呉編 南荊州攻略戦
呉編 南荊州攻略戦
江陵を呉の統治下として治めることに成功した呂蒙は戦いで傷んだ城壁の修復に力を注いでいた。
陸遜は内政に力を入れる為に治安維持と呉の制度を江陵に広めるべく文官達に指示を出し曹操軍の制度を塗り替えることに汗を流した。
陸遜「中々、骨が折れますね……」
机に向かいながら陸遜は背を伸ばす。
凌統「すまないな陸遜。内政業務はあまり得意ではないんだ」
陸遜「いえ。皆さんにはやるべき事がありますので……申し訳ありません。弱音を吐くつもりは……」
凌統「同じ窯の飯を食う仲間じゃないか。愚痴でも何でも聞くさ。遠慮することなどない」
陸遜「いえ。大丈夫です。みなさんの仲間だからこそ踏ん張って見せます」
凌統「負けん気が強いんだな。甘寧と気が合うのも分かる」
陸遜「甘寧さんは私のことを何と言っていました?」
凌統「気になるかい?」
陸遜「もちろんです」
凌統「なら交換条件だ。陸遜が俺に弱音を吐いてくれれば話そう」
陸遜「うっ……うーん……分かりました」
凌統「大変なんだろ?」
陸遜「ええ……江陵は元々、劉表の統治下でその後、曹操軍の統治下になりました。それでまた直ぐに呉の統治下で……」
凌統「なるほどな……民も中々、大変だな」
陸遜「一番、困っているいるのは曹操軍の税が異様に低いことなんです」
凌統「それは驚いた……」
陸遜「広大な領土を持っているので、上手くやっているのでしょうが……」
凌統「呉の税と比べてどれくらいの差があるんだ?」
陸遜「四割程です」
凌統「大きいな……どうしてそれほどの違いがあるんだろ」
陸遜「周瑜様の政策です。商人達が活発な呉では商売の許諾を認可すると同時に商いを優遇する代わりに税を高く設定する仕組みがあるからです」
凌統「どうしてそんなことを? みんな均等に税を取ればいいんじゃないか?」
陸遜「例えばですが、百人から税を徴収するよりも万人から税を徴収する方が当然、労力はかかります。周瑜様はその国として労力を下げる為に富裕層の税を極端に上げていたのです。それでも商人達が呉を離れないのは商いを優遇する制度の恩恵があまりにも大きなものだったからです」
凌統「へぇ……具体的には?」
陸遜「三物家商法と言って一つの商品を扱ってよいのは三つの商人まで。言わば売買の競争率が極端に低いのです。そして最大の恩恵は談合が許されいたこと」
凌統「なんだって!? それじゃあとんでもない高額で物を売り付けられていたってことか!?」
陸遜「高すぎては物の売買は成立しません。商人達は相場を自由に出来るので、まぁ高めと言ったところでしょうね。南の僻地とも言える呉は大都市洛陽と同じくらい物価が高いですけど」
凌統「でも、そんなこと全ての民に当てはまる条件ではないだろうに……」
陸遜「その通りです。ですので農に関わる者達と衣食住に関わる者達の税収は非常に低い水準になっています」
凌統「それを聞いて安心した」
陸遜「ですが、この江陵は民衆の数を考えるとどうしても税率は高めに設定しなければならないのが現状です」
凌統「統治したばかりで民の心は呉に定着していない……悩むところではあるな」
陸遜「そうなんです……で? 甘寧さんは私のことをなんと?」
凌統「背が低いからちゃんと飯を食ってるか心配してた」
陸遜「ふーん……他には?」
凌統「ないよ」
陸遜「あの……」
凌統「なんだい?」
陸遜「私は沢山のことを話しました。ですが凌統さんの場合は一言で済むことでした。割に合いません」
凌統「ふむ……それは困ったな……他に何も話せることがない」
陸遜「ではこの間言っていた『事件』のことを教えて下さい。あれはどういう意味ですか?」
凌統「それは……俺じゃないと駄目かな……周泰と呂蒙の方が適任だと思うんだが……」
陸遜「駄目です。凌統さんから話して下さい……一切、退く気はありません」
凌統「…………」
こうして凌統は陸遜に簡単に男心を話すことになった。恥ずかしそうに話す凌統に対し陸遜は真剣な表情で「なるほど……」と淡々と話を聞きその日のは江陵の内政業務は止まった。
江陵の修復が続けられる中、城内に集まる呂蒙達の元に孫権からの報が届く。
呉軍兵士「呂蒙様、孫権様から書簡が届いております」
呂蒙「孫権様から? 江陵陥落の労いの言葉かな?」
呂蒙は孫権からの書簡に目を通す。
呂蒙「……」
陸遜「お姉様。孫権様は何と?」
沈黙する呂蒙に陸遜は声をかける。
朱桓「黙っちゃってどうしたんですか? もしかして……凄い褒美が貰えるとかですか?」
呂蒙「いや……呉軍が曹操軍と同盟を結ぶそうだ……」
陸遜「そんな! 信じられません!」
同盟の言葉を聞き陸遜は大きな声で言った。
呂蒙「大きくなった劉備軍への牽制の意味を込めてだと思うが……」
朱桓「が?」
呂蒙「曹操軍と共に関羽を討つと……」
陸遜「あの関羽を討つ? 無理です! 南荊州は我らでは落とせません! ましてや関羽殿を討つなんて……」
呂蒙「関羽に樊城を攻めさせるようだ……関羽がいない隙に我らが南荊州を獲る。その後、関羽の背後から奇襲をかけ討つ……」
陸遜「そんな大掛かりな計が成功するのでしょうか?」
呂蒙「分からない……関羽が南荊州を離れるか離れないか。それに尽きる」
朱桓「呂蒙さん……どうするんですか?」
呂蒙「呉のことを思えば上策とは言えない……だが孫権様が決められたことだ。従うしかあるまい」
陸遜「主君からの命令は絶対ですから……」
呂蒙と陸遜の表情は暗い。
朱桓「孫権様は劉備軍に恨みでもあるのでしょうか?」
呂蒙「恐らく赤壁の戦いで南荊州を横取りされたと思っているのだろう」
朱桓「あっ! でもそれは私も思いました!」
呂蒙「私も同じことを思っていたよ。でも周瑜様は南荊州の統治は今の呉には難しいと考えていて、同盟を結んだ劉備軍が南荊州を治めてくれた方が良いとおっしゃていた……」
陸遜「そんなことを周瑜様が……」
呂蒙「周瑜様の考えと懐の深さには頭が上がらない」
陸遜「では孫権様にそのことを話されてはいかがですか?」
呂蒙「今の孫権様に私の言葉が届くだろうか……この決断はまともな思考とは思えない」
朱桓「では、南荊州に向かうんですか?」
呂蒙「関羽の動き次第だ……もし関羽を討ち南荊州を獲れれば……劉備軍の力は大幅に削減される。崩れた力関係も元に戻るが……」
陸遜「そこから先は……二度と友好な関係を築けず、新たな強敵を作ることになります」
呉軍兵士「報告します! 関羽率いる劉備軍が曹操軍の樊城に向かっています!」
呂蒙「はぁ……腹をくくろう! 南荊州を獲り関羽を討つ!」
呂蒙は溜息をついた後、強い口調で言った。
陸遜「分かりました。お姉様の……いえ、呉の為に私も精一杯頑張ります」
呂蒙達は江陵を後にし南荊州を目指した。南荊州は関羽とその主力となる部隊が不在であり治安維持の為の軍事力しかなかった。
南荊州は江陵から河を渡り南下した場所にある。関羽の進む樊城は江陵の北に位置する襄陽にあり関羽の元に呂蒙達の動向が伝わることはない。
留守となった江陵には建業から甘寧達が入り次第、関羽の背後を襲う手はずになっていた。そして南荊州からの関羽への情報封鎖の為、港を閉鎖し関羽包囲網が進められた。
呂蒙は江陵から最も近い長沙を攻略した。僅か万に届かない長沙の防衛隊は呉軍が攻めると同時に白旗を揚げ門を開いた。残りの桂陽、零陵、武陵も長沙陥落の報を聞き呉軍に投降した。
要領は江陵と同じ統治するからには出来るだけ民への犠牲者を出さない。呂蒙は強奪、民への暴行をしないように兵に徹底させた。
凌統「南荊州陥落は思ったより容易だったな」
呂蒙「関羽さえいなければ難しくはない……逆に関羽という人物が如何に恐ろしい者か教えてくれた」
陸遜「お姉様。南荊州の統治ですが建業から文官が派遣されるのですか?」
呂蒙「そう聞いている。どうかしたのかい?」
陸遜「それらしき人達がお姉様にと」
呂蒙「分かった。会おう。凌統、一緒に来てくれ」
凌統「分かった」
呂蒙は長沙の城門に向かった。
そこには数名の文官と護衛が呂蒙を待っていた。
だがその文官の一人に呂蒙は戦慄する。
孫権の従兄弟である『孫輔』(そんほ)がいたのである。呂蒙は主の血族がいることではなく。以前から謀反の疑いが向けられている孫輔に嫌悪感を抱いていたからだ。
孫輔「呂蒙。貴様、皇族の私をいつまで待たせる気だ?」
呂蒙「孫輔様。申し訳ありません。まさか孫輔様が南荊州の統治に参るとは思いもよりませんでしたので……」
孫輔「ふん。孫権の奴め……私をこんな糞田舎に送り込みおって……」
孫輔は呂蒙を無視する。
凌統「孫輔様。直ぐにお部屋にご案内します」
孫輔「凌統だったかな……」
凌統「はい……」
孫輔「覚えておけ。私に話しかけて良いのは女だけだ。それも私が認めた女だ。お前はその綺麗な顔に免じて許してやるが、覚えておけよ」
凌統「……分かりました」
孫輔は側近と共に門をくぐる。
孫輔「ああ……そうだ呂蒙よ。後で朱桓を私の部屋に呼んでくれ」
孫輔の側近はニヤニヤと笑い。呂蒙と凌統はその言動に歯を食いしばる。
呂蒙「申し訳ありません。朱桓は現在、零陵に行っており、ここにはおりません」
孫輔「ならば先程、会った女でよい」
陸遜のことである。孫輔はそれだけ言い残し呂蒙達を背にし城に向かった。
凌統「呂蒙! 何なんだあいつは! 元々、ムカつく奴だが、いつからあんな偉そうに!!」
呂蒙「周瑜様が亡くなってからだろうな……孫輔様も周瑜様には借りてきた猫のように振る舞っていたし」
凌統「まさか陸遜をあんな奴の元に行かせるわけないだろうな!」
呂蒙「当たり前だ。私の可愛い妹だぞ」
凌統「胸糞悪くなったぜ! 俺は休ませてもらう」
呂蒙「凌統、申し訳ないが休んでいる暇はない。直ぐに兵をまとめて出発の準備をし終わり次第に発ってくれ……私は後から追いかけるから港で合流しよう」
凌統「陸遜と朱桓を逃がすのか!? いいぜ! 直ぐに取り掛かる!」
凌統はその場を去る。
呂蒙「国の一大事にこんな厄介事が起こるなんて……」
呂蒙は孫輔の後を追った。
長沙の城内で孫輔は我が物顔で歩く。
孫輔「ふふふ……前から目を付けていた朱桓がおらんのは残念だが先程の女も悪くはない……田舎暮らしも少しは楽しめそうだ」
護衛「孫輔様。目ぼしい女を攫って来ますか?」
孫輔「いいや。構わぬ……今日は既に決めた女がいる。お前達も楽しみたいのなた自由にして構わぬ。なんせここは私が主なのだから」
孫輔の言葉に数人の側近と護衛は喜ぶ。
孫輔は自室にて陸遜の到着を待っていたが数刻待っても来ない。孫輔は苛立ちを隠せなかった。
その時、ドアを叩く音が聞こえる。
孫輔「やっと来たか……入れ」
呂蒙「お待たせ致しました」
孫輔は驚く。扉の向こうには陸遜ではなく呂蒙が来たことに。
孫輔「お前を呼んだ覚えはないぞ呂蒙」
呂蒙「ここに伯言は参りません」
孫輔「いい度胸だ……皇族の血縁者である私に盾突くか呂蒙……」
呂蒙「国の大事な人材を手籠めにする行為はお控え下さい」
孫輔「説教なぞ! 聞きとうないわ!! 今すぐ連れて来い!」
孫輔は怒声を放つ。
呂蒙「どうしても我慢出来ないと言うのであれば私がお相手させて頂きます」
孫輔「誰が傷物のお前を抱くか!」
呂蒙「そうですか……他の者達は私を相手にしてくれたのですが」
孫輔「なんだと!? どういう意味だ……ん? なんだ……その赤いのは……」
孫輔は呂蒙の包帯に赤い血の様で僅かに染まっていることに気付く。
呂蒙「孫輔様の取り巻きはちゃんと逝かせてあがました……一人残らず」
孫輔「しょっ正気か貴様!! 味方に手をかけるなど許されることではない!」
呂蒙「それはご自分にも言えることではありませんか? 孫輔様……」
孫輔「殺すのか! 私を殺すのか!?」
呂蒙「さぁ……どうでしょう……」
呂蒙は孫輔に歩みよる。
孫輔「ひっ!」
呂蒙「孫輔様……お約束して下さい……南荊州の統治下で民への暴行は一切、許しません……約束して頂けるなら私はこの場を去りましょう」
孫輔「約束する! 約束する!!」
孫輔は震えながら答える。
呂蒙「ではご報告を。孫輔様の側近がこの長沙の民に乱暴を働こうとしておりましたので処罰致しました。幸い未然に防ぐことに成功し孫輔様の名を落とす事態にならずに済みました」
呂蒙は明るい声で笑顔で語った。
孫輔様「ほっ褒めて遣わす……呉の民の為、これからも職務に励むといい……」
孫輔は震える声で呂蒙を称えた。
呂蒙「ありがとうございます。では私はこれより関羽討伐に向かいますので失礼します」
呂蒙は部屋を出、凌統達のいる港に馬を走らせた。
凌統「呂蒙! 待っていたぞ!」
港で凌統達が迎えてくれた。
呂蒙「いやぁー! ごめん! 少し時間がかかった!」
凌統「心配したぞ」
呂蒙「直ぐに行ける?」
凌統「もちろんだ!」
周泰「呂蒙! 聞いたぞ! 陸遜と朱桓がやられそうになったんだって!?」
呂蒙「まあね。でももう大丈夫だ。ちゃんと話せば分かってくれた」
周泰「だったらいいんだけど」
朱桓「私! あいつ嫌いです! 心の底から嫌いです!」
陸遜「でも朱桓さん。上手くやれば皇族の仲間入りですよ?」
朱桓「あっ……それは……いやいやいや! それでも無理です!」
凌統「だが話なんて聞く奴じゃないだろ? どうやって……」
呂蒙「簡単さ。伯言と朱桓が性病持ちだって言ったんだよ!」
「呂蒙さぁあああん!」 「お姉様ぁあああ!」
朱桓と陸遜が叫ぶ。
呂蒙「しょうがないだろ? そうでもしないと諦めてくれないんだからさ」
凌統と周泰は顔見合す。
周泰「嘘だな。呂蒙がおちゃらける時は何かを隠している時だからな」
凌統「本当はどうなんよ呂蒙」
呂蒙「あっちゃあ……そんなに真実が知りたい?」
周泰「知りたいね」
呂蒙「私が相手になるって言った」
「え!?」
四人は驚く。
呂蒙「凄くスッキリした……たまにはいいもんだね」
呂蒙の言葉に朱桓と陸遜は震える。
周泰「ふーん……殺したんだ」
朱桓「え!? 殺したんですか!?」
呂蒙「側近だけね。釘は刺しておいたから大丈夫だろ」
陸遜「あまり無茶はしないで下さいね。お姉様」
呂蒙「大丈夫だよ伯言」
凌統「結果としてはいいんじゃないか? それよりそろそろ出よう」
陸遜「急ぎ樊城に向かいましょう。次は皇族よりも恐ろしい関羽と戦わねばなりません」
呂蒙「うん。樊城が落ちていなければいいんだけど」
凌統「しかし、曹操軍も凄いな。関羽を誘き出すなんて」
呂蒙「確かに。前線の防備を薄くするだけで誘い出せるもんなのかな」
陸遜「私には何かある様に思えますけど……」
呂蒙「考えても分からん。甘寧達も向かっているようだ。急ごうか」
凌統「ああ」
こうして呂蒙達は襄陽の樊城に向けて船を出した。




