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第四話

 ヤキが回ったのだろうか。客観的に今の自分を見れば、普通じゃないと答えるだろう。しかし、今の日向には少し現実逃避をしたかった。

 騙されたなら騙されたでそれでいい。どうせ自分には、逃げれるだけの力がある。


 指定されたのは、近くの工事現場だった。数年前に着工し始めたが、進んでいる試しはない。なんなら音もあまり聞こえたことがない。


 白い仕切りが少し空いている。立ち入り禁止の札が貼られたチェーンをくぐり抜けた。

 中は資材が積まれており、骨組みだけが置かれている。人の姿は確認できなかった。


 やはりいたずらか。ため息をついて、広げた地図を右手で握り潰した。


【動くと消える】


「……っ!?」


 一歩踏み出した脚が消えた。態勢を崩して、地面に手をつこうとする。提示された言葉を思い出して、ギリギリのところで静止した。

 顔面は地面に当たり、鼻が衝撃を受ける。血の味が口の中に広がるのを感じる。


「手荒な歓迎になって申し訳ありません」


 声が聞こえるが、顔が動かせずに姿を確認できない。動くこともできないため、声を出すこともできない。


 心臓の鼓動がやけに大きく鳴った。そこでこの世界の条件が見える。


「……なるほど」

「おや?」


 日向が声を出したことに、手荒い歓迎の主が不思議そうな声を出した。


 彼に気づかれないように手を動かして、地面の小石を拾う。そのまま体で相手から見えない位置から指を弾いた。


「ほう? もう、見破りましたか」

「生温い条件だったもんだからな」

「……やはり、あなたを選んで正解でした。もう動いて大丈夫ですよ」


 少し警戒するように残った脚を動かす。消えないことを確認してから、ゆっくりとその場に座り込んだ。


 消えていたはずのもう片方の脚を確認すると、徐々に現れ始めている。そのことに安堵の息をつきながら、顔を上げた。


 そこには背の高いスーツ姿の男が立っていた。不気味なマスクをかぶったそいつは、唯一穴の開いた右目部分がこちらを見つめている。


「私の条件成立理由、参考までにどうやって見破ったか教えていただきますか?」

「生きている限り常に動いてるもんがあるだろ?」


 言いながら自分の心臓の鼓動に再び意識を向けた。


「無差別に消えるのなら、その条件は即死級だ。しかし、消えなかった……ということは他にも条件はある」


 それは無意識で動いているものは消えないのか。それとも彼から見えていないものは消えないのか。

 日向が最初に口を開いたのは、その確認のためだった。


「つまり、お前が見えていないものは消せない」

「良いですね。さすがと言うべきでしょうか」

「……といっても、オレが負けたことは変わらない事実だけどな」


 あの条件は、拘束系としては最強である。一手を打たれたところで既に勝敗は決していた。


「いえいえ、あのルールの中では私自身も動くことはできませんので」

「……自他巻き込み方か、怪人にしては珍しいな。まぁ“会話ができている時点で”かなり珍しいが」


 日向の声に、マスクの奥から漏れるような笑みが聞こえた。肩をすくめて、首を横に振る。


「別に珍しくありませんよ? これでも人間の間でも怪人はかなり混じって住んでいますから。すべてがすべて、侵略したいとは思っていませんので」

「ほう? それは初めて聞いたな。で、その根拠は?」

「根拠はあるじゃないですか。あなた方ですよ」


 指をさされるように掌を差し出される。白い手袋を纏った彼が示しているのは、日向のことだろう。


「覚醒した者たちがどこから力を授かれてるか知っていますか?」

「……なるほどな」


 つまるところ、ヒーローは怪人たちによって貸し出された力を活用していた。それを怪人退治に使っているのだ皮肉という言葉では済まされないだろう。

 しかし、それをする理由意図がわからない。眉根を寄せて彼の顔を見つめると、肩をすくめてから続けた。


「誰もが異界の穴を歓迎していると思ったら大間違いです。人間の中にもいるでしょう? 異界を嬉々として研究する人間と、閉じようとする者と」


 昨日の研究所の事件を思い出して、声を漏らす。

 あれは元々人間側が異界の穴を研究してることから始まった事件だ。彼らが開けなければ、余計な被害は出なかった。


 納得いった自分に対してため息をついた。


 胡座をかいたまま、頬杖をつく。背筋を伸ばしたままのスーツの男を見つめた。


「それで、オレに何をさせたいんだ?」

「簡単なことです。今の生ぬるい世の中に喝を入れてほしいんですよ。このまま行くと、世界は徐々に腐っていくばかりですので」

「は、随分と人任せな怪人だな」

「怪人ですので」


 皮肉な返しに、日向は笑うしかなかった。

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