76:拾われ少女は勝手に飛行してみる
魔法料理大会が終わり、生徒たちは慌ただしく試験の準備を始めていた。
放課後になると、空き教室や図書館で勉強をする生徒がちらほら見られる。
ミネットも寮の部屋で勉強をしていた。邪魔は出来ない。
リロは暇だった……。
(試験の範囲、全部知ってる……)
もうすることがない。
今は、中級魔法大全を覚えている最中だが、既にいくつかの魔法を使えるようになっていた。ただ、試験には出題されない。
(うーん暇だな。あ、そうだ……せっかくだし、箒で飛ぶ練習をしよう)
箒に乗って長距離を移動できれば、今より行動範囲が広がる。
魔法島の中を自由に行き来できるようになるはずだ。
魔法具を使って飛行する方法は、魔法体育学でカルボンに習う予定だ。
しかし、授業が始まって間もない今、魔法体育学の授業では筋トレや、魔法を使った簡単な身体強化や、魔法でボールを操作する方法を教わっただけである。
飛行に関することは、一切習っていない。
(でも、飛びたい……せっかく、箒を買ったんだから)
そういうわけで、リロは勝手に飛行の練習をすることにした。
幸い、飛行に関する本は、本屋で売っているし、図書館でも見られる。
リロは購買の本屋で飛行に関する初心者用の本を買いに行った。
途中で、同じく退屈そうなエリゼに会ったので、強引に飛行の練習に誘ってみる。
妖精族は自由に出し入れできる羽があり、そのままでも飛べた。
しかし、飛行用の媒体があればより早く飛行できる。
エリゼは飛行ボードを取りに行き、一緒にあまり人のいない裏庭に移動した。
(断られるかなと思ったけど……興味はあったみたいだね)
まずは一緒に飛行媒体を浮かせる練習をする。リロは買ってきた本を読み込んだ。
「ええと、箒を浮かせるには……」
「こうじゃないのか?」
魔法に慣れているエリゼは何も見ずに、ものを浮かせる魔法でボードを頭の高さまで浮遊させた。感覚でわかるみたいだ。
「わあ、すごい。エリゼの真似をしよう……」
エリゼと同じように箒を浮かせようと奮闘する。
「……ここは、こうする」
「あ、なるほど」
彼はツンツンだけれど、意外と面倒見がいい。
リロに妖精族流の魔法の使い方を教えてくれる。
感覚派の説明だけど、リロにはなんとなく理解できた。
(ボードと箒は乗り方が少し違うけど、基本は一緒だね……)
飛行媒体が浮いたところで、二人でそれに乗ろうとする。
しかし、そこに鋭い声が飛んだ。
「こら、そこで何をしているんだ」
「ひぇ……!」
声のするほうを見ると、険しい表情を浮かべたシオルが、ずんずんと裏庭へ近づいてきている。
(やばい。み、見つかった……!)
厳格なルールは定められていないが、常識的に生徒だけで勝手に練習してはいけないと、なんとなく知っている。普通はしないようなのだ。
教師的には、見過ごせないのかもしれない。
シオルはリロたちの側まで来ると、厳しい眼差しで飛行媒体を睨みつける。
「まったく、ロバートと同じ真似をしているな。初心者の一年生が、勝手に飛行の練習を始めるなんて危険極まりないというのに」
リロは思わず口を開く。
「お兄ちゃんも、飛ぶ練習をしていたんだ……」
「私が言いたいのは、そこではない。勝手に危険な真似をしてはいけないと注意をしに来たのだ」
正論だ。リロもエリゼも目を逸らせた。
だからといって、飛行練習は止めたくないけれど。頑張れば出来そうな気がするし。
「しかし、どうせ言っても勝手に練習するんだろう……ロバートもそうだった。挙げ句、あらぬ方向に吹っ飛んでいった。獣人族の身体能力がなければ、大怪我をしていただろう」
まるで、リロの考えを読んだかのようにシオルが告げる。
シオルが思い悩むようにぶつぶつ呟く。
「一部の生徒だけに指導するのは……いやでも、目の届かないところで大怪我をされるよりは……」
葛藤の末、シオルはやや不本意そうに口を開いた。
「私が飛び方を教えよう。鳥人族なので空中で何かあっても対処しやすい。媒体を使っての飛行も習得している」
鳥人族は龍族などと並んで、空中で一番自由自在に移動ができる種族だ。
飛行速度は妖精族よりも速い。
飛行媒体を使わない者も多いが、シオルはそちらも使いこなせるようだ。
リロとエリゼはシオルの指導のもと、媒体を使っての飛行を練習することになった。
エリゼは軽々とマスターし、リロは少し苦戦したけれど、最終的に二人とも飛行媒体を扱えるようになった。箒に座り、裏庭の上空を飛び回る。
「うむ、それだけ扱えれば問題ないだろう。正直、この短時間でマスターするとは思ってもみなかった。妖精族はともかく、人間族がかつて魔法が得意だったというのは……案外本当のことなのかもしれないな」
「えっ……?」
「いや、なんでもない。昔、文献でそんな内容を読んでな。変わった話だったので覚えていた。教師になる前、私は学術機関で歴史の研究をしていたのだ」
「それって……」
人間の魔法について書かれた文献は、かつてクリストファーが言っていた文献のことかもしれない。
きっと、そうだ。
「先生、その文献についての話を……」
しかし、シオルはそれよりも先にお説教を再開してしまった。
「一応言っておくが、授業できちんと習うまでは、くれぐれも飛行するのは学校上空だけにし、勝手に遠くへ行かないように……」
言いつつも、シオルはリロたちを信用していないようだった。
ロバートという前科があるのも大きいのだろう。
「リロ・リオパール。君の魔法の使い方はロバートとそっくりだ」
「実家でお兄ちゃんと一緒に、魔法を練習していたからだと思います」
自信を持って、リロは告げた。ロバートのことは心から尊敬しているし大好きだ。
山に捨てられたときに見つけてくれたのも、家を飛び出したときに見つけてくれたのも、いつもロバートだった。
入学試験の時も魔法島で送り迎えしてくれた。
「君たち兄妹は仲が良いのだな。それでは、私はもう行く」
「はい、ありがとうございます。それで、さっきの文献の話なんですけど……」
「このあと職員会議があるから、急いで行かねばならない。二人とも、くれぐれも、くれぐれも勝手な飛行はしないように!」
言うと、シオルは羽を出し、職員棟の方角へ飛んで行ってしまった。
「俺らのこと、絶対信用してないな……」
シオルを見送りながら、エリゼが告げる。
「でも、飛び方を教えてくれたね」
「……説教臭いけど、案外話の通じる教師だよな」
エリゼの言葉に、リロも頷いた。
「シオル先生、いい先生だと思う」
そして、気になる先生でもある。
(担当教科が魔法歴史学だし、文献について聞いたら教えてくれるかな?)
少しばかりではなく、その内容が知りたいリロだった。
※
職員棟の会議室には、既に教師たちが集まっていた。
「シオル先生、あなたが時間ギリギリに到着なんて珍しい。何かありました……?」
なんとか職員会議に間に合ったシオルに対し、先に到着していたカルボンが心配そうに尋ねてくる。
「いや、問題ない。試験前だというのに、勝手に飛行媒体で飛び始めた一年生がいただけだ。カルボン先生、なるべく早めに飛行の授業をしてやってほしい」
「やんちゃな生徒がいたものだ」
話していると書類を持ったクリストファーが来て、教師全員が揃った。
魔法で教師一人一人に書類が配られていく。
「試験の時期が迫ってきたね。ついては、保護者たちを警戒したい……今年は厄介なのが多いから特に対策を講じたいんだ」
教師たちは全員大きく頷いた。




