第八話
条件提示の能力は万能ではない。
時間制限はついているし、範囲もそれぞれによって違う。
例えばマスクの男──あれは彼が見ている範囲という指定がある。
そして重瞳の少女花梨──この能力は一見厄介そうだが、一人の人間にしかかけられないだろう。
そんな能力の欠陥があったとしても、厄介なのはかわりない。
そして、いくら時間制限があったとしても、今この場にとってはそれは待っていられない事実だ。
外では動物のサイのような怪物が暴れている。筋肉隆々の体を動かし、角で建物を破壊していた。その獰猛さは、鉄筋すらも容易く穴を空けてしまう。
暴れる近くには子どもたちがうずくまっている。
フラワー・レッドは日向の視線から見て分かりやすいほど二の足を踏んでいた。反対に玲香は子どもたちを守るべく立ち向かい、ふっ飛ばされている。
誰しもがこちらをチラリと見る。その視線には、何のためにお前がいるんだと言う苛立ちが混ざっていた。
「玲香! すごい怪我じゃない!」
外から聞こえてくるフラワー・レッドの声が耳朶を打つ。視線を向けると、血の出る右手を玲香は抑えている。
「こ、これくらい平気です!」
そう言って彼女は自分の体を治癒し始めた。怪我はみるみるうちに治り、再びステッキを持って対峙していた。
その姿を見ても動けない自分に下唇を噛む。自然と脚が貧乏ゆすりを始めてしまう。
「応援のヒーローは、少し時間がかかります!」
「弱らせる役がちゃんといるだろ!」
「日向さん、出番ですよ!」
──勝手なことを言いやがって。
こっちだってわかってるんだ。喉の奥へ吐き捨てるように言葉を飲み込んだ。
サイの怪人は精々B級だ。それすらも倒せない奴をヒーローとして立たせたのはお前らだろ。
そんな他責が頭の中によぎり、さらに拳を強く握った。
手の平は鬱血し、赤くなっている。
自分の役割──今の正義は明確だ。“サイの怪人を倒さない程度に弱らせる”。そして、皆が求める正義にバトンタッチをする。
これだけだ。
頭の中で整理して、そうかと呟いた。
警棒を出現させて握る。いつもの魔法少女の衣装に身を包み、身を翻した。
サイの怪人を捉え、日向は一撃で葬り去る。衝撃は伝わり、地面を割った。
あっけなく相手は光の粒子となって消える。日向はゆっくりと立ち上がり、警棒を消した。
周囲から拍手が沸き上がる。久しぶりに浴びた声援に、少し照れくささが混じる。
「す、すごいです……!」
感極待って抱きついてくるのは、玲香だった。それを日向はなんとか引きはがす。
やはり、自分の仮説は正しかった。“フラワー・レッドが目立つように立ち回るのを正義とした場合”の【裏切り】は、“彼女が出る幕もなく倒してしまうこと”である。
例えそれがどんな結末を待ち受けていようが、日向にはこれしか選択肢がなかった。
テレビクルーたちが冷めた目でこちらを見ていた。プロデューサーが「今の怪物が出たところは全部カットで」と言っている。
フラワー・レッドは、こちらにゆっくり近づいてくると、日向の頬をはたいた。
「な、何するんですか!?」
「玲香……良い」
代わりに怒ろうとしてくれた彼女を止める。
こちらを睨むフラワー・レッドに体を向けて目を合わせた。
「最低……」
その静かな言葉は、手柄を奪った日向に対してのものなのか。それとも、無力な自分に対してのものなのか。
日向には想像することはできなかった。
※※※※※※※※※※
『あのさ、俺のこと恨んでるなら最初っからそう言ってくれればよかっただろ?』
喜一からかかってきた電話に、日向はうんざりする。
「別に恨んでねぇよ」
『何もかもおじゃんにしておいてその言い訳が通用すると思ってんのか? 俺がどれほどの負債を抱えたか分かってる?』
「……知らねぇよ」
ため息が漏れそうになるのを我慢した。アパートのベランダはいつもよりどこか冷える。
『もう良いわ。お前には仕事回さねぇ』
それだけ言うと、電話は完全に切れる。
スマホを無造作にポケットへしまうと、タバコを取り出した。火をつけて吸おうと思ったところで突然後ろからひったくられる。
「誰だ!」
振り返ると、マスクの怪人が立っていた。よく見ると花梨も部屋の中にいる。
「未成年の喫煙は良くないですよ?」
「未成年じゃねぇよ!」
「しかし、絵面的にはどうにもセンシティブに引っかかりそうで」
「覚醒してからむしろ健康体だわ……。ていうか、どうやって入った!?」
日向の質問に、マスクの怪人は笑ってごまかすだけであった。
花梨は花梨で勝手にテレビをつける。映し出されているのは、フラワー・レッドが出てるバラエティ番組だ。
「……嘘つきだ」
彼女は指をさしてから──
「こいつ……嫌い」
頬を膨らませた。
「それで、どうですか?」
そんな花梨の様子を意にも介さない様子で、マスクの怪人は話題を振ってくる。
「どうって何が?」
「今の生ぬるい正義は、必要ないと思いませんか?」
その言葉の圧だけは違って聞こえた。




