第92話 イベント×そんなのごめん×推薦状
「いやああ!大変だ!まさか急に扉が開かなくなるなんて!!」
「……」
(何、この状況)
ここは、夕暮れの教室。
私はまたかよ!と心の中で叫びたくなってしまう。
関わらないでおこう、と本気で思っていた矢先、なぜかイリシユが私の目の前に現れた。
「見つけた、ルドヴィガ令嬢!」
「……何か御用ですか」
あ、冷たくしたらこいつ喜ぶんだっけ?
「いや、実は君に招待状を送ろうと思って!」
「……申し訳ありませんが、私、来月の催しの関係でしばらく忙しくて。そう言ったお誘いは全てお断りさせていただいております」
「ま、まあそう言うわずに、さ。あー…少し話そうよ」
と、なぜか使っていない教室に連れていかれ、都合がいいように扉があかなくなったのだ。
(もういい…これ、この間フォーレとやったし……!イリシユ、かぶってんじゃないわよ!?)
でも、これももしかしたらこいつが造り上げたいわゆる「イベント」というものかもしれない。
……イベント発生チケットでも持ってるわけ?
こいつの正体がわかった以上、こいつと関わる出来事は全て「恋愛的イベント」と思ったほうがいいかもしれない。結果的にイリシユにとって美味しい出来事になる可能性があるってことだし。
「あのさ…おれ、君と仲良くなりたいんだ」
「私と?」
「ああ。……その、君は美しいし」
「美しい?……それが?」
「あの……君は、ルドヴィガ伯爵家の後継となるんだと聞いた。…なら、王家の者と関わるのは君にとっても悪い話ではないよね?」
「あら、イリシユ殿下はご存じないのでしょうか?私の父…現ルドヴィガ伯爵は、カシオス=セレスト殿下の側近の一人です。今更、王家の縁など必要となる理由が見当たりませんわ」
ぐ、と表情は面白くなさそうなものに変わる。
(あら、カシオスと比べられるのはお嫌いかしら)
「もしかして、強がってるの?」
「……は?」
「アズレアでは、女性伯爵はまだそこまで容認されていない……つまり、君はこれから伯爵家という名前の重圧を一身に持つわけだろう?……とても、大変だよね」
ゾッとした。
彼の口から出る言葉は、身体の内側を急に冷え込んでいく。
(これ、知ってる)
「なら、使える物はいくつでも持っていて、損はない。君が窮地に陥った時だって……俺とつながってたら、きっと君は乗り越えられる!」
「私が、窮地に陥ることが前提でお話しされていますか?」
「…え?いや、そうじゃなくて…だって、君がつらい目に合うのは見てられないよ」
昔々、ある人に言われたことがある。
「いつも怒られててさ、なんか見てられなくて……大丈夫?」
気遣うふりして近づいて、裏で人を小馬鹿にしている奴。
【お気持ち】を代弁して、勝手に同調して、勝手に味方のフリして……人を食う奴。
(私、こいつ、嫌い……大嫌い)
「虫唾が走る……」
「え?」
「窮地…とはどういった状況かご存じですか?王子様」
伸ばされた手を右手で払いのける。
「えっと、…あの、どうしたの?」
「私、これでも日々鍛錬をしています。…ええと、ここは三階、ですわね」
「ああ。……ここは人も来ないし、誰か気づくまで俺と二人きりだよ、リッハシャル=ルドヴィガ。ここは協力して」
ガコン、と窓のカギを外す。
白いテラスは広々としていて、周りは木々に囲まれている。思わず深呼吸をすると、ふわ、と風が滑りぬけ、カーテンを揺らした。
暮れ行く太陽が、遠くの山陰に光を放ったまま沈んでいく。空全体が赤く染まり、鱗雲が不吉な陰影を作る。
「ああ、いい見晴らしですこと」
「あ、あの、リッハシャル?」
私はそのままテラスの手すりの上に仁王立ちになる。
それを見た瞬間、イリシユはさっと青ざめた。
「ちょ?!…な、何して」
「一つ、ご忠告させていただきますわ、イリシユ殿下」
「ち、忠告っ?」
「私、あなたが大嫌い。……たとえこの身が滅んでも、あなたを好ましい、などと思う瞬間は未来永劫ございません。―――妙なご期待は早々に打ち消してくださいますよう。そうしないと……」
「わ、わかったから。早くそこから」
そうよ、これは宣戦布告。
正体がわかった以上、これから起きる、こいつに都合のいいことは全部私がぶっ壊す。
「チケット使用。運動能力瞬間増進、発動」
「え?!」
「主人公で、いられなくなりますわよ…!」
そして…頭の中でバン、とはじける音がする。
一度トン、と手すりを蹴りそのまま……背中から外に向かってダイブした―――。
「!!」
落ち際、心底焦った表情のイリシユと目があう。
そのまま近くの樹に隠し持っていたロープをぶん回し、木に引っ掛け、振り子の要領で地上に落ちていく。
「よっと…あ?!」
ガッ!と激しい音をたてて大きな幹を蹴る。その拍子に、ぐらと体制を崩した。
何とかやり過ごし、地上に無事、着陸できた。
ぱぱっと、制服を見て、買い方を直し…息を整える。
「ふう……あっぶな。余計なこと、考えるんじゃなかった」
(ダメだわ、未熟ね。つい、イライラして…色々なことが雑になってしまったわ)
上の教室は、もう樹で覆われて見えない。
この時間は人けもないし、目撃者もいなさそう。
「イリシユのいる教室は…そのままにしとけば、誰か気づくでしょ」
そして私は、早々に【イベント】を打ち切り、気持ちを切り返る。
「妙な奴で時間を食ったけど…行かなくちゃ」
気付けば、もう一般参加の予選は明後日に迫っている。エントリーを済ませるためにも、【彼】に会いに行かねばならない。
今の時間は、もう校舎には人がほとんどいないから、私の足音だけが響く。
(まだいるといいけど)
いたら計画実行、いない場合は…仕切り直し、かな。
そして…セフィール=ヴァラモ先生の執務室の前に立ち、私は三度ノックをする。
しばし間が空くと、そっとドアからセフィールが顔をのぞかせた。
「?!……リッハシャル」
「ごきげんよう、セフィール先生。…あら?怪我?」
綺麗な顔は変わらず、でも口元に白い絆創膏が貼ってある。
「ああ、ちょっと…ね。今日はどうしてここに」
「…実はちょっと相談がありまして」
「相談?…それより」
セフィールは一度周りを見てから、私を中に招き入れた。
「え?」
「君は、もう少し自分自身の安全に気を遣ったほうがいいと思うよ。後ろ向いて」
「自分自身の安全…て、あ」
エストランテ学院の制服はくるぶしまである長めのスカート。…だから全然気が付かなかったけど。後ろの裾が少しほつれ、糸が飛び出していた。
(こ、これは恥ずかしい…)
「今日はどんな冒険をしたんだ?」
「ええと……」
さすがに三階から飛び降りました、とは言えない…。
「そのまま後ろ向いて。…俺が直そう」
「?!セフィール様が??」
「ん?」
そう言うと、ささっと胸元のポケットからソーイングセットを出した…!
何てこと、女性の私よりも女性らしいなんて!!
(手慣れてる…本当にこの人、何でもできるのね)
「驚いた?……ルビエルも」
言いかけて、口を閉ざしてしまった。
「……ルビエル様って、実は意外と行動的なんですね」
「大人しそうな見た目だけど、意外とお転婆なところもあるんだ」
(この人、やっぱり……ルビエル様の事、大切に思ってるのね)
「あの。……ルビエル様、本当にあの馬鹿王…いいえ、阿保王子…ええと、イリシユ殿下と婚約するんですか?」
思わず言いよどんだ私に、セフィールは軽く笑った。
「はっきり言うのはいいけれど、俺以外の前では控えないといけないよ。……君は、あの場にいたからごまかしようもないか」
「……じゃあ」
「ああ。……ルビエルは、今年の秋ごろに婚約式をあげることが決まっている」
「決まって…る」
「……もう覆せない。父も、祖父も……兄も推奨していることだから」
「本当に、それでいいんですか?」
私は自分が思っているよりも、イリシユのことが大嫌いのようだ。
「……断言します。あんな奴のところに行ったら、ルビエル様は」
「……シャル?」
「イリシユは、人を食う。言葉で、弱みで……人を支配しようとする、そんな奴です」
「……何かあったのか?」
(いけない、感情的になっちゃった)
「先ほど、とある事故に巻き込まれまして…」
「!それは…大丈夫か?」
「平気です。……とにかく、彼は私にこう言いました「君は女性伯爵として大変になる、窮地に陥いる姿は見ていられない」って。……面白いでしょ?あの男は、自分で私の未来を勝手に予想して共感して…勝手に手を差し伸べる聖人のふりをしているんです」
「そんな、事を……」
「私からすれば、侮辱以外何物でもない。なのに、言葉巧みに誘導して、支配しようとしている…そう見えました」
人をコントロールしようとする人間は、誰かに合わせようとする人との相性が抜群に悪い。
「そんな奴のところに、私の友人が行かなければならないなんて。政略的な理由であろうと……黙ってみてられない」
デビュタントの時と、同じように。
「……そこまで、君が妹の心配をしてくれるなんて」
「セフィール様も、ルビエルの事…大事に思ってるんでしょう?」
すると、彼はそっと自分の口元の傷に触れた。
「まあ、理不尽な一発を顔に甘んじて受けるくらいには、ね」
「……だと思いました。できれば、結婚自体考え直してほしい。でも…これは、私個人の意見です」
「君の意見?」
この結婚を阻止したい!……のは、私の勝手な意思であって、ルビエル様の意思ではない。
「……ルビエル様にとって、人生に関わる大事な選択です。私が暴走して、困らせたくない」
「君個人の意見は別として、あくまで彼女の意志を尊重する…か」
「はい」
「なら…聞いてみようか」
「え?」
「ルビエルに会ってみる?」
「でも、急では」
「あの子は本邸が嫌いでね。……最近は特に」
「あ…」
「君のことだ。まさか、無策でヴァラモの決定を覆そうとしているわけじゃないだろう?」
「……はい!」
「君なら……あの子の隠レテイル本音を引き出せるかもしれない」
「うまくいくかはわからないけど……お願いします!」
読んでいただき、ありがとうございます。




