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82:帝都への誘い

 リロはドキドキしながら、ファソの森に近い広場へ下り立った。

 まだ頭は混乱している。

 このまま学校に駆け込むべきだとは思ったが、ほかにもあんな人たちがいて、学校前で待ち伏せをされていたらとか、別の生徒を巻き込んでしまったらとか、ぐるぐる考えているうちにここへ来てしまったのだ。

 幸い、怪しい人影は見られないし、ブッチョも何も反応しない。

 人通りのない草むらに座り、心を落ち着ける。


(まずは、校長先生に報告……だよね。ミネットに心配をかけたくないし、寮に戻るのはそのあとにしよう)


 ブッチョは近くの水路で水浴びをし始めた。平和な光景だ。

 あのとき、ブッチョは自ら怪しい人間族へ近づいていった。


(興味を持って、好奇心から近づいたと思っていたけど……最初から、攻撃するつもりだったのかな)


 ブッチョはのほほんとした表情で、水にぷかぷか浮いている。

 その顔からは、何も読み取ることが出来ない。ただ普通に可愛いだけだった。


「コロッケパンは、また今度にしよう。ごめんね」

「ゲェ~」


 ブッチョは特に気にした様子もなく、水路に生えていた水草をモシャモシャと食べ始めた。

 彼の自由な姿を見ているうちに、次第に心が落ち着いてきた。


(よし、学校へ戻ろう)


 そして、クリストファーに事実を伝えるのだ。

 あとのことはわからない。

 でも、黙っているわけにも行かない。


(しばらく、箒での外出できなそうだな……)


 服に付いた草を払って立ち上がると、通りのほうからパタパタと靴音が聞こえた。

 誰かがこちらに走ってくる。

 音からして、ヒールの靴だ。帝国では女性が履いていることが多いが、魔法島でも同じ感じだと思われる。


(さっきの人たちとは、関係がなさそう。女の人かな……?)


 姿が見えた。やはり女の人だ。

 ほっそりしていて、お出かけ用の綺麗なワンピースを身につけている。

 彼女は何か言いながら、リロのほうへ来ようとしていた。


(息切れしているみたい。よく聞こえない……)


 さっきの今なので、念のためいつでも箒で飛び立てるようにし、リロは様子を窺う。

 ブッチョに反応は見られなかった。

 女の人は、ふらふらになりながら、リロの近くまで来た。

 体を折り曲げ、苦しそうに息をしている。


「あ……あの……っ……ぜぇ……はぁ」

「私に何か用ですか?」

「は……い……」


 彼女が話せるようになるまで、リロは少し待つ。

 しばらくすると息切れは収まり、女性は落ち着きを取り戻した。


「突然、失礼しました。わ、私は、フィオナと申します。帝国から来ました」

「はぁ……」

「リオ・リオパールさんとお見受けします」


 名を呼ばれ、リロの警戒心が高まった。


「なんで、私のこと知ってるの? さっきの人の仲間?」

「違います……! あの人たちはソネットさんの……私は、それを止めようと追ってきただけで……あなたは、自力で逃げられましたけれど」


 フィオナは、オドオドと控えめに話す人だった。


「それで、あなたが去った方向へ向かったんです。幸いまっすぐ飛ばれていましたし、背の高い建物もなく……」


 リロは警戒を解かないまま、彼女の話を聞く。

 ブッチョはまだ反応しない。


「事情を、お話しします。私は、帝国で側室をしています。その……人間族の代表で」


 言いづらそうに言葉にし、フィオナは窺うような目でリロを見た。

 まるで、リロ自身が種族を明かして自己紹介をするときのような態度だった。


(この人、人間族であることに引け目を感じてる……)


 なんだが胸がぎゅっとした。リロにも、その思いがわかるからだ。


(私と……一緒……)


 恥ずかしい、情けない、嫌われたらどうしよう。

 自分の種族を伝えるだけなのに、身が竦むような思いをしなければならない。


「リロさんのことは、ソネットさんが後宮で話をしているのを聞いて知りました」

「ソネットさんって……?」

「皇后様の妹君で、帝国貴族の方です」

「妹……? それって……」


 リロはハッと目を見開いた。


(ミネットのお母さん!?)


 ソネットという名前は知らないが、ミネットは皇后の姪だ。


(信じられない)


 大好きな友人の母親が、人間族を雇ってまで自分を排除しようと動いていた。


(魔法料理大会で、一度会ったけれど。すごい人だったけど……)


 それほどまでに、嫌われていたなんてショックだ。

 娘に近づく人間族が、許せなかったのだろうか。


(ミネットはこのことを……ううん、知らないはず)


 そんな真似を許す子じゃないし、知っていたら母親を止めただろう。

 リロの動揺に気付かないまま、フィオナは続きを話す。


「それで、そのあと個人的な用事で後宮を出たところ、外でまたソネットさんを目撃しまして。もともと、リロさんについて何やら調べている様子でした。そして、外部の方を雇って、あなたを魔法島から連れ出す計画のことを知りました」


「その、ソネットという人は……お城で、そんな話をしていたんですか?」


「少々不用心な方のようですね。おかげで私はこっそり話を聞くことができました。それで、あなたが狙われていることを知り、ソネットさんが手配した人たちの後を追ったのです。私も、あなたに会いたいと思っていましたから……微力ながら助けになりたいと。人間族が相手なら、私の権力でなんとかならないかと思いまして」


 そんな理由だけで、この人は魔法島まで来たのだろうか。

 それにしては不思議なことがある。リロはフィオナに尋ねた。


「あなたには、お付きの人が誰もいないみたいですけど……一人で魔法島に?」


「人間族の側室に付き従うような者は帝国にいません。嫁いでから放置されて久しいの……だから、割と自由に外に出られるのよ? この服装もお忍び用」


 たしかに、綺麗目だけれど、魔法島を歩いていてもおかしくない服装だ。


「どういう理由で、私に会いたいと思われたんですか?」


 まっすぐなリロの問いかけに、フィオナは一つ頷いたあと、真剣な表情を浮かべて口を開く。


「弟に、会ってあげてほしいのです」


 意外な理由だった。

 もっと人間族に関するあれこれだと思っていたリロは戸惑う。


「お、弟さん……? 何故?」

「あの子は……リロさん、あなたと同じなの。人間族なのに魔法が使える」


 リロは息を呑んだ。


「……!?」


 信じられないような話だった。

 フィオナは狼狽えるリロを静かに見つめる。


「このことは、ピア王国の王族周辺だけの秘密になっています」


 そんな重大な秘密を、ここで話してしまっていいのだろうか。


(……ううん、聞かない方がよかったかも)


 リロはちょっと後悔した。


「あなたのことを知ったとき、私は衝撃を受けました。弟のほかに、魔法が使える人間族がいるなんて思ってもみなかったからです。弟だけが特別なんだと思っていました」


 リロは注意深く質問する。


「それで、私と弟さんが会って……そのあとは? どうするつもりですか?」


 何か、目的があるはずだ。

 会うだけで済むはずがない。


「特に何も。私は弟に、魔法を使える人間族は一人ではないと知ってほしいだけなのです。あの子は孤独だから」

「……」


「弟はピア王国の王族ですので、リロさんのようにアヴァレラ魔法学校には通えません……ピア王国では魔法を否定していますので、王族が魔法島行けば、きっと大事になってしまう。でもリロさんと会えば、あの子の寂しさが少しでも癒えるのではないかと思って」


 そういう理由なら、会ってあげたいとも思う。

 同じ魔法を使える人間族に会ってみたいとも。


(魔法島の文献を読むことだけを考えてきたけれど、まさか私と同じような人間族がいるなんて……)


 けれど、やはりリロの中に警戒心も残っている。


「会う場所は、魔法島ですか?」

「いいえ、弟はあまり遠くへは行けません。……赤ん坊の頃に一度体調を崩してしまい、魔法が使えることが発覚し、そこからは周囲の環境もあって部屋に引きこもっていることが多くて。帝国の後宮へ来た今もそのままなんです。魔法島まで来るのは難しいと思います」


「なら、私が後宮へ……?」

「後宮まで来いとは言えません。あそこにはソネット様も頻繁に出入りしますし、あなたも危険を感じておられるでしょう? 帝都で会いませんか? もちろん、旅費は私が負担いたします」


 駅まで移動し、飛行船に乗れば帝都へ行ける。

 学校がある日は無理だが、休日なら可能かもしれない。けれど……。


「やっぱり、いきなりこんなことを言われても信用できませんよね」


 リロの考えを見透かすように、フィオナが告げる。

 否定は出来なかった。


「帝都の、飛行船の駅はどうでしょう。あそこなら人がたくさんいます。警備員も配備されていますから、滅多な悪事は働けません」

「飛行船の駅?」


 それはフィオナの立場からすると、かなりの譲歩のように思える。


「……駅なら」

「ではこれを」


 フィオナがワンピースのポケットから何かを取り出す。

 イチゴほどの大きさの、白い宝石のようだった。


「……?」

「私の……人間族の側室の身分証明書のようなものです。魔法具なので人間族の私には使えませんが、他種族が魔法を使えばどこの誰のものかわかります」


「こんな大事なものを私に渡していいのですか?」

「大丈夫、身分証明書はこれ一つだけではありません。だから問題ないんです」

「あの、このことを……学校の先生に話してもいいですか?」


 フィオナの話は真実かもしれない。

 しかし、万一何かの罠であり、リロが姿を消してしまえば、家族や友人が心配する。。

 学校にも迷惑をかけてしまう。そういうのは避けたい。


「ええ。……学校側に、私や弟と会うことを反対されてしまうかもしれませんが……わかりました。あなたは今しがた襲われたばかりですし、不安に感じるのも無理はありません。信用できる人と一緒に来ても構いません」

「本当に?」


 フィオナは頷く。


「わかりました。それなら弟さんに会います。学校で話をしたら、反対されて行けなくなってしまうかもしれませんけど……」


 返事を聞いたフィオナは、身分証明書になる宝石をリロの手に握らせる。

 魔法具らしいけれど、その宝石から嫌な感じはしなかった。


「私からも、校長先生宛に手紙を送りましょう。ソネット様が話しているのを聞いただけですが、不当な要求をはねのける信用できる方だと思いますので」


(ミネットのお母さん、何を話したんだろう。あの人が校長先生のことを信用できるなんて言うはずない。魔法料理大会では校長先生に、すごくクレームを言っていたし)


 謎だ……。

 水浴びに飽きたのか、ブッチョが水路から上がってきた。

 ぴょんと跳ね、リロのほうへやってくる。


「ブッチョ」


 先ほどの人間族たちのようには、フィオナに興味を示していない。

 本当に、信用できる人なのだろうか。


「わからないけど、私の知りたいことに近づく手がかりになるかな……?」


 胸がざわつく。

 リロの預かり知らない場所で、何かが動き出そうとしているような気がした。

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