71:フライ丼の行方
(間に合って!)
しかし、リロが入れ替えたのは、咄嗟に目に入った……というか、今の今まで見ていた、揚げ物の載った容れ物だった。
入れ替えるものを選ぶ時間もなかった。
すぐ、ミネットがテーブルの上に振ってきて、離れた場所でガシャーンと金属製の容れ物が地面に落ちる音がした。
見ると、ミネットと入れ替えた、フライの入った容れ物の上に飛散した鍋の破片が刺さり、油が降りかかって……生徒の魔法の威力が強すぎたのか、発火までしている。
テーブルの上で倒れたままの状態でそれを目にしたミネットの顔が青ざめていた。
少し遅ければ、彼女自身がああなっていたのだ。
「ミネット、もう大丈夫だよ。立てる?」
「……ええ」
震えながら「よいしょ」と上体を起こしたミネットを、リロは支えながらテーブルから下ろす。
けれど、リロが用意していたフライの大半は、見るも無惨な姿になって地面に落ちてしまった。
……というか燃えている。
もはや、料理の完成は絶望的だ。
(私のせいだ……)
ミネットのことで頭がいっぱいになり、咄嗟にこういう判断しか出来なかった。
(どうすれば……? これを解決できる魔法は……えっと……)
頭が真っ白な状態で立ち尽くしていると、不意に目の前に影が落ちた。
見上げると、クリストファーが労るような優しい表情を浮かべながら立っている。
彼は慈しむように、そっとリロの手を取った。
「そんな顔をしなくても、大丈夫……ほら」
クリストファーは掌に白い光を浮かび上がらせる。
「……記録の改編、遡行の燐光」
フウと彼が光に息を吹きかけると、分散した光が綿毛のように細かくなって、燃えて溶解した容れ物の周りを包む。
すると、不思議なことが起こった。
見るに堪えない状態だったフライや容れ物の残骸が、ミネットと入れ替わる前の姿へと戻っていく。
あっという間に、リロが揚げ終わった状態のフライが容れ物へ収まり、テーブルの上へ載った。
すっかり元通りだ。
ついでに、カメリア寮の鍋も爆発前の状態に戻っている。
火は消えているので、もう同じ爆散事故を繰り返す心配はない。
「わぁ! よかった!」
ミネットが歓声を上げる。
「……うん」
リロは驚きながらクリストファーの魔法を見ていた。
(あれは……時間に干渉する魔法なのかな?)
本でそういう魔法があると知っていたけれど、初めて目にするものだ。
というか、その本には「時間を操作できる魔法を使える人なんて、ほぼいない」と書かれていた。
それだけ、クリストファーが実力者だということだ。
「校長先生、ありが……」
お礼を言いかけたとき、また新たな声が上がった。
「まあ! ミネットちゃん!」
保護者用に設けられた席から走り出てきたのは、ミネットの母親だ。
目をつり上げた彼女は、ずかずかと近づいてきて、大きなお尻で通り道にいたリロを弾き飛ばし、クリストファーへと向かっていく。
よろけたリロは、彼女から少し距離を取り、成り行きを見守った。
「ちょっと、あなた! どう責任を取ってくれるの! うちのミネットちゃんが、もう少しで大けがをするところだったじゃない!」
クリストファーを前に騒ぎ立てる彼女のほうへ、ミネットが慌てて駆け寄る。
「お母様、やめて。私は無事なんだから」
「運が良かっただけよ! たまたま助かったものの、あのままだったら今頃……」
「そこは問題ない」
落ち着いた威厳のある、第三者の声が割り込む。
告げたのは、審査員席にいたシオルだった。ベテラン教師の威厳がある。
「そこの生徒の魔法が失敗していた場合、すぐに我々が魔法で彼女を助ける用意をしていた。それがここにいる私たち教師の仕事だ」
「でも……!」
「魔法に慣れていない一年生が事故を起こすのは毎年のことだ。生徒が動かなければ、私たちが魔法で防いでいた。そのために教師陣の席は会場を見渡しやすい配置になっている。見回りの二年生や三年生も目を光らせている」
そうして、シオルは司会として生徒を落ち着かせているカルボンのほうを向いて告げた。
「カルボン先生も、司会をしながら常に作業をしている生徒たちの間を渡り歩いていただろう。骸骨族は魔法の探知に優れているから、当然あの爆発にも事前に気が付いていた」
少し離れた場所で、カルボンが頷いている。
会話内容は全部聞こえていたようだ。
「シオル先生の言うとおり! 私は現場に近づき、何かあればすぐ防げるように、こっそり魔法を展開していた。しかし、近くにいた生徒が事故を防いだ! よって、我々は手出ししなかったのです! 生徒の自主性を重んじる校風なのでね」
拡声の魔法を切り忘れたまま、カルボンはミネットの母親に告げた。
彼の声が会場中に響いた……。
ミネットの母親が、わなわなと震えている。
「審査の途中だから、戻ってもらえますか?」
そこへ、クリストファーが貼り付けたような笑みを浮かべ、淡々とミネットの母親に告げた。
聞き慣れない敬語が、却って怖い。
「んまあ! 失礼な教師ですこと! 学校の程度が知れるわね!」
ミネットの母親は憤慨しながら席へ戻っていく。
(アヴァレラ魔法学校は世界的に評価が高い学校なんだけど……)
そんなことは関係ないみたいだ。それに……。
娘のことで文句を言っている割に、母親に当のミネットを心配する様子は見られない。
無事だとわかったにしても、なんだか変な感じだ。
リオパール家の母、カミラとは何かが根本的に違う……。
困惑するリロにクリストファーが近づいてきて、そっと髪を撫でる。
「リロ、頑張ったね。人命を優先するいい判断だったよ」
「……?」
そんな彼に、ふと既視感を覚えた。
(どうしてかな。校長先生に褒められて撫でられたの、初めてのはずなのに)
わからないまま、ぼうっとクリストファーを見つめる。
すると、彼は少し恥ずかしそうに目を伏せ、「じゃあ、僕は戻るね」と小さく告げた。
言葉通り、クリストファーは進行を遅らせないよう、その場を去って行く。
リロも途中だった作業を再開した。
ミネットが炊いたご飯を移動魔法で慎重にどんぶりによそい、ものを押さえる魔法の応用で形を整えていく。押さえる魔法は実家の工房で手伝いをする際によく使っていた。
大きなどんぶりに盛られた、つやつやのご飯。その上に様々な種類のフライが載った一品が完成する。
最後にリロがフライを作る前に用意していた、手作りの甘いタレとマヨネーズをかける。
こちらは予め、寮で魔法を使って作ってきたものだ。
ソースには保温の魔法をかけているので温かい。
マヨネース用に使った卵は三年生が、調味料や油は二年生が調達してきてくれたものだ。
そんな、マーガレット寮生たちの活躍によってできたフライ丼が無事にできあがった。
隣のカメリア寮の鍋が再び爆発することもなかった。
リロとミネットは完成したフライ丼を、指定されたテーブルまで運ぶ。
それを試食サイズに分け、教師に配っていった。
「さて、一年生の料理を審査しよう」
既に席に戻っているクリストファーが、ほかの教師たちに指示を出す。
波乱はあったが、魔法料理大会は問題なく進行していた。
リロたちのご飯やパンの部門だけでなく、他の部門の料理も一斉に並べられている。
提出先のテーブルや教師たちの席は、状態保存の魔法具が用いられていて、できたての状態の料理を維持できる仕掛けが施されていた。
一度に食べることができないので、審査の公平性を守るためだ。
「よかったね」
「うん、ホッとしたわ」
ミネットと顔を見合わせる。
「私はリロとフライ丼を作れて満足よ。最近、リロに釣られてフライ丼にハマってきたし」
「嬉しい……」
途中でヒヤヒヤしたが、今はやりきった感があった。
教師たちは順に料理を食べ、審査をしていく。
魔法料理に慣れない一年生の作品だからなのか「うぉ!?」、「んぐっ!」、「これは……」など、教師が困った顔をする場面が、今までで一番多かった……。
(私たちのフライ丼は、おいしそうな顔をして食べてくれてよかった)
いいものを作れていたようだ。
フライ丼が好物らしいクリストファーは、絶賛しながらお代わりをしている。
しかし、具だくさんのフライ丼が無事完成し、いい評価をされたにもかかわらず、リロたちの料理の成績は同じジャンルの中で二位だった。
それよりも優れた作品を作り上げた、ダリア寮の生徒がいたのだ。
ちなみに、エリゼではない。
彼はデザート部門に出場し、デザートというか素材そのままのフルーツ盛りを提出し、教師たちから「これは……料理と言えるのか……?」と首を傾げられていたので。
エリゼ本人は「新鮮でいい素材なのに、この味覚音痴共め」と、不服そうだったが。
そんなエリゼに呆れつつ、ミネットはチラリと同じ部門で一位を獲った、ダリア寮のドワーフ族の生徒をまじまじと見る。
「……あの子、帝都で大人気の五つ星レストランのシェフの息子よ。帝国貴族も御用達の」
「えっ?」
「私も行ったことがあるわ。あの子は店に立っていなかったけど、きっと幼い頃から両親に魔法料理を教わって、ずっと家で修行していたのね。将来はやっぱり、ご両親と同じシェフに道へ進むのかしら」
「…………そんな子がいたんだ」
これは、相手が悪かったとしか言いようがない。
あと、ミネットの情報網が広すぎる。けれど……。
「情報を知っていても、どうにもならないこともあるんだね……」
「そうねえ……」
リロとミネットは、揃って遠い目になった。




