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81:ものすごく強い使い魔

 タルト屋があるのは、こぢんまりとした、雰囲気のいい通りの一角だ。

 小規模な個人店が軒を連ねているエリアに、その店はある。


 まだ建物自体はなく、軒先を借りて屋台での販売をしていた。

 ちょうどタルトが焼き上がったところなのか、甘くて香ばしい匂いが漂ってくる。

 魅力的な香りに反応したブッチョが嬉しそうに震えた。


「ミネットの好きな苺と、ブッチョは……?」

「ゲェ~」


 ブッチョが短い鰭でブドウのタルトを指し示した。


「うん、それにしようね。私は……あ、新作のグラタンタルトにしよう」


 ちょっと変わり種だけれど、いい香りだ。


「ついでに、コロッケパンも買って帰ろうか。パン屋さん近いし」

「ゲェ~~~~!」

「ブッチョはコロッケも好きだもんね」

「ドゥフドゥフ!」


 ブッチョのテンションが上がり、いつにも増してプルプル震えている。

 動きが独特で可愛い。

 タルトの入った紙袋を鞄に収納し、パン屋を目指す。

 途中、ブッチョがびょーんと飛び跳ねた。


「え、どうしたの?」


 その場で再び箒に乗ろうとしていたリロは慌てる。

 ブッチョはべちょっと地面に落ち、勝手に曲がり角を曲がろうとしている。

 リロは箒を持ったまま急いで追いかけた。

 前の水路のときといい、ブッチョは自由行動が多い。


「ブッチョ、待って」


 しかし、リロが訴えても、ブッチョは止まってはくれなかった。これも前と同じだ。


(言うこと、聞いてくれない)


 彼は強い意志を持っている。

 店が並ぶ路地を曲がると、住宅が混在するようになった。ちょっと道幅が狭い。


「ブッチョ?」


 どこへいこうとしているのか、ブッチョは石畳を跳ねながらまっすぐ進む。


 そのすぐ先に五人ほどの人がいた。性別は全員男性。

 一見、種族がわからない人たちだ。


 街の人たちと変わらない格好をしているけれど、耳も尻尾もない、鰭や鱗や羽もない、ドワーフ族や妖精族、エルフ族とも違う。


(魔族……? でも珍しい種族だし、こんな集団では行動しないような……)


 基本的な種族の知識は本で知っているし、学校の子たちを見て学んでいる。

 それでも、目の前の人々は、どの種族かわからなかった。

 ただ、不穏な雰囲気を感じる。

 ブッチョを確保して、この場を離れた方がいい。


「見つかったか……気づかれないようにしていたのだが」


 そのうちの一人が言った。


(どういう意味だろう)


 リロは冷静に考える。


(……この人たち、私を見ていた? それで、気づいたブッチョが曲がり角を曲がったのかな)


 ブッチョの意図は、まだわからない。ただ気になっただけかもしれない。

 いつも好奇心旺盛な子なので。


「とあるお方からの依頼でな。お前を魔法島から連れ出せと言われているんだ」


 その人たちは、リロに告げた。


「連れ出すって?」

「お前は人間族。人間族は、人間族の国で暮らすべきだ。魔法島にも帝国にもいるべきではない。魔法島なんてもっての外だ」


 ずいぶん一方的だ。

 相手を警戒しつつ、リロはまた考える。


(なんで、この人たちは、私を知っているの? 依頼者は私について調べている? それで雪豹獣人の格好をしているのを把握していた?)


 おそらく、そうなのだろう。

 相手はリロが雪豹獣人の格好なのを事前に把握している。

 調べないとわからない内容だと思う。普通なら、獣人族だと間違えるはずだ。


(勝手なことばかり)


 リロは少しだけムッとした。


(私を捨てたのは、人間族の側なのに……)


 追い出したり、連れ戻そうとしたり、身勝手すぎる。


「依頼者は誰?」


 尋ねると、馬鹿にした様子で嗤われた。


「言うはずがないだろう。ともかく、お前をピア王国へ連行する」

(冗談じゃない)


 今のリロはリオパール家の子どもで、アヴァレラ魔法学校の生徒。

 勝手にピア王国になど、連れ戻されてなるものか。

 魔法が使えるリロがピア王国へ行けば、きっと碌な事態にならない。


「ブッチョ、早くこっちへ。逃げるよ」


 言われた内容はきちんと理解しているのだろう。

 ブッチョは渋々リロに従う。

 何かもの言いたそうだけれど……よくわからない。


 声帯が発達していないためか、ブッチョは魔法陸獣語も魔法海獣語も話せないのだ。

 いつも大体、「ゲェ~」か「ドゥフドゥフ」しか言わない。

 おおまかに意思疎通は出来る。

 けれど、今の彼が言いたいことは、よくわからなかった。


「急いで。危ないよ」


 リロはやって来たブッチョを抱き上げて抱え、走りながら魔法で箒を浮かせる。


(走るのは、相手が身体能力に優れた種族の場合、不利になる。魔法を使った空中での移動なら、そこまで大きな差は出ないはず。相手が魔法のエキスパートでもない限りは……)


 リロが魔法で飛ぼうとしているとわかったのだろうか。

 不穏な人たちが、その前にリロを捕まえようと駆け出す。

 そして、懐から小ぶりな刃物を取り出した。一人一本ずつ所持しているようだ。


 きらめく刃を見たリロは動揺して息を呑む。

 今まで生きてきて、こんな出来事は初めてだったからだ。


(怖い……)


 でも、それよりも……。気になることがある。


(あの人たち、魔法を使わないの?)


 この場合に有効なのは、刃物より魔法攻撃だろう。

 魔法学校に入学したてのリロでもわかる。

 まず、彼らの持っている刃物では長さが足りない。


(連行って言っているし、私を死なせられないと思うから。ただ飛行を止めるために使おうとしているんだよね)


 投げても確実に当てるのは難しいだろうし、向こうが飛んで行った刃物を回収しているうちに、リロは逃げられる。

 リロを止めたいのなら、何かしら攻撃用の魔法を放ったほうが効果があるのだ。


(優秀な大人の魔法使いなら、それくらいは使ってきそうなものだけれど……しないとなると、あの刃物が魔法具か何かなのかな)


 魔法の効果でどこまでも刃物がリロを追いかけてきたりするのだろうか。

 だったら、どうしようもない。

 だが、リロを追ってくる人たちはつばを飛ばしながら叫び、ただ刃物を振り回すだけだった。

 そんな彼らを見ていたリロはハッとする。


(もしかして、あの人たち魔法が使えないとか……? ……人間族なの?)


 それなら辻褄が合う。


(飛行船の中にいた人たちと、同じだ……)


 あとで新聞を確認して知ったのだけれど、入学試験の飛行船でドワーフ族の子どもの命令を聞いて、棍棒を振り回していたのは、彼に雇われた人間族だったらしい。


 ピア王国では生活できなくて、帝都に出稼ぎに来て、それでも人間族だからまともな雇い先はなく、帝都で途方に暮れていたところに声をかけられたそうだ。

 犯罪行為だとわかっていてもほかに稼げる道はなく、また大きな報酬を提示されて雇われることにした……と書かれてあった。

 自分たちがこんな大変な目に遭っているのに、将来が約束されたエリートコースに進む他種族が憎かったとも……。


 彼らは今捕まり、帝都の刑務所に入れられているはずだ。

 そんな、人間族と……目の前にいる彼らは同じように見える。

 さらに言うと、人間族は魔法具も扱えない。

 だからあの刃物は特別な魔法がかけられたものではなく、ただのナイフに過ぎない。


(つまり、私が空に逃げさえすれば、彼らは追ってこられないということ)


 だから、ここで箒を使って素早く飛ぶ。

 焦る状況の中、リロは箒を上昇させる。

 慌てた人間族たちが走って追いかけてきた。刃物を投げようとしている人もいる。

 そのとき、ブッチョがいつになく大きな声で鋭く「ゲ!」と鳴いた。


「えっ?」


 箒が上昇する中、ブッチョはリロの腕から這い出て、背中側へ回った。

 箒の房の上に乗り、人間族たちを見下ろす。そうして……。

 今まで聞いたことのないような低い声で吠えた。


 同時に、彼の開かれた嘴から何か魔法のようなものがほとばしる。白い光だ。

 それがまっすぐ線のように伸び、人間族たちの足元の地面を焼き払う。


「ゴェ~~~~~~~ッ!」


 ブッチョが吠え続ける。

 同時に下から、怯えが混じった叫び声が上がった。


 人間族たちは尻餅をついたり、たたらを踏んだり、その場から先へ進めずにいる。

 地面はまるで何かに抉られたように裂けていた。

 これ以上、彼らは追いかけてはこられなそうだ。


 一仕事を終えたとでもいう風に、ブッチョがくるりとリロのほうを振り返る。

 気ままな使い魔は、つぶらな瞳でじっとリロを見つめた。「守ったよ」とでもいいたげな、まっすぐな眼差しだった。


「ブッチョ、助けてくれたの?」

「ゲェ……」


 何も主張することなく、ブッチョはフルフルと震えるだけだ。

 けれど、リロは、彼が自分を守ってくれたのだとわかった。


「ありがとう。そんな魔法が使えたんだね?」

「ドゥフン」


 もう人間族への興味は失せたようで、ブッチョはリロによじ登ると頭の上に居座り始めた。


「……」


 ファソの森で会ったときから、リロはブッチョに何か期待をしたことはない。

 自分と契約してくれて、傍にいてくれるだけで嬉しいと思っていた。

 実際、それで満足していた。けれど……。


「……ブッチョって、もしかして、ものすごく強かったりする?」

「ドゥフドゥフ?」


 不思議な魔法生物の謎が、また一つ増えてしまった。

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