63:渉外のお仕事開始
運良く、魔法植物学教師のモミーナと、魔法歴史学教師のシオルが植物園にいた。
(シオル先生を探す手間が省けたね)
彼には会場として使う場所の指定や、イベント会場設営の許可をもらう必要があったのだ。
教師歴が長いシオルは、そういう責任者的な立場らしい。
シオルと言えば、ブルーベル寮近くのカフェで、人魚族のダニエルと言い合いになった際に、リロたちを植物園へ強制的に飛ばしてしまった教師だ。
あのときは訳がわからず、警戒したし困ったけれど、植物園でモミーナから告げられた言葉から察するに……彼は単に植物園の手伝いを探していただけだったのかもしれない。
(今考えると、都合よく指名されちゃった感があるような……)
彼にとっては、あの揉めごとはちょうどよかったのだろう。
(お兄ちゃんを、問題児呼ばわりしていたことは、ちょっと気になるけど)
リロにとってのロバートは優しい兄で、学校で問題なんて起こしそうにない。
(それについても、聞いてみたいな)
しかし、リロが発言する前に、ミネットの声が上がった。
「シオル先生! 前回都合よく私たちをお手伝いに駆り出したでしょ!」
ミネットもまた、リロと同じ考えに行き着いていたようだ。
「ううむ……」
若干、決まり悪げなシオルの横から、モミーナがひょこっと顔を出す。
「ごめんなさいね~、私がシオル先生に生徒の調達をお願いしたばっかりに……二年生や三年生には上手くお手伝いを躱されるようになってしまったから、入学したての一年生が狙い目なのよね~。とはいえ、普通に一年生に頼んでも断られちゃうだろうから、あなたたちの揉めごとは、シオル先生にとって渡りに船だったって訳よ~。ほら、シオル先生はこう見えて、頼み事とか苦手だから~」
モミーナは全ての事情を知っているみたいだった。
シオルから聞いたのだろう。
(というか、モミーナ先生。一年生が狙い目って……)
何も知らない新入生に、水やりを押しつけようとは……穏やかそうに見えて割とずるい人だ。
あと、すごくお喋りだ。
(シオル先生は、モミーナ先生から無茶なお願いをされちゃったみたい)
ちょっとだけ、同情してしまいそうになるリロだった。
「ところで、私たちに何か用事かしら?」
モミーナが楽しそうに質問する。
「生徒会の仕事で、魔法料理大会の材料調達と、会場の使用について相談したくて来ました」
「あらあら~、そういえば、最初のイベントだったわね。基本的に、この植物園にある者は全部自由に使って構わないわ。ただし、危険な植物もあるから気をつけること! 教師が常駐しているわけでもないから、何か起こったときに助けが呼べるように、グループで行動することをお勧めするわ~」
確かに、入学試験の時も植物の被害に遭っていた受験生たちがいた。
あのときは試験監督の教師がいたし、受験生同士の助け合いもあり、なんとかなったが……一人で植物に襲われたら、どうしようもない。
魔法学校の植物園は本気で危なかった。
「二年生以上は勝手がわかっている子も多いけど、一年生には特に周知をお願いね」
「わかりました」
「ふふ……この時期はいつも、新鮮な気持ちになるわねえ」
「この時期、君のサボり癖も毎年再発する……」
静かな声で、シオルがモミーナに指摘する。
「ふふ、生徒にお願い事をしやすいんですもの」
二人は仲がよいのだろうか……。
モミーナはシオル相手に全く動じる様子がない。
シオルはまるで困った生徒に接するように、モミーナを前にしてため息をついている。
そうして、リロたちに向き直って告げた。
「会場はどこを候補にしているんだ?」
「講堂です。運動場でもいいけど、雨が降ったら困るので」
「晴天の魔法具がある。どちらでも好きな場所を選びなさい」
そんなすごい魔法具があるなんて、知らなかった。
リロは少し考え、シオルに告げる。
「だったら、その魔法具を使わせてください。運動場にします……皆が魔法を使って料理するのなら、場所は広いほうがいいですし」
「そうだな、当日の使用許可を出そう。あとで、生徒会室宛に書類を送る」
「ありがとうございます」
あっさりと用事が済んでしまった。
先生たちも毎年の行事なので、慣れているみたいだ。
(そうだ、今なら、あのことについて何か聞けるかも)
リロは気になっていた内容を、シオルに確認することにした。
「シオル先生、前にお兄ちゃんが問題ばかり起こすと言っていましたよね。あれって、どういうことですか? お兄ちゃんと問題行動って……あまり結びつかなくて」
シオルは少し意外そうに瞬きする。
「なるほど。家ではそんな感じか……どこへ行っても器用な奴だ」
それから、言葉を選ぶようにして、リロに説明した。
「例えば一年生のとき、他寮の生徒同士の大乱闘が起こり……その末にロバートが圧勝した。そうして、乱闘に参加していたほかの生徒を全員舎弟にしたのだ。そして、彼らの関係性は今も続いている」
(……誰の話?)
リロの知るロバートと、何一つ共通点がない。
(お兄ちゃんに限って、そんなことは……あれ、でも……)
ふと、過去の記憶が頭をよぎる。
カドの街では、彼の周りにはたくさん獣人の友達がいて、彼らはロバートを何故か「さん」付けで読んでいた。
(獣人族や人魚族は、もともと互いに序列を付けやすい種族の特性があるけれど)
リロはずっと、兄たちは友人同士だと考えていたが、その中には明確に序列が合ったように思う。いくら獣人族だからとはいえ、彼らのあの距離感は……。
(舎弟っぽい感じだったのかな?)
わからないが、カドの街でも皆、仲はよかった。
教師のシオルが目くじらを立てるほどではない……はず……。
「さらに、二年生では夏休みを過ぎた辺りで勝手に実習に行きだして……」
「二年生なのに?」
学校の教育課程としては、実習は三年生からなのである。
「まあ、あやつは二年生の範囲は、ほぼ一年生で終えていたし……一人でにあれこれ勉強していたようだしな。だが、魔法歴史学の授業はまだ履修が終わっていなかった……!」
「家には、時々顔を出してくれていたんですけど……そんなことになっていたなんて」
「ロバートのような例は、たまにいる。優秀な学生、いやそうでなくても、自分の目的のためにいいと思ったら……この学校の生徒は、ふらっと外に出て行ってしまうことが多いんだ」
苦労して入った学校だろうに、思い切りがいい。
「そうなん……ですね……」
これまで、卒業についてばかり考えていたリロだけれど、そういう道も存在するのだと知った。
(でも、私の目的のための近道は……やっぱり、いい成績での卒業になるのかな)
まだまだ、学ぶことはたくさんありそうだ。
「お兄ちゃん、アイテム職人を目指すって言っていたけれど。どこかで働いていたのでしょうか?」
昔、彼が入学する前に、修行してから実家を継ぐのだとと教えてくれた。
「いや、最初はそのつもりだったようだが、それとは別の道も見つかったみたいだな。新しい発見をするのは悪くない。だが、学校の教師という立場としては賛同できかねる。そういった行動の先で上手くいく生徒もいれば、危険な目に遭う生徒もたまにいるからな」
シオルは教師としての心配から、ロバートの行動に苦言を呈しているようだ。
(悪い人では、ないのかも)
モミーナとシオル……それからロバートの、新たな一面を知れた時間だった。




