第83話 ルドヴィガ令嬢の花婿候補リスト3 噂とフォーレスト=エイデン
(なんだか、最近心が落ち着かない)
「エイデン先輩、こんにちは!」
「ああ…うん?」
デビュタント以降―――見知らぬ女生徒からよく声をかけられるし、友人たちには「やっぱ違うよな…」などと、訳の分からないことを言われてしまう。
彼らに悪意がないのはわかっているけど…あまりいい気分はしない。それと……。
(あ、シャル)
窓の外を見て、無意識にシャルを探してしまう自分がいる。学年も違うし、クラスも遠いから遭遇する確率は高くない。
「あ!フォーレ!おはよう!」
「…うん、おはよ シャル」
でも、会えるとその日一日なんだか心が弾むような……特別なプレゼントをもらったような、そんな気分になる。
(原因はわかってる)
俺は、あの子に恋をしているんだ。
「フォーレスト―!はい、書類!」
「うん、ありがとう。ラッセル」
副会長のニッカ=ラッセルが持ってきた書類の束は、どれもこの学校の校舎にまつわる噂の数々。最近、あちらこちらで、いわゆる経年劣化の箇所が増えているらしく、生徒たちからのクレームが多い。
「なんかさーこの校舎ってこんなに旧かったっけ?床が抜けるとか……なんか、そう言うの多いよね」
「うん。…東側は何もないけど、南の方は明らかに手を出しにくい雰囲気もあるしね」
「授業も全然あっち側使ってないよね。学校側も分かってるなら、対処すればいいのに」
「まあ、…数年前の旧校舎の件もあるし、色々あるんだろう」
パラパラとめくっていくと、一つ、気になるものを見つけた。
「白装束の女…これ、クレームと言うより、怖い話じゃないか」
「ネタっぽいよね。でも、けっこう有名な噂みたい。…ほんとにいたりして~?」
「……噂、ねえ」
そう言えば…以前美術室でシャルと遭遇した時も、窓が常に開いているという噂は、本当だった。
シャルが出入りしていたにしても、ただの噂だと思ったら、実は本当だった…みたいな案件が確実に増えているのは気のせいだろうか?
「そう言えば、シャル、アーチェリー部に入部したって」
「……らしいね。兄さんから聞いた」
「いいのー?」
「何が?」
「アーチェリー部、ケディックも入ったんでしょ?…二人、一緒にいる時間が増えるじゃない」
「別に……俺は」
何故だろう。…この言葉の続きが出てこない。
気にしない?…いいや、関係ない?…冗談じゃない。
「あの、さ……ラッセル」
「何?」
「シャル…誰か、好きな人っているのかな」
「は?」
…しまった、思わず口元を手で覆った。
にやり、とラッセルが笑う。
「やっぱり気になるんだー?」
「……い、いや。その、シャルの周りって……一筋縄でいかないような男性が多いじゃないか!お、幼馴染として心配で」
「うーん、噂好きなラシーちゃんの見解だと……シャルって確かにいろいろ言われてるんだけど、総じて、【女王様と、その寵愛を競う男性たち】的な言われ方をされてることが多いのよね」
「じ、女王様…?」
「シャルが困るというより、周りの男どもがあたふたしてる感じ?結構面白いんだよね、これが!あ…シャルだ!フォーレもぉ、あたしに聞かないで本人に聞けばー?じゃね!」
「あ…」
そう言って、ラッセルはそそくさと生徒会室から飛び出して行ってしまった。
(うーん…シャルらしいというか、なんというか……)
彼女は時々驚くくらい男前なところがある。
女性とダンスをして、男性パートを踊ったり、難易度の高いダンスを難なくこなしたり。綺麗、ではあるけどカッコいい女性、と言う方がしっくりくる。
近づいてきた姿を見て、努めて冷静に対応した。
「あれ?シャル」
「あ?!ふぉ、フォーレ…」
「珍しいね。生徒会室に何か用?」
「あ、ええと、フォーレがいるのが見えたから」
その言葉が嬉しくて、つい胸が躍ってしまう。
「え、…その、俺に会いに?」
この時、なぜか妙に気持ちが高揚して、いつもでは絶対にできないことができるような、そんな不思議な感覚になった。
(こうやって、二人で並んで歩けることがとても嬉しい……)
今、彼女と話しているのは俺だけで、他に誰もいない。
兄さんにだって、負けたくないし、カシオス様にだって。
見えない何かの後押しがあるような、何かが起こりそうな……そんな感覚が消えない。
そして……それは、本当に起きてしまった。
「フォーレ!危ない!」
「……ッ?!」
ガタガタ!と激しい物音がして、俺の身体は突き飛ばされてしまう。
咄嗟に手をこちらに伸ばしたシャルの手が見えて…そして、今。
「大丈夫…?」
「っひ?」
思わず小さな悲鳴が出た。
ゾッとするくらい、耳元に聞こえた声…それに、身体の上に載っているじっとりと感じる重たさは、なぜか暖かい。
(え?え?…これは、一体)
そして、ふわりと顔にかかるのは…細くて長い、黒い髪の毛。
「あ、だめだ…動けないや」
「……ッう?!」
恐らく体勢を立て直そうとしたのかもしれない…さわ、と胸元を探る手に思わずびくり、と体が震える。
「ちょ、ちょっと変な声ださないで、我慢して!」
「ご、ごめ…っ」
「あ、眼鏡ひびが入ってる…とってもいい?」
下手に動くと、色々と障りがありそうで、力強く何度も頷く。
そもそも、度がロクに入っていない眼鏡ではあるけど、シャルがそっと伸ばした指先が間近に来て、少しだけ俺の髪に触れた。
(ち。近い…っくすぐったい!)
「けがしちゃったら、大変だものね…いたた」
「!シャル…もしかして、ケガしてる?!」
「あ、違う違う。髪の毛に…白い布がまとわりついて」
「っ…」
もぞもぞと動かれると、色々なところがくすぐったいやらなにやら。
「ちょ、ちょっと待って。お、起き上がった方がっ」
「っひくしゅ」
「ッシャル…」
くしゃみの勢い余って、シャルの頭がダイレクトに首元に当たる。
「~~~っ…」
「もぅ――、ほこりっぽい……」
「じ、じっとして!!今外すから!このままじゃ俺がっ」
ダメだ、深呼吸…をすると、ほこりも吸うけど、この際構わない。
なるほど、状況としては、くたくたになった大きい白い布にシャルの長い髪と髪飾りが絡まって、上に覆いかぶさっている状態。
そのままゆっくりと絡まる髪をほどいていく。
「そのままじっと」
「もう少し身体を寄せた方がいい?」
「それはダメ!!絶対!!」
「は、はい」
「あ。よし、とれ」
ふと、解いた髪飾りを見て、一瞬思考が飛ぶ。
(変わった櫛…これはカメリアの花の、赤い櫛)
昔、まだ子供の頃。
シャルにどんな装飾が好きか、ケディと二人で聞いたことがあった。
「私は、リボンもいいけど…大人になったら、赤い櫛が欲しいな」
「くし…って?」
「髪も手入れできるし、髪飾りにもできるの!」
「へえ。じゃあ、僕が大人になったら買ってあげる」
「赤い櫛…これ」
「ん?あ…これ、前ケディにもらったの」
その時、どくん、と鼓動が大きく揺れた。
「ケディ…から?」
「うん」
―――体が、心がざわざわする。
「デビュタントのダンス、お似合いだったよね」
「フォーレストが家を継いで、兄貴は伯爵家に婿入りか?」
どこかで聞いたことある声が、頭の中でぐるぐる回る。
「僕、手は抜かないよ」
「俺だって…」
「全力でやるから…フォーレも」
(やってる、俺だって…精一杯。なのに、なんで……こんなふうに)
おいていかれるような、そんな気分になるんだろう。
「あの…フォーレ?どうしたの?」
「……シャル。今…俺と、ふたりきり、だよね」
「…う、うん?わ?!」
「それなら、さ」
手をそのまま、伸ばしたら。
ぐっと腰を引き寄せてしまえば。
「俺…シャルが」
「ごめん。―――フォーレ、頭伏せて」
「!!」
ひときわ低い声が耳元で聞こえると、そのまま、再び身体が押し戻される。
そして…バチン!と何かがはじける音が聞こえた気がした。
はっとなったと途端に、顔に冷たい水がしたたり落ちてきた。そして、微かに聞こえる、外の雨の音。
「雨だね、フォーレ」
「あ……雨?」
完全に俺の頭は床にあった。
シャルが上からこちらを覗き込んでみて…そのままふ、と笑う。
「ね、上みて?」
「上……」
天井に黒くかびたような跡。
そして…そこからしたたり落ちる水。一滴落ちるごとに、ぼうっとしていた頭はどんどんクリアになっていく。
「さっきの幽霊の話。…それが起きたのって、きっと雨の日とかもしくは雨が降った次の日とかじゃない?」
「……もしかして、原因は」
「そう!この天井の水漏れ。この布を外そうと思って、引っ張った時…同時に上から水かしたたり落ちて来たんじゃない?で、驚いた拍子に白い布が揺れて…」
「あ。ほんとだ。ゆらゆら揺れると、確かにそう見える」
ドキドキと早鐘をうつ胸を押さえていると、シャルがゆっくりと立ちあがる。
「ほら、手」
「……うん」
ぎゅっと握った手は驚くくらい力強くて…そのまま自分も立ち上がる。
(俺…いま)
「……ごめん」
「………ん」
繋いだ手はパッと離され、そのままパチンと叩かれる。
「お手付き。だめよ、噂に流されちゃ」
「噂…って」
「ケディはケディ、フォーレはフォーレ、でしょ!」
「シャル……」
この時、彼女が言った言葉が何を意味するのか、完全にはわからなかった。
でも、なぜか心に良く響いた。
「ほら、ドアもオープン!さっきの本棚が倒れた衝撃で開いたみたい」
「そ、その割には…なんか粉々になってない?」
「最初からこんなもんだったよ?」
そうだったろうか。
いや、そうだったかもしれない…けど、今はどちらでもいい。
「あのさ。…今度、シャルに何かプレゼントしてもいい?」
「どうしたの?急に」
「うん……俺なりの贈り物、するからさ。今日の、お礼」
「……そお?じゃあ、待ってる」
「…俺も負けてられないから」
そう言葉にしたとき、驚くほど心が軽くなった。
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