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10 神との面接  その6

 コーヒーのお代わりでも勧めるように、湖守が土地守なる神との面会を提案した。気軽すぎるそのやり方に、勝利の方がかえって恐縮してしまう。

「もし、先方のご迷惑にならずに済むなら。聞いているだけでも大変な仕事だとわかりますし」

「大丈夫だと思うよ。忙しいとしたら、副業のお店の方だね。案内は、ライムとダブルワーク、君達に頼もうか」

「はい」と、ライムが軽く頭を動かす。どうやら、彼等と新小岩一帯の土地守は既知の関係にあるらしい。

「勝利君」体を捻り、ライムが勝利に向き直った。

 スーツにネクタイが似合う痩身の紳士は、一見すると店内の誰よりも冷淡な人物として人の目に映る。モデルや俳優のオーラが霞む美貌の持ち主だが、鑑賞用に非ずと思っているのだろう。対峙する者への配慮を無駄に欠く。

 勿体ない、とはこの事だ。

「はい」

「その土地守の仕事のピークも、まんぼう亭とほぼ同じだ。午後に時間を作ろう」

「午後ですね」店舗を構えた神という事なので、勝利なりに想像した。湖守のように、人間社会に上手く溶け込んで日中労働に勤しむ土地守の姿を。「一昨日の事、お礼を伝えておきたいです」

「といっても、俺達は間に合わなかった訳だがな」

 勝利の左肩に、ダブルワークの手が乗った。

「あれは…、誰の所為でもないですよ。全員がベストを尽くした結果です」勝利の中で、憤りは過去のものになっていた。昨日の朝、アパートの玄関前でライムに謝罪された時、一番辛いものは溶け別な形を得ている。「俺も、謝るのをやめました。ダブルワークさんも、もう謝らないでください」

「そっか」

 勝利の肩から、ふっと褐色の手が離れた。美しい肉食獣を連想させる短髪の男が、随分と爽やかな表情で元の席に戻ってゆく。

 キッチンから湖守が出てきた。ソーサーを左手に持ち、優雅な仕種で右手に持ち替え勝利の前にそっと置く。

「今日は随分と落ち着いているね。踏み込んだ質問を交えたのに、最後まで感情が高ぶらなかった」

 何と比較しているのだろうと考え、勝利は、昨日この場でやらかした激高の数々を思い出す。好奇心に負け自分の意志でまんぼう亭を訪れたというのに、感情的な場面や反抗的な場面を拵え、皆を困らせてしまった。

 あの無惨な衝動が再噴しやしないか。店長として湖守は、面接以外のやりとりについても勝利を具に観察していたようだ。

「今日は、大丈夫ですっ!!」

 身体を硬直させつつも、昨日とは違う自分を演出せんと無理に自信顔を浮かべて背筋を伸ばす。

「なるほど…。よし、合格だ。勝利君、君を採用しよう」

 求職者の中で、曇天から一転、快晴が全面に広がった。

 採用、何と素晴らしい響きだろう。

「ありがとうございます!!」

 すっくと立ち上がり、上体が水平になる程頭を垂れる。

「うん。今の君なら、安心して接客も任せられる。そんな君には、時給をプラス百円増しにしよう」

「ええっ!? いいんですか!?」

 昼間の仕事で時給千百円は、気前が良すぎる。勝利は、喜びと同時に一抹の不安を覚えた。

 当然考える。勝負を司る神として一体何をさせられるのだろう、と。

 右手をひらひらとせ、湖守が続ける。

「うちは、営業時間が結構長いんだ。朝は、午前七時から店を開けて、閉店が午後十時。モーニングが、午前七時から十一時までの提供。午後六時からは、お酒を出す。土日、できるかな?」

「出ます!!」そういう事か、と安堵した。人間として働くだけなのだ。週末勤務程度に何の問題があろう。「早出と遅出は、店の都合に合わせます」

「週五日勤務、でいいの?」

「はい」脳内で、さっそく時給に八を掛け、更に二二を掛ける。それが、大体の税込み月収になる為だ。

 貧乏人の表情から内なるものでも読み取ったのか、カウンターでダブルワークとミカギが揃って吹く。

「ウイークデーは、遅出がいいかな。土日は、モーニングが結構出るんだ。その分、夜はガラガラ。うーん。休日は、毎週固定でもいいし、週ごとに変えてもいいよ。連休もあり、一日づつ分けて取るのもあり。ただ」

「ただ…?」

「毎週火曜日は、なるべく出られるなら出て欲しいんだ」

「火曜日、ですか。問題ありませんけど、何かあるんですか?」

「悪いんだけど、毎週火曜日だけ僕はまんぼう亭にはいないんだよ」

「は…?」調理人がいないのに、店を開ける。キッチンに入ってくれ、とでも言うつもりなのだろうか。

「その週だけ、僕は東京の会社に行くんだ。代わりに、会社から助っ人が来る。毎週火曜日、瑞志那君って男の人と、一緒に働いて。料理の腕は確かだし、手際もいいよ」

「はい。…それで、年中無休ができるんですね」

「そういう事」湖守が、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。「うちの早出は、午前六時半から午後三時半まで。遅出が、午前十一時から午後八時まで。どちらも八時間労働で、休憩は一時間。昨日も言ったけど、二食のまかない付きね。食費が浮くよ」

「嬉しいです!! 凄く助かります!!」

「明日から来る?」

「はい。よろしくお願いします!!」

 勝利は姿勢を正し、改めて頭を下げた。

「じゃあ、明日は色々と段取りを覚えて欲しいから。遅出で、午前中は練習ね」

「はい。頑張ります!!」と、勝利は即答した。「なるべく早く一通り覚えたいです」

「仕事への意気込みも良し。今の、いい笑顔だよ」

「は…、はい…」

 上司から、初めて素の笑顔を誉められた。

 そして、指摘から勝利はようやく気づく。笑顔が出やすい状態が自分に戻ってきたのだ、と。



          -- 「11 名を持たぬ機械」 に続く --


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