長沙攻略 下
長沙攻略 下
長沙に入城した関羽の元に敵将を捕らえた報が伝えられた。
劉備軍兵士「敵将・黄忠と魏延を捕縛しました!」
関羽「そうか黄忠と魏延をここに連れて来い」
劉備軍兵士「はっ、連れて参ります」
キョウ「黄忠か……でも老将なんていたっけな……?」
関羽「それがしも武人としてこれほど熱くなるのは久しぶりだったな」
キョウ「熱くなったというか……あんなに大きな矢が次々と飛んで来てヒヤヒヤしました……あっ来た様です」
関羽の前に連れて来られたのは二人の女の子であった。一人は関羽を睨みもう一人は泣き続けている。
関羽「?!」
黄忠「……」
魏延「ひっく、ひっく」
関羽「女? く、黄忠の影武者か! 本物がどこかにいる筈だ! 探せ!」
関羽は黄忠と魏延を見てそんな筈はないと思った。
黄忠「私が黄忠だ」
関羽「ふざけたことを申すな!」
黄忠「ふざけてなどいない! 黄忠漢升の名は黄家秘伝の弓術を会得した一族の者が名乗る! 私は先代黄忠の娘だ!」
関羽「まさか!! なんということだ!」
黄忠を名乗る少女の登場に関羽は動揺した。
キョウ「老将どころか僕と同じ位の女の子じゃないか!」
黄忠「悔しいけれど煮るなり焼くなり好きにすればいいじゃない!」
魏延「やめて! 黄ちゃんを殺さないで!」
黄忠「魏延! 人ごとじゃないわよ! あなたも死ぬのよ!」
魏延「え? 私も……? 嫌です! 死にたくありません! うわーん!」
関羽とキョウは状況がいまいち把握出来ない。
張飛「あーー! 関姉が女の子を苛めてるーー」
魏延「ひっ! さっきの怖い人!」
魏延が張飛を見て怯える。
劉備「雲ちゃん……そんなことをするなんて、私は姉として恥ずかしい……」
趙雲「関羽殿……見損ないました」
劉備達も到着していた。
黄忠「さっきの変態紳士!」
趙雲「自分のことを言っているのか?」
黄忠「他に誰がいるのよ! 変態!」
趙雲「むーーー! この趙雲を変態扱いするとは!」
キョウ「何があったんです?」
趙雲「自分は黄忠に恥ずかめを受けた立場だ! 黄忠こそ変態ではないか!」
黄忠「嘘よ! 自分で脱ぎ始めたのよ!」
趙雲「事実を曲げるな! 自分が変態に思われてしまう!」
「変態ですね」
その場にいる者達がつぶやく……。
趙雲「それと変態なのは関羽殿だ! 無抵抗な女の子を手籠めにしようとしている」
キョウ「自分の立場が危うくなったから話を戻したのか……」
関羽「趙雲! それがしはこんな小娘に興味などない!」
周倉「おいらの大好きな姉御はそんなことしないはずだ! しない筈……だよね」
諸葛亮「関羽殿……がっかりを通り越しました」
関羽「ちっがーう! 静まれ! 静まれぇええ!」
ホウ統「はぁ……酒が飲みてーな」
キョウ「ホウ統さん。呆れていますね……いや元々どうでもいいのでしょうね」
関羽「だから! この女共は、敵将の黄忠と魏延だ! それがしだって女だという事実を先ほど知ったのだ!」
張飛「ふーん敵将だから悪戯しても良いって思ったんだ」
劉備「雲ちゃん……桃園の誓いは無かったことにしましょう」
周倉「悪戯……おいら少し興奮してきたよ……」
キョウ「ああ……周倉君が関羽さんのせいで汚れていく……」
関羽「悪戯などしない! 姉上もそこまで言わなくとも! 周倉、お前……!」
諸葛亮「ははははははは! 皆さん、関羽殿を苛めるのもこれ位にしましょう」
関羽「なっ! 皆してそれがしをからかって……引っ張り過ぎだろう……」
諸葛亮「黄忠殿。私は劉備軍軍師・諸葛亮と申します。この方は我が主、劉備様でいらっしゃいます」
劉備「噂に名高い黄忠殿の武勇に私は感動いたしました。是非、黄忠殿を劉備軍にお迎えしたいのですが」
黄忠「…………」
諸葛亮「曹操の支配下で黄忠殿が荊州の民を励ましていたと聞きました」
黄忠「…………」
諸葛亮「黄忠殿の力は一人の物ではありません。時代が黄忠殿を必要としているのです」
劉備「そうです。民を想い曹操から民を守ることが黄家本来の役目ではないでしょうか。黄忠殿、どうかこの劉備に力をお貸し下さい」
劉備は頭を下げる。
黄忠「そこまで言って頂けるのなら分かりました。劉備殿にお仕えしましょう」
劉備「ああっ! ありがとう! 黄忠さん!」
諸葛亮「それと……魏延殿と申しましたね」
魏延「はっはい……」
諸葛亮「中々良いものを持っている様ですが曹操軍にもう戻らないと約束して頂ければこのまま解放しましょう」
魏延「えっ? ほっ本当ですか! でも私……黄ちゃんとずっと一緒にいたい……」
諸葛亮「それはなりません。魏延殿は将器として黄忠殿には及びません」
魏延「そんなー! 黄ちゃんと一緒にいたいですー!」
劉備「孔明。魏延さんも迎えてはいかがですか?」
ホウ統「孔明の判断は悪くはないが魏延殿の武勇に関してはお前も認めているところだ。将器はこれから育てるという形で迎えては?」
諸葛亮「分かりました。ホウ統がそこまで言うのであればそうしましょう。その代わり魏延殿の教育をして下さい」
ホウ統「おう。任せろよ」
劉備「ではこれで魏延さんも劉備軍の仲間ですね」
魏延「黄ちゃん! これでまた一緒にいられるね!」
諸葛亮「魏延殿。そこはまず劉備様に挨拶をするべきでは?」
魏延「あっすみません。劉備様これから宜しくお願いします!」
劉備「魏延さん。期待していますね」
キョウ「これで強力な仲間が入ったわけか……」
ホウ統「一番欲しい人材が手に入ったな」
趙雲「ええ。弓に長ける者を迎えいれることは嬉しいことです」
キョウ「そうか……これで戦術の幅が大きくなるのか」
ホウ統「そういうこった。長沙攻略を最後にしたのは黄忠殿をどうしても迎え入れたかったことにある」
劉備軍兵士「報告します! 江陵攻めにて呉の周瑜殿が死去致しました!」
諸葛亮「なんですって!? 死因は何ですか!?」
劉備軍に衝撃が走る。
劉備軍兵士「死因は不明ですが曹操軍による暗殺との噂です。また合肥でも呉軍は曹操軍相手に大きな痛手をこうむった様です」
諸葛亮「惜しい人を亡くしました……赤壁の戦いは周瑜殿あってこその大勝であったのに……」
劉備「孔明……周瑜殿の葬儀に行きますか?」
諸葛亮「お悔やみの文を孫権様に届ける様に致します」
劉備「そうして下さい。でも誰も葬儀に行かなくて良いのですか?」
諸葛亮「今は避けるべきかと……」
関羽「どうしてなんだ? 呉は同盟国なんだろ?」
諸葛亮「理由は二つあります。呉は曹操軍への追撃戦の真っただ中と言うのが一つ……」
キョウ「ではもう一つの理由は何ですか?」
諸葛亮「周瑜殿が亡くなったとなれば呉軍が曹操軍の領土を奪うのは難しいでしょう。そうなると呉軍は我らが手に入れた南荊州に目を向けるかもしれません……」
キョウ「そんな……呉では南荊州までを治めきれないのに……」
諸葛亮「この南郡は劉備軍にとって大事な土台になります。この先、曹操軍と戦うことを考えれば失うわけにはいきません。その為にも今はあまり呉に干渉したくないのです。周瑜殿が生きていれば誤解も生じないでしょうが……」
キョウ「先生……同盟を結んでいる呉に不信感を持ちたくありませんが……」
諸葛亮「ふふふふ、キョウも思うところがあるようですね。大変良いことです。軍師とはあらゆる角度から物事を考えることが必要です。キョウにも軍師の才能が芽生えてきましたね。そうだ! キョウも軍師になりましょう!」
キョウ「軍師なんて! まだ無理です! 僕にはとても!」
諸葛亮「いいえ。務まるでしょう。今までの戦の経験を考えれば十分です。キョウ軍師……何だかしっくりきませんね。キョウ……キョウ……キョウイ……姜維。うん! これからは姜維と名乗りなさい。他の将兵には私から伝えておきます。もちろん軍師のことも」
姜維「僕の新たな名前……姜維……ありがとうございます! 先生!」
キョウは孔明に姜維という新たな名を貰うこととなる。それは孔明なりの配慮でもあった『今までの自分を捨てよ』同時にキョウ自身が変わる為にきっかけでもある。
姜維は軍師としての職務に就く。孔明の補佐としての位置づけで駆け出し軍師の立場であるが姜維にとって明確な立場は不安よりも喜びの方が大きかった。軍師……要所で孔明から学べる場面が多くあり、孔明からの指南も受けた。次はそれを実践する……姜維はその夜は中々寝つけずにいた。
こうして南荊州を治めることになった劉備軍は長沙で一晩を過ごすこととなった。
ホウ統「よっ! 起きてるか? キョウ軍師じゃなくて、姜維軍師!」
ホウ統が姜維の休む天幕に入る。
姜維「ホウ統さん.。その呼び方。なんだか照れますね」
ホウ統「いいじゃねーか。恰好いいじゃねーかよ」
慣れない名に姜維は照れる。
姜維「ホウ統さん。こんな夜更けにどうかしましたか?」
ホウ統「おう。ちょっとな。少し外にいいか?」
姜維「ええ。直ぐに支度します」
姜維は天幕をホウ統と出る。ホウ統は長沙の離れに向かう。木造の小さな家。板の間から光が漏れることで中に人が住んでいることが分かる。
ホウ統は家の戸を叩く。
魏延「あっ! ホウ統さん、姜維さん」
戸を無防備に開けた魏延が突然の来客に驚く。
ホウ統「魏延ちゃん。ちょっとだけいいかい?」
姜維「いきなり『ちゃん』づけして大丈夫ですか……しかもこんな時間の訪問なんて……」
ホウ統「いいんだよ魏延ちゃんは。ねー魏延ちゃん」
魏延「はい。私は何と呼ばれても構いません。姜維さんも魏延ちゃんと呼んで下さい」
姜維「僕はちょっとその呼び方は遠慮させて頂きます。魏延さん……」
魏延「そうですかー。では仲良くなったら呼んで下さいね」
姜維「わっ分かりました……」
魏延「それで私に何か御用ですか?」
ホウ統「ははは。これって程の用じゃねーんだ。いきなり軍に入っても分からないことだらけだと思ってな。明日から何をすれば良いか伝えておこうと思って」
魏延「それなら近くで暮らしてる黄ちゃんも一緒に呼んで来ます! きっと喜ぶと思うので!」
魏延は家を出ていく。
ホウ統「魏延ちゃん。留守番は任せてねー」
ホウ統は小さな子に話すように魏延を見送る。
姜維「魏延さん……不思議な子ですね……」
ホウ統「そうだな」
姜維「ホウ統さんは凄いですね。直ぐに誰とでも打ち解けて」
ホウ統「姜維殿。本気でそう思ってんのか?」
姜維「えっ」
ホウ統の威圧的な言葉に姜維はたじろく。
ホウ統「今日の孔明と魏延ちゃんのやり取りを見て本気でそう思ってんのかと聞いている」
姜維「確かに先生らしくないと言うか……冷たかったと言うか」
ホウ統「姜維殿。魏延ちゃんは不思議な子かもしれんが生きた人間だ。自分が必要とされていないこと位は感じたはずだ」
姜維「……」
姜維は何も答えられない。
ホウ統「これから先のことを考え、あの子の頭の中は不安で一杯だろう。それでもここでやっていこうと懸命に笑顔を作っている。軍師ってのは様々な役割を担っている。武将達の不安を取り除くことも軍師の役割だ」
姜維「ホウ統さんの言いたいこと……何となく理解出来ます……僕は他人に対しあまり関心を持てない人間なのかも知れません……」
ホウ統「僕はじゃない。みんなそうだ。人ってのはな他人への干渉はあまり進んでしないもんだ」
姜維「どうしてですか……人は一人では生きていけな……」
ホウ統「生きていけるさ」
ホウ統の答えに姜維は驚く。
ホウ統「一人だけ生きていくならこれ程簡単なものはないんだよ」
姜維「まるで自分以外の何かが邪魔者の様な言い方ですね……その考え……僕は……あっ……」
ホウ統「気付いたか。そう生きて幸せに暮らせるかどうかが問題なんだよ」
姜維「ホウ統さんの真意。理解しました……」
ホウ統「これはな全てその時代によって解釈が異なるから一丸には言えん。だが、俺の馬鹿な態度が魏延ちゃんの不安を少しでも癒すのであれば幾らでも道化になろう。俺は魏延ちゃんがここに居る限りあの子に笑って欲しいと思う」
姜維「!」
姜維はホウ統の迷いのない言葉に驚く。下心ではない純粋な他人を想う気持ちに姜維は羨ましさを覚えた。自分はそんなまっすぐに誰かに想いを伝える。もしくは言葉に出すことが出来るだろうかと。
姜維「ホウ統さん申し訳ありません。思慮が足りず……」
ホウ統「気にするな。これも軍師として大事な勉強の一つだ」
姜維「お願いがあります! ホウ統さんも僕の師匠となってこれからご指導下さい!」
ホウ統「おいおい本気かよ? 俺の弟子って。孔明が聞いたら面倒だな」
姜維「先生からも学びます! しかし、ホウ統さんからも学ばせて下さい!」
ホウ統「しょうがねーな……孔明には内緒だぞ」
姜維「ありがとうございます!」
ホウ統「あと呼び方だが……これからは姜維と呼び捨てにさせてもらおう……それと」
姜維「と?」
ホウ統「俺のことは『おやっさん』って呼んでくれ」
姜維「『おやっさん』ですか……?」
ホウ統「そうだ。そして劉備軍の連中におやっさんという呼び方を広めて欲しいんだ」
姜維「一体何故です……」
ホウ統「憧れだよ! 憧れ! カッコいいじゃねーか!」
姜維「分かりました……おやっさん……」
ホウ統「おお! いいねー! 姜維!」
ホウ統「さてと。じゃあちょっとだけ今日のまとめをするか」
姜維「はい。お願いします」
ホウ統「孔明は何故、魏延ちゃんを迎えようとしなかったのか」
姜維「何故なんでしょうか? 将器と言っていましたが……」
ホウ統「将器と言うのは孔明なりの言い方だ。実際の所はこうだ。魏延ちゃんは確かに不思議ちゃんだ。孔明は自分の策に不確定要素が入るのを極端に嫌う。一人の軽率な行動が作戦その物を台無しにする恐れがあるからだ」
姜維「なるほど」
ホウ統「そこが孔明最大の弱点なのさ」
姜維「弱点……」
ホウ統「言うなれば偏見って奴だ。孔明は自分の認めた人間は優遇するが、それ以外の人間には興味がない。孔明が認めた人間だけが全て素晴らしいか? 認められない人間は全て駄目か? そんなことはない……実現性に重きを置き可能性を軽んじる。孔明の悪い癖だ」
姜維「では先生の考え方は間違っているのでしょうか」
ホウ統「そこが軍師の難しい所だ。不透明な事よりも明確透明な事を優先させる、当然のことだ。逆にそこに徹底させることが出来るから孔明は凄いんだよ。その部分で俺は孔明の足元にも及ばん」
姜維「……」
ホウ統「人は感情を持つ不安定な生き物だ。そのことを頭に入れて孔明から軍略を学び俺から軍師としての心構えを盗め。姜維」
姜維「おやっさん! ありがとうございます。肝に命じます!」
姜維はおやっさんに対し尊敬の念を抱かずにいられなかった。
魏延「あのぉ……」
魏延が恐る恐る戸を開けた。
姜維「あっ魏延さん。お帰りなさい!」
魏延「……」
魏延は何か警戒して家に入って来ない。
ホウ統「魏延ちゃん? どうしたんだい? ここは魏延ちゃんの家なんだから遠慮は無用だろう?」
魏延「お二人とも……私に何もしませんよね?」
「どういう意味?」
ホウ統と姜維は声を揃える。
魏延「黄ちゃんがこんな遅い時間に女の人を訪ねるのは超怪しいって……」
ホウ統「ははははは! これは参ったな! まさかこんな誤解を生むとはな!!」
ホウ統は大きく笑う。
魏延「誤解?」
ホウ統「魏延ちゃん。安心してくれ……俺の恋人はこいつだけだ」
ホウ統は酒の入った瓢箪を見せる。
魏延「そう……なら良かった……大丈夫そうですね」
姜維「黄忠さんはどうしました?」
魏延「あっ……えっと……お風呂に入ってて……それで支度が終わり次第こっちに向かうって……」
姜維「そうですか。なら揃ってからの方がいいですかね」
ホウ統「いや。ここは魏延ちゃんのみに話をして終わりとする」
魏延「あっ明日から何をすればよろしいですか?」
ホウ統「俺の警護だ。色々と覚えてもらうことも多いと思うが頑張ってくれ」
魏延「分かりました! 頑張ります!」
ホウ統「よし! 姜維! 直ぐに帰るぞ!」
ホウ統は勢いよく魏延の家の戸を出る。姜維は魏延に一礼してホウ統を追った。
ホウ統は走り続けた。姜維は何故、これほど走るのか全く分からなかった。魏延の家から少し離れた場所でホウ統は立ち止まる。
ホウ統「はぁはぁ……ここまで来ればもう大丈夫だろう」
姜維「一体、どうしたのですか……何だか早く出なきゃいけないようでしたが」
ホウ統「そうだ。早く出なきゃヤバかったんだ……ちょっとここで魏延ちゃんの家を眺めようか」
姜維「?」
姜維は首を傾げた。月明かりで十分に視界は確保出来た。それから間もなく黄忠が魏延の家にたどり着くが弓と矢を背負い全速力で駆けていた。黄忠が家の戸を蹴り破り中に入っていく。
姜維「いっ一体、何が起こっているんです……」
ホウ統「はぁ……そんなことだろうと思ったよ……戻ってきた魏延ちゃんの態度で完全に誤解されてるって感じたんだ」
姜維「後、少し出るのが遅かったら……大変なことになっていましたね……」
ホウ統「ああ。何もなく帰ったことで完全に誤解は解けただろうからな……」
姜維とホウ統は月明かりに照らされる道を歩み陣へ戻る。




