83:報告と出発
学校に帰ったリロは、その日あった出来事をクリストファーに報告することにした。
ブッチョと一緒に校長室を目指す。
(なんか、校長室の常連みたいになってる……申し訳ないな)
しかし、報告しないわけにはいかない。
いつものように受付で訪問の旨を伝えていると、上の階からクリストファーが降りてきた。
「あれ、リロ?」
「校長先生、あの……」
「何かあった? あ、箒……」
「あっ……」
帰ったその足で来たので、リロは箒を手にしたままだった。
(箒で外に行ったの、校長先生にばれた……)
シオルに知られたら、確実に怒られる。
「なるほど。『やんちゃな生徒』は君だったか……それはさておき話を聞こう。おいで」
肩に乗っていたブッチョが、びょーんと飛び跳ねてクリストファーの背中にへばりつく。
(何故か校長先生に懐いてるよね……不思議)
校長室に到着すると、リロは今日街であった出来事をクリストファーに伝えた。
クリストファーは静かに話を聞き、頷く。ブッチョは彼の頭に移動していた。
「……なるほど。人間族に襲われたと」
「ブッチョが早い段階で気付いていたみたいで、相手を発見してくれたんです。逃げるときも口から光みたいな魔法を出して助けてくれた……」
「ああ、あれか……じゃなくて、頼もしい使い魔だね。リロが無事でよかった。その人間たちについては魔法島の衛兵に調査してもらう」
リロは頷く。
「で……言いたいことはそれだけじゃないみたいだね」
「そのあと、帝国の……人間族の側室を名乗る人に会ったんです」
クリストファーの体がピクリと動いた……気がした。
「その人――フィオナさんは後宮で私の話を聞いて、人間族なのに魔法が使える私に、同じく魔法を使える彼女の弟と会ってほしいと言ったんです」
「君を襲った人間族が彼女の差し金ではないと言い切れる?」
「……正直わかりません。私は帝国の人間族の側室については、表面的な知識しか持っていなくて。彼女が言うには、周りに使いに出せるような信用できる人がいないって」
「それなのに、君に接触を?」
「……一人で来たみたいでした。ある人が私を狙っていた人間族たちに依頼を出している瞬間を見たと言っていました。『私を……人間族を魔法島からピア王国へ連れ出してほしい』って。それで、その人たちを追って私に会いに来たと話していたんです……側室の権力を使って人間族を止めようとしていたみたいで……」
話していると、不意にクリストファーが口を挟んだ。
「待ってリロ。ほかに何か隠そうとしていない?」
「……!?」
リロは思わず口を閉じる。
何故わかったのだろう。
リロはミネットの母親については、クリストファーに言わないつもりでいた。
そんな真似をしたら、ミネットと普通に友達でいられなくなってしまうかもしれない。
大事な友達を失いたくない。
「君の癖……隠しごとをするときに、ぎゅっと手を握る。目を伏せて早口になる。ほかにも……」
「…………」
敢えて何か伏せていることに、確実に気付かれているようだ。
(校長先生の観察眼、鋭すぎない?)
入学して、それほど時間が経っていないというのに、そんなことまでばれているなんて。
彼はただ者ではない気がする……。
「で、隠しごとは話してくれるかな?」
「……言いたくありません」
「うーん、頑固。懐かしいなあ」
「……?」
「ごめん、こっちの話」
校長先生が昔会った人の中に、頑固な相手がいたのだろうか。
「どのみち僕が本気で調べればわかることなんだけどねー。君から言ってくれたほうが、その手間が省けるってだけで」
「そんな……」
「で、どうかな? 言う気になった?」
クリストファーは容赦ない。リロは迷った末に頷いた。
どうせわかってしまうなら、クリストファーに余計な時間を取らせないほうがいいだろう。
「本当かは私には判断が付きません。でもフィオナさんは、ソネットという人が指示を出していたと言っていました。その……帝国の皇后の姪だって」
「なるほど、君がいい渋る理由はわかった。事実確認は僕が行おう」
「…………」
「リロ、まだ何か言うことがあるね?」
「ないです」
なんでわかるんだろう。
さっき言われたような動きは、あのあと一切しないように心がけていたのに。
「僕には聞く義務があるんだ。リオパール家の親御さんから君を預かっている身だからね」
「今度、帝国の飛行船の駅で、彼女とその弟さんに会うことになりました」
「会うって……」
「もちろん、反対されるのなら行くつもりはありません。私も疑っている部分はありますから。でも、行ってみたい気持ちもあるんです。私は知りたい……」
自分が何者なのかを。どうして人間族なのに魔法が使えるのかを。
フィオナの弟に会うことは、その手がかりになるかもしれない。
「そっか。じゃあ、僕も行こうかな。フィオナという人の目的が事実か気になるし、君以外に魔法が使える人間族がいるなら見てみたい」
「校長先生……」
「行くよ。君が行くというのなら。僕は魔法が得意だし、かなり強いから、何かあっても君を助けてあげられる。不満?」
リロは首を横に振る。
「ううん、校長先生、ありがとう」
クリストファーが優しく微笑む。
「僕のほうこそ。こうして報告に来てくれてありがとう。こうして君に頼ってもらえて……嬉しい……」
「……?」
穏やかな微笑みのはずなのに、リロは何か違和感を覚えた。
そのとき、ブッチョがクリストファーの頭から、ベチョッとテーブルに落下した。
「ゲェ~~~~」
ぴょんと跳びはね、今度はリロの頭に乗る。頭の上がひんやりする。
「校長先生、ミネットには言わないで」
「いずれ、わかってしまうこともあるかもしれないよ?」
「でも、今は……」
「わかった」
リロはホッと息を吐いた。
とにかく、帝国の駅へはクリストファーと一緒に向かうことになった。
※
次の休日、リロは帝国の駅へ向かうことになった。
試験は明日だ。早起きしたミネットの勉強にも熱が入っている。
「ミネット、ちょっと街に出掛けてくるね」
「ええ、リロ。いってらっしゃい」
この日も勉強するつもりのミネットは、まだ何も知らない。
黙っていることに罪悪感を感じつつも、ブッチョを頭に載せたリロは笑顔で手を振る。
「いってきまーす!」
スノーウィッチャーに乗って寮を出る。
(校長先生との待ち合わせは校門。早めに行こう)
目撃者の少ない朝のうちに、学校を出る予定だ。
近道をして校門に向かう。
「おい」
下から声が聞こえて見てみると、建物のワキに生えている木から果物をもぎ取っているエリゼがいた。
彼が手にしているのは、みずみずしい小さなサクランボだ。
そういえばここは、ダリア寮の近くだった。
「あ、おはようエリゼ。早いね」
リロは話をしやすいように、箒をゆっくり下降させる。
「お前こそ、こんな時間から、外へ向かっているようだが? シオルから飛行しての外出は禁止されているのに、どこに行くんだ?」
「う……ちょっと、飛行船の駅まで」
「ふぅん? 魔法島から出るのか……」
エリゼは探るような視線を向けてくる。
「そ、そうだけど」
怪しまれないようにリロは短めに答えた。
なのにエリゼは、意外な言葉を口に出した。
「俺も行っていいか」
「えっ……!?」
「シオルには言わないでおいてやるから、俺も連れて行け」
「な、なんで?」
こういうことに乗ってくるなんておかしい。
いつもはリロが誘い、エリゼが渋々付き合ってくれているのだ。
「理由なんて、なんでもいいだろ。魔法島の外へ出てみたいだけだ。魔法島の外でも、普通の妖精族が生きていけるか見てみたい」
飄々として、なんでもこなしてしまうエリゼだけれど、彼にも目標や悩みはあるのだろうか。
(一人で行くの、不安なのかな)
妖精族は魔法のない環境下だと生きるのが大変だって言う。
(特にエリゼは偏食がすごいからなあ……食べ物を探すだけで大変かも)
向こうが自覚しているか微妙だが、頼られるのは悪い気がしない。
むしろ、一緒に行ってあげたい。
「え……と……今日じゃなくてもいい?」
「構わない」
エリゼは短く答えて頷いた。
「明日以降の放課後でも休日でもいつでもいいから行こう。飛んで行けばすぐだよ。それじゃあ行くね」
リロは箒を上昇させる。そうして校門を目指した。
校門まで行くと、クリストファーが待っていた。
箒を下降させて地面に下りる。ブッチョは頭にひっついたままだ。
「そんじゃ、行こっか」
「はい」
「ところでリロ……友達も誘ったの?」
「え……?」
振り返ると、飛行ボードに乗ったエリゼが宙に浮いていた。
(付いてきちゃった……!? なんで!?)
予想外の出来事にリロは慌てる。
「エリゼ、どうして?」
「……なんか、お前の挙動が怪しかった」
「そんなぁ」
「校長とどこへ行くつもりだ」
「だから飛行船の駅だって」
「ちょうどそっちに用事があるから、勝手に付いていく。以上だ」
エリゼは全てを自己完結してしまった。





