第十話
『──被害にあった二人は、動画配信サイトで人気だった二人組です。彼らは撮影中に襲われたと──』
マスク怪人が用意してくれたリムジンに、日向は乗っている。車内につけられたテレビからは、昨日の夜に日向が起こした事件について語られていた。
車内は縦に長い座席が一つ。小さな冷蔵庫も完備していて、ワインセラーまである。マスクの男が飲み物を聞いてきたが、日向は気分じゃないと断った。
彼女の隣には花梨が写真を収めたファイルを開いている。何やら並べられた顔写真をジーッと見つめて小さく唸っていた。
ここに二人がいるってことは運転しているのは誰だか気になったが、あまり深く考えないようにした。
「正式に仲間になったのです。改めて自己紹介させてもらいましょうか?」
「……仲間になったつもりはないけどな」
「ふふふ、あなたにそのつもりはなくてももう手を出した時点で同族なのですよ」
彼の言葉に顔を歪める。否定できない自分が異様に悔しく思った。
「それでは気を取り直して、私の名前はマスクとお呼びください」
「……明らかに偽名だな」
「ミステリアスのほうが人は好かれるものですよ」
奥から覗く瞳が怪しく輝いた。特に追求することもなく視線を外す。
マスクは得意げに鼻を鳴らしてから、脚を組む。
「それでそちらで唸っているのが、野々宮花梨ですね。前も言った通り、彼女は元人間です」
「……オレも自己紹介したほうが良いのか?」
「お好きにどうぞ」
しばらく考えて、しないことにした。してしまえば後戻りができない気がしたからだ。
彼は何も言わずにただ、こちらを見つめている。
『本当、頭おかしいですな。こうなってしまったら、ヒーローはおしまいですよ』
『ヒーロー協会は動いているそうですよ。犯人は一刻も早く見つけるとのことです』
『そういう話じゃないんですよ。事実表れてしまったことに対して、どう責任を取るかと言っているんです』
テレビでは引き続き、事件のことが語られている。専門家気取りの人間と解説者気取りの人間が、ただただ批判している場面だ。
だったらお前らがどうにかすればいいだろ。日向は口に出すことなく、背もたれに腰を預けた。
「ヒーロー協会はあなたを意識し始めるでしょうね?」
日向の思考に割り入るように、マスクは言葉を紡ぐ。
「オレなんかより、もっと整えるべきものがあんだろ?」
「それはご尤もですが、彼らが好きなのは体裁と建前なんですよ」
「くだらねぇな。正義は人の目を意識するもんじゃねぇだろ。世界の破滅とどちらが大事だ?」
その質問にマスクは答えなかった。ただ、不気味に笑うだけ。
「……あった!」
沈黙に落ちかけた車内で、花梨の声が大きく響く。彼女は一枚の写真を手に取って、二人に見せつける。
「次の標的……」
「花梨さん、その人は何をしでかすんですか?」
写真に映っているのは若い男。目立つバンダナをしている彼は快活そうな笑みを見せている。
何度か見かけたことがある。彼はホーミングという名のヒーローだった。テレビドラマに出ている俳優で、人気もそこそこある。
「街一個爆破……異界の穴増強……危険度指数Aランク」
「おやおや、それはそれは危険ですね。手遅れになる前に手を打たなければなりません」
彼らの言っていることが分からない。眉根を寄せていると、マスクは脚を組み替えて説明を始める。
「花梨の持っている定義は知っていますね?」
「……【正義は裏切る】?」
「ええそうです」
彼はそう言いながらワインセラーからワインを取り出した。グラスに注いで、マスクの上にワインを注ぐ。どういう構造になっているのか、マスクの奥に吸い込まれるように液体は消えた。
「彼女の本質は正義が裏返る瞬間を捉えるものです。重瞳はその証ですね」
「……つまり、ホーミングが裏切ると?」
「広義的には。意図的にしろ、無意識にしろ、善意にしろ、悪意にしろ、彼の行動は不義へと繋がり世界を壊すのです」
遠回りすぎる言い方に、マスクを睨みつけた。彼は肩をすくめてからワイングラスの中身を空にする。
「例えば葉山喜一。彼が行動しなければもっと専門的なチームが案件を請け負っていたし若手の一人が死なずに済みましたよね? あなたも濡れ衣を着せられずに済みました」
それは研究所の出来事をことを言っているのだろうか。確かに喜一が余計な案件を持ってこなければ、日向自身も寿命を削ることはなかった。
「ただ、それは結果論だろ?」
「結果論だとしてもですよ。むしろ結果論だからこそよりたちが悪い。自分たちは悪くないと言い訳ができてしまう」
マスクは花梨から受け取った写真を、日向の顔に近づける。
「彼の行動が、結果として不幸を招きます。果たしてそれは、正義と呼べるのでしょうか?」
その問いには、日向は答えられなかった。




