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雷子  作者: 三幸
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同盟と十万の矢 下

同盟と十万の矢 下


呉の君主、孫権との会談を終えキョウと孔明は劉備の元へ向かった。


同盟との条件は三日後に十万本の矢を呉軍に納めることであった。



キョウ「劉備さん! 只今戻りました!」


劉備「ああっ! 孔明、キョウ君、お帰りなさい。呉との同盟はどうでした?」


 キョウと孔明は劉備軍の陣営に帰還し劉備は同盟の行方を真っ先に確認した。


諸葛亮「万事問題ありません」


関羽「流石は孔明。きっとうまくいくと思っておりましたぞ」


キョウ「しかし、同盟を結ぶには十万本の矢を用意しなければならないのです……しかも期日は三日後です」 


関羽「ほう! 三日で十万の矢とな! それはまた凄い話だな。天才軍師殿の知略にてどうなされるか楽しみですな」


諸葛亮「知略? 今回はそんなものありませんよ。一人最低千本くらい作ればいいだけの話です」


キョウ「策なしの地道な作業ですか!?」

 

 キョウは孔明の言葉に驚いた。


諸葛亮「知略よりもここは堅実に。劉備軍の底力を呉に知らしめましょう。さぁさぁさぁ! 遊んでいる暇等ありませんよ!」

孔明は手を叩き皆を急かす。


劉備「孔明? 本当に作るの? あ……本気みたいですね……」

 孔明の真剣な目に劉備は察する。


関羽「なんと! それがしの知っている軍師殿ではない! 本気で作るとなれば一刻も早く全将兵に通達を出さなくては! そういえば張と趙雲が見当たらんが?」


キョウ「先ほど先生と話しをされていて、そのままどこかに行きました。どこに行ったんだろう。確か偵察って言っていたような?」


関羽「こんな大事な時に偵察だと!? ただ単に逃げただけではないか!!」

 関羽は声を張り上げる。


劉備「でも、皆で矢を作る……たまにはこういうことも楽しいかもしれないですね。昔を思い出しますね雲ちゃん」


関羽「同盟の可否が掛かっているのにそう簡単に前向きには考えられない……」


劉備「何本、作れるかな~」


関羽「全く聞いてござらん……はぁ……」


 気楽な劉備と虚ろな関羽は対象的だった。


諸葛亮「では、私はこれより矢の手配に向かいますので宜しくお願いします。キョウ行きますよ」


キョウ「あっはい」


 キョウと孔明は陣を離れる。


諸葛亮「さて参りますか」


キョウ「どこへ行くのですか?」


 船着き場には訪れた二人。兵達が出航の準備を終えていた。


諸葛亮「曹操軍の斥候隊が迫ってきています。偵察がてら軽く撃退しましょう」


キョウ「散歩に行くわけではないのですよ! 呉軍に援軍を頼みましょう!」


諸葛亮「いいえ、劉備軍だけで十分でしょう」


キョウ「斥候隊とはいえ劉備軍だけで曹操軍を相手にするのか……」


諸葛亮「何か?」

 怖気づくキョウに孔明はドスを効かせた声で尋ねる。


キョウ「いっいえ……船上の戦いは初めてなので!」


諸葛亮「では覚えて下さい。陸の様には行きませんがそれこそが水上戦の醍醐味でもあるのです」


 どこか余裕な孔明に連れられキョウは僅かな兵を船に乗せ岸を離れる。


諸葛亮「キョウ。水上戦の要は何だと思いますか?」


キョウ「弓だと思います」


諸葛亮「ふふふ。想定通りの答えが返ってきましたね」


キョウ「違うのですか? それ以外だと船に乗り込む方法も確かにありますが……」


諸葛亮「水上では水の流れを理解することが最も大切なことです。逃げる場合は下流に位置取り、攻める場合は上流に位置を取る。これを理解せず水上戦などもってのほか」


キョウ「なるほど。確かにそうですね」

 キョウは船上で水の流れを眺め納得する。


諸葛亮「水上戦では相手を討つ事よりも如何に船を沈めるかかにかかっています」


キョウ「確かに船を沈めれば一網打尽ですね。その為に有効なのはやはり『火』か」


諸葛亮「ええ。それとまだありますよ……船底に穴を空けることや転覆させることです」


キョウ「船底に穴を? 杭を水底に設置し着岸しようとする船に罠を仕掛けるようにすれば可能か」


諸葛亮「続けて下さい」


キョウ「だがそれでは河中では無理だからやっぱり転覆させるのが一番効率良いのでしょうが……船の向きを変えることが出来ればかなり不安定にさせることは出来るな……地上戦での横槍と言ったところか」


諸葛亮「キョウ。あなたはやはり私の弟子に相応しい人です。今言ったことは正解と言える答えです。付け足すとすれば船底に穴を空ける罠は防衛向きで転覆させることは翻弄と言えるでしょう」


キョウ「ですがこの様な大きな河の流れは遅い……とてもじゃありませんが船を転覆させることなど出来ないですね」


諸葛亮「その通り。だからこそと言えますが……まぁこれからの戦いを見れば分かることでしょう」


キョウ「はい!」


 キョウと孔明は曹操軍の斥候を迎撃する為に向かう。劉備軍の兵士は小さな軍船を漕ぎ始める。岸を離れ日が暮れようとしていた。

 


劉備軍兵士「前方に曹操軍の軍船を発見しました!」


 曹操軍の軍船を発見し船内に重苦しい空気が流れる。


諸葛亮「分かりました。直ぐに船を反転させ船を停止させて下さい」


キョウ「……」


 キョウは孔明が何をしようとしているのか見極める為に沈黙した。曹操軍の斥候が向かってくるがこちらが少数からか敵船はこちらがただの商船と思ったようで警戒された様子はない。


キョウ「なるほどこんな小さな船が一艘いたところで敵とは気付かれないか。先生、これなら正体がばれる前に上流に向かえそうですね!」


諸葛亮「劉の旗を掲げ敵船団に向けて一斉発射!」

 キョウの言葉を無視し孔明は攻撃を仕掛ける。


キョウ「ひぃいいいいいい!」

 孔明の行動にキョウは戦慄した。


 孔明の指示で兵士立ちが一斉に弓を放つ。ほとんど矢が届かず届いた矢も船に刺さり敵の被害はない。


諸葛亮「どうしたのですか? そんな情けない声を出して」


キョウ「……」


 キョウは黙る。


 敵船は攻撃されたことにより一気に敵意を剥き出しに向かってくる。


諸葛亮「船を岸に向けて斜行し敵との距離を保って下さい!」


 孔明は岸に船を向かわせる。ここで逃げるなら真横に船を移動させればよい。だが孔明は敢えて斜行し岸向けて移動する。斥候の敵船団は弓を放ち「カッ」っという音と共に矢が船に刺さる。


 岸の傍で孔明は岸に沿って河を下る様に支持する。敵船団は孔明を追いかけ一列に並ぶ。


諸葛亮「そろそろですかね……一気に河中に向けて移動します!」


 船は横に向き岸を離れる。


諸葛亮「ここが正念場です! 敵の攻撃よりも操舵に専念して下さい!」


 孔明が一喝する。


 横に向いた船は水の流れを一気に受け流される。


キョウ「あれ? どうしてここはこんなにも水の流れを受けるんだ?」

 キョウは気づいた。岸の傍で河の流れが異常に早いことに。敵船は向きを変え流れに対して横になる。斥候の先頭の二隻が迫っていた。


諸葛亮「これより川下に蛇行しながら帰還します! 危険な行為です呉に到着する頃には私達の勝利です!」

 孔明は兵を鼓舞する。


『ズシャァアアアア』


 もの凄い音が後ろから聞こえた。キョウは振り向き驚いた。敵の船が横転している。


キョウ「え!? 一体何が起こったんだ!?」


 先頭の一隻が沈み二隻目の船が大きく傾く……船首が傾く方向の逆に向こうとすと一気に船は大きな音を立てて横転した。


諸葛亮「ふふふ。まだ追いかけて来ますかね?」


 孔明がそう言った時に残りの船団は船を速度を落とし停船しようとしていた。


キョウ「先生! これは一体!」


諸葛亮「一つ一つ説明しましょう。まず岸に向かったのは敵を流れの早い場所まで誘き寄せた。これは分かると思います。大事なのはこの後で蛇行することで流れの早い場所で船を不安定したことです」


キョウ「そこも分かります! だからと言って何故、船が横転するのですか?」


諸葛亮「船が右に傾き倒れそうになりました。その時、多くの人は左に舵を取ります。だがそれは船に乗る者では誰もが知っている絶対にやってはならないことなのです」


キョウ「!」


 初めて知った船の操作にキョウは驚いた。


諸葛亮「右に傾いたなら右に舵を取る。そうすれば船はゆっくりと状態を戻します」


キョウ「でも僕たちの船だって……そうか。小さい船だから」


諸葛亮「その通り。これが曹操軍が如何に水上戦に不慣れなことを教えてくれる」


キョウ「でも分からない……何故、岸に近づくほどあんなに流れが速くなったんだろう」


諸葛亮「河の流れの早さは深さと河底の地形が関係しています。あの辺りの岸の河底は大きな凹凸があるのでしょう」


キョウ「でも勿体ないな……多くの荷は水の底に……矢を奪うことは……」


諸葛亮「目の前にまだ沢山あるではないですか?」


キョウ「え? 目の前って停止しているあの船ですか?」


諸葛亮「そろそろ来る頃でしょう」


キョウ「来るって誰が……あっ!」


 着岸した斥候の船団に襲い掛かる者達が見えた。


諸葛亮「趙雲殿は流石ですね。着岸した敵に間を与えず急襲するなんて」


キョウ「僕たちの目的は敵の船を岸に停止させることだったのか……」


諸葛亮「その通り。沈んだ二隻の船は惜しいですが十分残っています。さぁ戻りましょう」


キョウ「はい……」


 敵船団が趙雲に襲われている景色を眺めキョウは呉に戻ろうとする。

その時、曹操軍の兵が吹き飛ばされる光景を見て張飛も来ていることを知った。


キョウ「凄かった……本当に劉備軍だけで……いや先生の采配があたからこそ勝てんだ」


諸葛亮「ふふふ。水上は地上戦と違い個々の強さよりも采配が重要。キョウも覚えておいて下さい。武に依存すると采配がおろそかになります。武を最大に活かすことこそ采配であり知なのです」


キョウ「新たな知識を得、今日は非常に実のある時間を過ごせました」


諸葛亮「それは良かった。それはそうと孫権殿はキョウから見てどうでしたか」


キョウ「はい。劉備さんとは違う魅力を感じます。豪胆で堅いだけかと思いましたが部下の声に耳を傾ける柔軟さも感じました。あと子どもだと思いました」


諸葛亮「ぷっふふふ……あはは!」


キョウ「なっ何か変なこと言いました?」


諸葛亮「ふふ、正直でとても良いと思います。あなたはそういうところが普通の軍師とは違う。軍師は本当に頭でっかちでつまらない者が多い。理なき感性などに興味などない者がほとんどですからね」


キョウ「え?」


諸葛亮「いつか自分の魅力に気付くでしょう」


諸葛亮「さてキョウ。これで劉備様、曹操、孫権殿、三人の君主を知ることとなりました。時代は一体誰を求めているのでしょうね」


キョウ「時代……ですか??」


諸葛亮「近い将来キョウも時代の本質が分かるでしょう。さぁ明朝には陣営に到着するでしょう」



 戦いを終え月灯りが大きい大河の水面を照らす。ゆっくりと進む船の上で夜を過ごす。



キョウ「先生の考え……よく考えれば分かった場面が多々あったな。洞察力……今の僕に足りないのはそこか……孫権殿との面会。もしかしたら先生の下着は……初めから仕込まれたものだったのでは……」

 キョウは深読みする。


諸葛亮「あら? 眠れませんか?」


 船の後方で河を眺める孔明はキョウに声を掛ける。


キョウ「はい。先生のせいで」


諸葛亮「……兵士達が近くにいる所でそういう言動はやめなさい」


キョウ「え? 先生の教えを反復していたのですが……いけませんでしたか?」


諸葛亮「そっちですか……そっちなら問題ありません」


キョウ「逆にどっちだったらまずかったのですか?」


諸葛亮「それを知りたければ雄として成長しなさい。話はそれからです」


キョウ「はあ……あの先生こそ眠れないのですか?」


諸葛亮「ええ。あなたに教えるかどうか少し迷っていて……」


キョウ「教えて頂けるのであれば何でも学びたいと思います!」


諸葛亮「これはばかり素質と努力の問題で……まぁいいでしょう。まずは見せますね」


キョウ「何をされるのですか?」


 孔明はキョウの言葉が聞こえなかったように返事を返すことなく手を結び印を作る。目を閉じ、ぶつぶつと聞き取れない程の声でぶつぶつと独り言の様に詠唱を始めた。

 

キョウは孔明が何をしようとしているのかさっぱり分からない。やがて孔明の両手で結ばれた印の周りに緑色の光が現れそれが見た事のない魔法陣へと形を変える。やがてその魔法陣は幾重にも大きくなり孔明の上半身程の大きさとなった時、孔明は目を見開く。


諸葛亮「疾刹」


 孔明は印を解き両手を河に向けた。光の魔法陣は孔明の手に集まり真空の刃となり水面を切り裂きながら前に進む。真空の刃によって切り裂かれた水面と音を立てる。その光景にキョウは驚きを隠せなかった。


キョウ「先生これは一体何なのですか!?」


諸葛亮「法術と呼ばれる攻撃方法です」


キョウ「法術……」


諸葛亮「その様子だと興味津々といったところですかね」


キョウ「興味津々どころではありません。首ったけになりそうです」


諸葛亮「法術にですか? それとも私にですか?」


キョウ「ほ……もちろん先生にです!!」

 キョウは孔明との接し方が上手くなっていた。


諸葛亮「よろしい。では説明しましょう」


キョウ「お願いします!」


諸葛亮「まず法術は誰にでも使える代物ではありません。幼き頃より勉学に励み知識を身に付けそしてその才能があるものが初めて使えることの出来るものです」


キョウ「では今から僕が学ぼうとしても難しいのでしょうか?」


諸葛亮「習得まで十年以上を費やすでしょう」


キョウ「十年か……長いな……」


諸葛亮「修行しても身に付くかどうかも分かりませんし、こればかりは何とも言えないことが多いのです」


キョウ「これは先生しか使えないってことはないのですよね?」


諸葛亮「もちろんです。術兵として軍に編成されることもありません。ただ覚えていて欲しいのは法術の威力は個人差があります。そして個人の資質に左右され幾つかの属性の内の一つを習得することが出来ます」


キョウ「……」

 キョウは孔明の説明を聞き漏らすまいと集中する。


諸葛亮「私が見せたのは風の属性『疾刹』。他にも炎や氷の様な属性……そしてそれに属さない特殊な属性もあります。大変、便利と思われますが弱点もあります」


キョウ「詠唱時間ですね」


諸葛亮「お見事、その通りです。精神を集中させる為、一度始めると何も聞こえないほど深い精神統一によって詠唱に時間がかかることが最大の弱点です」


キョウ「それで今までの戦いで使うことがなかったのですね……」


諸葛亮「軍師と呼ばれる者達の多くは法術師だと認識して下さい」


キョウ「分かりました。先程、個人差があると言っていましたが」


諸葛亮「ああ……私は最強の法術師と思ってもらって結構です。私の術に比べれば他の法術などゴミカスに感じるかも知れませんね」


キョウ「おっ覚えておきます……それで僕にも法術を教えて頂けるのですか?」


諸葛亮「時間のある時に」


キョウ「是非、お願いします!」


諸葛亮「よろしい。では今日はもう寝なさい。明日に備えて……」


キョウ「眠れるかな……」



 初めての法術にキョウは興奮するも気がつけば深い眠りに落ち目が覚めた時は呉に到着していた。




 

劉備「雲ちゃん。皆と一緒に何かをするのは楽しいですね!」


関羽「劉姉! 悠長なことは言っていられませんぞ! 孫権殿との約束まで残り一日しかありません! ああっ! また矢尻が取れた……」


 劉備と関羽はせっせと矢を作っていた。劉備は既に箱一杯の矢を作っていたが関羽はまだ数本しか出来ていない。


諸葛亮「ただいま戻りました」

 孔明が劉備と関羽に声をかける。


関羽「軍師殿!! あと一日しかないのに、まだ三割ほどしか終わってござらん!! これでは呉との同盟がーー!! いてっ! また刺さった!」


キョウ「うわぁ……関羽さんの手が傷だらけだ……」


 キョウは関羽に対し裁縫は駄目みたいだけど……料理はどうなんだろうと思った。


張飛「ただいまー」

 

 張飛と趙雲が戻って来た。


関羽「おお張! どこに行っていたのだ!? そんなことより矢だ! 早く矢を! 矢を作らねならんのだ!」


趙雲「孔明軍師。曹操軍から奪った矢の数は八万本を超えていました」


関羽「おお趙雲! 八万本も作ったのか!」


劉備「雲ちゃん。話しをよく聞いて下さい。趙雲さんは奪ったと言っているのですよ」


キョウ「先生! これは!」


諸葛亮「ええ。先の戦いは十分過ぎる恩恵がありましたね。斥候隊撃退の直後、張飛殿と趙雲殿に斥候隊の積み荷を急襲してもらいました」


劉備「いないから何かしているとは思ってはいましたが、まさかね……」



諸葛亮「斥候隊が船である以上、矢があるのは明確でした。只、どのくらいの本数を持っているのかまでは分かりませんでした」


キョウ「でもどうして武器が積んでいると分かったのですか?」


諸葛亮「昔から輸送する順番は武器、人、食料と大体は決まっていますからね」


キョウ「そういうものなのか……」


劉備「それならわざわざ作らなくても……」


諸葛亮「念の為の不足分を補える様に皆に作って頂いていたのです。それに……」


劉備「それに?」


諸葛亮「荊州にいる時から曹操軍からの侵攻続きで心休まる日がありませんでした。君主と兵が一体となって作業することで兵達にも少しゆとりを持って頂きたかったのです」


キョウ「そんな考えもあったのか」


関羽「軍師殿。もう説明はいいから早く矢を作れ。結構コツがいるのだ」

 関羽は矢を作ることを止めない。


劉備「えっと……雲ちゃん? 聞こえてる?」


キョウ「関羽さん、もう矢を作る必要はありませんよ?」


関羽「は!? えっ? えっ? あのう……そっそう! 分かっていた。それがしはすべて分かっておりましたぞ軍師殿!」



張飛「関姉。顔真っ赤だよーー」


 関羽はようやく悟り赤面していた。


劉備「では、全部で十一万本の矢があるのね?」


諸葛亮「はい。これで呉との同盟は確実なものになりました」


関羽「それがしが二日間徹夜で作った八本の矢は空中分解しないだろうか……」


キョウ「先生は戦だけではなく将兵の心中までも考えるのか……軍師は戦に勝つではない……軍師って一体……」


 キョウは孔明の思惑と軍師の責務について深く考えさせられる。




劉備軍は呉に引き渡す為の矢をまとめ明日に備える。



 日が暮れ将兵は身体を休める。だが孔明は一人、陣中で頭を悩ませていた。


諸葛亮「はぁあ……」


周倉「孔明軍師どうなさいました? お疲れの様ですがお茶でも淹れましょうか?」


 溜息を付く孔明に周倉が声を掛ける。


諸葛亮「周倉ありがとう。気持ちだけで十分です」



周倉「……」


諸葛亮「そんなに疲れている様に見えますか?」


周倉「はい。見えます」


諸葛亮「いけませんね。軍師として失格です」


周倉「おいらで良ければお聞きしますが……孔明軍師の疲れが悩みであれば口に出してしまえば楽になると思います」


諸葛亮「まさか周倉にそんなことを言われるとは……周倉ありがとう……」


周倉「へへへ」


諸葛亮「では周倉に少し甘えさせて貰いますね」


周倉「はい! どうぞ! 何でも言って下さい!」


諸葛亮「呉軍の周瑜殿のことです」


周倉「周瑜殿? 呉の総指揮官の?」


諸葛亮「はい。十万本の矢を用意する方法を知った上で劉備軍の力を測りにきた様です」


周倉「そうなんですか?」


諸葛亮「えぇ。周瑜殿との知恵比べは骨が折れそうです。私では曹操軍撃退にあたり後一手足りないのですがそれを周瑜殿は分かっている様子でした」


周倉「へー。周瑜殿は凄いんですねー」


諸葛亮「曹操軍を撃退するには火計は必須。しかしこの時期は風向きが逆に吹いていて火計は使えない……」


周倉「だったら見てればいいじゃないですか」


諸葛亮「見てればって……」


周倉「分からないものを考えてても分からないでしょ? おいら孔明軍師のことは尊敬しています! わざわざ周瑜殿と比べるようなことはしません!」


諸葛亮「ふふふっ。そうですね。周倉ありがとう。話を聞いて貰って少し楽になりました。周瑜殿のお手並み拝見といきましょう」


周倉「なら良かった! じゃーおいら勉強しなくてもいいですか!」


諸葛亮「それとこれとは話が別ですが……まぁ、いいでしょう。でもこれからも時々話を聞いて下さいね」


周倉「はい!」


 周倉に話しを聞いて貰い孔明の顔に笑みが戻る。


周倉「でも話しを聞くだけでいいなんて孔明軍師は楽でいいな。姉御だったら肩を揉んだり色々大変だから」


諸葛亮「関羽殿は周倉にそんなことさせているのですか?」


周倉「はい。まぁおいらも別に嫌いじゃないし割と上手い方だと思っているので」


諸葛亮「なら私もお願いしようかしら」


周倉「構いませんよ」


諸葛亮「疲れたら適当に止めて下さいね」


 孔明は周倉に肩揉みを頼む。


諸葛亮「はぅ!」


周倉「あっ痛かったですか?」


諸葛亮「いいえ……! 続けて下さい!」


 周倉の力加減と絶妙な指の太さが孔明の肩のツボを刺激する。あまりの気持ちよさに孔明は感動した。日々の政務で肩凝りとは一生の付き合うことになる宿命だと思っていたがまさか周倉の肩揉みでこれほどの快楽を得ることになるとは思いもよらなかた。


諸葛亮「はぁ……周倉……素晴らしい才能です……」

 孔明は甘い声で周倉を褒める。


周倉「孔明軍師の肩は柔らかいですね。姉御なんてガッチガッチですよ」


諸葛亮「それはただ単に筋肉の付き方の違いでしょうね」


 孔明の身体は血行がよくなり赤くなっていく。


諸葛亮「周倉……これは一つの提案ですが。勉強を免除する代わりに時々こうして肩を揉んでくれませんか?」


周倉「本当ですか! それなら喜んでさせて頂きます! でも肩だけでいいんでか?」


諸葛亮「他にどこかを揉むんですか?」


周倉「姉御の場合は背中と足の裏と手のひらですね」


諸葛亮「いっ今……お願いしてもよいですか……」


周倉「はい!」


 周倉は孔明を自分でも気づかない程の天下の按摩術を孔明に施す。



 食事を終えたキョウと張飛は夜風に当たっていた。


張飛「兄ちゃんさ。孔明と二人で呉に行ったんだよね。張飛に内緒でさ」


キョウ「別に内緒じゃないさ。二人だけで行く必要があっただけのことだよ」


張飛「今度は張飛と一緒に行こうよ」


キョウ「ああ。構わないよ。呉の同盟は約束されたも同然だし」


張飛「絶対だからね」


キョウ「うん。いい宿の場所も分かったし。お土産もくれたんだ」


張飛「へーそうなんだ」


趙雲「キョウ。矢の準備はもう終わったのか?」

 趙雲が現れる。


キョウ「はい。後は呉軍に渡すだけです。あっそうだ趙雲さんにこれを上げます」


趙雲「何だこれは……」


キョウ「呉からのお土産です。蛇の乾物です」


張飛「何それ! 美味しいの!?」


趙雲「……」

 趙雲は難しい顔をしている。


張飛「兄ちゃんそれ! 張飛に頂戴よ!」


キョウ「ええ……今、趙雲さんに上げるって言ったばかりなのに……」


趙雲「キョウ殿……自分……それを食べるまでもないから大丈夫だ……」

 趙雲は静かに応える。


張飛「じゃあ張飛が貰っちゃうね!」


趙雲「張飛! 張飛はそれを食べてはいかん!」


張飛「しーらない!」


 張飛はキョウから蛇の乾物を奪い口に入れる。


張飛「なにこれ……美味しくないんだけど……」

 張飛はむっちゃむっちゃと乾物を噛む。


趙雲「あっ……ああ……」

 趙雲の顔が青ざめる。


キョウ「そうなんだ。美味しくないんだ。がっかりだな」


趙雲「張飛! それを早く吐き出しなさい!」


張飛「え? もう飲み込んだし嫌だよ」


趙雲「それは張飛が食べてはいかんのだ!」


キョウ「趙雲さん。これが何かしっているんですか?」


趙雲「それは……」


 趙雲は説明しようとしたが張飛の前では言い難い。




「きゃぁあああああ」

 劉備の悲鳴が聞こえた。


キョウ達は急ぎその声の元に向かう。


趙雲「劉備様! 大丈夫ですか!」


キョウ「張飛! 曹操軍の暗殺者が近くにいるかもしれない!」


張飛「うん! 直ぐに探してくる!」

 張飛は辺りを調べに向かう。


劉備「孔明! しっかりして下さい!」


 劉備に介抱される孔明がそこいた。


キョウ「まさか先生が襲われるなんて……」


趙雲とキョウは劉備と孔明に背を向け辺りを警戒する。


趙雲「キョウ! 油断するなよ! 何処から現れるかわからんぞ!」


キョウ「はい!」

 趙雲とキョウは武器を抜いた。


諸葛亮「りゅっ劉備様……ちっ違うのです……」


劉備「大丈夫です! しっかりして下さい!」


諸葛亮「劉備様……お耳を……」


劉備「孔明……」


 劉備は孔明が最後の言葉を自分に伝えようとしていると思い、涙ぐみ孔明に耳を傾ける。孔明は劉備になにやらボソボソと伝えている。


劉備「えっ……? 周倉が……ふむふむ……」


 劉備は孔明を寝かしスっと立つ。


劉備「趙雲さん。キョウくん。辺りに怪しい人はいません。孔明は眩暈がし倒れただけのようです。私の勘違いでした」

 どこか淡々と話す劉備。


趙雲「そうでしたか。なら良かった」


キョウ「本当に……」


 趙雲とキョウが緊張から解かれる。


劉備「キョウくん。孔明をお願いします」


キョウ「分かりました」


劉備「趙雲さん。直ぐに周倉を私の部屋まで呼んでください……」


趙雲「周倉をですか?」


劉備「ええ……雲ちゃんに捕まる前に必ず」


趙雲「分かりました」


趙雲は周倉を探しに向かう。


キョウ「先生。大丈夫ですか?」


諸葛亮「ええ……」


 キョウは孔明に肩を貸す際に身体に火照りを感じだ。キョウは孔明を部屋まで連れて行き眠たそうにしながらも満たされた表情の孔明に挨拶をし自分も休むことにした。


趙雲「いたいた! 探したぞ!」

 趙雲がキョウの天幕にやって来た。


キョウ「趙雲さん? 探したってどういう意味ですか?」


趙雲「今晩は自分の所で泊まりなさい」


キョウ「え? 何かあるんですか?」


趙雲「自分の身を守る為だ。朝になれば大丈夫だから」


キョウ「ますます分かりません」


趙雲「実は先ほど張飛が食べた蛇の乾物のことなんだが……」


 趙雲はキョウにあれが強力な精力剤だと説明する。


キョウ「そんなものだったんですか!?」


趙雲「張飛がもし……その作用でキョウを探し始めたら……」


キョウ「分かち合いだけでも殺されそうになったのに……」


 キョウは自分が途轍もなく危険なことに巻き込まれる可能性を知り青ざめる。


趙雲「とにかく張飛から隠れるんだ! いいな!」


キョウ「はい!」



 夜が更けそれぞれの夜が始まった。


甘美は按摩術に悶絶するどこぞの女君主と『にいちゃーんどこー』と言いながら徘徊する怪力の少女……そして命を狙われることに震えて眠る青年。


大戦を控えた劉備軍は今日も平和だ。



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