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第三話

 地獄だった。しかし、これは防げたはずの地獄だった。

 怪人たちの体は奇妙に歪み、触手を伸ばしている。治安部隊を巻きつけて、握りつぶす。絶叫が飛び、銃弾が飛ぶ。


 日向は走りながら変身を終えて、建物内部に侵入していた。警棒を片手に持ちながら走る。

 襲ってくる触手を的確に打ち返す。それは呆気ないほど脆く、千切れ飛ぶ。しかし、千切れた先からまた生えてくる。


 【体は歪む】。この最初に提示された詠唱は、世界の常識を書き換えるもの。必ず最高危険域の怪人が示す、最初の条件提示。


 例えば【時間は止まる】と言われれば、一生開けない戦いを強制される。


 最悪だ。奥歯をかみしめて、無我夢中で警棒を振り、道を切り拓いた。


「いやああああ!」


 遠くから三人のうちの一人──真ん中に座っていた女の子の悲鳴が聞こえてきた。絶対よからぬことが起こっている声に、日向は脚にさらに力を込めた。


 そこは異界の穴が開いていた場所だった。脚を歪めた少女が大きな声を上げて泣いている。

 近くにいたであろう最後の一人は、体が雑巾のようにねじ曲がっていた。そのまま彼の体は触手に変化する。


「たす……助けて」


 日向の脚にしがみつく少女の脚も触手に代わり始めていた。

 なるほどと納得する。歪む体は、異変のあったもの優先に行われるようだ。


 例えば今ここで突き指すればまたたく間に能力の洗礼を受けることになるだろう。謂わば、いまこの世界は怪我をすればそれ以上の凄惨なものが待っているということだ。


 クソったれな世界だと、警棒を握り直して少女の脚を根元から叩く。触手に変化した部分と肉体を切り離す。

 そのまま、彼女を異界の穴から離すように引きずった。


「脚が……私の脚が!」

「騒ぐな! あとで治癒系の奴に生やしてもらえ!」

「……っ!」


 泣く少女から無視して、異界の穴を睨む。この奥から、世界の条件を歪めている存在がいる。それはZランクと呼ばれる危険域に到達した怪物だ。

 きっとそいつは、この穴を通ってやってくるだろう。


 そんなことすれば、今いるヒーローだけで足りるのか? 足りるわけがない。

 ベテランヒーローも世界各地に散らばってしまっており、招集するにも時間がかかる。その間に、人類の生存圏に侵入されたらさらなる地獄になる。


「……仕方ないか」


 日向の能力は身体能力強化だ。基本的に人間の限界を引き出して、どんな怪力な相手をも倒すことができる。

 しかし、彼女にはもう一つ能力があった。


 警棒をくるりと回す。それは拳銃へと形を変えた。

 白色を基調にしたそれにはデカい星がついている。やや銃身は長く、銃口が細い。

 まるで未来的なそれは、武骨な警棒とは違い魔法少女が使いそうなデザインとなっている。


 この拳銃にこめられる弾は、日向の寿命と引き換えに空間を裂くことができる。

 一年、心の中で決めてトリガーを引いた。


 反動が体全体を貫く。体の中から弄られるような感覚に、吐き気がこみ上げてくる。

 銃口に集まった白い光が、黒く歪んだ異界の穴を貫き破壊した。



※※※※※※※※※※



『──今回の事故は何が原因なんでしょうか?』

『S級の魔法少女がいたのに、ちゃんと注意しなかったからですねぇ。まったく、世界を守る意識があるのか……』


 アパートの暗い部屋で、日向はぼーっとテレビを眺める。批判されているのは自分のことだと分かっているが、どうにも現実味が追いつかない。


『あの魔法少女は十年来のベテランだそうですよ』

『ほんと、クソですね……おっと、口が滑りましたすみません』

『ははは、ここで現場対応にあたった若手ヒーローの一人に来ていただいてます。彼女は脚を失っても勇敢に戦い抜きました』


 テレビの中に出てきたのは、日向が助けたはずの少女だった。彼女はいつの間にか脚が生えていた。

 車椅子に乗っているのは、きっとそういう可哀想な演出であろう。


『私は仲間たちと一緒に戦いました! ですが、あの人が周りの制止を無視して先走──』


 ここでテレビを消した。立ち上がり、タバコを取ってベランダに出る。

 

 一本取り出して口にくわえる。火をつけて、吸った。

 吐き出した煙が夜空に消えていく。タバコってこんなに不味かったかとぼんやりと考える。


 ま、そんなものだわなと心の中で整理した。結局尻ぬぐいするのは、裏方として用意された人間だ。

 世の中曲がっていると声高々に宣言したところで、誰も聞き入れてくれないだろう。個人より多数の声のほうが正義なのだ。


 ただ、日向は味方につけられなかっただけだ。


 そんな風にぼんやりとタバコを吸ってると、どこからか紙飛行機がとんできた。眉根を寄せてそれを拾い上げると、中身を確認する。


 そこには、簡易的に地図が描かれているだけだった。

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