第五話
スマホがけたたましくなる。眠気を吹っ飛ばすように起き上がって、寝癖だらけの頭を掻く。
大きなあくびをしてから、スマホを取った。
「……はい」
『おう、寝てたか?』
スマホ越しに聞こえてくる喜一の声に、眉間にシワを寄せる。あのことを思い出しそうになって頭を振った。
「なんだよ、朝っぱらから……」
『もうすぐ昼だ。いや、先日のことを謝ろうと思ってな。お前の立場を悪くしちまった』
「……今さらいいよ。そんなに変わらねぇから」
諦めるような日向の声に、喜一は少し考えてから口を開く。
『なぁ、少し外で話さねぇか?』
どう応えようか迷った。しかし、無碍にするわけにもいかないなと後頭部をかく。
大きくため息をついてから、口を開いた。
「わかった。お前の奢りな」
※※※※※※※※※※
指定された喫茶店の前までやってきた。入ろうとしたところでスマホが鳴る。なんだよと見ると、差出人不明な人間からメッセージが届いていた。
『すべて受けてください』
大体想像はつく。あのマスクの怪人だ。
プライバシーがないなと、ため息をつきながらスマホをしまう。
喫茶店のドアに手をかけて、開ける。
「おーう、こっちだ」
日向が入ってきたのを確認するとすぐに喜一が手を振ってきた。
ため息をつきつつ、一通り喫茶店の客を確認する。
女の子と目が合った。重瞳がドクロのように見える不気味な目だ。彼女はつまんなさそうに机に頬をつけてこちらを見ている。
向かいには黒スーツの男が背筋を伸ばしていた。
本当、プライバシーもへったくれもないなと口元を引きつらせた。
気づかなかったふりをして、喜一の向かい側に座る。禁煙席であることに気がついて、頬杖をついた。
「タバコ吸えないのかよ……」
「むしろ、その見た目で吸おうと思ってたのか?」
「うっせ。好きでこの見た目になったわけじゃねぇっての」
店員が水を運んできてくれた。何か注文はと尋ねられて、取り敢えずサンドイッチを頼む。
「で、要件は? 謝りに来たわけじゃないんだろ?」
「そうそう、今度は警らの仕事を新人に割り振ろうと思ってさ、何かあったら困るからお前に監督を頼みたいんだ」
「あのさ、お前本当に反省してる?」
「してるって。だから、軽い仕事を割り振ろうとしてんだろ?」
口を開きかけて、ポケットにしまった携帯が震える。スーツの男の方を見ると、マスクの顔をこちらに向けていた。
分かったよと心の中で呟く。
「受けてやるよ」
「本当か?」
「ただ、今度何かあったらオレはもう金輪際お前に関わらないからな」
忠告を聞いてるのか聞いていないのか、彼は喜んでいた。
どうにでもなれと大きくため息をついてから、運ばれてきたサンドイッチを口に運ぶ。たまごサンドの変わらずのおいしさが口の中に広がる。
※※※※※※※※※※
喜一を見送る。だるそうに手を一度上げてから、パーカーのポケットへと収めた。
「受けてくださりありがとうございます」
背後から声をかけられて、振り返ることなく肩をすくめた。
「何が目的なんだ?」
「いえいえ、お灸を添えるにはちょうどいいかと。双方のためにも」
見上げると、やはりその威圧感はある。しかし、彼を怪人と認識しているものはいないだろう。少なくとも、変なマスクの人くらいなものだ。
彼の足にへばりつくように女の子がいた。その子は目が合うとこちらにべって舌を向けてくる。
「その子は?」
「あなたに紹介したかったのですよ。魔法少女から怪人になった娘ですので」
「……それはオレも怪人になるっていう意味か?」
「……いえいえ、可能性の話をしているだけです」
どうにも信頼できないなと、彼を睨み上げる。しかし、マスク男は肩をすくめてクツクツと笑うだけであった。
「それで、オレは何をすればいいんだよ?」
「何も。あの方の通りに警らをしておいてください。状況はこちらが用意いたしますので」
「……一般市民に手を上げるんじゃないだろうな?」
日向の目の色が変わる。男の笑いが止まった。
「あなた、今条件を出しましたね?」
「……あ?」
「なるほど……【嘘は死】。やはりあなたを選んで正解だったようだ」
彼が何を言っているかは分からない。マスクの男は、顎元に自分の手を添えながら宣言する。
「一般市民を巻き込む気は“私には”ありませんよ」
「信用できねぇな」
「少なくとも【嘘】ではありません。そこは信用してください」
視線を戻すと、パーカーの裾を小さく引っ張られた。見るとあれだけ睨んでいた重瞳の少女がこちらを見つめている。
金色ツインテの髪を揺らしながら、彼女は口を開いた。
「私も……連れて」
「おや、花梨さんがなつくなんて珍しいですね」
「この人は……世界が認めた人だから」
日向の訳がわからないまま話は進んでいく。




