第100話 裏と表と悪役談義
ピン、と指ではねると、金色の光をキラキラ反射して、その手に落ちた。
「裏」
―――どうかな、このコイン、裏か表か。
(オレが選んだのは……表の方)
くるくると回転したコインは、表面に落ちた。
――やあ!すごいじゃないか!!君は才能がある……褒美にもう一枚あげるよ。
これしきの事で?そう尋ねると、その人はこういった。
――だから、この二枚のコインを使って…また、裏と表を決めるのがどう?当たれば、コインが四枚になる。君、新しい画材が欲しいんだろう?これが当たれば、キャンバスも夢じゃないよ。
(そして、オレは更に四枚を当てて……こうして、絵を描いている)
「ヴァイカ!」
「!お父さん…っ」
父親はちらりとヴァイカのキャンバスを見て、ため息をつく。
「……また、絵を描いていたのか」
「あ、う うん。友達が…その、絵を描くの辞めた友達がいて…色々貰ったから」
ボロボロになったキャンバス台の足に包帯が巻かれている。にも拘らず、使っている絵の具はどれも新しく、珍しい色ばかりだった。
「……まあ、いいが。今は店も忙しい時間だ、店番頼む」
「うん……」
汚れたエプロンを脱ぎ、店頭用のエプロンに着替えると、ヴァイカはそそくさと階段を降りていった。
「絵を辞めた……貴族、ねえ。それなら、新しいキャンバス台も貰えばよかったのに」
階段を降りながら、ヴァイカは考える。まだ、ばれていない…と。
「わあ、可愛いお店…!」
赤いポップな柄の壁に、色とりどりのペンキで塗られた『ジェリー・トニーズ』と大きく書かれた看板はアズレアでは有名で、地方から来た観光客はここで必ず記念撮影をするという。
今日は土、日ということもあってか、とてもにぎわっていた。
「へえ、すごい。木造の看板も見事だ。チョークで書いたのか?」
入り口の前には、カラフルな文字がたくさん並び、商品名がずらりと並んでいた。
「あ!やっぱり最近の人気はレモンキャンディね。ビスキュイもおいしそう…!」
「……この店の、隠れ人気メニュー、らしい」
「そうなんですか?すごい、よくご存じですね」
「ま、まあ」
(レイルに行ってもらって正解だったかもしれない…)
などと浮かれそうな気分は抑え、ちらりと店頭に立つ少年を見た。
「あの子」
「え?」
「……僕たちと同年代のようだね」
「あ…!」
「い、いらっしゃいませ!あ…ええと、当店は喫茶コーナーもございます。今なら丁度、窓際のお席がご用意できますけど……」
「じゃあ、行ってみる?」
「はい。すごいね、君。働いてるんだね」
「え?!うん…あ、ええと、はい」
「……こう見えて、僕も働いているけど」
あまりにも素直にシャルが褒めるので、子供じみてると思いつつ、むっとしてしまう。
「立場が違いますよ?労働はお金!報酬をもらうということは、そう言うことです」
「君は時どき、レイドックよりも労働者らしい考えを持っているよね…」
(それよりも……あの顔。彼は、中庭にいた五人の少年の一人だ。)
おどおどとした灰色の茶髪の少年は、一度目が合うとさっと目をそらした。
「報酬、ね」
「?」
「まともにもらう報酬なら、労働者、で間違っていないけど」
「カシ……クロノ先輩。では、そうじゃない報酬って?」
「そうだね……まあ。ただでお金が天から落ちてくることはないんじゃない?」
「……」
そんな二人のやり取りを聞き、ヴァイカの胸は平静でいられるわけがない。
「あ、あの…失礼、します」
「ん」
その様子から、カシオスは確信した。
(まず、一人目)
「こら!お客さんに背中を見せるんじゃない。すみませんお客様、二名様ですか?」
人好きそうな笑顔で、フリルのエプロンのマダムがさっと二人の前にやって来た。
「あ、はい!わあステキなエプロンドレス!…表の看板と同じですね」
「ふふ、実はね…このエプロンも、表の看板もあの子が描いたんです」
「へえ。色使いも見事だし、そのドレスのストライプも可愛らしい」
何気ない言葉に、マダムの頬はポッと赤くなった。
「あら!お上手ですね。でも……最近、あの子元気がなくて」
「え?」
「へえ……もしかして、あの子、学院の?」
「あ、そうなんです。あらあら、失礼しました。席にご案内しますね!」
(なるほど……絵、ね)
着席した後も、物思いにふけっていると、シャルがすっと顔を覗き込んだ。
「なんだか、随分鋭い目をされてますね」
「ん?…そうかな」
「まるで、何か不穏なことを調べているみたい?」
「そう言うシャルも。僕のことをクロノ先輩、だなんて。……懐かしい名前だね」
「ふふ、なんだかこう、二人でいると……出かけるよりも事件調査、な気分になってしまいます」
「……それはそれで、問題だ。……ねえ、シャル」
「はい?」
「君が犯罪グループを取り仕切る人だとして……どう状況を動かす?」
一度、きょとんとした表情で見返すと、シャルはにやりと笑った。
「その犯罪の種類によるかも?クロノ先輩は裏で取り仕切る悪の組織のボスって感じですよね」
「それは…褒めてるの?」
「はい、私だったら怖くて絶対関わりたくありません」
力強く言うシャルに、一抹の寂しさを感じる。
(そこまで…?)
「でも…うーん例えば、悪いことをするにはまず善人の顔をした悪役を作らないと」
「どうして?」
「コワモテの人が悪事をやると、いかにも危なそうってみんな警戒するじゃないですか。それ見た事か!と言われる前に、それこそコワモテに脅されたら屈しそうな温厚そうな人を選びます」
デートと言うのに、なんと殺伐とした会話だ。
そうカシオスは思いつつも、つい面白くて二人の会話は甘さもなく進んでいく。
「本当に屈してしまうかもしれないよ?」
「……でも、その勇気すらなかったら?」
「………へえ、随分と性格が悪いね」
「クロノ先輩は犯罪【グループ】と言いました、つまりは…ボスがいて、末端がいて。組織化しているということでしょう?なら、末端はすぐ捕まっていいもの。だから…うーん黒幕、ボス、参謀、それぞれにリーダーと、サブリーダー複数、そこから更にそう言う人を集めてチーム化させる…そんな感じでしょうか?」
「じゃあ、その善人の悪役を使うのは?」
「それはやっぱり…リーダ―じゃないでしょうか?スカウトも彼らがやるなら、自分と気が合う人を選べばいいもの」
(やっぱり、面白いな)
「あはは…悪人の素質があるね、シャル」
「知ってます?私、界隈では悪役令嬢って呼ばれてるんですよ?…って、どうしてそんな話に」
「つい、好奇心で。……新刊のシリウスの瞳がそんな展開だったなと思って」
「あ!私、別に真似はしてませんよ?!」
「わかってるよ」
なんだ、普通通りでいいんじゃないか?
色々な考えはいつの間にか消え、穏やかな時間を楽しむだけに変わっていた。
その後も、悪役談義は続き…目的の鍛冶屋に到着した。
銀の看板の扉を開くと、ドアベルが鳴る。迎えてくれたのは、坊主頭が眩しい腕も首も張り切った逆三角形の体系の男性。
「あ…いらっしゃいま…失礼します!!今お呼びします!!!」
そして、ぴたりと静止するとそのまま恐縮したように敬服し、裏に引っ込んだ。
「……ええと、どういったご関係、でしょう」
「ここは、クオンタ家の懇意にしている鍛冶師がいるところで…、僕も何度かお世話になってる。それに、ここの鍛冶師は…元、父の学友らしい」
「と、言うことは…」
「君の父君の事も知ってるかもしれないね…ここなら、恐らく精巧な武器を作ってくれるだろう…君の目的と用途に適したものを、ね」
「あら…うふふ」
彼女が何かをしていることは知っている。
だが、それを問い詰めるつもりはないし、暴こうという気もない。
(もう少し、相談してくれればいいけど)
「おおお!よくぞいらしてくださいました!!!」
「久しぶりだ、親方。相変わらずの大声だね。今日は彼女に会う飛びナイフを作ってほしい」
「なんと!!こちらのお嬢様に?……装飾品の、ナイフではなく」
「えっと、実用重視で!…あ!別に誰かに危害を加えようってわけじゃなくてっ」
「ほお……たくましい方ですなあ。わかりました!では、どのようなものをおつくりしましょう?」
「はい!ええと形は……」
悪役について互いに議論したり、好きな小説の話で盛り上がったり。
まさか、男装で来るとは思いもよらなかったけれど。
(例えば…恋人同士のような甘いデートは……まだ、僕にも彼女にも早い、か)
結果、シャルもまた鍛冶屋で二時間動かなかった。
だが、その後は近くのカフェテラスで休み、なんだかんだと…楽しいまま一日を過ごしたのだった。
その日の夜―――
「あ、無事成功したようですね、カシオス様」
「まあ……レイル。君の意見も参考になったよ」
「それは良かったです」
「後…ジェリー・トニーズに喫茶コーナーがあるんだけど、そこのゴミ箱には人気のキャンディの包み紙がたくさん捨てられていた」
「包み紙…?」
「拾うのは従業員で、うちの学院の生徒らしい」
帰り際、ヴァイカは店の掃除をしていた。
「あの子仕事してる、偉いなあ」
「どれ?ああ…」
「包み紙、可愛くて捨てるの勿体ないけど……みんな、結構捨てちゃうのね、すごい量」
「…ふうん」
そこで、一つ気が付いたことがある。
「あれなら…紙をたくさん用意できるわけだ」
「……あの、デートではなかったのでしょうか」
「シャルが言っていた。悪事をさせるなら、善人の顔をした悪人を使う、と」
(あ、お二人はこういう感じなのですね、きっと……)
余計なお世話だが、レイルは主の今後の苦労を偲んだ。
「【善人】……公爵に近しくて、信頼を置ける人間と言えば?」
「信頼…という言葉なら、側近、秘書、護衛……そんなところでしょうか」
(永久退職した後にやって来た後任の側近、ね)
「ラウ・サージェント……だったか。レイドックに書簡を送りたい。準備を」
「わかりました」
「叩けば、おぞましいものが出てきそうだな―――」
そして、更に三日後。
コロッセウムの屋根に、大きな旗が掲げられ、ファンファーレが鳴り響く。
――グラン・トゥルノワの、開催の合図だった。




