第99話 甘いキャンディ
学院裏・廃庭園—―-
「あ、くっそー。また負けた……」
「へへ、俺の勝ち」
「もうひと勝負」
カラン、と音を立て、サイコロが転がっていく。
「偶数!よっしゃ、巻き返した。ほら、報酬寄越せ」
(人数は5人。……昨日より増えているな)
複数の石ころを弄び、それを彼らの輪の中に放り投げる。
「うわ!」
「あ、馬鹿…おっきい声出すなよ」
「ゴ、ごめん、い 石?!きょ 今日はこの辺にしない?」
「えーーでも」
すると、始業のベルが鳴る。
その音を聞いた少年の一人は舌打ちをして、道具を革袋に押し込み、壊れた噴水の隙間に押し込んだ。
誰もいなくなった後を確認して、カシオスは木の上から飛び降りる。
先ほど少年がいたあたりを探り……隙間を見つける。
「これか」
ずっしりと重さのある本は、パラパラとページをめくるとびっしりと細かく項目ごとに文字が連なっていた。
「……オッズ一枚から、報酬は全体の割合から成立—―倍案件、特別案件、ワンコイン案件……」
(名前はない…あるのは。案件のみ…最新は)
「サイ振り。ワンコイン案件、参加者5名……オッズ0.5倍。さっきのあれか」
つまりは……「賭け事」だ。
この場所を教えてくれたのは、実はセフィール=ヴァラモだった。先日の茶会の最中、セフィールからある一枚の紙を受け取った。
「キャンディの…包み紙?」
「開いてみては?裏の廃庭園に落ちていた」
ギュッと小さく織り込まれた紙を広げてみると…小さく100Gー1・5Oと書かれていた。
「100Gはそのままワンコイン。1・5Oは恐らくオッズ」
「オッズ……賭け?」
「確証はありませんが……最近、我が家門で妙なことが続いています」
(それで…僕と【対話】、ね)
「その発言は、密告、ということでいいのか?……ご自身の家門だろう」
その言葉に、セフィールは一度こちらを見、皿に乗っていたチェリークッキーをフォークで突き刺す。……音が鳴りパキン、と真っ二つに割れた。
「……蕾を手折ろうとする大人は好きではない」
「どうやら、父親と不仲と言うのは真実のようだ。数週間前、そちらの会計士が突然退職届を出したそうだが……」
「彼は、祖父が懇意にしていた、会計士……つまりは、反公爵派」
「後任は?」
「……ラウ=サージェント。元は公爵閣下の側近ですが……彼が来てから、急に剣術大会の報酬をあげたりと、金の動きが活発になっています」
「それと、この賭けにはどんな関連が?」
一度、セフィールはちらりと周囲を見渡した。
そして、割れたクッキーの上に、もう一枚乗せる。
「【温室でしか生きられぬ名ばかりの盾】は、誰かの不幸に飢えている」
「ならば、不幸を作ればいい、と」
「標的は……伯爵位以下の子供たち」
「そこで会計士の永久退職、ということか。それを、何故だれも止めなかった?」
「……黄金の獅子は、有能ですから。老いた獅子を喰うほどの力を持っている…むしろ、わざと泳がせている、とさえ見えます」
カシオスは、思わずセフィールをじっと見た。
「あなたはどちらにつく?」
「さあ。ただ……獅子の従順な駒になるのは御免です」
「それなら、この情報は信頼に値しそうだ」
―――彼が変わったのか、それとも、もともとがそうだったのか。
少なくとも、彼がもたらした情報そのものの質は良く…それこそ、家門を覆すほどの可能性を秘めている。
(それを僕に渡すとは…ね。彼は相当妹の結婚が頭に来たようだな)
「カシオスさま」
「クオンタ公子……包み紙の店、わかったか?」
「はい。ジェリー・トニーズ…子供たちに特に人気な王国でも老舗の菓子屋です。経営的な問題や、維持の問題は特段怪しいところは見受けられませんが…あの?」
じっと見つめられる視線に気づき、レイル=クオンタは首を傾げた。
「いや、その恰好で、菓子屋に行くとは…目立っただろう」
「……せ、制服は身分の証明です。婚約者へのお土産を買う体なので問題は」
「贈り物……甘い物が好きなのか?」
「あ、タピネは……そうですね。特にこのジェリー・トニーズのビスキュイは有名で……」
「………買ってみようかな」
「え?」
「いや、何でもない。ちなみに、現在の経営陣の家族構成は?……もし、学生の子供がいるなら。一応調べてみる必要があるかもしれない」
「わかりました。部下に調べさせましょう……で。」
「?」
「明後日行かれる、令嬢とのデートコースはお決まりですか?」
危うく、カシオスは足元の木の根に引っかかりそうになった。
「……デート、と言うか」
「そう言って、実は初めてでしょう?お二人で街中を歩くなんて」
「それは……」
「ちなみに、レイドック伯爵さまは、令嬢のお父上でございます。溺愛してらっしゃる一人娘の好みは把握してはいるでしょうが……個人的私怨が予想されるので、良いアドバイスは下さらないでしょう」
「…ぐっ」
(公子……最近、はっきり言うようになった。レイドックに触発されたのかっ?!)
だがしかし―――残念ながら、得意の論破はできない。
「……何が言いたい」
「行く予定の場所はお決まりですか?」
「鍛冶屋」
「………なるほど。では、最終目的地がそこだとして……その先は?」
「そこまでは、考えていない。…言っておくが、彼女はきらびやかなものやアクセサリには興味がないと思う。甘い物は好きだろうけど」
「ご安心いたしました。…それなら、私はお役に立てそうです」
「……?どういう意味だ?」
「私の婚約者である、タピネは――馬がとても好きで、令嬢と同じくアクセサリやドレスよりももっと別の者に心惹かれるタイプなので。馬具の専門店などに行けば、二時間はその場から動きません」
ここにきて、初めてクオンタ公子に親近感を覚えてしまった。
(さすが騎士の家門が迎える女性だ……)
「その女性と出かける時はどこに…?」
「はい!おすすめは、国の中央部にある名馬のいる厩舎を最も効率よく回るルートを考えております!名馬は老若男女問わず、みる者の心をしっかり離しません…!なので、まずはこちらの」
「…いや、公子。君の気持ちだけ受け取っておくよ…」
「え?!なぜですか?」
――などと言うやり取りをしている内に。
(当日になってしまった)
何を着ていけば…何時に行けば。
普段考えないようなことがぐるぐると頭を回る。
「ええと、約束は…あの門の前か」
今回、護衛はなるべく連れて帰宅はしたくなかったので、どこにいても目立つこの青い髪は帽子で隠している。すると、門の前に見知らぬ同じ年齢位の少年…と呼ぶには少し小柄だが…な人影があった。
(…先客?)
深めのベレー帽をかぶった、ブラウンジャケットのベストに、赤いリボンタイ。ストライプ柄のパンツスタイルにショートブーツ。
すると、少年はこちらに気づくと、すたすたとこちらにやって来た。
思わず眉を顰め、いぶかし気に見詰める。
「……何か用か」
「やあ」
「!!」
右足を踏み出し、臨戦態勢をとると腰の剣に手が伸びる。すると…少年はこそっと顔を近づけた。
「カシオス様」
「……なに」
「私です、私」
「名を、名乗れ」
鋭く、低く言うと、少年はクイ、と帽子のつばをあげた。
「この目を見ても、わからない?」
少し、何を言ってるかわからない。が…この美しい青を見違えるわけがない。
「リッハシャル……?まさか」
「ふふ、ここまでバレないなら、男装も成功かしら」
くるりとステップを踏むように回転すると、にっこり笑った。
「どうです!?私の男装!」
どや、とあまりにも得意げな表情は、可愛いなという想いと落胆の想いが交差する。
…そして、脱力した。
「な、んで……男装……っ?!……」
「え?昨日お父様がいらしていたでしょう?お会いしたとき、カシオス様が同年代の同性の友人が欲しいらしいと聞いて」
「レイドックめ……そんなことは、言ってない!」
「そ、そうなの??でも……ケディやフォーレ、セフィール先生とお茶をしていたし…なら、私も一肌脱ごうかなって思ったのですが」
「あの茶会は君も来たじゃないか……シャル。むしろ僕はギャラリーをどこかに追い出したいと思ったくら……」
言いかけて、はっとなる。
レイドックの言葉や、クオンタ公子の言葉が脳をよぎる。
『カシオス様は、他人への配慮が足りなさすぎです!』
「い、いや。あの茶会は、別にそう言うわけではなくて」
「そうなの…?あ、ならバレない方向で声をかけるべきでしたか…」
「僕が警戒をするだけだよ、シャル……はあ、まあしかたない」
ちらり、シャルの姿を見る。
長い髪は三つ編みでまとめられており、帽子の中に隠しているようだ。
(まあ、これなら…余計な虫は寄ってこないか)
少し、残念な気もするが……だが。こういうのも悪くはないかもしれない。
「じゃあ、今日は…一日よろしく。レディ」
「レディ……ま、まあ今更ですね」
「せっかくだから、少し歩こう」
すっと差し出した手は、そっと握られた。
…それだけで笑顔になってしまう。
「まず最初に、鍛冶屋に行こうか。…どこか行きたいところはある?」
「うーん…なら、巷で有名な、ジェリー・トニーズのお菓子屋に行ってみたいです」
「お菓子?」
「はい、……キャンデイや、マドレーヌが有名なんでしょう?以前、侍女のエイルが買ってきてくれたんだけど、とても美味しくて」
「へえ。いいね……僕もその店の名前、つい最近聞いたばかりだな。じゃあ、行こうか」
「はい!ぜひ。すっごく……興味、あるんですよね」
ふと、思う。
(これは…まあ、偶然、か?)
しかし、二人はまだ気が付いていない。
実は目的がどちらも同じだったということに。
読んでいただきありがとうございます、そろそろ100に行ってしまうのか…間延び感はあるけど、ちゃんと完結できるので、よろしくお願いします




