90:父についての報告(ダニエル)
ダニエルは無心で試験を受けていた。
魔法料理大会が終わってしばらくした頃、生徒たちが試験勉強を始めたあたりの時期に、父親から分厚い封筒が届いた。
中身を見てビビった。
なんと、父親からの手紙と試験の解答が入っていたのだ。
(な、なんだこれは)
絶対に外部に漏れてはいけないヤバいブツだと察した。
(駄目だろこれ。バレたら退学どころでは済まないぞ)
どうするべきなのか、ダニエルは悩む。
父からの手紙には、解答を暗記して試験を受け、今度こそ一番いい成績を取るようにと書かれている。
「むかつく……」
あの父親は既に、ダニエルの実力での試験結果を諦めているのだ。
(自分でもわかってる。今の実力で、試験で一位を取るのは簡単じゃないって)
だが、このような関与をされること自体に腹が立った。
もう放っておいてほしい。
(どうするべきだろう)
父親の所業を学校側に告発すべきだろうか。それが正しい。
だが、このことが公になったら、ダニエルは学校にいられなくなるかもしれない。
(いや、本来なら、俺はここにいられない。いる資格はない。もともと、親父のゴリ押しで入学できたようなものだ)
親から自立したいと願うなら、親の力なしで生きていく覚悟がいる。
ダニエルにはこれまで、それがなかった。甘えていた。
(言おう、学校に。それで俺がどうなっても……)
ほかの生徒がいないタイミングを狙い、さっそく担任で校長でもあるクリストファーに父の手紙を持っていった。
こういうとき、担任が校長だと便利だ。
クリストファーは手紙を読み、「なるほどねえ」と頷いた。
「君の父親は僕の議員時代の同輩でねえ。気安く頼み事をしてくるんだよねえ」
「……すみません。父が迷惑ばかりかけて」
なんで父親のことで俺が謝らなきゃならないのだと思いながら、ダニエルは謝罪する。
「君も大変だよねえ」
「…………」
答えに困る。だが、いい機会かもしれない。
「俺の入学について、父親のゴリ押しだと聞きました。本来は合格点に達していないと」
「……で?」
読めない笑みを浮かべるクリストファーに続きを話す。
「退学にしてください。俺は、本来ここにいるべきではない生徒だ」
「ここを辞めてどうするの?」
「……魔法島で働く」
「宛てはある?」
「これから探します」
「うーん、何も決めていないってことだね」
「俺がいる限り、父は学校に迷惑をかけ続ける。入学でも、魔法料理大会でも、試験でも……」
「思い詰めているようだけど、君は不正で入学したわけではないよ」
「でも……」
「今年、実技試験の内容を変えたせいで合格者がめちゃくちゃ少なかったんだよね。だから合格点のラインを下げたんだ。君は元々、合格ギリギリラインだった。それで、自動的に合格した」
「父に言われて、俺だけを合格させたんじゃないと?」
「そんな、僕の経歴に傷が付くような真似、するわけないじゃーん。ピエールがどう思ってるか知らないけど、君の合格は不正じゃないよ? 君を追い出すのなら、もともとの合格ライン以下だった子を全員退学させなきゃね」
「……嘘だろ?」
「教師生命に関わるような嘘はつきません。この試験の解答と、君の父親の手紙は僕が預かることにするね」
「構いません。そのために持ってきたから」
「まあ、君に害の及ばないよう、努力はするよ。君がアヴァレラ魔法学校を退学する必要はない」
「ですが俺はこれ以上、あの父の世話になりたくないんだ。学校側に迷惑もかけたくない……ただ、学費も家賃も、親に払ってもらってる……だから、せめてそれを脱したい」
「父親の世話になりたくないってこと?」
ダニエルは無言で頷く。
「そっかぁ。じゃあ奨学金つかったら? それで学校にはいられるでしょう?」
「……あれは成績優秀者しかもらえないだろう」
「そういう奨学金もあるけど、卒業後に指定の職場で三年働く条件でもらえる奨学金もあるよ? アヴァレラ魔法学校の卒業生は引っ張りだこだから」
「えっ……」
「ただ、家賃までは出ないから……一人暮らしじゃなくて、寮での生活になっちゃうだろうけど。僕としても、将来を考えると卒業しておくことを勧めるね」
退学を覚悟して来たのに、なんか予想外の方向に話が進んでいる。
「詳しい説明は学生課で聞いてね。申請書類もそこにあるよ」
「……そういうのって保護者の同意が要るんですよね?」
「まあそうだけど。必要なら僕が代理でサインを書いてあげる」
「えっ……」
「ここの校長って、保護者の代理を務める権限もあるんだよ? ほら、親がいない子とか、親がヤバい子とかもたまに入学するから」
(……親がヤバい子……って、俺のことか?)
だとしても、ダニエル相手にそんなことをしていいのだろうか。
(それこそ、教師生命が危ぶまれるんじゃ……)
あの父が、黙っているはずがない……。
報復してくるに決まっている。
「校長先生の、迷惑になる」
「心配要らないって~。だからさ、僕を恨まないでくれると嬉しいなあ」
「……? 特に恨む理由が見当たりませんけど」
「だといいけど~」
言うだけ言うと、クリストファーは「用事はそれだけ?」とダニエルに確認する。
「……はい」
「そっか。また困ったことがあったら、相談に来てね。僕は君の担任で校長だから、卒業までは責任を持つよ~」
謳うように告げると、クリストファーは教室からどこかへ転移して行ってしまった。
(いいのか、これ……)
このときの、校長の言葉の意味を正しく理解したのは、それから少し経ったあとのことだった。





