第84話 押し倒した結果×赤面男子×一難去って…
それは、一瞬だった。
(何これ、赤い鳥が膨らんでる……?!)
何か武器になるものを…と思っても、ちょうどいま手元に何もない。すると急に、ぐっと体が引き寄せられてしまった。
「あの…フォーレ?どうしたの?」
「……シャル。今…俺と、ふたりきり、だよね」
「…う、うん?わ?!」
「それなら、さ」
すぐ間近にフォーレの何か焦ったような表情が見えて…その背後に、赤い鳥がぐんぐん急成長をしてる。
(このままじゃ、破裂する!)
すると、ざら、と右手に何かが触った。
物理的攻撃何でもいいなら…これで!
「俺…シャルが」
「ごめん。―――フォーレ、頭伏せて」
――瞬間腕力アップチケット、使用!
ぱっと頭の中で何かがはじけた瞬間、ありえないくらいの力が両腕に沸き起こる。
そして私は、フォーレの胸ぐらを掴んで床に押し付けると、そのまま身体に乗っかったまま、落ちていた本を拾って思いきり鳥目掛けてぶん投げた。
バァン!と大きな風船が割ったような音が部屋中に響き渡る。ついでに、勢い余ってすっぽ抜けた分厚い本は、閉じたドアを吹き飛ばす。
よし!と思わず小さくガッツポーズをすると…リンゴみたいに真っ赤になっているフォーレを見ろしていた…。眼鏡がないから余計に赤く見えてしまう。
(あ……なんか、みてはいけないものを見ちゃったような?!)
すると、壊れたドアから薄っすら湿った空気が流れ込み、雨音が聞こえてきた。
「雨だね、フォーレ」
「あ……雨?」
雨、ということは。
ぐっと上に顔をあげて…見つけた。天井にできた黒いしみから、ぽたぽたと水滴が落ちてくる。
落ちた水滴はフォーレの真っ赤な顔にぽたりと落ちた。
(うん…噂の正体、見つけた)
「ね、上みて?」
「上……」
そうっと身体をずらしながら、天井を指さした。
「さっきの幽霊の話。…それが起きたのって、きっと雨の日とかもしくは雨が降った次の日とかじゃない?」
「……もしかして、原因は」
「そう!この天井の水漏れ。この布を外そうと思って、引っ張った時…同時に上から水かしたたり落ちて来たんじゃない?で、驚いた拍子に白い布が揺れて…」
「あ。ほんとだ。ゆらゆら揺れると、確かにそう見える」
ゆっくりと立ちあがり、いまだ赤い顔のまま目をさっとそらすフォーレに手を伸ばした。
(う……男の子の赤面て、こんなにかわいい物なの…っ?なんかごめん、フォーレ……)
「ほら、手」
「……うん」
ぎゅっと握り、引っ張ると、蚊の鳴くようなちいなさ声が聞こえた。
「……ごめん」
「………ん」
(噂に、感情が乗って膨らんで。鳥が進化する……これで、何となくメカニズムがわかったかも)
残念ながら、赤い鳥が撃破したのち、いつもは飛んでくる鳥の羽根が今日はなかった。
フォーレがどの瞬間で、【何】の感情が鳥に影響を及ばしたのかは、わからない。でも…最近彼を取りまく噂を考えると、ある結論が導き出せる。
(外野なんて気にしなければいいのに)
繋いだ手をパッと離し、そのままパチンと叩いた。
「お手付き。だめよ、噂に流されちゃ」
「噂…って」
「ケディはケディ、フォーレはフォーレ、でしょ!」
「シャル……」
どこか泣きそうな、でも、安堵した表情がなんだかひどく印象に残る。
「ほら、ドアもオープン!さっきの本棚が倒れた衝撃で開いたみたい」
「そ、その割には…なんか粉々になってない?」
「最初からこんなもんだったよ?」
ああ、思った以上にドアが粉々になってしまった。
ま、しょうがない…よね、うん。
「あのさ。…今度、シャルに何かプレゼントしてもいい?」
「どうしたの?急に」
「うん……俺なりの贈り物、するからさ。今日の、お礼」
「……そお?じゃあ、待ってる」
「…俺も負けてられないから」
そう言って、フォーレは私に赤いカメリアの櫛を返してくれた。
「あ、そう言えば…眼鏡、割れちゃったね、大丈夫?」
「大丈夫。どうせダテだし」
「なるほど…あ、でも、久しぶりに見たわ。フォーレの素顔」
「え…?」
「だって、高等部に入ってからずっと眼鏡していたでしょ。本当に悪くなっちゃったの?って思っていたのよ」
改めてじっと見てみて…うーん。やっぱりフォーレとケディって実は結構顔も違う。
ケディは涼し気な目元だけど、フォーレの方が少し猫目と言うか…クール系?
「あ…あの、何?そんなにじっと見られると……」
「あ、ごめん。今だったら、フォーレの方が女装に合うかもね?」
あ、どんどん表情が死んでいく。
「……冗談にしてもタチが悪いよ、それ」
「あはは!…ん?ねえ、あれ」
「何?……これは白い、手紙?」
それは、一枚の封筒。
さっきぶん投げた本がひっくり返った拍子に、飛び出してしまったのかもしれない。
フォーレがそれを拾ってみて、怪訝な表情をする。
「宛名がない…でも、封は開いてるね」
「……中身、みちゃおうか?」
「それは……本当は良くないけど、実際気になる」
「中は?手紙?」
「うん……あれ、これ」
ひら、と開いて見せた手紙には……「ずっと待っていたのに」という謎の一文だけが赤い文字で書かれていた。
「え、なにこれ」
「あ、なんかはい……」
封筒をひっくり返した拍子に…金色の髪の毛が数本、はらりと落ちた。
…思わず、顔を見合わせる。
「女の」
「幽霊…が出るんだっけ?ここ」
「………か、帰ろうか」
「そ、そうね……気持ち悪いけど、ちゃんと元に戻しとこ…?」
そうして、落ちた髪を拾い上げ、封筒にしまい…きちんと封をして、元の本にはさめておいた。
何かあったら怖いよね、とお互いの共通認識で、倒れた本棚を元に戻し……私たち二人は一目散にこの南側の旧図書室から、逃げ出したのだった。
そして…自分の部屋に戻ったころにはもうどっぷりと日が暮れていて、門限間近をスライディングで帰宅した。
「お嬢様ぁああ!!」
「ひゃ?!え、エイルどうしたの?!」
すると――部屋に戻るなり、半べそをかいたエイルが私の手をがしっとつかんだ。
「もお!こんなに遅くなるなんて…!何かあったかと思うじゃないですか!!もう少しで探しに行くところでしたよっ!!」
「あ、ごめん……」
そう言えば、エイルにはフォーレに会いに行くとまでしか伝えていなかった…ごめん。
「やっぱり明日からは放課後お迎えに上がりますっ」
「うーん、明日からはアーチェリー部も始まっちゃうし」
「そしたら私、使用人どころか不要人になってしまいますっ!!!」
「わ、わかった……」
「ぐすん…そう言えば、お嬢様の御命令、しっかりと遂行してまいりました」
「!ホント?ありがとう!!」
実は…エイルにあるお願いをしている。
それは、【学院内にある噂を集めてもらうこと】。
ルドヴィガ家の私兵となる【鷹】の本質は基本、隠形事。例えばエイデン侯爵家のような騎馬に剣!みたいな華やかさとは真逆の存在だ。
「これが、今流れている噂の主なものです」
ずらりと並べられたメモ帳に書かれているのは、この学院で蠢いている【噂】達。
小さな噂から、大きな噂まで……メイド同士のネットワークなんかを生かして集めてくれている。
「名のある令嬢達は皆メイドをつけていますし…主人に不利になるような噂は、聞くことはありませんが。実を言うと、全メイドが主人に忠実か、と言うとそうじゃない場合もあったりするんです」
「そうだろうね……人同士ってどうしても相性ってあるもの、で?…相変わらず、モテモテなのね。エイルは」
すると、興もしっかりと執事スタイルのエイルは得意げに笑って見せた。
「この格好の方がみんな色々と教えて下さるんですよね!有難いことに!」
「……男装の麗人って不滅の人気よね」
(エイデン兄弟は不仲、フォーレストは嫁探し中、ケディは……剣術大会関連の噂の方が多いかな。イリシユは……読む価値ナシ。)
パラパラとメモをめくっていくと、今のトレンドは【エイデン兄弟】で、次点はイリシユ関連のしょうもない噂が多い。でも、何故か…カシオス様関連の噂がほとんどない。
「ねえ、カシオス様って……何処にいても目立ちそうだけど、悪い噂もいい噂もないの?」
「そうですね……カシオス王子殿下には、クオンタ公子が護衛として傍についているんですが……」
どこか言いにくそうに言葉を探しつつ…少し間をおいて、続けた。
「なんていうか…隙が無い、と言うか。誰も近寄らないというか……怖くて噂になる前に立ち消えてしまうのかもしれませんけれど」
「そ、それは少し…わかる」
「友人とかも特にいないようですし…あ、でもよく戦術学ではケディック様とよく一緒にいるみたいですよ!この間も、ヘキサ・ステージで模擬戦をやったとかなんとか」
「へえ……ケディとカシオス様、意外なところで気でも合うのかしらね??」
それにしても、明日からはフォーレはきっと眼鏡をしないで登校することになるだろうから…また、妙な噂が増えるかもしれないな。
こう見ると…どうしてか噂になりやすい人と、なりにくい人がいるみたいだけど。何が違うんだろう?
「それと…ここ数日でヴァラモ家のご兄妹に関する噂が、ちょっとずつ燃えてきてます」
「ヴァラモ……?」
「はい。なんと、ルビエル様がイリシユ様と婚約するんじゃないかって噂です!」
「……え?」
デビュタントであの二人を見た時、あまりいい感じはしなかった。
それなのに……政治的理由、だけじゃない気がする。
「ヴァラモの花の宿命…ってことね。確かアゼンダリア王妃様とルビエル様は縁戚関係にあるわよね?それなのに……」
「なんだか、ちょっと可哀想ですね、ルビエル様……」
「……」
ふと、ルビエル様のことを話すセフィール様を思い出す。
「あ…そう言えば」
「ん?」
「お嬢様に、お届け物があります」
「お届け物?」
ふわり、とバラの香りが部屋いっぱいに広がる。
「これです!」
ご丁寧に赤いバラの花束が添えられた赤い紙の招待状と、ドレスとアクセサリー。
差出人は「セフィール=ヴァラモ」。
(…一難去って、また一難…)
そして私は、ため息をついた。
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