第95話 ルドヴィガ伯爵家の婿候補リストその4 薔薇の公子様はいつも不機嫌
彼は、いつも選ぶ側だった。
友人も、尊敬する人間も。
その容姿は、男性も女性もみな虜となり、彼を選ばない者などいないから。
幼少から現在に至るまで、彼を称賛する言葉は「とにかく美しい」や、「現世に降り立った天使だ…」など、夢見がちなものから「綺麗すぎて怖い」、「人形みたい」と……意見は様々。
ただ、どの言葉に対しても、隙のない笑顔でこういうだろう。
「ありがとう」、と―――。
その名前はセフィール=ヴァラモ。
燃えるような赤い髪に、炎のような赤い瞳は薔薇の公子という名で知られている。
そんな彼が、エストランテ学院の教官に立候補したのは理由がある。
「え?セフィール様自ら……ダンスの御講師を?!」
「ああ」
立っているだけで目がくらみそうな美貌の持ち主が教官など、女生徒たちがきっと浮足立って授業にならないだろう…そう思った学院運営側は、答えを渋った。
しかし…エリザベラ=クオンタ学院長だけは即答だった。
「あら、素敵じゃない。あなたのような方が生徒たちにダンスを教えてくれるというなら、みな各段美しいふるまいを身につける事でしょう!」
「ありがとうございます」
「……デビュタントを迎える年齢の頃の子たちは、これから社交と言う世界で戦っていかなければならないわ。それくらい18歳まで学ぶダンスは、重要なものだもの」
「尽力いたします」
(これで、あの愚かな従兄弟殿の面倒を見なくて済むようになる)
彼としては、一番の理由が「イリシユ=セルリアのお目付け役から解放されること」が、目的だったりもするのだが、実はもういくつかの理由があった。
セフィール=ヴァラモには、ある有名な逸話がある。
それは、「どの夜会に訪れようとも、ダンスは妹以外と踊らない」というもの。理由は勿論あるのだが、その真実を知る者は多くない。ただ、彼を快く思わない同性の者は「きっとダンスがひとに見せられるものじゃないのでは?」などと揶揄する者もいるため、その噂を払拭するのがまず一つ。
そして、もう一つは……とある女性と再び会うため。
「これで、少しは…あの子のことを近くで見れるかな」
彼女と会うと、いつもと違う、彼の中の常識をひっくり返す出来事が起きる。
彼女と話せば、新たな発見がある。
(…あんな女性は、そういない。興味が尽きない)
黒い髪は不吉などと一部で言われているが、彼女をみると「美しい」とさえ思ってしまう。
数年ごしに見た姿は、想像以上だった。
すらりと伸びた体躯に、黒く長い髪。こちらを見る青い瞳もまるで宝石のよう。
……ただ唯一、その瞳にはどこか慎重さがあって、少しだけ不信の光が宿る。ならば、知ってもらえばいいと―――教官になることを決意したのだ。
「セフィール先生!教えていただけますか?…ここ、難しくて」
「素敵よね、セフィール先生…あの、わからないことがあるんです!」
美しい小鳥たちは相変わらず綺麗な歌を口ずさんでは、「薔薇の公子」の元へ降り立っては羽を休めようとする。だが、彼から声をかけることは一切しない。
「なら、教書をよく読むと言い。俺に声をかける時間をそちらに当てれば……その疑問はきっと解消するよ」
……これは、昔からセフィールが自身で決めた相手に対する「礼儀」でもあり、小鳥に立ちに向けた「教訓」でもある。
【妙な期待を持つこと自体が、自らを傷つける結果になる】、と。
薔薇はどこまでも美しくわがままで、誰よりも力強く、時には鋭い棘で近づこうとするものを攻撃して身を守る。……それは、安易に近づくとケガをするぞ、ということ。
セフィールなりの優しさでもあるのだ。
にもかかわらず、夢見る小鳥たちは現実を受け入れられず、ある時期から「きっと不機嫌だからでは?」とありもしない噂が流れだしてきた。
いつしかそれが煩わしくなり、最終的には下校時間ぎりぎりまで教官室に閉じこもることが常になってしまっている。
―――しかし、最近楽しみが一つ増えた。
「……今日もやってる」
教官室の窓の外は、噴水もある広い中庭となっている。
その中の一画、自分の教官室のすぐ真下にある大きな期の根本で夕刻、始まる「練習」がある。
カン!と鋭い音と共に、何かの割れる音。そして……
「あ―――うう、また失敗」
という、落胆の声。
(苦労しているな。彼女にも苦手なことはあるのか)
つい、先日からリッハシャル=ルドヴィガが弓の練習をしているのだ。どうやら、来月行われる【グラン・トゥルノワ】の評価弓術演技の練習らしい。
そう言えば、と周りを見る。
「いつもなら、必ず誰かしら居るのに…今日は一人?」
彼女は人気者。
弓の練習には、何時も誰かしらが顔を出している。
時には、一緒になって弓で連射をするうちに、ただの模擬試合になったりもするし、本を見て方から学ぶような座学のような光景にもなる。
昨日は、カシオス殿下がちょっかいを出しに来て、追い払われていた。それでも、めげず最後まで近くで見ているあたり、その時間をいかに大切にしているかよくわかる。
(彼も忙しいだろうな……例の問題で)
――最近、教官であるセフィールの耳に妙な噂が届くようになった。
それが、「カードゲームで行われている賭博行為」だ。
そもそも賭博行為自体が校則で禁止とされているが、その現場を取り押さえても彼らは「賭けていたのは、金じゃない。ただの紙切れや、お菓子だ」などと口をそろえる。
確かに現物を見ても、名前の書かれた紙切れや、キャンディなどばかり。主に上級生の間ではやりだしており、誰が始めたのかは定かではない。
気になるのは、それを行っているのが伯爵位以下の身分の生徒であること。
ここまでの情報は、誰もが知るところではあるのだが。
(王族の生徒たちは、積極的に学院の問題を解決していく暗黙の役割がある。それが務めであり、彼らの今後の評価にもつながる)
鍵を開き、窓を開ける。
「やあ、レディ・ルドヴィガ。精が出るね」
「!セフィール教官……まだ学校に残っていたの?」
「ああ。そちらに行っても?」
すると、リッハシャルは不思議そうな表情をした。
「ええと……構いませんけど、みても面白くないですよ?失敗してばかりだし…って、あ!」
ひらり、と窓の外に降り立つ。
「ここは一階だ。……君のように階上から飛び降りることはしないよ?」
「な、何の話でしょうか……」
「よくやってるだろう?……裾は?大丈夫?」
「そ、そんなミスはしません!」
「はは……へえ」
見れば、割れやすい木の的に花が括り付けられている。
「フローリ・アルク……花を散らさずに的を割る。難しい演目を選んだね」
「正確に言うと、花瓶に花を挿して、花瓶だけを割って花を貫かずに散らす…んだけど、どうしても花瓶と一緒に粉々に割ってしまうんです……」
「弓が弱いのか、君の腕力が強すぎるのか……鍛えてるんだろう?やりすぎは良くないよ」
「うっ……わ、私には、もう一つ、大事な使命もあるし!」
「弓を射るのと、剣術の練習を同時にするのは…強靭な腕が作れそうだけど、ドレスを着る時、対策を考えないといけなくなる」
すると、みるみる難しい表情に変わっていく。
「うぐっ は、はっきり言いすぎですわ!先生!」
「怒らせたのならすまない。でもね……妹を案じるのはありがたいけど、君の将来が心配だ。いつからかルード・ルドヴィガは勇者である、なんて言われたら…笑えないだろう?」
「そ、それは笑えない、けど……まだ大丈夫です!」
「それは失礼。……そうだね、俺なりにアドバイスがあるなら。弓術と舞踊に通じるものに、上半身の姿勢と、足の運びがある。矢を構える時、右足を軸にして左足をステップの要領で前に出すと、矢の穂先に丁度体重がかかるようになると思うよ」
「ダンスと同じ要領…ってこと?」
「動きの起点は似ているから」
「なるほど……」
彼女は言われた通り、右足を軸にして左足を払う。
「あ…なるほど。…じゃあ、的は」
ゆらりと長い髪がなびき、夕日の赤い光が銀色の穂先を照らす。そして…
ヒュン!と風を切る音が鳴る。
ビシッと鋭い音が響き、庭園に咲いている薔薇の花の茎を貫き、ハラハラと花びらが散る。
「やったぁ!初めてできましたっ!!」
「それは良かった」
「あ、でも……茎だから、ちょっと違うかも。10回やって全部成功してからじゃないと喜べない…」
なんとも、「らしい」感じがして、ふっと笑ってしまった。
「一歩前進、でいいんじゃないのかな」
「ま、まあ……後退、はしてませんね」
「ほどほどにして、暗くなる前に帰ると良い」
「そうですね……夜も素振りの練習しないとならないし」
「………」
(16歳になったばかりの女性が、それはどうなんだろう……)
「本当に…ほどほどにしてほしいな。素振りは例の大会の為だろう?ルビィの為とはいえ……」
「あ、全然大丈夫ですよ!努力して鍛えた後、結果が出るのが楽しみなだけです……!」
「そ、そうか……?」
何を目指しているんだろう、と思いつつも……彼女には彼女なりの理想があるのだと思う。
それはきっと誰が指摘したものではなくて、彼女自身が経験から得た結論なんだろう。
「……シャル、君は将来、どんな女性になりたい?」
「私ですか?……そうですね、誰よりも誇り高く、優しくて強い女性になりたいです」
「それなら、もう……いや」
今、自分を見つめるその瞳に、以前感じた「不信」の光はない。
(真っすぐこちらを見てくれている……それは、正直)
嬉しい、と思う。
「セフィール様は?あ、もう大人でしたっけ」
「そうだね。……まあ、でも、君と並んで遜色ない程度には成長したいところかな」
「へえ~。やっぱり人間は日々成長していくものですよね!!」
「ああ…3年後が楽しみだ。君に」
選ばれるくらいになるようには―――と言いかけて、口を閉ざした。
「……?」
「セフィール様?…顔が赤いけど」
「あ、いいや」
(……そんなこと、俺が思うなんて)
でも、それも…悪くない。
ブックマーク等々ありがとうございます!精進します!この二人は6歳差、シャルに物言える大人は少なそう……




