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11 名を持たぬ機械  その1

 その後、勝利は湖守から仕事についての具体的な説明を受けた。交通費と昼食がつくというので、昼は菓子パン一つにコーヒーと考えていた勝利には大変有り難い話だ。

 持ち帰りが可能なメニュー一覧を渡され、短縮名と値段の暗記を指示される。洗濯機の場所と物干しの出し方、片づけ方。外の掃除の仕方など、接客以外の事をまず教えられた。

 湖守の場合、「神である自分」と「人の間に溶け込んでいる自分」の使い分けで不便している様子は全く見られない。あくまで客を大切にする店主として、まんぼう亭の内と外に気を配っている。

 縫修師達のリーダーである湖守もまんぼう亭店主の湖守も、人間に対する敬愛と慈愛に満ちていた。上位の存在として人間に尽くす事へ些かの疑問も感じていないのだろう。

 勝利にとって、神の立場は、始めてまだ二日目だ。無駄な優越感がないのは、おそらく良い傾向ではあると思う。ただ、今のままではいけないという危機感は決して少なくない。

 なれるだろうか。湖守のような存在に。

 客に粗相を働くようなら接客には回せない、と勝負神に言い放つ厳しさ。それは、勝利が抱く一つの理想像だ。

 店の中央に、湖守と二人で立つ。

「おや、勝利君。僕に熱視線?」茶化しつつ、湖守がぐいと顔を寄せてきた。「こんなダンディな中年になりたい、とか思ってるんでしょ」

「え…、あ…。は、はい」と、取り敢えず相手の話を肯定する。「理想の上司につくのって、俺、二度めです」

「二度め? 初めてじゃないのぉ?」おかしな誉め方をした為、ミカギがそこに食いついた。

「はい。池袋の会社で、いい上司と職場環境に恵まれました。…結局その職歴は、無かった事になってしまいましたけど」

 寂しい物言いに、「そうか」とライムが気遣わしげに相槌を打つ。「なまじ改変される前を覚えている分、辛いのだな」

「はい」勝利は、首肯を交えた。「オフィスのレイアウトとかその上司の顔とか名前って、全然思い出せないんです。でも、当時の印象だけは自分の中に残っていて。夢の内容が曖昧なのに、悲しい夢だったとか、そういう事は覚えている。あの感じに近いです」

「そいつぁ、かえって苦しいだろ」ダブルワークが、勝利の疼きを察して慰めの言葉をかけてくれる。「今夜、俺の腕枕で寝るか? 耳元で子守歌を歌ってやるぜ」

 カチン、ときたが、自分は既に接客業に就いていると言い聞かせ、速攻で怒鳴り返す事は自重する。

「もう…。子供じゃないんですから。一人で寝られますよ」

 怒声を返さなかった勝利を、湖守が、信じていたよと言わんばかりの表情で見ていた。

 是非応え続けたい。芽生えたばかりのこの信頼に。

「あ、そうそう。勝利君。君の携帯端末に付属品を付けて欲しいんだ」

 湖守が、エプロンのポケットから小さなクリアファイルを取り出した。一見中には何も入っていないように見えるのだが、湖守の指は透明なリングを摘んでいる。

「君の携帯端末を貸して」

「はい」

 椅子にかけているコートのポケットから、鮮やかな緑の小型機械を出して湖守に渡す。

 店長が、レンズの周囲にそのリングを押しはめた。

 元々、付属のカバーに合わせ整形している物だったのだろう。はまる際の心地よい音で相性の良さを知る。

「いい? 勝利君。このリングも、これからは君の物だよ」

「レンズ・カバーじゃない、ですよね」素朴な疑問を思った通り口にする。「何ですか?」

「それは、君の身を守ってくれる神の使いだよ。今はまだ固有の形も名前もない。君がイメージして形を与え、命名するんだ。それで、主従の関係が成立する」

「俺が、ですか…」勝利は、昨日ライムが話していた神名乗りの内容を思い出す。確か、自ら名乗るものと命名されるものの二種があると言っていた。「何だか緊張します。俺が命名とか…」

 湖守から再び勝利の手に戻ってきた携帯端末を、ついしげしげと眺めてしまう。小型で着脱可能だから、常に身につけていろ、という事のようだ。

「勝利君。君の担当は我々だが、有事の際、一瞬で君の元に駆けつける事はなかなか難しい。そのリングが時間を稼ぐ」ライムが、端末からリングを外す仕草をした。「武装をイメージしてもしなくても、既に役割を与えられているので自然と最低の装備はつく仕組みだ。なるべく早く、形と名前を与えた方がいい」

「闇まで届く神名乗りを昨日俺がしたから、ですか?」

 武装、という響きに、勝利なりの危機感が募る。

 時間稼ぎに武装とは。当然相手は、闇という事になる。勝利が何らかの重大なトラブルに巻き込まれる事を神々は想定し始めているのだ。

「そう」と、ライムではなく湖守が肯定した。「そのリングは昨夜、鍛冶神の工房から僕のところに届いたものなんだ。君に渡すように鍛冶神から指示されている」

「この小さなリングを…。どんな大きさの物にできるんですか?」

「う~ん。精々が五〇センチくらいのものかな」湖守の両手が、店内にある椅子の背凭れの両端に触れる。「非武装なら大きくてもいいんだけど、君の護衛役だからね。武装の整形密度を考慮すると、あまり大きな物にはしない方がいいと思うんだ」



          -- 「12 名を持たぬ機械  その2」 に続く --


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