長坂の戦い 中
長坂の戦い 中
キョウは民の列に沿って馬を走らせる。
キョウ「くっ! 曹操軍の先方部隊は何とか防いだけどみんなと離れ離れになってしまった……今はとにかく劉備さんの所へ向かおう」
キョウは劉備の元へ向かう。
劉備が目的の場所に辿り着くには遠い……そんな時、遂に曹操軍の本体が長坂に到着した。
夏侯惇「意外と楽に追い着いたわね」
曹仁「夏侯淵の足止めが予想以上に効いたのかもな……って。ありゃなんだぁ?」
曹仁と夏候惇の前に劉備を慕う民が目に入る。
満寵「先行部隊からの報告によると劉備を慕う民のようですね」
満寵が曹仁に説明する。
夏侯惇「そっか……」
夏候惇はどこか悲しげな言葉が漏れる。
曹仁「ん? 夏侯惇どうしたんだ? 元気ねーな」
夏侯惇「あんたは単純でいいわね曹仁。私には孟徳がどうするか分かるから……」
曹操「惇どうした。攻めんのか?」
曹操が現れさっさと行けと言わんばかりの言葉を夏候惇に投げる。
夏侯惇「孟徳……本当に民に手を下すの? いえ……愚問だったわね」
曹仁「ええー! 民に手を下すんすかー!」
曹仁は驚く。尊敬する曹操が無抵抗な民に手をかけるとは思わなかったからだ。
曹操「曹仁どうした? 怖気づいたか」
曹仁「いや怖気づいたって言うか……なんて言うか……」
満寵「曹操様。私が参ります」
満寵は自身あり気に曹操に名乗りを上げる。
曹操「そうだ。満寵それでよい。あれを破らねば劉備に刃は届かん。ここで劉備を仕留めなければ更に多くの民が戦いで命を落とすことになるだろう」
夏候惇「知ってるわ……そんなこと……」
曹操「俺が目指す世を知っているのであれば非情になれ! 一時的な感傷で新世界への歩みを止めるな!」
曹操は夏候惇に一喝する。
夏侯惇「私達の目的はこんなことでは立ち止まってられないものね」
満寵「惇姉、汚名は私が!」
夏侯惇「ありがとう満寵。でもここは私も行くわ」
曹操「満寵。お前は場を理解し心配りもできる良い武将だ」
満寵「あっありがとうございます」
満寵は曹操に褒められ誇らしくなる。
曹操「曹仁! 満寵を少しは見習え」
曹操は汚い物を見る目で曹仁を見下す。
曹仁「そっそんなー!」
満寵「ぷぷぷ」
満寵にとって曹仁の困った顔は面白いようだ。
曹仁「何笑ってんだ満寵! てめー!」
曹操「情けないからに決まっているからだろう……」
曹仁「ええぇええええ!」
満寵に食ってかかろうとする曹仁を曹操が一括し満寵は笑い堪え曹仁は曹操の言葉に何とも言えない感情から叫んだ。
満寵「では曹操様。行って参ります」
曹操「うむ」
夏候惇「孟徳。私も行ってくるわ」
曹操「ふふ。隻眼の鬼将軍に更に箔がつくな」
夏候惇「うるさわね」
満寵と夏候惇は出撃の準備に向かう。
曹仁「そっ曹操様! 俺様も!」
曹操「曹仁は待機」
曹仁「えええ! 何で俺様だけー!」
曹操に少しでも良いところを見せたい曹仁はがっかりする。
曹操「満寵と惇の戦い方を見ておけ」
曹仁「はい……」
曹仁はしょんぼりするが曹操には考えがあった。今まで多くのも者を屠ってきたが汚れる仕事は曹仁にさせたことがない。この様な場合は『殺し方』がある。それを学ばせる為に曹操は曹仁を残した。
満寵「姉惇。道は私が切り開きます。弓騎兵を率いいるので後続から騎馬で劉備までの経路を確保して下さい」
夏候惇「分かったわ。お願いね」
満寵「はい」
満寵は弓騎兵の部隊に立つ。
満寵「これより劉備討伐の為の追討戦に入る! 劉備に追いつくにはまずあの民衆を散らさなければならない!」
満寵は大きな声で兵達に叫ぶ。
満寵「その為に二つのことを厳守してもらう! 一つ! 歯向かうものと正面に立つものは必ず殺せ! 二つ! 止むを得ず民に手をかける場合は相手の目を見るな! 以上!」
満寵は兵達が自己嫌悪に陥らないように配慮した。曹操軍もまた人である。
山賊ならまだしも彼らは彼らの正義があり無抵抗な民に手をかけることは極力避けたいのが本音である。民の怯えた目を見ることで心に傷を負わないよう配慮した。
夏候惇「流石ね満寵……そう言った配慮。凄く大事よ」
満寵「はい! 元々は狩人ですから!」
満寵は夏候惇に応える。満寵は元から軍人ではない。山で狩りで生計を立てる狩人だ。夏侯淵と出会いその弓の扱いから満潮は憧れ曹操の元へ士官した。
満寵「では惇姉。後よろしくお願いしますね!」
夏候惇「ええ。行ってらっしゃい」
満寵は弓騎兵を率い民の背後を突く。劉備軍の殿が満寵の行く手を遮るが少数で満寵が近づくと散会していった。民もまた殺されると思い左右に広がって逃げる。
至る所で叫び声が聞こえる。出来るだけ逃げて欲しいと思う満寵は速度を緩めるが中には逃げ遅れる民が現れる。満寵は弓を引き背中を向けている者を優先して射殺す。向かって来る者は容赦なく満寵は眉間を狙い相手を絶命させた。『邪魔する者は殺す』と言わんばかりに満寵は矢を射る。民の多くが命を落とすことなく逃げ満寵が作った道に夏候惇が騎兵を率い進む。それはこの道は曹操軍のものだと知らしめる為であり劉備を追いかけることを民に諦めさせる為の牽制の意味を持つ。
民の叫びと馬の蹄による音は長坂のどこにいても聞こえる程だった。
キョウ「あの砂塵は曹操軍の後詰!? 何故このような所まで? 道中には多くの民がいて進めない筈だが……まさか! 無抵抗な民に手を下したのか! 劉備さんと対極的な曹操……どうしてそのような男が覇者として存在しているんだ!」
キョウ怒りに震えた。
キョウ「僕に今出来ることは曹操軍を止め少しでも時間を稼ぐことだけど……僕はなんて無力なんだ……」
キョウは失意の中、馬を走らせる。
曹操軍の追撃の報は劉備の元に届けられた。
劉備軍兵士「劉備様! 曹操軍がもうそこまで迫っております!」
劉備「!」
劉備は兵の報に曹操が民に手をかけたことを知る。
劉備「曹操……あの男だけは……あの男だけは!」
劉備は空を見て叫ぶ。
諸葛亮「連絡を頼んだキョウが来るはずなのに……後方の部隊がどうなったかた分かりますか?」
劉備軍兵士「いいえ……曹操軍がそこまで来ているということは後続部隊はもう……」
劉備「と言うことは……飛ちゃんと趙雲さんも……」
諸葛亮「……」
劉備と孔明は最悪の事態を想像した。
キョウ「劉備さん! 先生!」
キョウがようやく劉備の元に辿り着く。
「キョウ!」「キョウくん!」
劉備と孔明は口を揃えてキョウの名を呼ぶ。
諸葛亮「よく無事でいました! 心配しましたよ!」
劉備「本当に! キョウくんまでも死んでしまっては私は私は!」
孔明と劉備がキョウに抱き着き無事でいることに胸を撫で下ろした。
キョウ「劉備さん!? 張飛と趙雲さんはまだ死んだと決まったわけではありませんよ」
劉備「そうなのですか!? てっきりもう死んでしまったのかと……」
諸葛亮「キョウ。あなたが知っている状況を教えて下さい」
キョウ「はい……ですが……このままではちょっと話しにくいですね……」
キョウに抱き着いて離れない劉備と孔明に遠まわしに離れるように促す。
劉備「いやです」
諸葛亮「!」
直ぐに離れようとした孔明は劉備が反対したことに驚いた。
キョウ「しっしかしですね!」
キョウは焦る。
劉備「良いではありませんか……無事に帰って来てくれたんですから……もう少しこうさせて下さい」
諸葛亮「そうですよキョウ。心配をかけたのですからこれくらい良いではありませんか……いやなんですか?」
キョウ「いえ……嫌とかではなくて……服が汚れてしまうと思って……」
「!」
劉備と孔明はキョウの服が血で赤く染まったことに気付く。
劉備「キョウくん。さぞかし怖い思いしたことでしょう」
劉備の手に力がはいる。
諸葛亮「キョウ。張飛殿と趙雲殿はどうなったか分かりますか?」
キョウ「残念ながら逸れてしまいました。ですが討ち取られた気配はなく。曹操軍から上手く逃げたのかと思います」
諸葛亮「どうしてそう思うのですか?」
キョウ「撤退時に曹操軍が留まっているかと思いましたが横に広がる形に伸びていました。それは張飛と趙雲さんが逃げたからだと思います。その後も追撃を受けてはいないようなので」
諸葛亮「そこまでの洞察力を持つとは流石に私の弟子ですね!」
孔明の手がキョウの頬に添えられる。
張飛「あぁああああ! 孔明! 劉姉! 何やってんのぉおおおお!」
張飛が返り血で赤く染まり現れる。
劉備「飛ちゃん!」
劉備が駆け寄り張飛を抱きしめる。
劉備「飛ちゃん! よく無事で!」
張飛「私は全然大丈夫だよ。それより兄ちゃんに何で抱き着いてたの?」
張飛は劉備と孔明に問うが孔明は既にキョウから離れている。
諸葛亮「無事だったのです。それくらいの愛情表現があったって良いではありませんか……そう、これは死線を超えた者だけに許される『分かち合い』です」
張飛「ふーん。そうなんだ……じゃあ張飛も!」
張飛がキョウに近づく。
キョウ「!」
キョウは一歩下がる。
張飛「何で下がるの? 一緒に生きたことを分かち合おうよ……」
張飛の声に力が籠る。
キョウ「そっそれはいいんだけど……張飛! 手加減……出来るかい?」
張飛「もちろん!」
勢いよくキョウに抱き着く張飛。
キョウ「ぬぁあああああ!」
みしみしとキョウの身体が締め付けられる。
張飛「兄ちゃん。生きてて良かった……」
キョウ「張飛……もう終わり……分かち合うのはもう……終わり……」
キョウは締め付けらる苦しみを耐え張飛に離れるように促し張飛は力を緩める。
キョウ「はぁはぁ……本当に死ぬかと思った……」
張飛「またまたぁ。大袈裟だって」
キョウは張飛の死の抱擁から解放された。
キョウ「先生。曹操軍は間もなく現れます。どうしますか」
諸葛亮「これより数里先が関羽殿との合流地点です。今は耐えしのぐことしか出来ません」
張飛「じゃあ張飛行ってくるよ。いい場所みつけたんだ!」
劉備「いいところ?」
張飛「そう! 橋があるの! そこで張飛が曹操軍を止めるの!」
劉備「飛ちゃん一人にそんな危険なことをさせるわけにはいきません!」
諸葛亮「いいえ。劉備様、ここは張飛殿に任せましょう」
劉備「孔明!」
諸葛亮「他に方法がありません。他の者であれば不可能でも張飛殿であれば」
張飛「孔明分かってんじゃん!」
張飛は嬉しそうにする。
キョウ「なら僕はどうすれば」
諸葛亮「曹操軍が迂回してくる可能性があります。みなで迂回路に潜み曹操軍を防ぎましょう」
キョウ「分かりました!」
趙雲「今は一刻も早く劉備様の元へ向かわなければ! ならば行く道は一つだ!!」
初戦を生き抜いた趙雲は最短で劉備の元に向かう為に曹操率いる大軍を眺め単騎にて突破する決心する。
曹操「満寵と惇は最小限の犠牲で活路を開いてくれた。どうだ曹仁、勉強になったであろう?」
曹仁「俺様はてっきり皆殺しにするのかと……」
曹操「お前って奴は……そんなに俺を悪者にしたいのか?」
曹仁「いや! そう言う意味じゃなくて!」
曹操「ははははは!」
曹操は曹仁を揶揄うも大軍にて劉備を追い詰めることに上機嫌でいた。
曹操軍はここ長坂を悠然と進む。
その時、後ろから歓声? 怒声が聞こえてきた。
曹操「何だ」
曹操と曹仁は振り返る。そこには趙雲が大軍の横から切り込む様に入り単騎で血路を開く。一騎だということに曹操軍は弄ぶ様に趙雲を討ちにかかるが趙雲に近づく者は趙雲の前に命を落とす。
趙雲「一切の容赦はせんぞ曹操軍! この趙雲の前にはだかる者は全て切り捨てる!」
始めは余裕のある曹操軍であったが討ち取られる仲間の数の多さに恐怖を感じ混乱した。
曹操「ほう。単騎にて大軍の中を駆けるか……」
曹操から感嘆の声が漏れた。
曹仁「あれは趙雲じゃねーか! あの野郎! 新野の借りを返してやるぜ!」
曹操「そのままにしておけ曹仁」
曹仁「どうしてっすか!? あいつ悪い奴っすよ!」
曹操「勇将は『天の九鼎の如く』と言うであろう。あれ程の勇将を抱えるとは劉備め羨ましい奴よ」
曹仁「おっ俺様も単騎で駆けちゃおうかなぁ」
曹操に褒められたい曹仁は大きな独り言を話す。
曹操「曹操軍の中でそれが出来るのはどうかな……惇、張コウ辺りかな」
曹操は曹仁の言葉に耳を貸さず話しを続けた。
曹仁「……」
自分の名がない……曹仁は珍しく落ち込んだ。




