呉編 追撃
呉編 追撃
赤壁の大勝によって呉軍は領土拡大の為、追撃戦に移る。周瑜は出来るだけ早い段階で江陵の攻略をする必要があった。その一番の理由は兵站である。
呉の本土から物資を運ぶことは河を渡すこととなり、その労力は陸地と比べ非常に手間のかかるものであった。曹操軍の領土の民から食料を奪いことは簡単である。だが、呉軍の優位な状況で、間もなく江陵は呉の領土となることを考えれば自国の民として江陵の民を扱う必要があった。
全ては必ず勝つという前提の考えだ。
江陵を攻める周瑜の元に曹操軍の情報が届いていた。
周瑜「江陵の守りは曹仁か……偵察隊から何か報告は?」
韓当「ふぉるふぉる」
周瑜「何? 徹底抗戦の構えだと? この状況で……援軍が来るとは考えにくい……韓当、作戦変更する」
周瑜はふぉる語を理解している。
韓当「ふぉる」
周瑜は曹操軍の徹底抗戦の構えに驚く。赤壁で多くの死傷者を出し江陵を守る兵はたかがしれている。周瑜は呉軍の中で最も実践を経験をしている……何か起こりそうな予感がしていた。
江陵は大河を挟み北に向かう為の重要な拠点になる。周瑜としては曹操軍が立て直す前に何とか領土を広げておきたいと考えた。
周瑜「こんなところで時間を無駄にするわけにはいかない……」
韓当「ふぉる?」
周瑜「曹操の治める領土はとてつもなく広い。中原だけでも呉の数倍はある領土だ。江陵はその中でも大きな都市の一つ。簡単に明け渡してくれるとは思っていなかったが……徹底抗戦となると話は別だ」
韓当「ふぉるふぉる!」
周瑜「うむ。頼みますよ韓当」
韓当は周瑜に前向きな言葉を伝えたようだ。
呉軍は江陵から数里、離れた場所に陣を構える。江陵攻略の準備で将兵は慌しく動き回る。
呂蒙と陸遜は遠目に映る江陵を眺める。
呂蒙「城攻めか……」
陸遜「どうかしましたか?」
呂蒙「城攻めは初めてなんだ」
陸遜「そうそう機会がある訳ではありませんからね。それに実際に攻めることはしないでしょうし」
呂蒙「考えれば考える程、城攻めは不利だもんな」
陸遜「はい。だからこそ敵の補給を断つ。長期戦では物資の消耗が激しくなるのが常ですからね」
呂蒙「城攻めで味方の被害を大きくするのか。兵糧攻めで物資の消耗に耐えるのか。どちらにしても曹操軍には早く撤退して頂こう」
徐盛「おーい! 呂蒙!」
徐盛が手を振りながら向かってくる。
呂蒙「徐盛。どうかしたのか?」
徐盛「やっと追いついた!」
呂蒙「どうしたんだよ。一緒に来てたんじゃなかったのか?」
徐盛「曹操軍の陣営にある物質を頂戴してたんだよ。気が付いたら、みんないなくなってて驚いた」
呂蒙「はははは。それはお疲れさん」
陸遜「徐盛さん。赤壁は今どうなっていますか?」
徐盛「赤壁は戦場の跡ってだけだ……だが河の下流は悲惨な光景だ。曹操軍の兵達の死体で見るに絶えない光景だ」
陸遜「……」
陸遜は口を閉ざす。
呂蒙「伯言。戦いに死はつきものだ。あまり深く考えない方がいい。死は私達にとっても明日は我が身だが、生に執着してこそ前に進めるのが軍だ」
陸遜は頷く。
陸遜「徐盛さん。江陵攻めの件に付いて何かお聞きになっていますか?」
徐盛「包囲網は出来ているから後は……ああっそうだ。城攻めの準備を韓当殿がしていたな」
陸遜「城攻めの準備を? では曹操軍は……」
呂蒙「どうしたんだ伯言?」
陸遜「周瑜様は江陵戦を長期に持ち込みたくない。曹操軍も江陵戦において勝利はありません。曹操軍は機を見ていずれ撤退する決断をしなければなりません」
徐盛「なるほど。それで?」
陸遜「恐らく周瑜様も困惑されていると思います。勝ち目のない戦いなのに徹底抗戦の構えを見せて来たのでしょう。そうでなければ、城攻めを決行する筈がありません」
徐盛「凄いな陸遜……周瑜様の考えまで分かるのか」
呂蒙「徐盛。伯言は凄いだろ? 私に何かあった時は伯言のことを頼むな」
徐盛「そんなこと言うもんじゃねーよ。そう思うだろ陸遜も」
陸遜「はい。お姉様はのことは私が守ってみせます」
呂蒙「嬉しいことを言ってくれるな伯言は」
呂蒙は陸遜の頭を撫でる。
徐盛「じゃあ。城攻めは俺達三人と周瑜様と韓当殿と黄蓋殿の六名か?」
朱桓「じぃーーー」
朱桓が木の陰から呂蒙達を眺めている。
陸遜「あっあの……向こうで朱桓さんが……こちらを見ているんですけど……」
呂蒙「ん? あっ本当だ。朱桓! こっちにおいで!」
朱桓「うわーーん! 呂蒙さーーん!」
朱桓が泣きながら走ってくる。
呂蒙「どうしたんだよ朱桓?」
徐盛「ああっそっか! 朱桓といつもいる連中は合肥攻めに行ったんだよな」
朱桓「そうなんですーー! 話せる人が少なくて! 黄蓋殿と韓当殿は『ふぉるふぉる』しか言わないしーー! もう寂しくてー!」
呂蒙「そっか! しばらく一緒に行動しような朱桓」
陸遜「朱桓さん。お姉様が一緒にいてくれますから大丈夫ですよ」
朱桓「はい!」
徐盛「陸遜。呂蒙が朱桓に取られてもいいのか?」
陸遜「私はお姉様のことは尊敬していますが自分のものだとは思っていませんから」
徐盛「なるほどな呂蒙が陸遜を可愛がる気持ちも分かるな」
呂蒙「徐盛も可愛がってくれよ」
朱桓「私のこともお願いします!」
徐盛「朱桓は駄目だな。甘寧に怒られる」
朱桓「甘寧さん!? いっつも私に冷たいんですよ!」
「それは愛情の裏返し」
呂蒙、徐盛は朱桓に言った。
朱桓「あんな怒りっぽい人よりも優しい人がいいんですけど!」
朱桓は言い返す。
周瑜「呂蒙。ここにいましたか」
「周瑜様!」
突然の周瑜の登場に驚く。
周瑜「陸遜も一緒か。なら話は早そうですね」
陸遜「曹操軍の徹底抗戦の件ですね」
周瑜「出来るだけ早く攻略したい。時間稼ぎするという事は援軍の到着を待っている可能性がある」
陸遜「江陵の重要さを考慮すると曹操軍の考えも理解できますが。だからと言って、とても守りきれるものではないはず」
周瑜「もちろんで。ですが江陵で戦を長引かせることは江陵の民の反感を買いかねない。江陵から曹操軍を奪った後は呉が統治するのですから」
陸遜「!」
陸遜は驚く。周瑜が既に江陵を拠点として徴兵、そして税を徴収する民に目を向けていたことを。
周瑜「分かってくれればそれでいいのです。話を戻しますが江陵を包囲戦で総攻撃します。敵の退路を残し北からの攻撃だけは決してしないように」
「はっ!」
呂蒙達は周瑜に返事を返す。
周瑜「では行きましょう」
周瑜は呉の将兵に号令をかける。江陵に多くの攻城兵器が投入されたが主に衝車でどこまでも江陵の門を開けることに周瑜はこだわった。
江陵を守る曹操軍は呉の猛攻を大くの犠牲を出しながらも衝車を狙う。馬上から油の入った壺を投げ火矢で燃やす。呉軍は衝車を燃やされまいと衝車を守るように戦うが多くの衝車を失う。やがて日は暮れ江陵戦は引き分けとなった。
結果として大した被害もなく江陵攻略の初戦は幕を閉じた。
日が暮れ、呉軍の陣営では会議が開かれていた。
周瑜「想像以上に江陵の守りは堅いな……」
呂蒙「周瑜様。これからの攻撃は味方の被害が大きくなるばかりかと……」
周瑜「ふむ……江陵は長期戦に切り替える。呂蒙達には別の任務を与える」
呂蒙「別の任務? で、ございますか?」
周瑜「江陵が長期戦になる以上、片付けて置きたい問題がある」
呂蒙「分かりました。何なりとお申し付け下さい」
周瑜「呉の南に巣食う、山越の討伐を任せたい」
呂蒙「山越の討伐ですか?」
周瑜「そう。主力の部隊が前線に留まる以上、後方の山越共の動向が気になる。早い段階で手を打っておきたい」
呂蒙「分かりました」
周瑜「江陵は私と韓当、黄蓋で十分だ。朱桓と徐盛も連れて行くと良い」
呂蒙「分かりました。ありがとうございます」
周瑜の突然の言葉に呂蒙は驚いたが山越と呉の関係を考えると納得せざるを得なかった。山越とは元々遥か昔に越という国があった場所で山岳地帯を占める地域である。呉の南に位置しこれまで何度も友好的な関係を築こうとしたが交渉は失敗に終わっていた。それから考えの足りない野蛮な人種として越と呼ばずに山に籠る猿と揶揄し山越と呼んでいた。
呉軍兵士「報告します! 劉備軍が南荊州の攻略を開始致しました!」
呂蒙「何だって!」
呂蒙は兵の報告に驚く。
周瑜「見事だな」
呂蒙「周瑜様! 赤壁での功を横取りされた様に思います!」
周瑜「呂蒙。劉備軍の諸葛亮殿は馬鹿ではない。我らの江陵攻めに時間が掛り過ぎていることを理解していればこそ南荊州の攻略に移ったのです。江陵攻めに手間取っている間に、南荊州の曹操軍残党が援軍にとして江陵に向かう様な事態になれば我らは挟撃されてしまう」
呂蒙「それは……確かにそうですが……」
周瑜の言葉に呂蒙は返す言葉が見つからない。
周瑜「それに南荊州は広い……今の呉軍では守りきれない。同盟の劉備軍が南荊州を獲ったことは今後の流れを考えれば悪くない」
呂蒙「周瑜様のお考え、分かりました。己の思慮の浅さを恥じるばかりです」
周瑜「そう自分のことを責めるな呂蒙。それよりも山越の件、頼みましたよ」
呂蒙「はい! お任せ下さい!」
呂蒙は出発の準備をする。
陸遜「お姉様。周瑜様は何と?」
天幕の外で陸遜が待っていた。
呂蒙「私達は山越の討伐に移る。江陵は周瑜様と韓当殿達で長期戦の構えで臨むそうだ」
陸遜「山越の討伐ですか……」
呂蒙「徐盛と朱桓も一緒に連れて行っていいってさ」
陸遜「朱桓さん。喜びそうですね」
呂蒙「そうだねー。伯言も可愛いけど朱桓も可愛いよね」
陸遜「私も朱桓さんは可愛いと思います。妹の様な感じですね」
呂蒙「ははっ、伯言もお姉様と呼ばれる日が来るかもね」
陸遜「そんな……私なんてそんな……恥ずかしいです……」
呂蒙「伯言。その恥ずかしい思いを私はして来たんだよ」
陸遜「そんな! お姉様を辱めるつもりなんて!」
呂蒙「冗談だよ伯言。最初は少し照れたけど今はお姉様と呼んでくれる伯言が可愛くて仕方がない」
陸遜「あっ、ありがとうございます! お姉様!」
呂蒙「さぁ行こうか。伯言」
翌朝、江陵を背にし呂蒙は呉の南、越族の領土を目指した。




