長沙攻略 上
長沙攻略 上
劉備軍は長沙攻略に向けて徐々に進んでいた。南荊州、四郡の内、三つを攻略した劉備軍だが攻略した三郡から徴兵した兵を参戦させることはなかった。それは長年南荊州で暮らす者達の血縁者が長沙に滞在する者が少なからずいたことに配慮したものだった。
純粋に劉備に付き従ってきた兵達はそれほど多くはないものの精鋭と呼べる兵達で長沙攻略は犠牲を少なくする為にも新兵の投入を避けたのである。
キョウ「……」
ホウ統「キョウ殿」
キョウ「ホウ統さん。何か御用ですか?」
物資を運ぶキョウにホウ統は声を掛けた。
ホウ統「いやっ用って程じゃねーんだが。曹操のこと……どう思ってんのかと聞いてみたくてな?」
キョウ「曹操のことですか? 正直、非情な男だと思っています」
ホウ統「そうか……では何故、そのような非情な男に付いて行く者達がいる?」
キョウ「そっそれは……」
ホウ統「キョウ殿は軍師見習いなんだろ? ならば決めつけず自分自身に問い続ける習慣を身に付けるんだな」
キョウ「はい……ホウ統さんは曹操のことをどう思っているのですか?」
ホウ統「うーん。正直分からん……一度会ったが、そこまで非情なことをする男には見えんかった……」
ホウ統は頭を傾げる。
ホウ統「何故だ……一体何を急いでいるのかが分からん……」
キョウ「急ぐ?」
ホウ統「一言で言うなれば曹操という男。劉備様と同じ強さを感じる……しかし、何故か真逆の道を歩んでいる。その理由が分からん」
キョウ「曹操が劉備さんと同じ!?」
ホウ統の言葉にキョウは驚く。
ホウ統「実際に会ってみれば分かるさ」
劉備軍兵士「ホウ統様。長沙攻略の軍議を始めるそうです。至急、戻るようにと」
ホウ統「分かったと直ぐに向かうと伝えてくれ」
劉備軍兵士「はっ!」
ホウ統「キョウ殿は軍師になりたいんだよな」
キョウ「はい。そうですが」
ホウ統「そうか……」
キョウ「どうかしましたか?」
ホウ統「いや。どっちかなぁっと思ってな」
キョウ「どっち?」
ホウ統「軍師は大きく二つにわかれるんだ」
キョウ「二つにわかれる?」
ホウ統「そうだ。一つは孔明の様に十重二十重と計算し尽した軍略を示す者。もう一つは、俺の様に奇策を弄せ相手を惑わす者」
キョウ「なるほど……」
ホウ統「今の劉備軍は孔明の知略あれど駒が良すぎるんだ」
キョウ「駒? 武将達のことですか?」
ホウ統「そうだ。孔明は間違いなく天才だ。劉備軍の猛将達あってこその成果であり孔明あっての劉備軍とも言える」
ホウ統「孔明は猛将達の檻を限りなく広げている。劉備軍の猛将をあそこまで使いきれる軍師は他にはいねぇ」
キョウ「流石は先生ですね」
ホウ統「しかしだ……人材は無限じゃねぇ。劉備軍が大きくなるに連れて人も増え凡将も使っていかなきゃならねー」
ホウ統「その時孔明は苦しむことになるだろうな」
キョウ「……」
ホウ統「俺がここに来た理由はそれだ。孔明は最強の武将を使いこなすことが出来る。俺はどの様な凡将も使いこなすことが出来る」
キョウ「ホウ統さん……」
ホウ統「最強の武将を使いこなす軍師。どの様な凡将も使いこなす軍師。キョウ殿はどちらに成長するか楽しみだな」
キョウ「今までホウ統さんと先生の両方の面を持ち合わせた軍師はいなかったのですか?」
ホウ統「はは。そんな軍師いねぇーよ。いたら最強の軍師だな」
周倉「おい! キョウ! 孔明様が早く呼んで来いって!」
周倉が催促しに来た。
キョウ「いっけね。 ホウ統さん、早く行きましょう! 僕、先に行きますね!」
ホウ統「分かった。直ぐに行く……使いこなす……言い方を変えればそれだけ酷使させることなんだが……言ってわかるもんじゃぁねーんだよな……軍師は茨の道だ。両方の面を持ち合わせた軍師か……ん? そういえば過去にいたな一人。最強の軍師が……いや、あの方はもうおとぎ話の世界だ」
ホウ統はキョウの後を追いかける。
劉備軍は長沙の城を正面から数里離れた場所に陣を張る。長沙は長江に近い場所に位置し南荊州の中では最も開発が進められてきた場所になる。その為、農作物の収穫は非常に高く長江の食糧庫と呼ばれる。当然のことながらその重要度は高く長沙の軍事力は南荊州一でもあった。高い城壁と兵の多さは他の郡城とはまるで比べものにならなかった。
周倉「あれが南郡最後の城、長沙かー」
関羽「周倉心配か? 黄忠殿は古くからの名将。それがしが幼い時から勇猛さは聞いている正直、まったく油断は出来ん」
周倉「姉御にそこまで言わせるなんて……」
関羽「ああ……しかし今はもう歳を取り老将の筈だ。この関羽が見事討ち取って見せよう」
周倉「うん! 姉御なら絶対勝てるよ!」
関羽「さて参ろう!」
趙雲「むっ! 危ない!」
関羽が歩を進めた時足元に一筋の矢が届く。
関羽「なっ! これは……! あの城から射られたのか!」
長沙の城から遥か彼方か届いた矢にその場に居た者達は驚く。
趙雲「これは……黄忠殿が射ったのでしょう。この距離……腕はなまっていないようですね」
キョウ「関羽さん。油断は禁物ですよ」
関羽「うむ。老将と侮り足元をすくわれるのはこちらだ! しかし負けてはおれん! 南郡最後の城を落とす!」
キョウ「どこから矢が飛んでくるか分かったもんじゃない! 警戒しながら戦いましょう!」
周倉「来い! 黄忠! 姉御の盾! 周倉が相手になってやる!」
周倉の元に一筋の矢が届く
周倉「うわ!」
周倉は尻餅を付く。
関羽「周倉! 下がっていろ!」
諸葛亮「ここは関羽殿、張飛殿、趙雲殿の三人を先方として出撃して下さい。個々に攻めては黄忠殿の矢の的になります!」
孔明の言葉に余裕がない。
キョウ「先生が四郡同時に攻略をしなかったのは黄忠殿がいた為……たった一人の敵将の為に猛将揃いの劉備軍が翻弄されるなんて……先生やホウ統さんはこうなることが分かっていたのか……」
劉備軍は長沙に向けて動き始める。関羽を中央に右翼を張飛に左翼を趙雲が受け持った。長沙の軍が劉備軍に合わせ三軍に分かれる。
関羽「なんと馬鹿な奴よ! この関羽を狙わなかったことを後悔させてやる!」
関羽は向かってくる敵に突進する。長沙の軍はあっけなく関羽に撃破され関羽は長沙の城門に到達した。しかし、城門を突破するには関羽の部隊だけでは足りず長沙の城壁から矢をいられるがどうすることも出来なかった。
関羽「おのれ! 攻めあぐねるとはこのことか! 周倉! 木盾の用意だ!」
周倉「了解!」
周倉は兵に木盾を用意させ長沙からの矢の雨を凌ぐ。
関羽「すぐに張と趙雲の部隊も到着する! 今は耐え忍べ!」
長沙の前で孤立する関羽は兵の士気を上げようとする。
諸葛亮「なるほど。中々の戦上手……関羽殿に向かわせた部隊は初めから長沙に関羽殿を誘き出す為の一手でしたか……」
関羽の動向を見守る孔明はホウ統に言った。
ホウ統「ああ。関羽殿を警戒してこそだが……関羽殿の自尊心から関羽殿は退却をすることはしないと読んでか……」
諸葛亮「ですが、その作戦を成す為には二つの要が必要です。敵の右翼と左翼が敵の主力……ですが張飛殿と趙雲殿を相手に?」
ホウ統「一人は黄忠……まだ誰か他にいるのか? 劉備軍の猛将を相手に出来る者が……」
諸葛亮「まさか……そんな逸材が……」
後方で戦況を見守る孔明とホウ統は困惑した。
どれくらいの時間が経過しただろう。直ぐに援軍が到着すると思っていた関羽は焦りを感じでいた。
関羽「何故だ張と趙雲ならとっくに到着してもよい頃なのに!」
周倉「姉御。座ってた方がいいよ。立つと危ないから」
関羽「周倉! 味方が来ないのだぞ! 少しは焦りをだな!!」
周倉「張飛さんと趙雲さんですよ? その内、来るって」
関羽「……」
矢は地を埋め尽くさんばかりに刺さり関羽の兵は盾を離すことが出来ずに留まることしかできなかった。
だがそれ以上に周倉が落ち着いていることに何となくイラっとしていた。
その頃、右翼では一騎討ちが行われていた。
「ガキーン」
何合目かの鉄と鉄の打ち合いの音が右翼で流れていた。劉備軍の兵士は信じられない光景を見ていた。張飛とまともに渡り合う者がその場にいたからだ。
張飛「あはははは! やるじゃん! でも泣くのはよくないよ?」
魏延「うっうっ……だって……だって、とっても強いんだもん……」
泣きながら張飛と互角の勝負をするふっくらとした少女は魏延と言いその風貌はとても戦いを好む者ではないようだ。
魏延「早く倒れてくださーい!」
魏延の強烈な一撃が張飛に打ち込まれる。張飛が両手で蛇矛を持ち受け止める。いつも片手で受け止める張飛に両手を使わせたことは魏延の力がどれほどものかを知らしめるには十分だった。長沙の兵は魏延の活躍に士気が高まり劉備軍の攻撃を跳ね返す。
張飛「重いね……じゃあ張飛の番だね」
張飛の本気の一撃が魏延に打ち込まれるが魏延はそれを難なく受け止めるが足が大地に沈む。
魏延「もう……いや……私、あなたとこんな戦いしたくない!」
張飛「なんで? 楽しいのに」
張飛はそう言って魏延にやる気を出してもらおうと何度も魏延を攻撃する。
張飛「あはははははは!」
張飛は続けて何度も打ち込む。
魏延「うわぁああああん! もうやめてぇええええ!」
張飛の攻撃を涙を流しながら全て受け止める魏延。傍から見れば完全にいじめのような光景である。あまりにも見るに堪えない状況に長沙の兵は劉備軍の兵に懇願する。
「お願いだからもう止めてくれ!」「可愛そうじゃないか!」
劉備軍の兵もまた魏延に同情し張飛に攻撃を止めさせる。同時に長沙の兵は武器を捨てた。魏延は泣き止むことはなかったが張飛はもっと戦いたかったようだ。魏延は縄で縛られ張飛と共に長沙に向かって歩く。
その頃、右翼では趙雲が強烈な矢に苦しめられていた。趙雲の部隊は既に敵部隊の殲滅に成功していたが混戦して敵味方入り乱れる戦いでどこからともなく飛んでくる矢に多くの味方が命を落としていた。
趙雲「あの森からか……」
趙雲は敵の位置を把握していた。
趙雲「ここから先は自分一人で行く。誰もついてくるな」
兵は趙雲を止めるも趙雲は耳を貸さなかった。あの矢は簡単に避けれるものではない。趙雲は馬から降り前に進む。
黄忠「そう……それが正解……私の矢を受け止めることが出来ればの話だけど」
森の中から黄忠は矢を放つ。風を切り趙雲めがけて放たれる。
趙雲が初手を受けるも次の矢が趙雲の身体を掠める。躱しても躱した先に矢が飛んでくる。
趙雲「これ程の弓使い……初めてだ……」
趙雲は興奮する。昔から騎馬の天敵は弓であり趙雲は幾度も矢に対する訓練を行ってきた。それが全く無駄になるであろうかと思う別次元の矢に命のやり取りに身を置く武将としての本能が趙雲を研ぎ澄ませていた。
趙雲は前に進む鎧と衣服はどんどん破れ趙雲は傷だらけになる。ここで焦って走ろうものなら命を落とすことになることは分かっていた。だからこそ一歩また一歩前に進む。
黄忠「大した男ね……ここまで私の矢から生き抜くなんて……」
黄忠は逃げない。逃げることは許されないと思っていた。残り五十歩の所まで趙雲が迫っている……残りの矢は三本……仕留めなければ自分が討たれる。
仮に討たれても後悔はない。これ程の敵と巡りあえた運命に感謝していた。
趙雲「自分の名は趙子龍! 見事な弓使い! 感服した! どうやらこの勝負も終わりが近づいているようだ! 出来ることであれば貴殿の姿を拝見したい!」
趙雲は一騎打ちを名乗りでた。正々堂々と勝負したいのである。
黄忠「納得したわ……あれが趙雲だったのね……いいでしょう最後は華やかに……」
黄忠が趙雲の一騎内に応じようとしたその時。趙雲の鎧、衣服が矢によって破れおちた。
「ガシャン」その音と共に黄忠の目の前に靴と下着一枚の変態紳士が現れた。
黄忠「うぎゃぁああああああ!!」
絶叫し黄忠は気絶した。初めての光景である筋肉ムキムキの男が下着一枚で向かってくる。それは別次元の恐怖であった。
趙雲「自分の鎧が! しまった! 黄忠の狙いはこれか!」
趙雲は焦った完全に隙を突かれると思ったのだ。後方で見守っていた兵士は趙雲が全裸に近い状態に急いで助けに向かった。その後、矢がこないことから趙雲は身嗜みを整える為に帰還し、兵達は気絶する黄忠を発見し捕えることに成功した。
趙雲達もまた長沙へ向かう。
関羽「矢が止まった……何があった……」
張飛と趙雲に敗れ捕虜となった長沙の軍が縛られ向かってくる。関羽は状況を察した。これ以上、戦いを続けられないということに。
関羽「となると……次は開門か……」
関羽の言葉通り長沙の城門は開かれた。関羽は敵の伏兵を恐れ仲間の到着を待った。
キョウ「関羽さん! ご無事でしたか!」
キョウが後方から現れる。
関羽「右翼と左翼は随分と苦戦を強いられたようだな」
キョウ「ええ。間もなく捕えられた敵将も連れてこられるでしょう」
関羽「ふー。南郡最後の城を落とした。これで南荊州は劉備軍のものだ」
キョウ「狙い撃ちされた兵も多かったです。関羽さん大丈夫でしたか?」
関羽「それがしは頭に刺さった……幸い髪の部分で良かった。もう矢は勘弁して欲しい……」
キョウ達は長沙の門をくぐる。




