雷編 羌族同盟戦 上
雷編 羌族同盟戦 上
劉備軍は天水を統治下に加えるものの長安攻略に向けて羌族との力を借りる手筈を進める。
後方に一切の敵がいないことから戦力を前線に集中させることによって天水、漢中は兵が溢れかえるも誰もが破竹の勢いで進む劉備軍の勝利を疑わなかった。
天水の一室でホウ統が姜尚の部屋を訪ねる。
ホウ統「姜尚、ちょっといいか?」
姜尚「はい、何でしょう?」
ホウ統「女性陣にちょっと確認しておきたいことがある。来てくれ」
姜尚「分かりました。何かあったのですか?」
ホウ統「まあな」
ホウ統は姜尚を連れ劉備の元に向かった。
天水の玉座では女性陣が集められていた。
劉備「孔明? 話とは何ですか?」
魏延「どうして女性陣にだけ集合がかかったのです?」
諸葛亮「時期に分かります」
張飛「みんなで遊ぶのかなー?」
黄忠「誰が一番強いかを競うのでは?」
関羽「それならばそれがしと張のどちらかで決まりだろうに」
ホウ統「待たせたな」
姜尚「……」
ホウ統と姜尚が現れる。
関羽「おやっさん、姜尚、何なんだ一体? 女性陣に何かあるのか?」
ホウ統「ハッキリさせておいた方が良いことがあってな」
姜尚「ハッキリさせておいた方が良いこと?」
ホウ統「姜尚。劉備軍の女性陣に夜な夜なお前が潜るこんでいると言う噂が広がっている」
劉備「何ですって! 姜尚君本当なの!」
関羽「姜尚! お前と言う奴は!」
軽蔑の眼差しが姜尚を襲う。
姜尚「ちっ違います! 僕はそんなことしておりません!」
ホウ統「しかし、火の無いところに煙は立たん。その点はどうなんだ」
姜尚「すみません。原因は間違いなく僕にあります……」
ホウ統「元々は張飛の所に行こうとして黄忠殿の所へ行ったことになっているが……どうなんだ?」
張飛「あっそれ馬謖が言ったことだー」
姜尚「誤解を解くにあたり馬謖君を頼りました……」
ホウ統「そうか……では黄忠殿所へは?」
姜尚「行っていません……」
黄忠「姜尚殿は私の寝言を聞いたと……」
姜尚「それも咄嗟に言ってしまったことで真実ではありません……」
黄忠「そうだったんですか……」
ホウ統「ふむ。では姜尚の発した言葉が切っ掛けには変わりはないか……」
諸葛亮「そのようですね。誤解も解けたようですしこれで一件落着ということで」
姜尚「申し訳ありません。もっと早く事態の収束を図るべきでした」
ホウ統「ではこれより姜尚には罰を与える」
劉備「そんな! おやっさん、姜尚くんは何も悪気があったわけでは!」
張飛「そうだよ! 何でー!」
黄忠「おやっさん! 別に私は怒っているわけでは!」
諸葛亮「みなさん。ここはホウ統に任せましょう」
ホウ統「己に十分な自覚があるのであれば罰を受け入れるんだ」
姜尚「はい……分かりました……」
姜尚は下を向く。
ホウ統「まず、同じ男として言わせて貰おう。お前は軍務を取り仕切る立場でありながら風紀を乱した。この事実は変わらない。何故、黄忠殿と譲ちゃんの所に向かったと言うことからこれ程の噂が立ったか分かるか?」
姜尚「え……全く分かりません」
ホウ統「これがもし劉備様、孔明、そして関羽殿であればこの様な事態は起こらなかった。それは色恋に応じない確立されたものが備わっているからだ」
劉備「うんうん……確かに私は尻軽な女ではありません」
関羽「姜尚も運がなかったな」
諸葛亮「本当ですね。私達、三人であれば『そんな馬鹿な』の一言で終りますもの」
三人の女達は勝ち誇る。
ホウ統「姜尚。人の偏見とは恐ろしいものだ。兵達はお前にある意味、共感している所もあるだろう」
姜尚「共感? みんなが……どうしてです?」
ホウ統「決まってるだろ? お前は若い。そして黄忠殿も譲ちゃんも」
劉備「あれ? この流れって……何かおかしくないですか?」
関羽「まるでそれがし達が婆扱いされているのでは……」
諸葛亮「ちょっと止めて下さい! せめて熟女……いえ! 断じて熟女では!」
勝ち誇る女達は急に焦り始める。
ホウ統「まず罰として自由時間は兵と共に矢を作り己を見つめ、ことの発端は己のどこに原因があったのか見つめ直すのだ」
姜尚「はい……」
ホウ統「そして次に軍務以外で女性陣には接触してはならぬ。仮に女性陣から接触があったとしても姜尚を罰することとする!」
関羽「何と! それではあまりにも!」
諸葛亮「姜尚は軍の総指揮官としての役割がありますが……」
魏延「でも、でも!」
ホウ統「姜尚。良いな」
姜尚「はい分かりました……では僕はこれで……」
ホウ統「うむ。いいだろう。俺も行く……孔明、後は頼む」
諸葛亮「分かりました」
孔明は頷く。
諸葛亮「みなさんに伝えておきたいことがあります。姜尚の今までの行動を見ればどういった人間かは分かるはずです」
張飛「…………」
黄忠「でも……いきなり寝言を聞いたなんて言われたら……」
諸葛亮「勿論、姜尚に原因があります。しかし、それはそう言わざる得ない理由があったはずです。それが何かは分かりません」
劉備「そうですね、姜尚くんを信じてあげれば……」
黄忠「…………」
諸葛亮「この度の決断はホウ統と私で決めたことです」
関羽「姜尚は誰の者でもないからな」
諸葛亮「姜尚は平和な世作る為に集まった仲間の一人です。初めて平和な世になってこそ……」
魏延「姜尚さんをモノにしていいんですね!」
諸葛亮「えっ?」
魏延「ということは……みんなで不定条約を結ぶと言うことですね」
劉備「孔明の言うことはそう言うことです」
諸葛亮「えっあの……そう言う意味では……」
劉備「平和な世が訪れた証にはこちらから寝こみを襲えばいいんです!」
関羽「劉姉!」
劉備「受けて立ちましょう!」
張飛「いいよ! 平和な世が来るまでは張飛も我慢するから!」
黄忠「張飛を奪われてなるもんですか!」
「…………」
黄忠の言葉に皆が何かを察した。張飛に関しては占いの結果が頭を過ぎる。
関羽「そんなことは争うことでもないだろう」
魏延「では関羽さんは棄権ですね?」
関羽「別にそれがしは……」
諸葛亮「まぁ取りあえずこれで良しとしますか……それにしても、みなさん馬鹿ですねー姜尚が私以外に興味を示すはずなどないのに……」
こうして姜尚は一応の示しを付けることとなった。
姜尚とホウ統は部屋を後にする。
姜尚「おやっさん。何だか気を遣っていただいてありがとうございました」
ホウ統「あぁ気にするな。ああした方が良かったんだ。お前は、いや劉備軍は今一番大事な時だからな。変ないざこざは早い段階で解決するに限る」
姜尚「馬謖君にも申し訳ことさせてしまいました」
ホウ統「そうだな。あいつも良かれと思ってやったことだが……要領が悪い……」
姜尚「いい勉強になりました」
ホウ統「うん。姜尚も覚えておくといい。人から伝わる話は伝われば伝わる程、大きく変わるものだ……それは全て悪い方向に変わるわけではない。時には良い方向に変わることもある。全てはお前の生き方で変わる」
姜尚「はい」
ホウ統「為政者や上に立つものは常に誰かに見られている感覚で生きなければならない。お前が清く正しく生きていれば多少の悪いことなど消えてしまうだろう」
姜尚「肝に命じます」
ホウ統「お前なら出来るだろう。そこまでかしこまらなくてもいいさ」
姜尚「それと羌族に何度か同盟の旨を伝えているのですが返事を頂けません」
ホウ統「それならば馬超殿に聞くのが一番だろう。羌族に顔は効くはずだ」
姜尚「はい! 直ぐに会って来ます!」
姜尚は馬超の元に向かった。
馬舎にいる馬超の元へ姜尚は訪れる。
姜尚「馬超さん。馬超さんは姜族とは親交が深いとお聞きしました」
馬超「姜族の人々は家族のようなものです」
姜尚「長安包囲網を完成させるのに、どうしても今の劉備軍だけでは包囲しきれません。そこで羌族の騎馬民族の力をお借りしたいのですが条件は既に飲んで頂いたのですが返事を頂けてないのです。何故だか分かりますか?」
馬超「なるほど。騎馬民族は誇り高く外交のみで協力を得るのは難しい。劉備軍の力が羌族に見合うものだと知らしめる必要があると思います。この馬超が羌族の使者となります。そして模擬戦を行い劉備軍の力を姜族に認めてもらい同盟を結んでもらうしかないでしょう」
姜尚「力を認めもらうか……」
馬超「この馬超は羌族には錦馬超やら神威将軍などと呼ばれている。羌族の模擬戦大将に選ばれるでしょう」
姜尚「ということは……馬超さんと戦うってことですか!? 」
馬超「ふっふっふ……なに、これも羌族との同盟のためですよ」
姜尚「ちなみに手加減とか……してくれませんよね?」
馬超「当然」
こうして涼州と天水の間にある平野で摸擬戦は行われることになった。
劉備軍は涼州の地に軍を進める。
趙雲「騎馬民族との戦いとは胸が躍る」
馬岱「油断しない方がいいですよ。この場所を選んだということは兄貴は必ず使ってくる」
姜尚「何を使ってくるのですか?」
馬岱「始まれば分かるさ。俺と趙雲殿は後ろに回らせてもらうよ」
趙雲「何故そんなことをする。馬超は自分でしか倒せないのではないか?」
馬岱「もちろんです。兄貴は必ず横腹を突いてくると思うからこそです。そこを趙雲さんに兄貴から守ってもらう」
趙雲「馬超と一騎打ちか……一度、相手にしてみたかった機会がこれ程早く訪れるとはな」
姜尚「分かりました。では馬岱さんの言う通りにしましょう。他に警戒するべきことはありますか?」
馬岱「守りの上手い部隊を中央に展開させ弓部隊を必ず温存させて下さい」
姜尚「防戦に徹する構え……一体、何があるんだ」
馬岱「これから先は兄貴からも口止めされてるから自分の目で確かめてくれ」
姜尚「分かりました。それと武器は全て木製のものを使うとのことですが」
馬岱「ああ。ないと思ったから涼州軍から借りてきてる。もちろん矢もね」
姜尚「そんな用意があるなんて……日頃から摸擬戦を?」
馬岱「ちょっと話が長くなるんだが……羌族の歴史は割と凄惨でね」
姜尚「羌族……そう言えばどうして蛮族の類に?」
馬岱「蛮族と呼ばれるのは不本意だがその認識で構わない。遥か昔、羌族は中華の王達に虐げられていた。羌族の主である爰剣は秦の王から女を差し出す要求を受けるが断った。蛮族如きに王の命令を断られた秦の王は無弋爰剣を奴隷とし扱った。だが爰剣は秦から逃亡したんだ」
姜尚「では、その奴隷として扱われたことへの復讐の念が今でも……」
馬岱「いや、話はまだ続くんだ。秦の追ってに爰剣は炎で焼かれるも羌族の神である天神が炎の虎となり爰剣を守ったとされている。だが爰剣は羌族の元へ戻るも絶望することとなった」
姜尚「……」
姜尚は馬岱の話を真剣に聞く。
馬岱「女は全て髪を伸ばし顔を隠すようにしていた。何故だか分かるかい?」
姜尚「奴隷として連れ去られないように顔を隠したとかですか?」
馬岱「いや。羌族の女は全て鼻を削がれていたんだ。爰剣が奴隷として扱われていた時に王の軍勢によってね。女としての価値を奪われたんだ」
姜尚「そんな酷いことを……信じられない」
馬岱「無弋爰剣は鼻の削がれた女を妻として迎え更に北に一族を率い移住した。中華の王の影響を受けない為に……何もないところからの出発は相当なものだったらしい。だが皆で力を合わせ羌族は発展を遂げた。それは奪われることがなくなったから」
姜尚「恨みからの報復には踏み切らなかった無弋爰剣は素晴らしい方ですね」
馬岱「とても温厚な方だったようだけどね……だが無弋爰剣がその怒りを治めることが出来たのはある方法を行ったからだと言われている」
姜尚「一体どうやって……」
馬岱「それはね一振りの槍を造った。その槍に全ての恨みを込めた造り上げられた槍は羌族にとって伝説の槍として語り継がれている」
姜尚「語り継がれている? 実際には存在するかどうか分からないということか」
馬岱「まぁ、そんなところだね。刃に炎を帯びる炎槍『火尖鎗』もし本当に存在するのであれなお目にかかりたいものだ。さぁ、そろそろ行こうか」
姜尚「はい……」
馬岱の言葉に不安を隠しながら摸擬戦は始まった。
姜尚は弓部隊を囲む様にし部隊を展開させた。防御の要は張飛と魏延、そして周倉。
弓部隊は黄忠と張任。後方に関羽と馬謖で守りを固める。
開戦の時間は日がてっぺんに上がった時、日が真上に差し掛かる頃、劉備軍の目の前に突如砂嵐かと思う様な砂煙が上がった。大きな音を立て劉備軍に向かって来る。
姜尚「何だあれは……!!」
馬謖「姜尚! 戦車だ! 涼州軍の要は騎馬隊ではない! 戦車だ!」
馬謖は大慌てする
姜尚「「戦車……一体何なんだ……」
馬謖「戦闘用に改良された馬車だと思えばいい! あんなものを持ち出して来たのか!」
姜尚「障害物の少ないこの場所は死地……だけどこの戦いに勝たねば開ける道も閉ざされるか」
戦車は劉備軍の両脇を走りぐるぐると周囲を回る。涼州軍はありったけの矢を射る。攻撃に転じようとも戦車に近づける歩兵はいない。戦車に狙いを定め黄忠と張任は矢を放つが馬車の周囲には大きな盾が取り付けられており矢の攻撃は効果の薄いものとなった。
周倉「何なんだよもう! これじゃあ何も出来ないじゃないか!」
姜尚「周倉君。守りを変わろうか」
周倉「馬鹿にするな! やられぱなしでこのまま引き下がれるかよ!」
姜尚「もちろんさ。ちょっと頼みたいことがあるんだ。黄忠さんと張任さんも一緒に穴を陣の中央に出来るだけ横に広く掘って欲しいんだ」
周倉「おっ! そういうことか! 任せろよ!」
周倉は姜尚の意図に気付き快諾する。
姜尚「さてと……少し観察させて貰おうかな」
姜尚は戦車を眺める。
姜尚「なるほどな……もし防御に徹していなければ戦車により個別に撃破されていたな。そしてこちらが亀の様に籠れば矢で攻撃する……よく出来ている」
魏延「姜尚さん! そんな所で何をしてるんですか! 危ないから下がって下さい!」
前線で立ち尽くす姜尚に魏延は叫ぶ。
姜尚「大乗夫ですよ。魏延さん。劉備軍は戦車にとって大きな岩でしかありませんから無暗に突撃なんてして来ないでしょう」
魏延「だからと言って!? それと張飛さん知りませんか?」
姜尚「張飛? 張飛がいないんですか?」
魏延「そうなんです。何処を探してもいなくて」
姜尚「何処に行ったんだろ。後で注意しなくちゃね」
馬謖「姜尚! 周倉から話は聞いた! 溝を掘り戦車を無効化するようだな!」
姜尚「ええ。溝が完成次第、一気に後退します。涼州軍はその瞬間を逃がさず筈がありません」
馬謖「うむ。しかし黄忠も張任も誰が溝掘り何かするもんかって命令を無視しているぞ?」
姜尚「はぁ……どうしてこうも扱い辛い人達ばかり何だろ……後で周倉君にだけ特別褒章を出すように劉備さんに伝えよう」
魏延「姜尚さん! 私も溝掘り行きます! だから特別報酬下さい!」
姜尚「分かりました。お願いします。じゃあ馬謖君。ここは二人で守ろうか」
馬謖「ちょっと待て! 私にここを守れと言うのか!?」
姜尚「うん。大丈夫だよ。きっと……」
馬謖「きっとって……特別褒章! 忘れるなよ!」
姜尚「うん。任せて」
劉備軍兵士「姜尚様! 左翼にて馬岱様が馬超様の部隊と衝突するも敗れました!」
姜尚「それで馬超さんの動向は?」
劉備軍兵士「右翼の趙雲様の部隊の元へ向かったようです」
姜尚「それなら馬超さんは趙雲さんに任せて大丈夫だな」
劉備軍の防戦一方に涼州軍は勝気なり一向に攻撃の手を緩めない。中には嘲笑う者も現れた。
姜尚は溝が掘り終わると同時に撤退を始める。そこに涼州軍の戦車隊が追撃するも溝に填り動けなくなる。劉備軍は一気に反転し反撃移るも互角の戦いをみせた。
白兵戦でも涼州軍の強さは決して劣るものではなかった。
日が暮れ始める頃、涼州軍の使者が白旗を掲げやって来た。
涼州軍兵士「こちらの司令官はどちらですか」
姜尚「僕です。どうされましたか? まだ決着は着いていませんが」
涼州軍兵士「勝敗は着かなくともあなた方の武勇は分かりましたのでこれ以上は不要かと思いまして」
姜尚「そうですか……何かありました? 決定打となる戦況はありませんでした」
涼州軍兵士「馬超様と互角に渡り合う青い武将が全てです」
姜尚「遊撃隊の趙雲さんのことか……どうなったか知らないのです」
涼州軍兵士「我らの馬超様に敵う者など涼州にはおりません。全ては馬超様と未だ決着が着かず戦い続ける者の存在です」
姜尚「なるほど。では同盟を受け入れて頂けるということですね。直ぐに趙雲さんと馬超さんを止めさせます」
涼州軍兵士「そうして下さい。怪我でもされたら一大事ですので」
こうして涼州軍との摸擬戦は終わる。
趙雲「馬超。流石だな」
馬超「いや、子龍には敵わないさ」
二人して汗を流し帰還する。
張任「いつも二人一緒ですなこの二人。趙雲殿は馬超殿の気持ちを理解しているのだろうか……」
二人の帰還に張任は一人呟く。




