69:魔法料理大会の始まり
リロたち生徒会メンバーと教師陣、その他職員、補助に回ってくれるスタッフの生徒で、魔法料理大会は運営されていく。
スタッフに立候補した生徒は、成績に若干の加算ポイントが付くのだ。
ミネットも、一応スタッフという枠で手伝ってくれていた。
自分たちが出場する間は、ほかの人たちが回してくれる。
運動場を丸々使った大規模な会場には、たくさんのテントが張られ、生徒たちが座って見学している。
まあ、絶対に席にいなければならないというルールはなく、テントの合間に設けられた通路などをうろうろしている生徒もいる。
まずは、三年生からスタートだ。
(ええと、お兄ちゃんはお肉部門に出場だったっけ?)
そしてリロはミネットと見回りの仕事がてら会場の通路を歩きながら、兄ロバートの活躍を見物する。
客席と客席の間、学生たちの席の微妙な切れ目から、しっかりと三年生が料理するところを見られた。
同時進行で様々な料理内容が競われるが、ちょうど手前の会場では肉料理を作っている。
「手前が肉、奥が魚、その向かい側が野菜やデザートみたいね。三年生は、皆同時に作業に取りかかっているわ」
ミネットも興味深そうに会場を見回していた。
材料は事前に三年生が調達し、二年生が処理や保管を手伝っていた。
一年生も手伝いを申し出たが、できた調味料を瓶詰めしたりなどの雑用がメインだった……。
一年生全員が、授業で調達や処理に必要な魔法を習っていないというのが理由である。
寮の中にはできる子もいるが、それだと不公平なので、イベントでは学年ごとで役割を割り振るらしい。
なので、リロたち一年生は袋詰めや瓶詰め、運搬作業を頑張った。
その甲斐もあって、マーガレット寮の三年生たちは順調に作業を進めている。
(寮の先輩も応援したいけど、お兄ちゃんも応援したい……)
悩ましい。
兄のロバートは、学校の生徒たちに人気のようだ。
彼の活躍に女子生徒から黄色い声が上がっている。
(おお……お兄ちゃん、すごい)
リロはロバートを尊敬の眼差しで見つめた。自慢の兄だ。
ロバートは本当に器用で料理が上手だ。
幼い頃から、リロに何度もご飯を作ってくれた。
成長したリロは料理を作れるようになったけれど、ロバートのほうが上手である。
「あれが生徒会長――リロのお兄さんなのね」
ミネットが面白そうにロバートを見ながら口を開く。
「うん、料理はなんでも上手なんだ。マーガレット寮の強力なライバルだよ」
「すごく手際がいい……あの包丁さばきは、ただ者ではないわ」
ちょうど、ロバートが魔法で食材を刻んでいる。
ダリア寮の二人で料理しているが、一人だけ野菜の刻み加減が職人のようだ。
時間に限りがあるので、挽き肉は予め寮内で魔法で作ってきている。
配合も工夫してあるだろう。
魔法を使うと材料に痕跡が残るため、教師陣側も魔法を使っているかどうかの判定には困らないようだ。
(お兄ちゃんの魔法、面白い)
おそらく攻撃魔法の一種だろう。
ロバートらしく、器用に威力を調整しているみたいだ。
「作っているのはハンバーグだと思う……お兄ちゃんの好きな料理」
「おいしそうね」
「うん。オリジナルのソースが絶妙なの」
だんだんと料理ができあがり、審査員の教師たちの席へ運ばれていく。
肉部門、魚部門、野菜部門、ご飯とパン部門、デザート部門。
どれも凝った料理が並んでいた。
とはいえ、生徒たちのよく知る家庭料理が多い。
それを眺めつつ、不意にミネットが話を始めた。
「私のお母さん、聞き分けのない子どもみたいな人でしょう?」
非常に答えづらい質問だ。リロは無言で曖昧な笑みを浮かべる。
「昔からそうなの。幼い女の子がそのまま大人になったような人。環境がそれを許しちゃったから、いつまでも変わらない」
「ミネット……」
「私のほうが、彼女のお母さんみたいって思うときがあるわ。だってあの人、そのくらい我が儘だし世間知らずだし、とんでもない行動を取るんだもの」
あの母親はミネットが出自について語る瞬間、妙に嫌そうな雰囲気になるのと、少しばかりではなく関係がありそうな気がした。
「まさか、学校行事にやってくるなんて考えもしなかった」
「えっと、さっき聞いた校長先生の話では、代理で来ていたみたいだけど……」
「ええ、招待されたのは皇后である叔母様。本人が多忙で行けないのをいいことに、その枠に強引に割り入ったのよ……叔母様も止めてくださればいいのに。あの人、お母様と関わりたがらなくて、全部を私に押しつけるから。ずっとお母様の姉として生きてきたんだから気持ちはわかるけど、大人なんだから、もう少し姪を守ってくれてもいいんじゃないって思うときがあるわ」
「……ミネットが、全寮制のこの学校へ来たのと、お母さんのことは関係がある?」
「理由の一つではあるかも。魔法学校で授業を受けたい気持ちはもちろん、実家にいた頃より自由を満喫したい気持ちもあったけど」
「そっか」
「やっと、距離を置けると思ったら。すぐ魔法島に現れるんだもの、きっと私以外に相手をしてくれる人がいないんだわ」
すごい言いようだ。
「ごめんね、愚痴が止まらなくなっちゃった。リロに言っても困らせてしまうだけなのに」
それだけ、ミネットの動揺が大きかったのだろう。
あのとき、彼女は母親の言動をただ恥ずかしそうに、情けなそうに見ていた。
(ミネットは今話してくれたようなことを、これまで誰にも言えなかったんじゃないかな)
話せるような内容ではないし、彼女の実家の関係者には、母子の関係などは話しづらい内容だろう。
(前に会ったサングラスの人たちに、相談なんて出来ないよね……身内というより、部下っぽい感じだし)
ミネットは将来上に立つ人として気を張っている。
生徒たちの中でも、特にしっかりしていた。
同年代や教師の前では年相応の姿を見せてくれるけれど、それ以外の大人たちの前では少し違う。
致命的な弱みを出さないようにしているみたいだ。
リオパール家の子として、普通に生きてこられたリロにはわからないけれど、それは将来の彼女の立場を守るためなのかもしれない。
帝国次期皇帝の……側室という立場は大変だ。
「あのさ、ミネットと同じ立場にはなれないけど、いつでも助けるから。困ったらすぐ私の所へ来て。一緒に対策を考えよう!」
リロにできることは知れているが、せめて学校にいる間はミネットを、彼女が遠ざけたい全てから守りたい。
「うん!」
ミネットは笑顔になり、視線を三年生たちへ戻す。
「ちょっとリロ……見た目が、とてもゲテモノ料理っぽいものがあるんだけど」
「えっ……?」
「ほらそこ、大きな魚料理。あれ、どこの寮かしら?」
素材そのままな感じの魚が盛り盛りと積まれた料理が、超特大の大皿に載っている。
釣った魚をただ皿に盛って、花や海藻で飾り付けただけ……というような、野性味溢れる料理だ。
堂々とした足取りで、自信満々に料理を運んでいる生徒のシャツの色は、淡い黄色。
「うちの寮……マーガレット寮生ね。うん、よく見ると知っている顔だわ」
料理大会に向けて、寮で一緒に準備していたので、リロも三年生の顔は知っていた。
マーガレット寮は人数が少ない寮なので、比較的に所属している生徒を覚えやすい。
「うちの寮の三年生って、料理が苦手なのかしら?」
「……そういう人もいるみたいだね。私が考えたルールが、裏目に出た感もあるかも」
種族ごとだと、料理ができる子が代表として参加し、苦手な子は表に立たないなどの対策が採られる。
しかし、自由に好きな料理に出場できるとなると、苦手な子も張り切って代表として料理を作るなどの選択ができてしまう。
そして、マーガレット寮は個人の探究心を尊重する寮風のため、「お前は料理できないんだから、大人しく裏方をやっていろ」などという作戦は取らない。
結果的に、こんな事態に陥ってしまった。
(ごめんなさい……試食係の先生たち)
リロは席について評価を下す教師たちや、当日参加で試食に加わる保護者たちをそっと見る。
ミネットの母親が顔面蒼白になっている。気の毒に。
「私、やらかしちゃった……」
いろいろな価値観に合わせられるようにしたつもりが、あのような惨状を生んでしまった……。
もはや止めようがない。
しかし、ミネットは首を横に振った。
「なんで? 私はリロの案に賛成よ? 今年は生徒たちが全員楽しそうって、先生や先輩たちが言っていたもの」
「楽しそう?」
「ええ。本来なら料理が得意な子しか表に出られないでしょう? 裏方に回される子は作業を指示されるだけで退屈していたんですって。でも今年は自由に参加できるし、自分の好きな料理を作りやすいみたい……人数が多い寮で人気の料理内容は、役割分担が決まっているところもあるけど。ほら、あそこの寮とか」
ミネットが指差す先には、赤いシャツの生徒たちが、一糸乱れぬ動きでテキパキと料理を運んでいた。
「赤いシャツ……カメリア寮だ」
統率がとれすぎていてすごい。
「カメリア寮は効率重視で、『好きな料理』ではなく、徹底的に『良い点が取れそうなグループ構成』で挑んできているらしいわ」
「ミネットは、いろんな情報を知っているね」
「情報は大事よ。知っていることは多いほうがいいもの」
確かに彼女の言うとおりだ。
知っているか知らないかが、人生の決定を左右することもある。
「ちなみにだけど、ミネットはどうやって情報を集めるの?」
「先生との会話で、それとなく探ってみたり……生徒の会話に耳を澄ませたり、ときには会話に混ぜてもらったり」
つまり、彼女は情報を引き出す社交術に長けているようだ。
(さすが、ミネット)
真似できそうにないが参考になった。
リロにはミネットと同じレベルの社交術を実践するのは無理だけれど、耳を澄ませるとかそういうものなら今すぐできる。
教師たちは運ばれてきた料理を少量ずつ実食し始める。
各寮の寮監や校長クリストファーがいた。
保護者たちもテントの中で試食している。
カルボンだけは種族の特性上、食べ物を受け付けないため、司会に専念していた。
骸骨族は何も食べなくても生きていけるのだ。
代わりに彼は、司会をしがてら調理工程を審査している。
少し審査員席へ近づくと、料理内容がしっかり見えた。
手伝いの生徒が手早く試食分の料理を取り分けている。
学生の料理大会なので、コース料理のような順番とか、そういったルールはない。
もともと敢えて、そうしているみたいだった。
まずは肉料理の試食からだ。
カメリア寮は安定のステーキ風の料理だった。
焼き具合もちょうどよさそうで、艶めく茶色のソースが掛かっている。
(見た目や色的に、刻んだタマネギをよく炒めたものみたい)
あれはたぶんおいしい。
続いて、ブルーベル寮の、串に刺した豪快な……生焼けの肉料理が出てきた。
どうやら炎の魔法の火力調節に苦戦し、焼き時間が足りなくなったみたいだ。
(先生たちの顔色が、軒並み悪い……)
しかし、ルールなので、彼らはしっかり全ての料理を試食する。「ふごっ」とか「うっ」とかいう声が聞こえてきたが……無事に彼らは生焼け肉の試食を終えた。
続いてはダリア寮の料理だ。
家庭的なハンバーグなのに繊細な盛り付けは完璧である。
間違いなく肉料理部門で一番だ思われた。
(見た目が既に、おいしそうだとわかるもんね)
リロもロバートの作るハンバーグは大好きだ。
教師陣の顔も輝き始め、口直しとばかりにいそいそとハンバーグを口へ運ぶ。
ハンバーグを口に入れた瞬間、全員の顔が蕩けた。
特にクリストファーが顕著である。
「校長先生、エルフ族なのにお肉も大丈夫なんだ。雑食って言っていたけど……」
エルフ族は、ほぼ全員がヴィーガンだ。
クリストファーは数少ない例外なのだった。
「さすがリロのお兄さん……そつがなかったわね」
リロとミネットは、それぞれ好き勝手に感想を言い合う。
最後はマーガレット寮の肉料理だが、リロはあれではロバートのハンバーグには敵わないと思った。
材料が怪しかったからだ。
「うちの寮の肉料理……結局なんの肉なのかわからなかったのよね」
ミネットが不安そうに、審査員席を見つめている。
「三年生が『レアな秘密のジビエ』って話していたよね。凶暴な魔法生物だって」
「……大丈夫かしら」
「……駄目かも」
リロは遠い目になった。




