が手を差出し甘寧はその手を取ろうと手を伸ばす。


甘寧「分かってるって……一緒に……戦……う」


 甘寧は穏やかな顔で息を引き取った。






陸遜「劉備軍……共に歩む道があった筈なのに……」


 夷陵の焼野原を見渡しながら陸遜は呟いた。


呉軍兵士「陸遜様! 甘寧様が!」


陸遜「甘寧さんが? 甘寧さんの身に何かあったのですか!」


呉軍兵士「敵将・黄忠と刺し違え……亡くなられました……」


陸遜「そんな……約束したのに……どうして……自分でも分かっているのに……止められない……今なら張飛の気持ちが理解できます」


陸遜「他の将兵はどうしていますか?」


呉軍兵士「周泰様、徐盛様、朱桓様が現在、白帝城に逃げ込んだ劉備軍を攻撃しております」


陸遜「分かりました。では、そのまま劉備軍を殲滅します!」


呉軍兵士「陸遜様! 孫権様より急報でございます! 曹操軍が大河対岸に布陣しております!」


 陸遜の元に曹操が建業を狙う動きが伝えられた。


陸遜「くっ! 曹操軍……私に甘寧さんの仇も取らせてくれないなんて……」


 陸遜は歯を噛みしめた。


陸遜「白帝城に伝令! 急ぎ撤退するように!」


呉軍兵士「はっ! 分かりました!」


 呉の追撃は終わり陸遜は曹操軍への対応として大河に防衛戦を築いた。結局、陸遜の対応の早さによって曹操軍は河を渡ることが出来ずに睨みあいが続くことになる。

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