呉編 友達
呉編 友達
関羽討伐戦を終え呉軍は建業に戻ろうとしていた。被害を考えると勝利と言えるものではなかったが少なくとも自国に帰れることで兵達も喜んでいた。
早朝、呉軍は帰還の準備が始まっていた。
陸遜「ふー。陣払いも大体終わりましたね」
甘寧「そうだな……もうここには用はない」
陸遜「甘寧さんは先に孫権様の元に戻って頂けますか」
甘寧「孫権様の護衛か。分かった」
甘寧は短絡的に答え陸遜に背を向けた。
陸遜「あの……甘寧さん!」
陸遜は甘寧を呼び止める。
甘寧「んぁ?」
陸遜「凌統さんと甘寧さんの誓いって……」
甘寧「陸遜は知らないのか……そりゃそうか。お前が呉軍に入る前の話しだからな」
陸遜「もし良かったら聞かせてくれませんか?」
甘寧「……」
陸遜「あっ無理には……」
甘寧「俺が呉軍に入る前の話だ」
陸遜「……」
甘寧「俺は元々劉表軍にいたんだ。その頃は呉と劉表軍との戦いが頻繁に起こっていた。俺は元海賊だった」
甘寧は自分が海賊だったことを陸遜に話した。
甘寧「劉表軍は軍の増強をする為に金をばら撒き、海賊・盗賊を登用していた。その時に呉軍との戦いで俺はある武将の首級を挙げた……それは凌統の父、凌操だった……」
陸遜「……」
甘寧「俺は元海賊と言うことから劉表軍で居場所を失くし、海賊に戻ろうとしていたんだ。その時に出会ったのが凌統達だ」
陸遜「……」
陸遜は甘寧の話に聞き入っていた。
甘寧「俺はあいつらと戦って捕えられた……俺が弱かったんじゃねーぞ。あの時は凌統、呂蒙、蒋欽、徐盛、周泰の五対一だったんだからな。そこで凌統は俺が父親の仇だと知ったようだ」
陸遜「では、凌統さんは甘寧さんに仇討ちをしようと……?」
甘寧「いや。凌統は笑って呉軍に誘ってくれたよ。立場が違えば、そんなことも起こるだろうって」
陸遜「そんなことが……」
甘寧「俺と凌統は一つの誓いを建てた……俺達の様な……いや、誰かが誰かの仇を討つという負の連鎖に終止符を打つ為、共に戦おうと……それが俺達の誓いだ」
陸遜「以前に皆さんが、ちゃんと甘寧さんのことを知れば好きになるって言っていましが……今ようやくその意味が分かりました」
甘寧「ありがとよ陸遜」
陸遜「私こそ、話してくれてありがとうございます」
甘寧「これでこのことを知らないのは朱桓だけだな」
陸遜「甘寧さん! 凌統さんや蒋欽さんの分も一緒に生きましょう!」
甘寧「そのつもりだ。じゃあ先に行く」
陸遜の一緒に生きようという言葉は甘寧にとってとても嬉しい言葉だった。
陸遜「甘寧さん……」
甘寧の後ろ姿を陸遜は見送る。
朱桓「陸遜さーん!」
朱桓が飛び出す。
陸遜「朱桓さん。どうしたんですか?」
朱桓「聞いちゃいましたよ! 甘寧さんのこと! 感動しちゃいましたよ!」
陸遜「盗み聞きですか……」
朱桓「だって、二人で何かいい雰囲気になってるんですもん!」
陸遜「いい雰囲気って……話を聞いていたんですよね? なぜそんな捉え方に……」
朱桓「始めはどっちが押し倒すのかと思ってドキドキしてたら……全く違う方向に行って感動する話を聞かされて……私、どうしたらいいんですか!」
陸遜「朱桓さん……何もしなくて良いかと……そもそも押し倒すという発想が出てくることが意外です……」
朱桓「しかも最後に『一緒に生きましょう』と愛の告白! これはもう劇にするべきですよ!」
陸遜「一体どう聞いたらあれが愛の告白になるんです……」
陸遜は朱桓につっこみ続けた。
呉軍兵士「報告します! 孫権様が関羽を処刑しました」
陸遜「何ですって! お姉様が止めに行った筈なのに……お姉様の言葉が孫権様に届かなかった……」
兵士の報告に陸遜は驚く。
朱桓「呂蒙さんは孫権様の所にいるんですよね?」
呉軍兵士「いいえ。孫権様の元には韓当殿しかおりませんが……」
陸遜「え? お姉様は確かに孫権様の元に向かった……何があったの……?」
朱桓「呂蒙さんを探しに行きましょう」
陸遜「ええ!」
陸遜は呂蒙を探すことにした。
その時、兵達の叫び声が聞こえた
。
周泰「陸遜! 大変だ! 劉備軍の奇襲だ!」
周泰が陸遜に向けて叫ぶ。
陸遜「いけない! 陣は既に無い……この状況で奇襲を受けるのは危険です!」
朱桓「陸遜さん! どうすれば!」
陸遜「お姉様の行方も分からない……劉備軍の奇襲……」
周泰「陸遜!」
陸遜「はっ! すみません。撤退します! 劉備軍の奇襲を躱しながら江陵まで撤退するしかありません!」
周泰「分かった! 徐盛にも伝えてくる!」
陸遜「劉備軍の奇襲……関羽を処刑しなければ、こんなことは起こらなかったのに……お姉様……一体どこに……」
陸遜達は劉備軍の奇襲を受けながら必死に走るが奇襲した劉備軍の数が少ないことに陸遜は気付く。
陸遜「あの数なら……何とか迎え討てるかもしれませんね……」
周泰「お! やるか陸遜! 大丈夫だよ! こっちには徐盛も朱桓もいる!」
朱桓「数ではこちらの方が多いんです! きっといけますよ!」
陸遜「では直ぐに反転し劉備軍を迎え討ちます!」
陸遜は迎撃の号令をかけようとした。
徐盛「陸遜! 一刻も早く逃げるんだ!」
徐盛が真っ青な顔で現れる。
陸遜「徐盛さん! 大丈夫です! 敵は少数です!」
周泰「やられっぱなしでいられるかって!」
徐盛「違う! 張飛だ! 張飛がいるんだ!」
「!!」
徐盛の張飛という言葉に陸遜達は凍り付く。
朱桓「張飛ってあの関羽より強い奴って言われてる奴じゃないですか!」
徐盛「後方はもう駄目だ! 早く逃げないと!」
陸遜「待って下さい! 一度、張飛を見てからではないと!」
徐盛「すぐそこまで来てるんだぞ! そんなこと言ってる場合じゃない!」
陸遜「お願いです! 少しだけ!」
そう言って陸遜は劉備軍の奇襲部隊の方に目を向ける。そこには張飛が草を刈るように蛇矛を振り回し兵達の身体を引き裂く姿が目に移りこむ。
陸遜「あれが……張飛……」
陸遜は唾を飲む。
周泰「陸遜! もう終わり! 行くよ!」
周泰は陸遜を引っ張る。
結果として呉軍は大打撃を受け陸遜達は命からがら逃げた。
陸遜は周泰、徐盛、朱桓とはぐれて荒野を馬で走らせながらも何とか江陵までたどり着いた。
甘寧「陸遜! 大丈夫か!?」
甘寧が陸遜を出迎えた。劉備軍の奇襲を聞き江陵の守りを固めていたのだ。
陸遜「甘寧さん。私は大乗夫です……かなりの被害が出ました……」
甘寧「こんなことなら俺も残っていれば!」
陸遜「早くに関羽を処刑したことを分かっていれば……劉備軍の奇襲を予想し備えることも出来たのですが」
陸遜「甘寧さん、お願いがあります……」
甘寧「何だ!」
陸遜「孫権様の陣営近くに罠を仕掛け、伏兵を配置して下さい……」
甘寧「それは劉備軍の奇襲がまだあるってことかよ」
陸遜「奇襲してきたのは張飛です。関羽の仇討ちをそう簡単には諦めないでしょう」
甘寧「分かった。直ぐに取り掛かる」
陸遜「待って下さい。張飛を討ち取ることは不可能に近いかと思いますので、罠は落とし穴にして下さい」
甘寧「落とし穴? そんなんで引っかかるのか?」
陸遜「分かりません。罠の近くに孫権様の旗を立てて下さい。狙いが孫権様なら必ず狙ってくるでしょう」
甘寧「もし罠にかかればどうする?」
陸遜「投降は決してしないでしょうから捕えて下さい」
甘寧「張飛をか……俺にしか出来ないな」
陸遜「いいえ。抵抗すれば関羽の首を曹操に送ると伝えて下さい。それは関羽の首が二度と張飛の元に戻ることのないことだと分かるでしょう」
甘寧「えげつないな……だが相手が相手だ。まかせとけ!」
陸遜「お願いします」
甘寧は兵と共に罠を仕掛ける。
陣営では命からがら逃げた者達が疲れ果てていた。
朱桓「怖かったー」
徐盛「完全に不意を突かれたな」
周泰「劉備軍は猛将揃い……ある意味、曹操軍よりも敵に回すと恐ろしいな」
陸遜「皆さん! 無事でしたか!」
徐盛「おー! 陸遜も無事だったか!」
陸遜「はい。劉備軍の奇襲は侮れませんね」
周泰「まぁ奇襲だったからね」
陸遜「奇襲は奇襲でも引き際が絶妙です……深追いしてこず、こちらは戦力を削られました」
朱桓「張飛って、そんなことも考えて戦うんですね。ずっと、脳筋の馬鹿かと思っていました」
陸遜「私たちの知っている知識だとそういうことになりますね。敵は張飛だけでは無かったかも知れません」
徐盛「他に誰かいたということか?」
陸遜「分かりません……奇襲計画は張飛だけの考えとは思えないのです」
周泰「なるほど……」
陸遜「もし張飛だけなら、また孫権様を狙って来ると思いますが……他に軍師の様な存在がいれば撤退すると思います」
周泰「じゃあ、孫権様が危険だ!」
陸遜「先程、甘寧さんに伏兵と罠の手配をお願いしました」
徐盛「手際がいいな陸遜」
陸遜「ありがとうございます。孫権様の元へ戻りましょう」
陸遜は孫権の元へ向かった。
陸遜「孫権様。只今戻りました」
孫権「おお陸遜! この度は大きな犠牲を払ったが、関羽を亡き者に出来たことは誠に大きいぞ」
天幕に入るなり陸遜を孫権は称えた。
陸遜「孫権様……お姉様の行方をご存じではありませんか?」
孫権「ん? 呂蒙のことか? ここには来てはおらんが……」
陸遜「そうですか……」
孫権「呂蒙がどうかしたのか? まさか劉備軍との戦いで!」
陸遜「それが……関羽を捕えて直ぐに孫権様の元へ向かったので」
孫権「では……呂蒙は一体何処に……呂蒙はどうしてここに向かったのだ?」
陸遜「関羽の処刑だけはさせない為にです」
孫権「何だと? それでは関羽に殺された将兵の恨みが晴らせぬではないか」
陸遜「関羽を処刑した為に劉備軍の奇襲を受け、多くの死傷者が出ました」
陸遜は関羽を安易に処刑したことで損害が出たことを孫権に明確に伝えたかった。
陸遜「劉備軍は猛将揃いの侮れない相手です。関羽は君主・劉備の妹です。ここで劉備軍と戦って笑うのは曹操軍のみです」
孫権「止めろ! 陸遜は朕を批判しにここに来たのか!」
孫権は陸遜を一括する。
孫権「朕は呉の将兵に! 朕の威光と覚悟を示す為、関羽を処刑したのだ。朕の考えは呉の民全ての考えでもある!」
陸遜「……分かりました」
陸遜は孫権の言葉に返す言葉がなかった。それは孫権の言葉は全て自分都合であったからであって陸遜の言葉は届かないと判断したからだ。
甘寧「陸遜! 張飛が罠にかかったぞ!」
突如、甘寧が張飛を捕えた報告を伝えに来た。
陸遜「張飛が! では他に誰もいなかった……甘寧さん、張飛を連れて来て頂けますか?」
甘寧「分かった」
孫権「今日は何という素晴らしい日だ。憎き劉備の妹・関羽と張飛を捕えることが出来るとは!」
孫権ははしゃぐ。
甘寧「連れてきた」
張飛「ねーねー。誰が孫権なのー?」
張飛は後ろを手を回し鎖で縛られていた。
孫権「朕が孫権だ」
張飛の言葉に孫権が名乗る。
張飛「えーー! こんなチンチクリンが孫権!?」
孫権「チンチクリンとは何だ!」
張飛「あーあ。関姉も報われないなー。こんなのに処刑されるなんて」
孫権「関羽にしても張飛にしても! 何故、朕を侮辱するのだ!」
張飛「だって子どもじゃーん」
孫権「お前に言われたくはないわ!」
幼い容姿をした張飛に子ども扱いされた孫権はキレる寸前だ。
陸遜「張飛。私は呉の陸遜と申します。幾つかお聞きしたいことがあります」
張飛「うん。いいよー」
張飛は陸遜に笑顔で応える。
甘寧「緊張感がまるでないな……」
陸遜「まず、先程の奇襲は見事でした。あれは張飛一人によるものですか?」
張飛「さっきのは兄ちゃんと一緒だったんだー」
陸遜「兄ちゃん? 兄ちゃんとは一体誰ですか?」
張飛「姜維だよー。張飛が拾ったんだー」
陸遜「拾う? 良く分かりませんね。次の質問です。あなたは先程の奇襲で呉の呂蒙を殺しましたか?」
張飛「呂蒙? 誰それー」
陸遜「素敵な女性です」
張飛「えー分かんないけど、女性の武将を討った覚えはないよー」
陸遜「分かりました。孫権様……張飛の裁きですが……」
孫権「何だ? まさか生かすのか?」
陸遜「いえ。処刑します」
甘寧「陸遜!」
陸遜の言葉に甘寧は驚く。
張飛「あーあ。ここまでかー」
陸遜「あなたは死ぬのが怖くないのですか?」
張飛「何でー? 死んでもあの世で関姉と会えるしー」
陸遜「張飛。もし生まれ変わったら……」
張飛「なにー? 陸遜?」
陸遜「私達……今度は友達になりましょうね」
張飛「いいよー。じゃあ、今から友達でいいじゃんかー。陸遜、先にあの世で待ってるねー」
陸遜「さようなら張飛……」
孫権「……」
陸遜と張飛のやりとりが孫権は面白くなかったが敢えて黙っていた。
陸遜「張飛を処刑台へ」
呉軍兵士「分かりました」
張飛は兵に連れていかれ天幕を出た。
甘寧「陸遜……張飛を殺す必要はあったのか」
陸遜「厳密に言うとありません……ただ」
甘寧「ただ?」
陸遜「もし、ここで張飛を生かせば姜維という軍師と張飛はまた関羽の仇討ちに来るやも知れません。そうすればまた誰かが殺される……」
甘寧「陸遜……」
陸遜「もう誰にも死んでほしくないんです……」
甘寧「すまねー。俺は馬鹿だからお前の考えを分かってやれなくて」
陸遜「多分、お姉様は帰ってきません……」
甘寧「呂蒙はまだ死んだわけじゃ!」
陸遜「お姉様のことは甘寧さんも分かっている筈です……」
甘寧「くっ!」
戦場にて行方が分からなくなる。それは死を意味するものだった。
呉軍兵士「張飛を処刑しました」
兵が張飛を処刑した旨を伝えに来た。
孫権「よくやった」
孫権は得意げな顔で言った。
孫権「陸遜。これから朕に意見する時は言葉に気を付けるのだぞ」
孫権は冷たい眼差しを陸遜に向けた。
陸遜「……分かりました……孫権様」
陸遜は一礼して天幕を出た。
陸遜は処刑台に向かう。丁度、兵が張飛の遺体を片付けようとしていた。
陸遜「片付けご苦労様です」
呉軍兵士「陸遜様」
陸遜「張飛の遺体ですが少しだけ片付けるの待って下さい」
呉軍兵士「しかし……」
陸遜「これで何とか……」
陸遜は兵に金を握らせた。
呉軍兵士「そこの天幕に遺体を隠しておきますが朝までには処分しないといけませんので……」
陸遜「ありがとうございます」
陸遜は張飛の首を持って陣を出た。
陸遜「張飛。あなたとはもっと話してみたかった。私はあなたが羨ましい。私も張飛の様になりたかった……」
星空の下、朽木の上に腰をかけ膝に乗せた張飛の首に陸遜は話かける。
陸遜「あなたは姉の関羽の仇をとる為に命を懸けることが出来た。それなのに今、私はお姉様が何処にいるのかさえ分からない。何か強烈な悪意を感じる……私達に向けられた確かな悪意……残された私達の本当の敵はもっと別の所にいる気がしてならない」
陸遜は険しい目で星を眺める。
陸遜「弱い私が挫けない様に……張飛、あなたの勇気を少しだけ分けて下さい」
陸遜の本音を返事を返さない張飛だけが聞いていた。




