第86話 白薔薇×お茶会×あなたに贈りたい言葉
「美しい白薔薇ねえ」
「はい!このドレスもステキです…セフィール公子様はよくわかってらっしゃいます…!」
エイルがうなる。
本日はセフィールに呼ばれたお茶会。
ドレスは、先日送られてきたこの薄紅色の素晴らしいドレスで挑む予定だけど…そのドレスが美しいこと。キラキラと波打つシルクの生地は光の加減によって薄紅色から乳白色に変化していく。
「このドレス、太陽光の加減を意識した感じでしょうか…?!ヴァラモ公爵家のロゼッタ・ビアンカと言えば、クリスタルガラスで作られた温室が有名なんです!白い壁のステキなお邸で…世界のお嬢様が一度は憧れる場所なんですよ」
「…なんか、ヴァラモってホント、色々資産があるのねえ」
「そりゃ、アズレア1の大貴族様ですもの」
(コレ、一着いくらくらいするんだろ……アクセサリだって)
煌びやかに並べられたのは、シルバーの薔薇モチーフピアスに、白のパンプス、それに赤い小さな宝石散りばめられた星形のブローチだ。
「髪型はどうされます?」
「うーん…お茶会だと、控えめな方がいいよね?」
「はい!おすすめは…以前、セフィール様からいただいた、ルビーレッドのスカーフをこう…ヘアバンド風にするのはいかがでしょう?うーん…編み込みもステキだな」
「ま、任せます」
「はーい!」
(こういう時、お洒落に詳しい侍女がいると助かる…)
「で、でも…全身セフィール様から贈られた物を着るのは…なんというか、こう」
「大丈夫ですよお!!ダイアナ様は、異性の貢物は使いまわしてこそ真の美女!って言ってましたもの」
「そ、そういうもの…??」
「はい!究極は侍らせる男性こそ動くアクセサリ?になるとかなんとか」
「それはダイアナ叔母様だけの常識よ!」
(叔母様のような女性に憧れ…はするけど、なるのは別な気もする)
「そう言えば…ヴァラモ公爵家とルドヴィガの馬車と、二台校門前にいらしてますけど、どうされますか?」
「…丁重にお断りして。ルドヴィガの馬車もちゃんとあるし。そ、それより早く行こう」
学校は、どこで誰が見ているかわからない。
そうして、私は胸元にルドヴィガのブルースターのリボンをつけて、臨んだのだった。
そして、馬車に揺られて約三時間後。
「うわあ、すごい広い敷地……」
突如森の奥から姿を現す赤い壁の巨塔は、見る者全てを圧倒する。
天を貫くような尖塔には、ヴァラモの青葡萄と赤い獅子の紋章が刻まれており、そこから大地に横たわるように長く広い敷地が続いている。
少し小高い丘の道を超え、広大な薔薇の庭園に着くと、ようやく本邸へ通じる装飾が施されたアーチ形の門が見えてきた。
(すご……ルドヴィガのお邸も大きいけれど、このヴァラモの本邸はその倍以上ある…!)
薔薇の庭園を抜け馬車は奥へ奥へと続いてくのだけど…まだ本邸は見えない。
赤い煉瓦の壁の向こうを超えた時、ようやく白い壁の綺麗なお邸が見えてきた。
「あ…あれがもしかして」
すると、隣の席に座るエイルは窓に張り付いてそのお邸を見ていた。
「コホン、エイル」
「!!す、すみませんお嬢様!!」
「…でも本当、すごい薔薇の数」
まるで薔薇の絨毯。
この位の規模のお邸では、庭丁は何人くらいいるんだろう…などど、俗っぽいことを考えてしまう。
ガタン、と馬車が停まると、開いた窓からかぐわしい薔薇の香りが鼻を通る。
「……香水いらずね、この空間」
「花びらが散ったらどうするんでしょう、掃除が大変そうです」
(…なんか安心する反応だわ…)
すると、扉が開き、セフィールが迎えてくれた。
「……ようこそ、レディ・ルドヴィガ」
「ありがとうございます、セフィール様」
「ああ、よく似合う。そのドレス…でも、俺が手配した馬車には乗らなかったんだね」
「不快に思ったならば、申し訳ありません。だって…」
私は手を取り、地面に立ってからにこやかに笑う。
「ルドヴィガの馬車は、私が令嬢として『何処に行くために乗っているか』を示すものです。初めての社交の場で、家門の象徴を手放すわけにはいきませんから」
「…実に、君らしい。ようこそ、我が邸へ――リッハシャル」
(…失礼に当たらなかった…ようね。まさかヴァラモの馬車に乗ってこれない…ただの令嬢ならば別だろうけど)
そう、私はお父様が認めてくれたルドヴィガの後継。
ならば、その名に恥じぬ振る舞いをしないと。
「ごきげんよう、リッハシャル様」
「あ…ルビエル様、ごきげんよう!…あら」
見れば、ルビエルの着ているドレスは色と形こそ違うけど、私の着ているドレスの柄と同じものだった。
「ステキな計らい、感謝いたします。セフィール様」
「…今日は君にとって初めての社交の場でしょう。及ばずながら、その手伝いができればと」
「ありがとうございます。」
「こちらへどうぞ。我が邸は赤ばかりではなく、白い薔薇もたくさんありますの。ぜひご覧になってくださいませ」
(んん?思ったよりも、ルビエルの反応が柔らかい)
何となく、ルビエルには警戒されているのかと思って、気合いいれてきたんだけど。ちょっと拍子抜けかも知れない。
邸に入った瞬間、ふわりと不思議な香りを感じた。
「あ……不思議な香り。甘いというか、果物のような…?」
「よくお気づきですね。この香りは朝摘みの薔薇で、特に香りが高いことで有名なクォーター・ローズです。もし気に入っていただいたのなら、あとで香水を贈らせていただきますわ」
「あら、嬉しいです。ありがとう…そうだわ、セフィール様、良ければこちらをどうぞ」
エイルに頷くと、水色のリボンのかかった箱を差し出した。
「これは?」
「このようなステキなドレスをいただいたお礼…と言うには厚かましい物ですが、ルドヴィガで作成した蜜蝋です。…炎を灯すと、赤ばかりでなく様々な色の表情を見せるキャンドルです」
「へえ…これは、美しい装飾。それに…不思議な色だ。白のようでいて、そうじゃないような」
「私の故郷の名前ではエクリウといって、白の中でもアイボリーよりも濃い色になります。香りを持たず色が揺らめく蜜蝋は、溶けていくと透明な白に変わるんです。どうぞ、お収めください」
「なるほど、火を灯して完成する芸術、か…とてもいい」
(よかった。…ここまで香りが強い薔薇がある場所なら、無香で正解かも)
「ありがとう。……では、サロンに案内するよ。今日は、ルビエルが張り切ってあなたのためにお茶を用意してくれたんだ。気に入ってくれるといいけれど」
「それは楽しみです…あ」
その扉をくぐると、天井から虹色の光が降ってきた。
噂のクリスタルガラスの温室は、想像以上に美しかった。ガラスに入れられた何層ものカットが、太陽光を反射して美しく煌めく。夏も近いのに温室の中が涼しく感じるのは、足元を流れる小さな川のおかげだろうか?
「すごい…綺麗」
「この邸の温室は、昼は光を反射するけど、夜は夜で星が見えてとても美しい。…貴方にも、いつか見せられたらいいけれど」
「まあ、うふふ」
(表情筋、表情筋……こんなセリフを真正面から言われたら、普通の乙女は溶けてなくなる…)
促されて椅子に座ると、僅かに反応した乙女心を上回るサンドイッチと、宝石のようなケーキやクッキーがずらりと並んでいるテーブルに視覚も心も奪われた。
(お、美味しそう…!)
「あ、スコーン…嬉しいです。私、クルミ入りやナッツの入ったものが好きなんです」
「まあ!嬉しいわ。リッハシャル様」
そして、最初はどうなることかと思ったけど…
順調に談笑は続いていたけれど、それは、突然やって来た。
始まりは、扉の向こうから聞こえる騒がしい声と音。
(何の音?)
その正体は、すっと空気の温度が下がったからすぐわかった。
セフィールは顔をしかめて席を立ち、ルビエルはそれを慌てて制する。
「お兄様…」
「すまない、リッハシャル。……二人で話していくれるかい?」
「かしこまりました」
ちらりとルビエルを見ると…顔が青白い。
さっきまで楽しそうに笑顔も見せてくれていたのに、急にシン、となる。
(何か…込み入った事情がありそう…あ!そうだ)
「そうだわ、ルビエル様」
「……?」
私は席を立つと、ルビエルの元に歩み寄り、エイルに合図して鞄の中からもう一つの箱を取り出した。
…本当は贈ろうか迷っていたんだけど。
「こちらを、あなたに」
「これは…?」
「開けてみてくださいますか?」
「え、ええ」
するりとリボンが解かれると、ルビエルは一度不思議そうな表情を見せた。
「これは…青い花の押し花と、水色のノート?」
「はい。あと、青いインクの硝子ペンも一緒にご用意しました」
「なぜ…私に」
「ええと」
どうしよう。
これを言うべきかどうするべきか…でも。
「実を言うと…デビュタントの時、少しだけ会話が聞こえてしまいました」
「!!」
「あ!全部じゃないんです。……その、ちょっとだけ。」
彼女がギュッとノートを握る手に力がこもる。
「私…幼い頃、継母がいまして…その人がヴァラモ家の女性でした」
「我が家門の…?」
「ええ。結果的にその方はルドヴィガ家を去ったのですが……彼女は、少し歪んでいました」
ぱっとうつむいてた表情がこちらを見る。
「歪んでいた…?」
「なんというか。…彼女は「美しくなければ意味がない、私はヴァラモの花だから」と、口癖のように言っていて。美しさというものにすごく貪欲に向き合っていましたが、その言葉がまるで私には何かの【罰】のように聞こえて仕方がなかったんです」
今なら、少しだけわかる。
あの人は、母を死に追いやった人間だけど、その根底にあるのは「居場所がなくなるのが怖かった」ことなのかもしれない、って。
「罰……」
「だから、私」
言いかけた言葉を重ねるように、誰かが続けた。
「『その花に名前はない。ただ何色にも染まり、完ぺきではない形で、いくらでも姿を変えられる。死ぬまでそれを持ち、最後まで誰にも渡さない…実りを紡ぐまで』」
「兄上!!」
「?!」
「あ……」
(炎のように鮮やかな朱の混じった赤。初めて見る……この人)
「初めまして。レディ・ルドヴィガ」
セフィールと違うのは、瞳の色が…まるで黄金細工のように美しい金色だということ。
そして、空気がひやりと静まり返った。
読んでいただき、ありがとうございました!ブックマーク等ありがとうございます。精進します!




