第96話 広がる【賭博】のプレゼンター
「え?……ルビエル嬢、俺との結婚を嫌がっている?」
「どうやら、その件で公爵家の中は多少波風があるようですよ」
「うーん…」
(なぜ、嫌がるんだ?俺ってば、この国でも最強のスペックだってのに)
イリシユ=セルリアは、鏡を見てやや乱れた髪をセットしなおした。
以前お目付け役だったセフィールが外れて以来、どうも最近うまくいかないことが多いように思える。
前はもう少し女性が寄ってたかって来たものが、最近はすっかりおなじみの顔の女性ばかり。以前ほど魅了のスキルの効きが弱くなっているのは気のせいだろうか。
母上もどこか冷めている様子だし、結構好感触だったはずのルビエルにも距離を置かれている始末。先日はせっかく送ったドレスも突き返されてしまった。
しかも、どうやら――あの黒髪の令嬢はただものではないらしい。
(チケットがどうこう……あれはなんだ?)
普通に三階から飛び降りる運動神経も普通ではないが、何よりもっと不思議なのは自分に対してやたらと冷たい態度を取らされるということだ。
(ツンデレ仕様?まあ、でも……あの冷ややかな目は結構、俺の性癖にささるんだよなぁ。こう、ぞくっとするっていうか……懐かない美人猫ってのも、イイ)
「おや、何をニヤニヤしてらっしゃるんです?」
「!べ、べつに」
やって来たのは…ここ最近、やたらと俺の周りをうろうろする「ラウ」という、ヴァラモ公爵家の報告係だった。
ルビエル嬢の件もこの「ラウ」からもたらされた情報であり…聞くところによると、公爵家に古くから仕える現公爵の側近の一人、ということだった。
「それより……ルビエルとの結婚は、一応母上と公爵の同意の上なんだろ?それがなんだって急に。順調だったんじゃないのか?」
「それはねエ…公爵様も頭を抱えていることです。急に可愛い牙をむき出しにするんですから。みんな戸惑っておりますよ」
「今さら覆せないんだろ?…全く、素直に応じればいいのに」
そう。
イリシユからすれば、向こうにその気がないのは返って都合がよい。
形式上の婚姻関係として愛人を抱え込もうが文句は言わないだろう、と考えており、願ったりかなったりでもある。
「はは、全く仰る通りですなあ……これなら、賭けは俺の勝ちかなあ」
「賭け?…なんだそれ?」
すると、わざとらしくラウは口元を慌てて手で覆った。
「おっと、口が滑った…いや、実はですね、最近、ある者達とルビエル令嬢が結婚するか否かを賭けていたんですよ……彼女、妙にプライドが高そうでしょ?誰になびくか……ってね」
「ふうん……じゃ、俺が本命として、対抗馬は?」
「ああ、何個か有名な公爵家の御令息に、旅の放浪騎士との行きずりの恋なんかもありますよ?」
「へえ」
(どーせ最後には俺のところに来るんだし。……無駄な賭けだな)
その心を見透かしてか、そういえば、とラウはとぼけた様子を見せた。
「彼女以外の賭け事なら……剣術大会の一試合ごと勝敗なんかも、最近は熱いですね」
「剣術大会って…。来月行われる?」
「そうです。学院生徒枠は勝ち確の大本命がおりますが、今回面白そうなのはカシオス殿下も参加を表明しているってことです」
「……カシオス?」
ふと、ざわと不快感が襲ってきた。
「あいつ、出るの?」
「ええ。剣術大会学院生徒枠はトーナメント戦。その決勝枠に登場するらしいですよ?」
「へえ……それも賭けの対象?」
「まあ……でも、こちらよりも更に燃えているのは一般参加枠!……一試合ごと、誰が勝つか様々な人がその行き先を見守っております」
「……賭けは、賭ける人数が多くなくちゃ集まらないだろ?規模は?」
「おお分かっていらっしゃる!超有名伯爵家から、大商人、果ては公爵家のやんごとなき方まで!……この規模は、どんどん成長しております」
じっと、ラウを見つめる。
(張り付いた笑顔に、慣れた様子。それに不快感を与えない服装。……まるで営業マンだな)
あえて乗るのもありだが…リスクを考えると、手を出さない方が賢明だ。しかし―――
「お前、何をしてる?……誰の許可をもらってる?」
「それはお答えできません。……ただ、私は皆さまにこの素晴らしい企画を紹介しているだけ、それが私の仰せつかった役目でございます」
尻尾を見せない、か。
(て、ことは……相当な大物がうしろにいる?なら、多少はイケるかな)
「いいよ、じゃあ、まずは……そうだな。一番最初に開かれる第一次予選のトーナメントは?生徒側じゃなくて、一般の方の内容から聞いてみるか」
「はいはい、ただいま!…こちらです。本命はこの番号29番、体型と力自慢の下町出身の仕切りやの手ごまの一人です」
「なんだ、ただの木偶、だろ?そいつに負ける方にしようか。相場は?」
「おや、負けの賭けより、勝利賭けの方がオッズは大きいですよ?」
「じゃあ一番大きい額を出そう……その対戦相手」
そして、ぴたりとその名を指さした。
「番号54番、ロゼネイ=グラントの勝利に……今出ている最高価格の掛金でベッドする」
「……見事なまでの決断力。さすがです」
「フン、当然だ。俺は王族だからな」
「では……こちらにサインを。ああ、勿論本命はご法度でございますよ?」
懐から出したのは、分厚い紙の束がファイルされた本だった。
「わかった。…それならこれで」
そして、イリシユは……差し出されたペンで「ナオキ」と書いた。
「おや、珍しいお名前だ。いわれは?」
「ま…ハンドル・ネームってやつ」
「ほお?」
**
「じゃ、行ってくるね」
「…お嬢様。門限は必ずお守りいただくように!無茶はしないでくださいね?!」
「はいはい……大丈夫よ」
「それにしても、お嬢様はパンツルックがお似合いです…!」
「へへ、ありがと!」
今日はエイデン兄弟と出かけることになっているわけだけど…
(ああ、なんだか忙しいなあ最近。弓の練習に、剣術の稽古…ってまあ、自分がしたいだけだけと)
怪しく光る呟き日記はあの日以来見ていない。
あれがイリシユが書いたものだっていうんだから、猶更。一度火を点けてみたけど、なぜか燃えずに原型をとどめたままだった。
ここから先のスケジュール感はこう。グラン・トゥルノワが行われるのは、7月25日から一週間。
7月25日は開会式と、剣術クラブのトーナメントの予選と一般参加枠の予選が同時に開かれることになっており、25日から28日までの全部で3日間開かれる。
その他のクラブの評価演舞は随時行われるけど、私が所属する弓術部は27日、28日の二日間。私の出番は28日の午後三時からで、ロゼネイとして出る予選自体はいくつかあるブロックの内最初の方で、26日からなので問題なし。
ただ、本戦がある30日らへんと馬上弓術と被ってるから、ちょっと心配。
(ただ、馬上弓術戦は30日午前の時間だから…午後は空くはずだし……なんとかなるかな)
基本、一般部門の本戦は夜に行われるので……勝ち進んでも恐らくは大丈夫だと思う。
さすがに、出場時間間に合わないで失格はあり得ないし。何にせよ、全部自分が決めたことだから、それは遂行しないと。
「シャル!」
「!あ……二人とも」
寮の門で待っていてくれたのは、ケディとフォーレ。
フォーレは眼鏡をしてないので、もしかしたらこの間の一件で割れてしまったからかもしれない…。
ちょっと罪悪感。
すると、ケディは一通り私の姿を見て頷いた。
「うん、しっかり動きやすそうな服装で安心したよ」
「そりゃあ、遊びに行くわけじゃないもの」
「俺が貸した馬術教本は読んだ?」
「勿論!ありがとうフォーレ。…色々書き込みもしてくれたでしょ?」
「何度も呼んだから…その書き込みが残ってるだけだよ」
「すっごい参考になったよ!あとは実践あるのみ!よ!」
「じゃあ、馬術部の方に行く?馬を準備してくれてるって」
実は、これまでで何度か馬術クラブにお邪魔をしてレクチャーをしてもらっていた。
馬術部の部長さんというのが、なんともステキな女性で……どうやらクオンタ公子の婚約者だと聞いて納得してしまった。
(やっぱり、この世界…それが普通なのよね。まあ、あの二人は相思相愛のようだけど)
そして厩舎にやってきて…私を待っていたのは、真っ白い馬だった。
「わあ…綺麗!!」
「よく来たわね、その子の名前はセナっていうのよ?」
カラッとした笑顔で迎えてくれたのは、タピネ=ウィンドウ令嬢。
「いらっしゃい、ルドヴィガ!エイデン達の馬も預かっているわ」
「ありがとう!部長」
「二人の馬?」
そう言って、二人がそれぞれ連れてきたのは…ケディは黒い馬で、フォーレは茶色の馬だった。
「僕のはエルト、フォーレのはライカっていうんだ!」
「一応、俺とケディで練習メニューを考えたよ。午前中はこの競技場を借りての訓練で…午後は天気もいいみたいだし、少し遠乗りに行ってみようかって」
「遠乗り?…だ、大丈夫かな」
ケディは北門の方角を指さした。
「あっちの方…馬を2時間くらい走らせたら海辺に出るから。行って帰って4時間くらいだし…門限には間に合うと思うよ」
「わあ…海辺!」
「外出許可は取ったの~?一応学校外でしょう?」
タピネが茶化すように言うと、二人は声をそろえて答えた。
「勿論!」
「当然!」
「ならいいわ!…ルドヴィガ、楽しんでって?この子はうちの厩舎でも人好きな女の子だから、すぐに仲良くなれると思うわ」
「ありがとうございます!よろしくね?セナ!」
すると、耳をピコピコして軽く嘶いた。
(可愛い…っ)
「それじゃ、始めようか」
「うん!」
私は、大きく頷いたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます!精進します!




