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雷子  作者: 三幸
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呉編 関羽討伐戦

呉編 関羽討伐戦




 南荊州を奪い獲った呂蒙は樊城に向かった。樊城には曹操軍の曹仁が大将となり関羽と戦っていた。


 主力を従えた関羽の猛攻に曹操軍は甚大な被害が出る。建業から出撃した甘寧、蒋欽、徐盛率いる三部隊の援軍が関羽を後ろから攻撃し何とか樊城は守られた。


 関羽は挟撃されたことよりも南荊州を奪われたことに衝撃を受け本拠地である益州に向かう。



 江陵に到着した呂蒙の元には関羽の動向が伝えられる。


朱桓「呂蒙さん! 甘寧さん達率いる部隊が関羽の背後を急襲したそうです!」


呂蒙「そうか。甘寧達の方が早かったか。その後はどうなっている?」


朱桓「曹操軍と呉軍の挟撃に合い、関羽は撤退中だそうです」


呂蒙「やはり仕留めていなかったか……」

 呂蒙は顔を歪める。


陸遜「お姉様! もし関羽に逃げられては取り返しの付かないことに!」


呂蒙「分かっているよ伯言。我らは関羽の退路を包囲する」


陸遜「途中、劉備軍の援軍が来る恐れがありますね」


呂蒙「うん、十分に警戒しよう。少数であれば一網打尽にしてしまおう」


呉軍兵士「報告します! 関羽率いる少数の部隊が砦に立て籠もっております」


呂蒙「分かった。関羽を包囲する。朱桓は砦を攻めて関羽を砦から出してくれ。伯言は関羽の退路に罠を仕掛けてくれ。私は甘寧達と合流し包囲網の算段に移る」


陸遜「分かりました」


朱桓「あんな小さな砦、簡単に落としちゃいますよ」


呂蒙「朱桓、小さな砦でも油断は禁物だ。関羽が死ぬ気で向かって来ないようにするんだ。絶対に関羽本人に戦いを挑んでは駄目だよ」


朱桓「呂蒙さん。随分関羽のことを高く評価しているんですね」


呂蒙「朱桓。張遼は怖いかい?」


朱桓「怖いですよ! 張遼来たら泣いちゃいますよ!」


呂蒙「その張遼が昔、勝てなかった者……それが関羽だ」


朱桓「そうなんですか!」


陸遜「私も初めて知りました」


呂蒙「張遼が呂布の元にいた頃の話みたいだけれど……」


朱桓「砦は適度に攻めることにします……」


呂蒙「そうしてくれ。可愛い朱桓がいなくなると私も寂しいからね」


朱桓「呂蒙さーん!」

 朱桓は呂蒙に甘えた声を放つ。


呂蒙「しかし、関羽を追い詰め曹操軍の描いた通りになった」


陸遜「お姉様。まだ油断は出来ません」


呂蒙「油断出来る相手であれば甘寧達が討ち取ってるさ。しかし呉の包囲網はそう簡単には崩せない。如何に関羽であろうと……」


陸遜「確かに……ですが手負いの虎は危険。思わぬ怪我を負ってもおかしくありません」


呉軍兵士「報告します! 少数ですが劉備軍の援軍が向かって来ております!」


呂蒙「そうか。包囲を緩め通してやれ……一網打尽にする」



 朱桓は劉備軍の援軍が砦に入ったと同時に一斉に四方から攻撃を開始した。


 陸遜の指示の元、波状攻撃を行い一度に大量の兵を投入せず小隊を間を見て砦への攻撃を行わせた。これは関羽を相手に余計な被害を出さない為であった。





 呉軍の陣営に甘寧達の部隊が到着していた。


呂蒙「甘寧!」


甘寧「よー! 呂蒙! 関羽の野郎は呉の奇襲に泡食ってたぞ!」


 呂蒙は先に到着した甘寧に声をかけた。


呂蒙「ふふっ。そうだろうな」


甘寧「……」

 豪言を吐く甘寧は突如、沈黙した。


呂蒙「どうしたんだ?」


甘寧「いや、実を言うと……急襲した時に全滅させようと思ったんだ……」


呂蒙「うん。それで」


甘寧「何て言うか……分かんねーが……戦ってる内に背筋が凍る感覚があったんだよ」


呂蒙「甘寧。それが正解だ。関羽とはまともにはぶつからない。呉軍の戦力を全て投入し捕える」


甘寧「そうか。で、どうすんだ?」


呂蒙「伯言が関羽の退路に罠を張っている。包囲網は砦の西に凌統と蒋欽と黄蓋殿。東に甘寧と周泰と徐盛。南は私と伯言と朱桓で包囲する」


甘寧「関羽はどっちに逃げると思うんだ?」


呂蒙「間違いなく西だろう」


甘寧「だったら俺を西に配置してくれよ! 関羽! あいつはやべーって!!」

 関羽は俺が止めねばならない。甘寧はそれが自分の使命だと感じていた。


呂蒙「駄目だ。もし曹操軍の裏切りがあれば東の部隊が防がなくてはならない」


甘寧「曹操軍よりも関羽の方がよっぽどあぶねー! あいつは危険だ!」


蒋欽「甘寧。駄駄こねんなって。呂蒙が困ってんだろ」。


甘寧「蒋欽。お前も見ただろう関羽を!」


蒋欽「どんなに強くても、俺の矢が関羽を射ぬく、簡単さ。近づく前に倒せばいい」


甘寧「約束だぞ。必ず関羽を倒せよ」


蒋欽「任せろよ」


呂蒙「蒋欽。聞きたいことがある」


蒋欽「なんだ?」


呂蒙「孫権様のことなんだが……曹操軍との同盟の会談時に誰かいたかい?」


蒋欽「会談時に? さぁ。分からねー。曹操軍の司馬懿が来てたぞ」


呂蒙「司馬懿だって!?」


蒋欽「どうしたんだよ。知ってんのか?」


呂蒙「いや、直接は知らないんだが……頭の切れる者だとは思っていたんだ……嫌な予感がする……」


甘寧「嫌な予感? あの眼鏡っ子がか?」


呂蒙「甘寧も知ってるのか」


甘寧「孫権様に付き合わされてよ。一緒に飲んだんだよ」


蒋欽「大人しい奴かと思ったけど飲み始めるとよく喋る奴だった」


呂蒙「司馬懿のことは後で詳しく聞かせて貰おう。江陵攻めの周瑜様の手を煩わせた程の者だからな」


蒋欽「分かった後でならいいぜ。先にやることをやっちまおうぜ。今更退けねーだろ」


呂蒙「勿論だ」


呉軍兵士「凌統様より報告です! 『砦はもう崩せるとのことで包囲網の指示を』とのことです」


呂蒙「分かった。作戦は先程伝えた通りだ。各自持ち場に就こう」


  甘寧と蒋欽は頷いた。


 関羽の立て籠もる砦は呉軍の手によって形を大きく崩していた。呉軍は呂蒙の指示で砦への攻撃を止めた。関羽はここぞとばかりに兵を率い一斉に西に向かった。

 

 



 甘寧達は砦には僅かな劉備軍が残っていることに気付き、関羽の背後を完全にとる為に砦の劉備軍の殲滅の為、砦に向かった。


甘寧「ぱっぱっと終わらせる!」


周泰「敵将が一人頑張ってるみたいね……」


徐盛「多勢に無勢だ投降すればいいものを……」


 焦る甘寧だが周泰と徐盛は残された劉備軍に対し憐みの感情を抱いた。


 呉軍が砦に向かって攻め込む。劉備軍の兵は百に満たない。数千の呉軍に攻め込まれ一気に制圧された。


周倉「へへへーここは簡単には通さないよ。おいらにも意地ってものがあるんだ」


 砦の食糧庫の前に周倉が立っている。


徐盛「今から遅くはない。投降するんだ」


 徐盛は周倉に投降を促す。


周倉「投降? 曹操と手を結んだあんた等に投降なんてするわけないだろ! おいらにも意地ってもんがあるんだ!」


甘寧「あーそうかい! だったらその意地ってのを見せてもらおうかー!」


 甘寧は周倉を捕らえる為に近寄る。


周倉「ふふふ。おいら一人に呉の武将が三人……道連れにしては十分か……」


 周倉は火打石で松明に火を付ける。


 そして周倉は腰にぶら下げてある袋の中身を空中に散布させた。


徐盛「あれはまさか!? 甘寧! 下がれ!」


甘寧「止めんな! 徐盛!」


 周倉に向かう甘寧と徐盛が止める。


周倉「姜維……姉御のこと頼んだよ……」


 周倉は油の入った壺に向けて松明を投げる。既に油は一帯に撒かれてあり周倉は石や木材で油が撒かれたことを隠していた。


 だが油に着火した火は散布された『何か』に引火しドンと言う音共に爆発し砦は一気に炎に包まれた。


 砦に突入した呉軍は炎に包まれ転がる者、爆発によって飛散した石によって怪我をする者がおり多少の被害が出た。




甘寧「あっぶねー! 何なんだ今の! 黄色いあれは爆発したぞ!?」


徐盛「俺も初めて見た……恐らく硫黄と呼ばれる物の粉末だ……」


周泰「あれが硫黄……じゃあ、あの子は黄巾党の出なのか……」


甘寧「はぁ!? 黄巾党だと!? どういうことだよ!」


周泰「黄巾党の女、子どもに持たされた者らしい……もしもの時は刺し違えても敵を殺す為の物だって……」


甘寧「あ……頭おかしいんじゃねーか! 女、子どもに持たせる物じゃねーだろ!」


徐盛「官軍による凌辱が絶えなかったそうだ。敵に身体を汚され子を奴隷にされるくらいならと……」


甘寧「狂ってるとして言えねーな」


周泰「油の量が少なかったから……もし、こんな状況じゃなくて相応の油があれば私たちは助からなかったも……」


徐盛「これで砦は使えなくなった……ここに関羽が戻ってくることはないということだが……」


周泰「こちらも多少なりとも被害が出たわ……甘寧? どうしたの顔が怖いわよ?」


甘寧「なぁ。さっきの奴は関羽を守る為に死んだんだよな」


徐盛「そうだろうな。もしくは俺達の足止めか」


甘寧「何でもそうかも知れねーが、腹を括った奴程ヤバいものはねー」


周泰「それって……」


甘寧「ああ、下手するとヤバいのは呉軍の方かも知れねー。周泰! 徐盛! 急ぎ凌統達の所へ向かう!」


周泰「あぁ急ごう!」


徐盛「死に者狂いで関羽を逃がそうとしていた……こんな状況下で異常に士気が高い……」




 関羽は精鋭を率い西に向かっていたが突如反転し呉軍に襲い掛かった。呉軍は関羽が向かってくることを大いに喜んだがそう思って向かったいた兵はみな関羽軍に斬り殺されていた。


 呉軍全体の四分の一が関羽率いる部隊によって壊滅していた。



甘寧「この手の相手は危ねーーんだよ! 嫌な予感がしてならねーー!」


周泰「勝ってる筈なのに……皆、無事でいてくれ!」


徐盛「凌統達が西への道を守っているはずだ!」


 甘寧達は関羽の後ろを追いかける形で西に向かった。




陸遜「お姉様! 関羽が誰かを逃がしたようです!」


 関羽の軍から一人、違う道に向かった者を陸遜は見逃していなかった。


呂蒙「分かっている! 今は関羽……いや、凌統達の命が先だ!」


朱桓「陸遜さん! 何が起こってるんですか! 私達の方が有利なんですよね!」


陸遜「作戦は完璧です……しかし、関羽と言う武将を見誤りました……これ程の被害が出ることは想定以外の何ものでもありません!」


呂蒙「このままでは関羽に逃げられる! 早く凌統達の元へ向かわなければ!」

 包囲網の大被害に呂蒙は仲間の身を案じる。


呂蒙「凌統、蒋欽、黄蓋殿……頼む、功に焦らず危険だと感じたら逃げてくれ……!」


  呂蒙達は南から凌統達の元に向かった。




 数の優位から呉の士気も高く関羽の率いる兵が少しずつ倒れていくことに機を窺う呉軍の部隊がいた。凌統、蒋欽、黄蓋の三人である。


 凌統達は関羽の部隊の兵に自軍の兵を当て武将のみで関羽の元に向かった。


凌統「残るは関羽一人だ!」


黄蓋「ふぉるー!」


蒋欽「俺が弓で足止めする!」


凌統「蒋欽頼んだぞ! 黄蓋殿! 二人で関羽を捕えましょう!」


黄蓋「ふぉるふぉる!」


 呉軍の包囲をことごとく破る関羽は最後の壁とも言える凌統達の元にたどり着いた。凌統は関羽を捕えるべく蒋欽の援護の元、黄蓋と共に関羽に向かった。


関羽「おのれー! 周倉の魂を貴様らの首で鎮めてくれる!」

 関羽は鬼の形相で凌統達に向かう。


蒋欽「関羽! これでも喰らえ!」


 蒋欽は渾身に一矢を放つ。その矢は関羽に真っ直ぐ放たれた。ドッっという音と共に蒋欽の放った矢は関羽の左肩に刺さる。


凌統「よくやってくれた蒋欽!」


黄蓋「ふぉるー!」


 蒋欽の矢が関羽に当たったことで凌統と黄蓋は絶好の機と関羽との間を詰める。


関羽「この様な矢で止まる私ではない! 殺す時はこうするんだ!」


 関羽は目にも止まらぬ速さで青龍刀を振るった。その一振りを躱そうと凌統は足を止めようとするが間に合わない。凌統と黄蓋の腹は関羽に裂かれ凌統の服は赤く染まり黄蓋の腹から大腸が飛び出す。関羽は蒋欽に矢を躱すことも弾くことも容易に出来たが目の前の凌統と黄蓋を誘き寄せる為に敢えて矢を受けていた。


黄蓋「ふぉ……ふぉ……」


凌統「馬鹿な……一刀で……黄蓋殿と俺が……」


 凌統と黄蓋はその場に倒れた。関羽の放った青龍刀は腹から背骨近くまで達しており命を奪うには十分な傷を負っていた。


蒋欽「凌統ぉおおお! 黄蓋殿ぉおお!」


 凌統と黄蓋が目の前で討たれた蒋欽は激高した。


蒋欽「関羽ーー! 許さんぞーー!」


 蒋欽は二の矢を放とうとする。


関羽「出直して来い!」


 関羽は青龍刀を蒋欽目がけて投げる。


蒋欽「!」

 豪速で飛んでくる青龍刀に蒋欽は怯む。


 青龍刀は蒋欽の首元から胸を突き刺ささり蒋欽は絶命した。蒋欽は前に屈むように崩れるが青龍刀が支えとなり膝を付き倒れなかった。

 

 僅かな時間に武将三人を失い兵達は関羽を恐れた。兵達は誰も凌統達の仇を討とうと動けなかったのある。


関羽「はぁ…はぁ! 次は誰だぁあああ!」

 息を切らしながらも関羽は呉の将兵をまだ殺そうとしていた。


黄蓋「ふぉ……ふぉる」


関羽「死にぞこないがぁあああ! 離せぇええ!」


 黄蓋が腹から腸を垂れ流しながらも関羽にしがみつく。関羽は黄蓋の頭を何度も殴りつける。だが黄蓋は手を離さなかった。


呂蒙「いた! あそこだ!」


 呂蒙達が部隊を率い関羽の元に辿り着いた。


陸遜「!!」

 陸遜は凄惨な光景に言葉失くす。


朱桓「凌統さん! 蒋欽さん!」

 朱桓も凌統と蒋欽の亡骸を見て悲痛に声を上げた。


呂蒙「何てことだ! 黄蓋殿が関羽を捕まえている間に鎖で縛れ!」


呉軍兵士「はっ!」


 呂蒙は黄蓋が関羽を捕えている間に鎖で関羽を縛り捕えさせた。


呂蒙「黄蓋殿! しっかりしてください!」


 関羽を捕え黄蓋に声を掛けるが黄蓋は既に切れていた。


朱桓「黄蓋殿まで……張遼と言い関羽と言い……何なんですか……本当に同じ人間なんですか……」


 仲間の死より自分の常識を超える強さを見せつけられた朱桓は青ざめる。


関羽「くっ! 無念だ!」

 鎖に縛られた関羽は呉軍を睨む。


甘寧「呂蒙! 関羽を捕えたのか!」


 甘寧達が到着し関羽が縛られている光景に安堵した。


呂蒙「甘寧!」


甘寧「凌統達はって……どうなってんだよ一体……」


 甘寧は凌統達の亡骸を見て思考が止まる。


周泰「凌統! 蒋欽! 黄蓋殿!」


徐盛「関羽一人に、この惨状……信じられん……」


 周泰、徐盛は関羽を捕えた代償の大きさに衝撃を受ける。


甘寧「呂蒙! 関羽の首は俺が刎ねるぞ!」


呂蒙「駄目だ! 関羽の裁きは孫権様に委ねる!」


甘寧「こっちは凌統と蒋欽、じいさまがやられてんだぞ!」


呂蒙「甘寧。それは劉備軍にとっても同じ思いだ。軽率な行動は凌統との誓いを破ることになるぞ甘寧!」


甘寧「くそっ! こんな時にその話を持ち出すんかよ!!」


 関羽の首を刎ねようとする甘寧に呂蒙は『誓い』という言葉で甘寧を止めた。


陸遜「凌統さんと甘寧さんの……誓い……?」


朱桓「凌統さーん! 蒋欽さーん!」


 朱桓は声を上げて泣く。


周泰「朱桓。まだ終わっていないんだ……泣くのは後にしよう」


朱桓「はい……」

 周泰の言葉に朱桓は堪える。


 呂蒙は関羽に近づく。


呂蒙「関羽。私は呉の呂蒙だ」


関羽「呂蒙。やるではないか。誇りを捨て曹操軍と同盟を組み、それがしを追い込むとは大したものだ……」


呂蒙「……」


甘寧「こいつ!」


 関羽は皮肉を言い放つが呂蒙は黙り甘寧は怒りを抑える。


呂蒙「貴公の裁きは孫権様に委ねることにする」


関羽「呉の裏切り……決して安くはないぞ呂蒙」


呂蒙「連れて行け」


 関羽の言葉を無視し呂蒙は関羽を孫権の元へ連行させた。


陸遜「お姉様……大丈夫ですか」


呂蒙「すまない。本当は関羽に尋問したいことがあったんだけど……凌統や蒋欽が死んで気持ちの整理がつかないんだ」


甘寧「呂蒙……」

 辛いのは自分だけではないことを甘寧は気付く。


周泰「これからどうする」


呂蒙「私は孫権様のところへ向かう……」


徐盛「何かあるのか?」


呂蒙「安易に関羽を処刑させてはいけない……曹操軍の司馬懿の策は劉備軍と呉軍の完全な決裂だ」


陸遜「はい。しかし、ここで関羽を生かすことが出来れば完全な決裂を避けることが出来ます」


甘寧「……」

 関羽を生かす。甘寧にとっては聞きたくない言葉だった。


周泰「凌統がいたら、そうしろって言うさ。甘寧」


甘寧「そうかもな」


徐盛「あんまり、しんみりしてたら凌統と蒋欽に笑われてしまう。俺達はいつもの俺達でいようじゃないか」

 徐盛はあえて明るい声で言った。


朱桓「徐盛さん。そんな気になれませんよ……」


呂蒙「徐盛の言う通りだ。私達は常に前を見続ける必要がある。死んだ呉の将兵の為にも悔いの残らない様にしよう」


陸遜「お姉様は強くて素敵ですね」


朱桓「あっ私が言おうとしたのに……」


呂蒙「ありがとう伯言、朱桓。でも実は後悔していることが一つあるんだ」


周泰「何? 何か凄そうだな」


呂蒙「いやー。こんなことなら凌統と蒋欽にお尻の一つくらい触らせてあげても良かったかなーってさ」


周泰「あー! それなら私もそうだわ」


 呂蒙はおちゃらけた話題を持ち出す。周泰も呂蒙の意図が分かり話に乗る。


朱桓「ええっ!」

 朱桓はいきなりの話題に驚く。


周泰「甘寧、徐盛? お前ら死ぬ前に触っておくか?」


呂蒙「うん、いいね。甘寧、徐盛、私達であれば遠慮はいらんよ」


甘寧「興味ねーな。それより飯おごってくれよ。一人で食うから金だけ払ってくれればいい」


徐盛「堅そうだから遠慮しておく」


呂蒙「甘寧は素直じゃないなー。あっお尻より胸の方が良かったかな?」


周泰「徐盛! 堅そうって酷くないか!」


 周泰は徐盛の反応に割と本気で腹がたった。


陸遜「私も覚悟を決めていましたが……お二人に無理にとは言えませんし……」


 「!」

 甘寧と徐盛が陸遜の言葉に反応する。


朱桓「陸遜さんも良かったんですか!」


陸遜「別に減るものではありませんから」


 甘寧と徐盛は陸遜を見ながら何で先に言ってくれなかったんだと心の中で何度もつぶやいた。


朱桓「だったら私だって! どうぞ!」


 朱桓は甘寧に向けてお尻を突き出した。


甘寧「蹴り上げるぞ! 朱桓!」


朱桓「何で私にだけキツい言い方するんですかーー!」


 甘寧の言葉に朱桓は悲しむ。


呂蒙「はははっ。私達はこうでなくちゃね。さて、私は孫権様の元へ向かうよ。皆は陣払いの準備をしてくれ」


陸遜「分かりました。お姉様お気を付けて」


呂蒙「うん。直ぐに戻る」


 呂蒙は孫権の陣営に向かった。


周泰「凌統と蒋欽の亡骸は建業に移してくれ」


呉軍兵士「分かりました。黄蓋様のご遺体は……」


周泰「韓当殿に確認してくれないか」


呉軍兵士「ではそのように致します」


周泰「陸遜。これから私達はどうする?」


陸遜「この場に留まることに意味はありません。まずは陣払いをしましょう」


周泰「分かった。私は甘寧と話があるから徐盛と朱桓は陸遜と片付けを頼むよ」


甘寧「……」


 周泰と甘寧はその場を離れる。


徐盛「朱桓。行くか」


朱桓「周泰さんと何を話すんですかね?」


徐盛「話は話だ」


朱桓「えー。くだらない話をするんだったら片付け手伝って欲しいのに」


陸遜「まぁまぁ、朱桓さん。直ぐに来ると思いますから早く行きましょう」


 徐盛達は陣払いに向かう。



 戦場の真ん中、骸が転がる場所で二人は止まる。


甘寧「周泰。別に話すことなんてねーぞ」


周泰「納得してないんだろ?」


甘寧「……」


周泰「呂蒙が何故止めたか分からないんじゃないか?」


甘寧「ああ! 分からねーな! 俺達は戦争をしてるんだ! 俺と凌統の誓いは何を基準にされてんのか全然分からねーよ!」


周泰「私が教えてやるよ。凌統が殺されていなければ関羽の首を刎ねようとしなかったんじゃないか?」


甘寧「そっそれは……」


周泰「もし関羽を殺す必要性があるのであれば呂蒙も止めなかったさ」


甘寧「凌統の奴……これじゃ呪いに近いぜ……」


周泰「呪いか……甘寧にしては上手く言ったじゃないか」


甘寧「うっせ」


周泰「にひひひひ」


 周泰は自分の言葉に聞く耳をもってくれたことに喜んだ。


甘寧「なぁ……周泰。さっきの話なんだけどよ」


周泰「ん? お尻の話か? みんないないし私は構わない」


甘寧「いや。周泰じゃなくて陸遜に……」


周泰「お前。死んだ方がいいわ」


甘寧「やっぱ遅いか……」


周泰「何でさっき言わなかったんだよ!」


甘寧「陸遜までいいって言うとは思わなかったんだよ!」


周泰「もう私で我慢しろよ!」


甘寧「嫌だよ!」


周泰「かっちーん……その言い方、マジでムカついた……」

 周泰は激怒する。

 

周泰「私に触れぇえええ!」


甘寧「嫌だって言ってんだろぉおお!」


 甘寧ろ周泰は取っ組み合った。





呂蒙「急ぎ孫権様の元に向かわなければ……今ならまだ間に合うはずだ!」


 呂蒙は孫権の元に馬を走らせた。そこに一人の老人が呂蒙の行く手を阻んだ。


 その老人は于吉であった。


于吉「失礼。呂蒙殿とお見受けします」


 馬を止めた呂蒙に対し于吉は話しかける。


呂蒙「確かに私は呂蒙ですが……ご老人、どうかされましたか? 私は先を急いでいる身で何かお困りなら使いの者を寄越しますが……はっ! この老人は目が見えていない……何故、私が呂蒙だと分かった!?」

 呂蒙は于吉が目を包帯で巻かれていることに気付く。


于吉「ふふふ……貴様を孫権の所へ行かせはせんよ……孫権が真の暗君となる為には貴様は邪魔な存在だ」


呂蒙「何だと! ただの老人ではない様だが何者だ!」

 于吉の言葉に呂蒙は警戒心を強めた。


于吉「呂蒙よ! 儂の眼を見よ!」


 于吉が包帯を外す。于吉の目に眼球はなく光りを飲み込む暗黒色が呂蒙の視覚に入る。


呂蒙「うっ! 目が! 目が見えない! 何をした!? これは……妖術か!」


 于吉の術によって呂蒙の視覚は完全な闇と化した。


于吉「ふふふ……今の呉の核は間違いなく貴様だ。ここで死んでもらおう」


呂蒙「一体、何が狙いだ!」


于吉「これから死んでいく貴様が知っても仕方があるまい……あの世で周瑜が待っておるよ」


呂蒙「貴様が周瑜様を!」

 呂蒙の言葉に怒りが籠る。


于吉「周瑜にしても、貴様にしても孫権を一人にし過ぎだ……あの様な小童が、賢明な君主であろう筈がない」


呂蒙「曹操軍と呉軍の同盟で孫権様を焚付けたのは貴様か!」


于吉「いや、馬鹿な孫権が己で判断したのよ。儂はそれを後押ししたまで」


呂蒙「化物め! 殺してやる!」


 呂蒙は剣を抜き闇雲に振るう。


于吉「ははははは! 滑稽だな呂蒙よ。一体何処を狙っておる」


 于吉は剣を振るう呂蒙をあざ笑う。


于吉「目の見えない貴様に殺される程、もうろくしとらんよ……死ね! 呂蒙!」


 于吉は剣で呂蒙の背中か突き刺した。


呂蒙「ぐわっ!」

 呂蒙は血を吐き倒れる。


于吉「止めは刺さぬ……このまま野良犬にでも食われるがいい……周瑜、そして貴様は君主たる資格を持たぬ者を担ぎあげ、闇雲に世を乱した重罪人だ」


呂蒙「そっ……孫権様は……これからも……必ず成長……を……」


于吉「ふん。苦労知らずの小童に成長などあるものか……愚か者が……」


 于吉は吐き捨てるように言いその場を去った。


呂蒙「こんな……こんな所で……私は……誰か……誰か助けて……」


 呂蒙は一人、草原に取り残された。



 その頃、関羽は孫権の元に連行されていた。


呉軍兵士「孫権様! 敵将・関羽を連れて来ました」


孫権「来たか! 通せ!」


 孫権の耳には既に凌統、蒋欽、黄蓋の死が伝わっており言葉に怒りの感情が籠る。


呉軍兵士「はっ!」


関羽「孫権殿。赤壁以来ですな」


 関羽は堂々とした態度で孫権の前に立つ。後ろに手を縛られている。


孫権「あの大泥棒・劉備の手先め! よくも、凌統、蒋欽、黄蓋を!」


関羽「孫権殿ともあろう方が、戦の本質を理解しておらんとは……これでは呉の将兵も浮かばれんな」


孫権「何だと! 貴様が殺したのだぞ!」


関羽「主君の為に戦い命を落とす。戦とは己の信を、命を懸けて戦うのだ! それを主君が理解しておらんとはな!」


孫権「言わせておけば! 貴様らが南荊州を獲ったせいで周瑜が死んだのだぞ!」


関羽「周瑜殿が? 何故そうなる?」


孫権「貴様らが南荊州を横取りしなければ! 周瑜が自分で命を絶つことも無かった!」


関羽「何と言うことだ……こんなにも悲しいことがあっていいものなのか……」

 関羽は悲しそうな声で言った。


孫権「ようやく自分達の犯した大きな過ちに気付いたか……」


関羽「これでは周瑜殿が報われん。主にその様な小物に扱われるとは……それがしはつくづく劉姉の元で良かった……」


孫権「朕を愚弄するか! どこまでも無礼な奴め!」


関羽「無礼? 盟友をいとも簡単に裏切る者に礼を尽くす必要がどこにある」

 関羽は孫権を睨む。


于吉「孫権様」


孫権「おお! 于吉! 何処に行っておったのだ!」


 于吉が突如、現れた。関羽の処置をどうするか迷っていた孫権は于吉の登場を喜んだ。


関羽「于吉?」

 関羽は于吉の名を聞き困惑する。


于吉「孫権様。関羽を処刑するべきです。この者を生かしては呉の災いとなるでしょう」


孫権「朕もそう思う!」


関羽「思い出した……于吉は孫権の兄・孫策を殺した者だ。孫権! どこまでも恥知らずな奴め! 自分の兄を殺した者の言葉に耳を傾けるか!」


孫権「うるさい! 于吉よ! 関羽を殺すことは間違いないのだな!」


于吉「はい。凌統殿、蒋欽殿、黄蓋殿は呉の仁臣。ここで関羽を殺さねば、呉の民からの信を失うことになります」


孫権「分かった。関羽を処刑する! 直ぐに誰かに関羽の首を刎ねさせてやる!」


于吉「孫権様。それはなりません……関羽の首は孫権様の手で刎ねるのがよろしいかと」


孫権「えっ……朕が……」


于吉「ええ。今までどれほどの将兵が関羽と戦い散ったことか……関羽の首を刎ねることは強さの象徴でもあります。清流の如き沸きでる知と民心を温める器量を併せ持つ孫権様に足りないものは何者にも屈せぬ豪胆さ。今、関羽の首を刎ねることで唯一足りなかったものを手にいれましょう」


孫権「わっ分かった……やってみよう……そうだ! 朕は偉大な父、孫堅の子で小覇王孫策の弟……父と兄上を超える為にも関羽の首を刎ねる!」


関羽「この様な形で桃園の誓いを破ることになろうとは……劉姉、張、すまない……姜維、皆を頼む……」

 関羽は一人呟く。


孫権「関羽! その首貰うぞ!」


 孫権は剣を抜き関羽の首めがけて振るう。


関羽「ぐっ!」


 孫権の剣が関羽の首の三分の一の場所で止まる。


関羽「がっは……!」

 関羽は血を吐く喉に血が流れ込み孫権の前で顔を苦痛で歪めた。


孫権「ひっ!」

 関羽の苦しむ顔に孫権は尻込んだ。


関羽「がっ……孫権……ごほっ……どうした! それがしの首はまだ繋がっているぞ!」

 関羽は血を吐きながら孫権に言った。


于吉「ほう。この場においてその豪気……孫権様が討つに相応しい者だ」

 于吉は敢えて孫権を励ますように喋った。


孫権「はっははっ! そっそうだな! 朕の一撃を受けて生きているとはな大したものではないか!」


 孫権の言葉からは虚勢しか伝わってこない。


于吉「さぁ……孫権様。首が落ちるまで何度でも斬ってあげましょう」


孫権「うっうわぁあああああ!」


 孫権は何度も関羽の首めがけて剣を振るう。狙いが定まらず関羽の首はズタズタに切り裂かれてやがて関羽の首が地面に落ちた。


孫権「はぁはぁ……」

 孫権は憔悴していた。


于吉「孫権様。これで呉の民は皆、孫権様の器量に惚れ込むことになりましょう」


孫権「そっそうだ。朕は将兵の仇を必ず獲る! 関羽の首一つや二つどうってことない!」


 関羽の首を刎ねたことで返り血を浴びた孫権は精一杯の虚勢を張った。


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