88:妖精族からの勧誘(フィオナ)
フィオナとゼアンは後宮へ戻るため、石畳の道を歩いていた。
飛行船の駅から王宮までは遠くない。
道中は徒歩。魔法具の乗り物は、人間族のフィオナには扱えない。
後宮で乗り物を手配できるが申請がいる。
外出の理由について根掘り葉掘り聞かれるのが面倒だ。監視も付けられる。
そしてその監視は、決してフィオナたちに友好的ではない。息が詰まる。
だから、こうして徒歩で出掛けるほうが気が楽なのだ。
褒められた行動ではないと、自分でもわかっているけれど。
王宮の近くにある広場を通りかかったとき、不意に声を掛けられた。
「おい、そこの」
見ると、すぐ傍に魔法具の自走式馬車が止まり、その窓から一人の少女が顔を出している。地味だが、見る者が見れば高価だとわかる馬車だ。
現在のピア王国や、魔法具のない時代の帝国では、車を引くのに馬が使われていた。
魔法が幅広くが使われるようになった今では、馬はもう使われていない。
しかし、当時の名残なのか、この乗り物は馬車と呼ばれている。
今でも空を駆ける場合は、魔法生物の走孔雀などを使う場合もあるが……。
「あ、あの……? 私にご用……ですか?」
「そうだ。私は妖精族の王女、ルイナという。伯母に会いに来た」
「そうでしたか。私はフィオナと申します、こちらは弟のゼアン」
「知っている。……今日、帝都で偶然兄を見かけた。それで、大まかな事情を聞いた」
「……えっと、なんの話でしょう。あなたのお兄さんって……?」
「妖精族の王子――エリゼという名前だ」
「エリゼ?」
ゼアンが反応した。
駅で弟と仲良くしてくれた少年の名前だった。
「なんだ、身分を明かしてはいなかったのか。まあいい……兄と友好的に接してくれた人間族たちよ。私がお前たちに手を差し伸べてやろう」
「えっ……?」
「そなたたちについては前々から噂を聞いていた。変わり者の人間族だと」
「か、変わり者?」
「人間族なのに、他種族との友好的な関係を望んでいるらしいな」
「えっと……」
「単刀直入に言う。私に協力してくれないだろうか。人間族の立場をよくしたいのだろう?」
「協力? どういうことです?」
「妖精族の次の側室は私でほぼ確定だ。だからこの先、後宮の中で少しでも多くの味方がほしい」
「ですが、私は人間族ですよ? 私なんかを味方に付けても……」
「人間族の側室よ。そなた、今の立場に苦労しているだろう?」
「そ、それは……そうですが」
「次代の側室も身内か?」
「……父と若い愛人との間に産まれた、年の離れた妹です」
ピア王国では、年頃で後ろ盾の弱い女児が帝国に送り込まれる。
碌に教育も受けていない、捨てても惜しくない王女が。
フィオナもそうだった。
たった一つの小さな願いと引き換えに、側室として国を出される。
フィオナは当時ピア王国で虐げられていた、魔力持ちの弟ゼアンを望んだ。
「ふむ、次代は現側室の妹か。ではその妹を、自分と同じ目に遭わせたいのか?」
「そんなわけないじゃありませんか。私は誰にも、私のようになってほしくはない」
先代の側室は帝国で問題ばかりを起こし、終いには心を病んでしまった。
皇帝が代替わりしても、元側室たちは国のために働くことを期待される。
だが、先代の人間族の側室は、とてもそんなことができる状況ではなかった。
もともと人間族が何も期待されていないこともあり、彼女はフィオナが側室として後宮へ入ったのと入れ替わりに、引き継ぎ業務も何もなくピア王国へと送り返された。
「こんな目に遭うのはもう、私だけで十分なんです。だから、次の側室が来るまでになんとかしたいと……何もできていませんけど……」
「伯母は後宮内のことに無関心だが、私なら力を貸せる。改めて言う、協力してもらえないか」
「ですが、私にできることは限られています。具体的に何をすれば?」
「皇后の交代と共に後宮は荒れる。そなたも経験しただろう? だから、その際に新皇后――つまり妖精族である私の派閥に入ってほしいのだ。新たな側室共々な」
「ですが、私の立場は弱く、人間族は友好的な者ばかりではありません……逆にあなたにご迷惑をかけてしまうかもしれません」
「それくらい、わかっている。だが、私は『友好的な人間族』に、悪いようにはしない」
「本当に、私たちに力を貸してくださるんですか?」
「もちろんだ。それと、そなたの弟――兄の友人とたまに話をさせてほしい」
「ゼアンと?」
「ああ、年齢も近いし、今後後宮に入る身として、仲良くしておきたい。魔法が使える人間族というのも興味深い」
「……! エリゼさんから話を聞いたのですか?」
ゼアンが魔法を使えることは、公にはしていない。
ルイナが知っているのは変だ。
「兄が話したのは別のことだ。だがそこから推測はできる……なあ、ゼアン。私の兄から聞いただろう? お前たち二人がチェンジリングだと」
「……!?」
そんな話は知らない。
咄嗟にゼアンを見る。
「まだ話していなかったか……なら、私から詳しく説明する。そのために、一緒に後宮にいる私の伯母のところへ行こう」
「…………」
信じてもいいのだろうか。
迷いながらも、フィオナとゼアンはルイナの自走式馬車へと乗り込んだ。





