第98話 謎の茶会=メンズコミュニケーション
雨があがりの独特な香りが漂う昼下がり。
このエストランテ学院には、ティー・パーティーができるサロンが設けられている。
燦燦と光が差す庭に、一区間事に薔薇の花壇で囲まれたプライぺートスペースが確保された奥側……白い薔薇の花壇がある場所に、彼らはいた。
「………」
「………」
(何で、こうなってるんだ??)
カチャ、ちりん、など小さな物音だけが響く。
そして、流れる気まずい沈黙。ケディはわかりやすく目を泳がせ、仏頂面で茶をすするカシオスに声をかけた。
「あの……カシオス。何で、僕と君、二人きりなの?」
「知らない」
「せめてあともう一人…あ」
「………」
向こうからやって来たのは…なんとも言えない表情のフォーレ。
「何これ。どういう状況なの」
「ぼ、僕は……シャルのおじさんから招待状が送られてきたからここにいるんだけど」
「カシオス様は?」
「大体同じだ。……シャルが来ると思っていたのに」
「ああ……」
そして、フォーレは察した。
(つまり、嵌められたってことかな……)
―――時は少しだけ、さかのぼる。
「いいですか。カシオス様は、他人に興味と関心がなさすぎです」
「うん」
「王たるもの、万人には平等に接すべし、とお父上も申しておりました。…まあ、クロム陛下は元もと人と話すのが好きな方でしたが」
「うん」
「なので、声をかけてくる者達には物腰を柔らかく対応する方が得策です」
「うん」
「……全く聞いていませんね」
「うん……あ」
バン!と机に山のような本が積み重ねられた。
「レ、レイドック……これは?」
「本がお好きでしょう?これは、基本的なヒトとのコミュニケーション術が書かれた本です」
「えぇえ……そんなものは」
ぐぐ、と、更にレイドックは距離を詰める。
「クオンタ公子からお伺いしました。先日、ある女性にとんでもない暴言を吐いたそうですね」
「暴言と言うか……別に、好ましくない異性に好意をぶつけられても困るだけだろう」
「で、生まれる前からやり直せ、と?」
「正確には、もう一度生まれ直してから来るといい、だ」
思わず、レイドックはクオンタ公子を見る。
…が、彼はダメだこりゃ、と言わんばかり首を左右に振った。
(……私の養育が良くなかったのだろうか……?)
(いいえ、殿下のは生まれ持った素質です、恐らく)
そして、無言の会話をした後同時にため息をついた。
「他者の気持ちへの配慮を、怠り過ぎです……」
「レイルにも言われたが……ま、まあ配慮というのは欠けていたかもしれない」
「……いいでしょう。ならば、急行突破と行きましょう!」
「?!」
「少し同年代の若者と交流してください!」
そして、同年代の同性ということで……選ばれたのが、この二人だった。
よって、カシオスに不機嫌な表情の理由がこれである。
(なんだってこんなことに……僕は暇じゃない。しかも相手は)
「ちょっと!ケディどうするんだよこの状況!」
「どうするも何も、しょうがないだろ……ここ、利用時間決まってるしさ」
「つまりはそれを耐えればっ」
「……君たち」
静かな威圧的な声が聞こえ、フォーレは肩を震わせた。
「すみません……」
「……よし!」
すると、ケディが立ち上がり、パンと両手を鳴らした。
「僕の名前はケディック=エイデン。趣味は剣術、馬術と……あとは訓練かな。年齢は17歳、実は僕たちみんな同い年だね?はい、自己紹介終わり!次。ほら、フォーレ」
「あ……ええと、フォーレスト=エイデン、です……趣味は、読書と、学問。一応生徒会長をして…ます」
「ふうん……二人とも、結構地味というか、堅実?な趣味だな」
カシオスの何気ない一言は、思春期の少年二人の心をグサリと貫いた。
「う……まあ、華々しい趣味って、どうも長続きしなくて」
「うちは本が多かったから……そ、そう言うカシオス様のご趣味は?」
「僕は…そうだな。シャルの観察?」
「?!」驚くフォーレに
「そ、それは、ちょっと……わからないでも、ない」同意するケディ。
それが意外だったのか、カシオスはさらに続けた。
「あとは……まあ、読書も好きではある、ね。」
「!」
はじめて同調できる趣味が飛び出したのが、フォーレは嬉しくて、強く同意した。
「本は…知識の宝庫です!」
「それはわかるよ。……7歳の時に見たランザの歴史書は面白かった。細かい民族生活や風習が良く書かれていて」
とうとうと語りだすカシオスに、フォーレはそのレベルの高さに何も言えなかった。
「……シ、シャルを呼ぶっ?!」
「そ、それじゃあ意味がないような」
ここまで来て、双子は自分達が呼ばれた理由を察した。
そして、二人は更にあることに気が付いた。そう…いつの間にか花壇の隙間からこっそりのぞく視線を複数感じたのだ。
「人が集まってきてる、物好きだな連中だな……散れ」
不快そうにカシオスがひと睨みすると、取りまいていた者達はささっと身を引いた。
「すげえ」
「目程にものを言う、だね」
「ふむ……なあ、カシオス!」
「……僕にそう言う口を聞けるのは君くらいだ。ケディック」
そのまま再びケディは自席に戻り、頬杖をつき、紅茶をひとのみした。
「あのさ、もしかして……剣術大会、出る?」
「どう思う?」
「出るなら嬉しい。……今回、僕、負けたくないんだ」
「宣戦布告、でいいのかな?」
「ああ!」
「……なら、僕も負けられない」
静かな闘志に燃える二人を見て、フォーレは肩を透かした。
(脳筋……)
「騒がしいから来てみれば」
ぎょっとして振り返ると…そこにやって来たのは、セフィール=ヴァラモだった。
(何でこの人が来るんだ?!!)
思いがけない来客にうろたえるフォーレだったが、カシオスとケディはいたって普通に対応した。
「セフィール=ヴァラモ。……暇そうだね、羨ましい」
「あれ?教官。何でここに」
「女生徒たちが噂をしていたから」
そう言って、手近な椅子を手繰り寄せ、なぜかカシオスの隣に着席した。
(しかも座ってる……?!あの薔薇の公子がっ?!)
「ねえ。フォーレ、フォーレ!」
「!……シャル!」
すると、さっと全員の視線が一斉にシャルの方に向いた。
「あ…皆さまごきげんよう。クオンタ公子様が珍しく私のところに救助要請に来て、そこで女生徒たちの噂を手繰ってきたら……」
全員の顔を確認し、テーブルの上に置いてあるルドヴィガ紋章の招待状を見て、理解した。
(お父様……荒療治どころか、カオスになっています……)
「カシオス殿下とは、一度対話をしてみたかったので」
「まあ、イリシユに見限りをつけたのは正解だったかな」
「さすがに俺も、暗愚に付き合うほど暇ではありませんから……難しい立場です」
などと言葉の応酬が続いてるのを見、フォーレは驚愕した。
(か。会話が続いている…?!さすがと言うか、なんというか)
「セフィール教官も、一度手合わせしてみたいな。ダンスをするからかな?ただものじゃない雰囲気を感じる……剣術の訓練の度合いは?」
「エイデン、君ほどではないけど。嗜み程度には、ね」
(我が兄ながら…剣術馬鹿もここまで来ると、才能だ……)
「すごいね!腹の探り合いにも見えるのに、表面上は仲良さげ」
「俺はあの中に入りにくい……」
「大丈夫?フォーレ、すごい汗」
ふと、ポットが殻になってるのを確認し、いまだと言わんばかりにさっと手を伸ばす。
しかし…寸でのところでシャルに奪われた。
「ダメダメ。一般常識枠担当でしょ?ちゃんと参加しなきゃ。あ、お茶のお代わり、持ってきまーす」
「い、一般常識枠って……シャル……」
仕方なく、空席になっていた自分の席に戻る。
そして…話題はなぜかシャルになっていた。
「シャルは鍛えてるよね……弓の腕が今のままじゃ抜かされる」
「それはそうだろうね。しかしケディック、君は戦うことしか頭にないのか?」
「シャルに対して全肯定はずるいぞ!カシオス。これでも色々頭をめぐってることが多いんだ……」
なんだかんだで、ケディックは誰とでも仲良くなれる。
単純だからかもしれない、などとフォーレが悶々としていると、セフィールが声をかけてきた。
「君は、考えすぎる性格かい?サー・エイデン」
「まあ……兄が見ての通り勢いで動く人間ですから」
「……だからと言って、順応しすぎるのは良くない」
「そう言えば……教官にも兄上がお二人、いらっしゃいますね」
フォーレの中には、長兄は凄腕、次兄は享楽者という知識しか持っていない。
「うちの兄君は皆傲慢だ。思い通りにしか事を進ませないから……境界を保っている、かな」
「境界……双子だと、いつも一緒にいすぎて、時々それが曖昧になってしまいます」
ぽつりと呟いた言葉は、恐らくケディックに聞こえてはいない。
「……欲しいものも?」
「………そう、かもしれません」
「なら、その境界は自分の手で切り離さないと」
「え……」
「俺の妹もそう。……俺が手を離さなかったから、あの子は順応しすぎてしまった」
「………順応」
何でこの人にこんな話をしてるんだろうと思いながらも、フォーレはつい言葉が続いてしまう。
「俺たちは、役割がはっきりしすぎているんでしょうか……」
「役割は、必要な時とそうでないときとある。それに縛られることもない。君のように考えすぎてしまうと、そこに固執してしまう」
「固執……それは、確かに」
「ねえ。また難しいこと、考えてるでしょ?フォーレ」
コトン、と目の前に甘いクッキーが差し出された。
「シャル……」
「セフィール様にも一枚。…甘くない方がお好きでしょう?」
「ああ」
「え」
思わずフォーレがセフィールの顔を見ると、彼はにっこりと笑った。
「シャルは、甘い方が好きだろう?これをあげよう」
「はい!あ、わーい、いただきまーす」
「………っいつの間に」
「ん?」
美味しそうにクッキーを平らげるシャルを見て、フォーレはつい毒気が抜かれてしまった。
「……美味しい?俺のもあげる」
「あら、いいの?」
「君も座るといい」
そして…恐らくもう二度と集まることのないだろうこのメンバーでの茶会は、夕方まで続いたのだった。
人生相談は、年長者に限る。読んでいただき、ありがとうございます!




