張飛の報復
張飛の報復
馬超と張飛は兵を率い関羽の救出に向かう。強行とも言える速度で馬を走らせ将兵の疲れは限界がきていたが誰も愚痴をこぼす者はいなかった。
馬超「張飛殿! この先からは呉の領地だ!」
張飛「うん! 誰が表れても私は手加減しないから!」
馬超「あの煙は何だ……」
馬超は遠くに煙が昇っていることに気付く。それと同時にとても嫌な予感がした。
張飛「きっとあそこの関姉がいるんだよ! 急がなきゃ!」
馬超「待ってくれ! 誰かが向かってきている!」
張飛「え……兄ちゃんだ!」
張飛は姜維の姿を捉える。
張飛と馬超は姜維の元へ向かう。
姜維「張飛! 馬超さん!」
張飛「兄ちゃん! 関姉は!?」
姜維「すまない張飛……呉の猛攻に砦がもたず血路を開いたのだが……僕を逃がす為、関羽さんはしんがりに……」
張飛「そんな……兄ちゃんが悪い訳じゃないよ! 同じ立場だったら私も同じことしたと思う……」
張飛の言葉に力がない。
馬超「姜維殿。関羽殿の安否が定かでないのであれば直ぐに救出しに行きましょう!」
姜維「はい!」
張飛「関姉……待っててね! 直ぐに行くから!」
劉備軍兵士「急報です! 関羽将軍が呉軍に捕えられ孫権に処刑されたとのことです!」
「え……」
そこにいた者達は言葉をなくす。
姜維「関羽さんが死んだ……僕が敵に捕まれば関羽さんは死なずに済んだのに……」
馬超「姜維殿! その考えは捨てられよ! 関羽殿は仁義に厚いと聞く。仮に姜維殿が捕まっても関羽殿は単身呉に切り込んだはずだ!」
姜維「……」
姜維は馬超の言葉に何も言わなかった。
馬超「姜維殿。自分を責めることで片付くことなど一つもない。特に戦争というものは……」
姜維「はい……ありがとうございます」
姜維は馬超の言葉が気遣いであることを分かっていた。
馬超「関羽殿が亡くなられた。このまま俺達だけで呉に一矢報いますか?」
姜維「それは……」
張飛「馬超……孔明が漢中が危ういって言ってたよね。馬超は漢中の応援に向かって……」
馬超「張飛殿……分かりました。先に漢中に向かい劉備様にも報告致します」
張飛「ありがとう……一旦、兵を休めるね……」
張飛は馬超に礼を言い兵達に休息を取らせに場を離れる。
馬超「姜維殿。ちょっといいか?」
姜維「はい」
馬超「張飛殿のことだが。自暴自棄にならない様に良く見て置いた方がいい……経験上あれはちょっと良くない状態だと思う」
姜維「分かりました。馬超さんありがとうございます」
馬超「うん。では、俺は行くが引き際をくれぐれも間違わないでくれよ。曹操との戦いの時、運良く助かったが。怒りに任せて動くのは危険だ……」
姜維「分かりました。後で追いかけます」
馬超は益州に戻っていった。
張飛「兄ちゃん……少し話したい。呉軍はまだ荊州にいるんだよね」
姜維「ここはもう呉軍の領地だからね……どうしてそんなことを……まさか張飛!」
張飛「関姉の仇! 取りに行くよ! 兄ちゃんが来なくっても一人でも行くから! 止めても無駄だよ!」
姜維「張飛……この戦いは既に……」
姜維は悲しい顔で張飛を見る。張飛の気持ちが痛いほど分かるからだ。
張飛「兄ちゃんごめんね。兄ちゃん付き合わせるの良くないって分かっているんだけど」
姜維「分かった……張飛まで失う訳にはいかない! 行こう! そして劉備さんには一緒に怒られよう!」
姜維は決心する関羽の敵を討つ為ではなく張飛を守る為に戦おうとした。
張飛「兄ちゃん! ありがとう! 本当に大好きだよ! 帰ったら兄ちゃんに餌あげるね! 餌!」
姜維「張飛! 餌って何だよ! まぁ勝利の余韻に浸っている呉なら十分な勝算はある! 一緒に関羽さんの仇を取りに行こう! ただしやりすぎは禁物だからね。僕が撤退する時を決めるから必ず一緒に撤退すること!」
張飛「うん! 約束する!」
姜維「よし! じゃあ行こうか!」
張飛と姜維は呉軍の陣営に向かう。
姜維達は出来るだけ遠回りしながら呉の陣営を目指した。
姜維「張飛。斥候の話ではこの先に呉軍がいるようだ」
張飛「一気にいく?」
姜維「いや……一度、身を隠そう」
張飛「ええ! どうして!」
姜維「こんな場所に長く留まる意味などない。呉軍は必ず陣払いをするから、そこを一気に叩こう」
張飛「まぁ兄ちゃんがそう言うなら……」
姜維「馬超さんが撤退したことで呉軍は僕たちも一緒に撤退したと思っててもおかしくはない。現状、兵の数だけでも圧倒的に不利な状況だからね」
張飛「それってつまり……」
姜維「やられっぱなしじゃつまらないだろ? やるからには必ず勝つ! これは関羽さんと周倉君の弔いでもあるんだから」
張飛「兄ちゃん……私……本当に兄ちゃんと一緒で良かったよ」
姜維「そっか。僕も張飛と一緒で嬉しいよ。ところでさ聞きたいことがあるんだけど」
張飛「なに?」
姜維「張飛って自分のこと私って言う時と張飛って言う時があるよね? どうやって使い分けてるの?」
張飛「え……全然分からないや……言われてみればそうだよね……」
姜維「無意識か……さてと野営の準備をしよう。少し移動して食事を済ませよう。夜は火を焚けないけど我慢してね」
張飛「そうだよね……仕方がないよね」
姜維達は日が暮れる前に早めの食事を済ます。その後、呉軍の陣営から離れた林に移動し身を隠す。
姜維「ここからなら静かに移動すれば呉軍陣営近くまで接近できるな」
姜維は兵達に出来るだけ静かにし休む指示を出す。益州からの強行で兵達は疲れから横になり眠りについた。
姜維「はは……真っ暗だ……これはもう眠るしか出来ないな」
僅かに夕陽が差し込むが林の木々が光を遮る。
姜維「よっと……」
姜維は木にもたれ掛かる。関羽と周倉の死を受け入れたわけではない。だがどうしてか姜維の気持ちは暗くない……それが張飛の存在が如何に大きいか知る。一人であれば後悔の念で潰れていたかも知れないと思った。
日は完全に落ち辺りは闇の世界だった。姜維はいつの間にか寝ていた。目を開けても閉じても変わらないその景色の中で兵達の寝息が聞こえる。
姜維「みんな疲れていたんだ……張飛もゆっくり休めるといいけど……」
姜維は呟く。
張飛「私まだ起きてるよ?」
姜維「張飛! 近くにいたんだ……驚いた……ごめん。寝る邪魔をしたかな」
張飛「ううん。関姉と周倉のことを考えてたら寝れなかったの」
姜維「そうか……」
張飛「ねぇ兄ちゃん。私ね今になって関姉と周倉ともっと遊んでいればよかったと思うの……でもそれが突然できなくなるって怖いことだよね」
姜維「取り返しのつかないことは全てそれに当てはまるだろうね。人の生死はどうすることもできない」
張飛「そっち行っていいかな」
姜維「ああ。構わないよ」
張飛がゆっくりと姜維の横に来た。
張飛「あのね……兄ちゃんは急にいなくなったりしないよね」
姜維「僕が? そんなことしないよ」
張飛「じゃあさ。兄ちゃんは張飛が張飛がなくなっても嫌いになったりしない?」
姜維「どういう意味だい?」
張飛「私ね……力が強いから化け物って呼ばれてたの……それが本当に嫌だった……」
姜維「張飛は化け物なんかじゃない。気にすることはないさ」
張飛「劉姉と関姉だけが初めて張飛のことを人として扱ってくれたの」
姜維「それは何も劉備さんや関羽さんだけじゃないと思う」
張飛「ううん……違うの……兄ちゃんは知らないだけだから」
姜維は張飛の声が聞こえる方に目を向けるが暗くて何も見えない。
姜維「僕にとって張飛は張飛だよ。化け物なんて絶対に思わない」
張飛「そっか……でも張飛が……ううん。何でもない。もう寝るね」
姜維「ああ。お休み」
張飛が何を言いたいか理解出来なかった。張飛の強さは化け物じみてると言えばそうかも知れないがそれほど気にすることはないのにと姜維は思った。
張飛「兄ちゃん起きて」
姜維「んっ……張飛……」
辺りが青白い。日が登り始める頃、張飛は姜維を起こす。
姜維「もう朝か……兵を起こさないと……」
姜維と張飛は兵達に声を掛ける。
張飛「あのね。さっきさ呉軍の場所を先に見に行って来たの」
姜維「え? 見つかったりしなかったかい?」
張飛「うん。大丈夫だよ。兄ちゃんの言う通りだった。陣払いを始めてた」
姜維「そうか。なら呉軍の陣払いが完全に終わると同時に奇襲をかけよう」
張飛「うん!」
姜維達は兵を率い呉軍の元へ向かう。
張飛「あれ……何かさっきより少なくなってる……」
姜維「撤退が始まったんだ! 叩くなら今だ!」
姜維は突撃の号令を掛ける。
張飛を先頭に劉備軍は撤退途中の呉軍の後ろから襲いかかる。
劉備の奇襲を予期していなかった呉軍は混乱する。張飛は逃げ遅れた呉軍を蛇矛で切り裂く。関羽の仇討ちの為かいつも以上に激しい張飛の攻撃に呉軍は旋律する。呉軍の武将らしき人物が撤退する旨を叫んだ。完全に虚を突かれ立て直しは不可能だと判断したのだろう。姜維は呉軍と戦いながらも敵の増援が来ないか周囲に気を張っていた。我先に逃げる呉軍で生き残った者は多くはなかった。
姜維は逃げる呉軍を追うことはしなかった。完全な引き際は今しかないと判断したからだ。圧勝した劉備軍は逃げる呉軍を眺め関羽の仇討ち成したことを喜んだ。
張飛「兄ちゃんやったね! 関姉も喜んでくれるかな!」
姜維「あぁ! きっと喜んでくれてるよ! さぁ成都に帰ろう!」
張飛「うん! あっでも……兄ちゃん先に帰ってて。張飛は後から帰るよ」
姜維「どうしたんだい? ここはまだ荊州に近い。危険だから一緒に帰ろう」
張飛「うん。関姉が死んじゃった場所だから……ここでもう少し一人になりたくて……」
姜維「そうか……分かった。先に成都に戻るよ」
姜維は張飛の気持ちを汲んだつもりであった。
姜維「張飛の前ではああ言ったけど呉軍を打ち破っても関羽さんは帰らない……こんな戦い意味が無いことくらい自分でも分かってるのに……」
帰路につく姜維は自問自答する。
呂蒙「だっ誰か……誰か……そこにいるのか……たっ助けてくれ……」
姜維は助けを求める声の元に向かった。
姜維「ん?……呉軍の武将……怪我をしているのか」
呂蒙「すまない……助けてくれ……」
呂蒙は瀕死の声で姜維に助けを求める。
姜維「あなたは……はっ! 眼が見えていないのか……」
姜維は驚いた。助けを求める者の眼球が真っ黒になり明らかに異常だと感じた。
呂蒙「何方か存じ上げないが……助けて欲しい……私は呉の呂蒙……」
姜維「酷い傷だ……呂蒙殿この傷では助かる可能性は……」
姜維は呂蒙が負っている傷が致命傷であることが分かった。剣を突き刺された様でその傷は背中を貫かれていた。
呂蒙「違う……助けて欲しいのは私ではない……呉を助けて欲しい……呉に巣食う……あの……化物から……呉……を……」
呂蒙は怪異な言葉を最後に息を引き取った。
姜維「呉に巣食う化物から呉を助ける? 一体どういう意味だ? このまま放置するのもかわいそうだ……せめて人目に付かないようにしよう」
姜維は呂蒙の遺体を抱え近くの川まで運び流した。
姜維「くそっ! 呂蒙殿は最後まで自国を憂いていた。この戦いに意味はあるのか! 争う必要はあったのか! 一体乱世とは何なんだ!」
呂蒙の言葉が姜維を正常にさせた。以前、孔明から聞いた話を思い出す。みな守るべきものがあるということを……。
姜維は急ぎ成都を目指す。曹操軍の動きがどうなっているか気になって仕方がない。数日を経て気が付けば金雁橋まで姜維はたどり着く。
姜維「ここは張任が亡くなった場所か……張任も決して悪人ではなかったんだ……」
敵といえど戦う理由があり戦った。ほんの少しの誤解から命のやりとりに変わる乱世がとても恐ろしいと感じた。




