綿竹関の戦い 下
綿竹関の戦い 下
城門前では先鋒隊が戦っていた。
張飛と魏延もなんなく綿竹関の部隊を討ち城門までたどり着き、門の破壊を試みていた。黄忠は張飛達の補佐に徹し綿竹関の城壁の部隊の迎撃に徹していた。
黄忠「矢の充填遅い! 綿竹攻略は弓兵団にかかっているのよ!」
黄忠は兵に激を飛ばす。みんなが余裕にある中で一人だけ焦っていた。
黄忠「絶対に矢一本射らせない!」
先程のやり取りで完全に意地になっている……弓兵はへとへとになりながらも頑張る黄忠に応えたく奮戦した。
黄忠「よろしくね……張飛が私に向けた笑顔……可愛かった……絶対に張飛を守ってみせる!」
守ってみせる! そこに何故か魏延の名が出てこない。
張飛達が城門にたどり着いてから半刻……
「ドーン!」
門が開けられた大きな音がした。その音は勝敗がけっしたことを両軍に伝え劉璋軍は逃げ惑う。
完全勝利劉備軍は追い討ちすることなく綿竹関に入る。
馬謖「ふー。綿竹を落としようやく一息つけるな」
姜維「本当だね」
張飛「兄ちゃん! 張飛ちゃんと門を開けたよ!」
姜維「よくやってくれたね。ありがとう」
張飛「結構堅かったよあの門。腕疲れちゃった」
「ん?」
姜維と馬謖が張飛の言葉に違和感を覚える。
姜維「張飛……ちょっと確認したいんだけど……どうやって開けたのかな?」
張飛「叩いたの」
馬謖「もしかして……それで?」
馬謖が張飛の蛇矛を指す。
張飛「そう」
「……」
姜維と馬謖が言葉を失う。
姜維「門を開ける為の破城槌は……使わなかったんだ……」
張飛「あれね。魏延が準備してたんだけど使い方が分からなくて……」
「……」
姜維と馬謖は使い方は一つしかないと思った。
馬謖「そうだったんですか……後で魏延には私から伝えておきます」
黄忠「張飛……どうだった……敵から矢は飛んできた……?」
フラフラになった黄忠が現れる。
張飛「矢? うーん。飛んでこなかったよ」
黄忠「そう……ならいいの……私……少し休ませてもらうわ……」
張飛「黄忠」
黄忠「何……?」
黄忠は振り返る。
張飛「矢は飛んでこなかったけど石が沢山振ってきた」
黄忠「石までは……無理……」
張飛「そっか……でもありがとう。頼もしいよ黄忠」
黄忠「へへっへへへへ……」
張飛の礼の言葉に不敵な笑みを浮かべ去る黄忠であった。
姜維「黄忠さん。大丈夫かな……」
馬謖「取り敢えず兵を休めよう。私は劉備様に戦況を伝えに行く」
姜維「うん」
馬謖が去り。姜維と張飛の二人だけになった。
姜維「うん? どうしたんだい張飛」
張飛が姜維の顔を覗き込む。
張飛「兄ちゃん……分かち合い……」
姜維「ひっ!」
姜維の叫びが綿竹関に響き渡る。
馬謖は綿竹の一室で休む劉備の元を訪ねる。
馬謖「劉備様。戦況の報告を報せに参りました」
劉備「馬謖さん。丁度良い所に……」
馬謖「どうかなさいましたか?」
劉備「法術を使うのは結構ですが特性を理解し使って下さいね」
馬謖「え……ああ……申し訳ありません」
劉備「炎の法術は最も危険な術の一つです。闇雲に放つものではありませんが助けられたことは事実です」
馬謖「返す言葉もありません……結果として多くの山林を燃やし消火活動に余計な労力を割いたことは……私の責任です」
劉備「ですが素晴らしい才能です。孔明とはまた違うのですね……私もそれ程、法術に付いては詳しくありませんがもし良かったら教えてくれませんか?」
馬謖「そういうことであれば喜んで! 法術は属性があります主に炎、氷、風、物理の四つの属性、それぞれ使えるのは人によって異なり必ず一種類になります」
劉備「へぇ……人によって固定されているのですね……何が基準なのですか?」
馬謖「生まれ持った相性とでもいいましょうか……自分では選択出来ないので何とも……」
劉備「以前、孔明の法術を見たことがありますが詠唱時間に差がありますね」
馬謖「先生程の才能であれば当然のことです。これは知略と言いますか法術に対する知識と理解から決まるものでまだまだ未熟な私にはあれが限界でした」
劉備「ではこれからが楽しみですね」
馬謖「精進するつもりです。それと綿竹関にはかなりの備蓄がありました。当面は補給なくとも軍を維持することが出来そうです」
劉備「それは嬉しい報告です。今日はゆっくりと休めるといいですね」
馬謖「はい」
馬謖は劉備に報告を終え皆の元へ向かおうとした時、既に炊事の準備が始まっていた。劉備軍は綿竹関の勝利を喜び少し早目の夕食は活気づいたものとなった。
馬謖「おやっさんもそろそろ帰ってくる頃ですよね」
姜維「うん。確かにそろそろ帰って来てもおかしくないんだけど……」
姜維と馬謖は夕食を済ませホウ統の帰りを待っていた。
張飛「兄ちゃん!」
張飛が血相を変えて現れる。
姜維「どうした張飛? 一緒に遊ぶのはまだ駄目だよ。綿竹を落としたばかりで、やることが沢山あるんだから」
張飛「違うよ! おやっさんが!」
姜維「!? おやっさんがどうかしたのかい!?」
張飛「おやっさんの部隊が劉璋軍・張任に待ち伏せされてて……うわーん!」
張飛が泣き始める。
姜維「そっそんな!」
馬謖「鳳雛と言われたおやっさんが……まさかこんな所で……」
姜維と馬謖は衝撃を受ける。
姜維「何てことだ……おやっさんから学びたいことは、まだ……まだ沢山あるのに……」
馬謖「姜維! しっかりしろ! 姜維は副軍師なんだろ!」
姜維「馬謖君……そうだね……こんな時おやっさんだったら……」
張飛「兄ちゃーん。ひっくひっく……」
張飛はに泣き止まらない。
姜維「張飛。このことは皆に報告したかい?」
張飛「まだ……兄ちゃんが一番最初……」
姜維「ありがとう張飛」
姜維「馬謖君。おやっさんのことを劉備さんに伝えて来て欲しい……」
馬謖「分かった。任せてくれ……姜維はどうするんだ……?」
姜維「魏延さんの所へ行って来ます……」
馬謖「そうか……一番辛い役回りだな……」
張飛「兄ちゃん……張飛どうしたらいい?」
姜維「張飛は黄忠さんに伝えに行ってくれるかい?」
張飛「うん……」
姜維「今、出来ることをやらなければ! 悲しむのはその後だ……」
姜維は魏延を探しに向かう。
馬謖は再度、劉備の元に訪れた。
馬謖「劉備様……」
劉備「馬謖さん。どうかしましたか?」
馬謖「おやっさんが劉璋軍の待ち伏せに合い……亡くなりました」
劉備「なんですって……そんな……」
劉備「おやっさんが……信じられません……」
馬謖「おやっさんの死は緊急事態です。先生の元に報告及び、助けを求めに行くことをお許し下さい」
劉備「孔明に……しかし軍師は姜維君が……」
馬謖「姜維は副軍師ではありますがまだまだです。ここは先生に……」
劉備「分かりました……では、その様に……」
馬謖「ありがとうございます」
劉備「おやっさん……うぅ」
劉備の目から涙が流れる。
黄忠の元に張飛が訪れる。
張飛「黄忠……」
黄忠「張飛。おやっさんのことですね……」
張飛「うん……」
黄忠「先程、兵から聞きました……辛いですね……」
張飛「うん……」
黄忠「私は劉備軍で楽しい時間を過ごしました……戦争をしていることを忘れるくらい……」
張飛「…………」
黄忠「おやっさん……悲し過ぎます……うぅっ」
張飛「うわーーん」
張飛と黄忠は抱き合い共に涙を流す。その後、黄忠は気絶することになる。
姜維は綿竹関を走りまわり魏延を探す。関門を出た場所でようやく魏延を見つけることが出来た。
姜維「魏延さん。こんな所にいたんですね……探しましたよ」
魏延「あっ姜維さん! 私、ここでおやっさんの帰りを待ってるんです」
魏延は姜維に笑顔を向ける。
姜維「魏延さん……おやっさんは……」
魏延「信じません。信じませんよそんなこと。おやっさんはイタズラ好きなんです。皆を驚かそうとしているんです。私には分かるんです! その内、平気な顔して帰って来るんです」
姜維「…………」
魏延の信じたくない気持ちに姜維はどう言っていいか分からなかった。
魏延「どうして黙ってるんですか? どうして『そうだね』って言ってくれないんですか?」
姜維「魏延さん……僕は……」
魏延の心中に姜維の心は締め付けられる。
魏延「私……これからどうしたらいいんです……劉備軍に居場所を作ってくれたのはおやっさんなのに……」
魏延の目から大粒の涙が毀れる。
魏延「おやっさんがいなくなったらどうしていいか分からなくて不安で……不安で……」
姜維「魏延さんの居場所は劉備軍だよ」
魏延「私のことを必要としてくれる人は劉備軍にいるんですか……」
姜維「僕は、魏延さんに劉備軍にいて欲しい……」
魏延「本当ですか?」
姜維「本当です。僕はおやっさんの代わりに魏延さんの居場所を作る努力をします」
魏延「姜維さん。ありがとうございます。でもおやっさんだったら『居場所を絶対作ってやる』って言ってくれるんです」
姜維「!!」
魏延の言葉が姜維の胸に刺さる。
魏延「姜維さんの優しさは嬉しいです。でもおやっさんの代りは無理です」
魏延「姜維さん。お願いがあるんです……」
姜維「はい……」
魏延「少しだけ一緒にいて下さい……」
姜維「少しじゃなくて僕で良ければ気の済むまで一緒にいます」
魏延「ありがとうございます……うわぁああああ!」
姜維の胸で魏延は我慢していた悲しみの声を上げる。
姜維(おやっさん……おやっさんの凄さは亡くなった後にも改めて気付かされます)
姜維はおやっさんの早すぎる死と僅かな期間でこれほどの影響をもたらす人として大きさにやるせない気持で一杯だった。
張任の待ち伏せによって命を落としたホウ統の亡骸は綿竹関と成都を結ぶ街道に横たわっていた。その傍らには張任が用意したであろう二本の槍が交差するように置かれていた。これ以上進むなと言わんばかりの警告にも姜尚は動じない。それ以上に眠る様に横たわるホウ統の亡骸を兵と共に無言で回収し悲しい気持ちを押さえるのに必死だった。
ホウ統の亡骸は劉備の指示の元、戦いの最中としては丁重に葬られた。簡易的ではあるが墓石を立て人の目に付き難い場所に埋葬された。
埋葬時には劉備と姜尚……そして複数の工兵達のみで他の武将は知らされることさえなかった。
劉備「姜尚君……数えましたか……」
姜尚「三十二本です……」
劉備「当たり所によっては一本で死に至る矢を三十二本も受けたのですね……」
姜尚「軍医が言うには……亡くなってから射られた可能性も……」
劉備「私はね……本当ならおやっさんの埋葬にはみんなを参加させるべきだと思ったの……でも冷たくなったおやっさんを見て。とてもではありませんが見せれる状態ではないと判断しました」
劉備と姜維はホウ統の墓に視線を向け互いの顔を見ることなく話す。
劉備「知っていますか? 死体に更なる追い討ちは下衆の極み……凌辱を遥かに超える蛮行だと……」
姜尚「……」
劉備「今回のこと……私は劉璋殿の指示とは思えません。敵将、張任の件……姜尚君に任せます……必ず私の前に連れて来て下さい。これは君主と命じます」
姜尚「分かりました。お約束します……後でお部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか。お話があります」
劉備「いつでも結構です。何か思うことがあるようですね」
姜尚「はい……」
劉備軍の陣営はホウ統のを失ったことにより陣営には喪に服す空気が流れた。
黄皓「張任の奴、上手いことおやっさんを始末した様ですね。これで劉備軍は劉璋軍に敗れるでしょうが……まったく一人死んだくらいで大げさな連中です。笑うことさえ許されない雰囲気を出すなんて……つまらないの一言ですね」
黄皓は一人吐き捨てるように言った。
黄皓「次の戦いで終りか……さて劉璋様は益州に大いに貢献した私にどのような褒美を授けてくれるでしょう。楽しみでありません」
悲しみで覆う劉備軍に一人嬉々する黄皓は明日に備え床に向かった。
その頃、劉璋軍では張任達が陣営にて酒盛りをしていた。
張任「はははは! ホウ統を討ち取ったぞ! 綿竹が奪われたがホウ統のいない劉備軍なら綿竹奪還は容易だろう」
張任の言葉に劉璋軍の武将達は頷き酒を入った杯を空ける。
張任「黄皓も劉璋軍に貢献してくれた。あ奴のことだ。また劉備軍の内情を報告しに来るだろう……後少し……後少しで劉璋様のご恩に報いることが出来る」
張任はホウ統を討ったことでますます劉備軍撃退の使命に燃えていた。
綿竹の一室で劉備はホウ統が亡くなった悲しみと張任に対する強い怒りをどうにか鎮めようとしいた。何度も剣を見ては自分を抑える。今にも軍を率い張任の首を獲りに向かいたい衝動が劉備に襲い掛かっていた。
劉備「……」
姜維「劉備さん……」
劉備「姜維君!? いつの間に部屋に!?」
姜維「たった今です。音を立てずに気配を消しながら来たことは申し訳ありません」
劉備は姜尚が部屋に入ったことに気付かなかった。
劉備「そうしなければならない理由があるということですね」
姜維「はい」
劉備「私を慰めに来たのであれば……今はそんな気にはなれません」
姜維「おやっさんの死因と張任を捕える算段は慰めになりませんか?」
劉備「最高の慰めです。聞かせて下さい!」
姜維「まずおやっさん程の人が何故、待ち伏せに合ったかという疑問です。おやっさんは劉璋軍に頭の回る奴はいないと言っていました。この事からおやっさんは劉璋軍の内部情報をあらかじめ知っていたのだと思います」
劉備「元々、放浪癖のある人であることは知っています。情報収集は軍師として必然ですから、そうかも知れませんね」
姜維「考えられる要素は……誰かの裏切り……いや……間者の可能性です……」
劉備「間者……敵の諜報兵が紛れている可能性があると言うことですか!? ならば今からでも調べましょう!」
姜維「いいえ。それだけはなりません」
劉備「どうしてですか!? 間者がいればこれからの私たちに不利益にしかならない筈です!」
姜維「間者を逆手にとりたいと思います」
劉備「間者を逆手に!?」
姜維「信頼出来る仲間のみで行動します。張飛、黄忠さん、魏延さん、馬謖君」
劉備「馬謖には孔明の元に向って貰いました……」
姜維「そうですか……馬謖君にも参加して欲しかったのですが致し方ありませんね」
劉備「あの……私の名がまだ呼ばれていませんが……まさか私を外すなんてことありませんよね?」
姜維「もちろんです。そこで劉備さんには今からお願いがあります」
劉備「この件についてお願いなど不要です。何でも言って下さい」
劉備にお願いをする姜維の眼は悲しみにくれる者の眼ではなかった。




