74:校長室で騒ぐ保護者たち(クリストファー)
クリストファーは地味に苛立っていた。
魔法島の議員の一人である、ピエール・リヴァラクタの個人的な行動が度を超えていたからだ。
さらに彼はそれを反省もせず、さらなる我が儘を実行しようとしている。
魔法料理大会が無事に終わった今も、保護者たちを連れて校長室へ押しかけている。
(息子のダニエルについて持ち出せば大人しくなるかなって、入学させてみたけど……)
多少の抑止力にはなるようだが、本人の無自覚のゴリ押しが厄介だ。
(あれは議員にすべきではなかったな)
魔法の専門家や魔法学校の校長になる前――かつては彼と共に議員として、魔法島を管理し運営していた。
(当時は特に問題なさそうに見えたけど……ま、人って変わるもんだからね)
今ではすっかり、我が物顔で好き勝手に行動する、困ったおじさんになってしまった。
(僕は穏便なやり方が好き。でも、度を超すようなら排除も視野に入れようかな。本当に……魔法島の管理は面倒)
でもやる。それがクリストファーが決めた答えだから。
「それで、まだ何かあるの~? 僕、疲れたんですけど~」
ぶっちゃけ、さっさと追い出したい。
けれど相手は、空気を読んでくれない。そもそも、読む気もないのだろうけれど。
「予想は出来ているんじゃないか? この学校に人間族が通っていることについて言及したい。しかも、入学試験で主席だったとか……普通に考えてあり得ない」
「あり得たんだから、仕方ないじゃん~?」
「不正に決まってるわよ! 人間族なんて碌にというか、まったく魔法を使えないんですもの。入学できるなんておかしいじゃない!」
キンキン叫ぶのは帝国皇后の妹、ソネット・ブルカノ。リロの友人ミネットの母親だ。
しかし、娘とは全く違う性格をしている。自制心が欠如しているタイプだ。
(話、通じるかな……無理だろうなあ。対話なんてする気はなくて、言いたいことだけ無限に吐き出すだけのタイプに見える)
まだマシなほうの、ピエールに話をすることにした。
「件の生徒は人間族だけど魔法が使える。実際に、五歳の時点でかなり強い魔法を使っていた」
ピエールが反応する。
「なぜ、そんなことを知っている?」
「その生徒の養子先から相談があったんだよ。そのときの僕は、たまたま学術機関に所属していて、その家に出向いたんだ」
「聞いていないぞ!」
「うん、言っていないから。てか、わざわざ君に話す必要、ないよね?」
「私に話さなくとも、世間に公表すべきだろう! 人間族が魔法を使えるんだぞ!?」
「そんなことする必要ないよ。相手は一般人の子どもだし、現にこれまで、その生徒は問題を一切起こさなかった。人間族との接触も一切なかった。それどころか真面目に勉強して、この学校に主席入学した。何も問題はない」
「しかるべき機関に拘束し、監視すべきだ!」
「そんなことして何になるの? その生徒を排除しても、君の息子が主席になれるわけじゃないのに」
「~~~~っ!」
ちょっと意地悪を言いすぎたかもしれない。
(うーん僕、リロのことになると沸点かなり低いかも)
険悪な雰囲気になったところ、不意に校長室のベルが鳴る。
(誰? 受付から連絡、来てないけど……)
通常、校長室へは受付を通してから訪れる仕組みになっている。
(強引に通過してきた?)
外から攻撃の気配がないことを確かめ、警戒しながら扉を開く。
すると、目線よりもかなり下に、一人の少女が立っていた。
淡い紫の髪色、目の下の模様は妖精族に多い特徴だ。
(……アヴァレラ魔法学校の一年生よりも年齢が低そうだけど。というか、彼に似ているな……)
おおよそ、相手の予想は付いた。
おそらく、彼女を呼んだのはピエールだ。大幅に遅刻してきたようだけど。
(妖精族は時間にアバウトだからな。特に、妖精界から滅多に出ないような者は……)
クリストファーの予想どおり、少女を見たピエールが大げさな声を上げる。
「これはこれはルイナ王女殿下、ようこそいらっしゃいました」
そう、彼女は妖精族の住む妖精界にある国の王女だ。エリゼ・フィアーユの妹に当たる人物でもある。
「残念ながら、魔法料理大会は終わってしまいましたが……」
「そうか、今日は早く宿を出られたと思ったのだが。兄は活躍していたか?」
「ええ、その……素材を活かした一皿を出しておられましたよ」
ものは言いようだ。
「そうか。兄が選ぶ食材なら、間違いないだろう。私も試食したかった……それより、険悪な空気だが何かあったのか?」
部屋の中の微妙な雰囲気に気付いたみたいだ。
「ええ、話し合いをしていたのです。アヴァレラ魔法学校に人間族の生徒は相応しくないと」
若干言葉を和らげ、ピエールが告げた。
「人間族の生徒のことなら私も聞いた。兄と同じ主席らしいな」
「そうです。人間族のくせに主席だなんて、あり得ない。クリストファー校長は、人間族を優遇しているのでは?」
まあ、事実だ。
ただし、人間族全体ではなく、リロ個人をだけれど。
しかし、試験結果は彼女の実力だ。
クリストファーは幼いリロに、初級魔法大全を渡しただけ。
本を持っていても、そのまま眠らせていただけなら、アヴァレラ魔法学校の入学試験には受からなかっただろう。
「王女殿下もそう思われますよね?」
話が、ルイナに飛び火した。しかし……。
「……私は特に気にならない」
「えっ」
「どうでもいい。些細な問題だ」
「なっ、に、人間族ですよ!? 魔法島の秩序が乱れます!」
「生徒一人に何ができる? それに獣人族として育ったのだろう? なら、むしろ獣人族扱いでいいのではないか?」
「だ、だが、身体能力や習性は違いますよね?」
いい加減、この話題を終わらせたい。
クリストファーはたたみかけることにした。
「ルイナ王女の言うことも一理ある。現に、君たちはどの生徒が人間族なのか、わからなかったみたいだしねえ。知っていたら、絡みに行っていただろう?」
「それは……!」
やはり、この男は豹耳フードを付けたリロを人間族だと判断できなかった。
よほど鼻のいい種族でもないと、距離のある保護者席からリロ個人を人間族だと見抜けないだろう。
人魚族は嗅覚に優れてはいるが、陸上では水中ほど鼻がきかない。もっと近づかないと判別できないはずだ。
そして、ドワーフ族は嗅覚が人間くらい弱い。まずリロを判別できない。
(自分の娘を助けたのが、その人間族なのに)
気づきもしないなんて呆れる。
「あまりこの学校で騒ぎ立てるようなら、僕もそれなりの措置をとらせてもらう。ここは学校、方針が気に入らないのなら転校手続きをすればいいだけだ」
だが、ピエールはそれができない。
彼自身がアヴァレラ魔法学校の卒業生であり、息子を自分と同じ道に進ませたがっているからだ。
(息子のほうは、どうか知らないけど)
あまりに酷いようなら、首をすげ替えたほうがいいのかもしれない。
クリストファーにはそれができる。
誰も知らないけれど、魔法島は今、クリストファー個人の管理下にあるのだから。




