第81話 惜し×女子会×本命は?!
「あの…その、一曲、いかがでしょうか?」
「ああ、構いません。エルメア令嬢…でも、俺は制服ですけど」
「そ、そんな!いいんですの。礼装もステキですけど、制服はもっと素敵ですわ!!」
すると、彼は少し困ったように笑った。
「それは…ありがとうございます」
―――それは、デビュタントの夢のような一夜の事。
ふ、とため息をついて窓の外をぼうっと見つめていた。
「それはそれは、夢のような出来事でしたわ……」
「カレンシア?」
「ッ?!!」
思いがけない声に驚いて、持っていた本を落としてしまう。
「あ、ごめん」
「り、りり リッハシャル…っ」
落ちた本を拾い上げると、さっと本を半分持って行った。
「頼んでませんわよ?」
「いいじゃない。どこ運んでいくの?」
「……図書室ですわ」
「私もそっちに行く用事があるから。…そう言えば、何を。ああ」
ふと、窓の外に見えるのは…生徒会室。
フォーレスト=エイデンは、この度生徒会長に就任したのだ。
「そっか、推しだもんね」
「お、推しではなく、そっと影から見守ってるだけですわっ!」
「話しかけたりすればいいのに。フォーレ、多分優しいよ?」
「そ、それは…知っていますわ」
そう、私、カレンシア=エルメアは、彼…フォーレスト=エイデンのことをよく見ている。
出逢いは、初等部の頃。
風にそよぐヘイゼルカラーの髪がさらさらとなびき、こちらを見た時、口角をあげてにこっとほほ笑んでくれたのが、全ての始まり。
「でも…話しかけるのは、尊すぎて無理…っ」
「そんなに…?」
(幼馴染であるあなたにはわからないでしょう。…中等部から高等部に上がる一年の間。どれほど辛かったことか…)
推しがいない生活は悲しい。
毎日気合を入れていた自慢の縦ロールもうまく巻ききらない日々が続き…全ての色を失ったようで、心に秋風が吹いていた。
「なら、カレンシアも生徒会に立候補すればよかったのに…勿体ない」
「私は…そう言う柄じゃないですもの」
「あはは、ラシーは誰よりも先に速攻で副会長に立候補したのに…って」
「ラッセル…ニッカ」
「顔が怖い、怖いよカレンシア…」
「羨ましいですわ…あのこむす…いいえ、ニッカ令嬢…!いっつも、傍にいて」
この悔しさを恐らくリッハシャルは理解することはないだろう、と思う。
しかし、同時に…それでよかったと安堵する自分もいる。
(だって…あの方は、リッハシャルが好きですもの……きっと)
そう、よく見ているからこそ気が付く。
リッハシャルと話すときのフォーレストは、とてもキラキラしていて、優しい笑顔を拝むことができるまたとないチャンスなのだ。
想いあい幸せになる、のもそれはそれで悲しい。
でも、結果が出て、その関係性が消えてしまうのはもっと悲しい。
(恋なんて、してもいいことはない。私は恐らく、彼以外の誰かの元へ嫁ぐことになるから)
推し活で十分、だから…どうか、このままでいてくれればいい。
だからこそ、リッハシャルの全く持ってフォーレなど眼中にない様子は、飛び切りのスパイスになっているのである。乙女心とは、なんとも複雑だ。
「あー…ラシーは、そうなのかな…?」
「さあ、知りませんけど…恋なんて無自覚なことの方が多いでしょう?」
「無自覚…そうなの?」
「そうなの?ってあなた……」
「あ!!シャール!」
「!」
噂をすればなんとやら。
図書室に入った途端、現れたのは、ラッセル=ニッカだった。
しっかりと抱き着いているのにもかかわらず、体勢を崩さないリッハシャルはある意味すごいだと思う。
「ラシー…相変わらず見事なお胸だね…」
「ら、ららラッセル=ニッカ…っ」
「んー?ありゃ、シャルのお友達?ええと、ごきげんよう!」
(むむ。まあ…胸は、悔しいけどそちらの方が上ね)
持っている本をさりげなく胸を隠すように持ち、向き直る。
「カレンシア=エルメアですわ。よろしく、ラッセル=ニッカさん」
「ん?初めましてじゃないのかな?よろしく、カレンシア」
ぐっとなぜか力強く握手をすると…何か通じるものがあったのか、ニッカ令嬢はにやりと笑った。
そこにすかさずリッハシャルが突っ込みを入れてくる。
「あ、友達って言葉に否定しないでくれたのね、カレンシアってば」
「あなたは黙ってらっしゃい!」
「はいはい……あ、そうか、二人ともフォーレが好きだったね」
すると、私達は同時に
「推しですわ!!!」
「違うってば!!」
と、否定した。
「お、推しは好きとは違うのね…??」
「推しとは!心の支え、精神的疲労の癒し…!好きなどという俗っぽい言葉で片付けないでいただきたいわ!!」
「!わかるかも、それ!!そっか、推しっていうんだね?!」
「ら、ラシー?」
「見るたびに癒されて、ドキドキして…でもなんかこう、もどかしくて!!辛いなって思ってもなんかこう、復活しちゃう!みたいな?!」
「そうですわ!!それが推しの定義!!」
「そっか!うんうん!推しね、推し!!!」
「ふ、二人ともー?どうしちゃったの??」
などと盛り上がっていると……どこかから、忍び笑いが聞こえた。
「何を話してるかと思えば…」
やって来たのは…ククナ=リムノ。
「あら、ククナ」
「シャルちゃん、お手伝い?…なんだかあっちの二人は楽しそうね?」
「楽しそう…まあ、そうかもね。なんでも、推しについて語ってるみたいだよ」
「推し…!」
すると、なぜかククナはキラキラと目が輝いた。
「私の推しはシャルちゃんだよ!」
「え?」
「シャルちゃんを見てるとね…」
そう言って、そっと手を取る。
「頑張ろうって思えて、嫌なことあっても癒されるんだー」
「あ、う うん?ありがとう……」
「大丈夫…悪い男はみーんな、やっつけちゃうからね!」
「そこまではいいよ……」
そんな二人を見て、ラッセルともども、なんだかすっと我に返る。
「すごいね、ラブラブ」
「まあ、推しは心のオアシスですから」
「そう言えばさ、シャルは推し、いるの?」
「んっ?!」
すると、全員が一斉にリッハシャルに注目する。
……なぜか、さりげなくラッセルは鍵を閉めた。
「お、推し?」
「……確かに。この間のデビュタントの相手、みるだけで胸焼けしそうな殿方ばかりでしたわ」
「胸焼けって…カレンシアの推しのフォーレとも踊ったよ?」
「ええ、眼福でしたわ…!翻弄されながらも、一生懸命なお姿……彼の人間性が全て凝縮された瞬間でした…!」
「言ったじゃん、新聞の見出しかっさらうよーって。その通りだったでしょ?」
得意げなラッセルに、リッハシャルはげんなりという表情を見せる。
「ま、まあね……うーん、そう言う意味で言うなら……」
悩む姿に、一瞬妙な緊張感が漂う。
(……誰かな、シャルちゃん)
(フォーレ…だったらいいけど)
(フォーレ様なら同胞、それ以外なら興味はありませんわね)
と、三者三様の思惑をよそに…出した答えは。
「うん、お父様かな!」
「!!!」パチン、と手をたたくククナ。
「そう来たか…」なんだか肩透かしを食らったようなラッセル。
「それはそれは」
それは…あまりにも【らしい】答えで、納得してしまった。
「まあ…ルドヴィガ伯爵さま、ね……素敵な選択だわ」
「奥様を亡くされても…その愛を貫く!純愛だね」
すると、ククナは満面の笑みを浮かべた。
「うんうん!シャルちゃんとお父様、両思いだもんね」
「あ、アハハ。そう言われるとなんだか恥ずかしいけど…」
しかし、すかさずラッセルは食い込んだ質問をしてきた。
「ね、ね!じゃあ、誰とのダンスが一番よかった?ドキドキした?!」
「ドキドキ…別の意味でドキドキしたわ……」
「そ、それどういう意味?」
「だって、私にとっては、ルドヴィガ後継のお披露目でもあるんだから。ただでさえ、女性で爵位を継ぐのは色々あるのに……カシオス様は通常運転として、王族シリーズは絡んでくるし」
ぶつぶつと愚痴がこぼれだし、さすがのラッセルも同情的な目で見つめていた。
「確かに…なんかいろいろ大変そうだったよね」
「だから言ったでしょう。胸焼けするメンバーだったわね、と」
「ま、まあ、愚痴はここで終わるとして。ククナのドレス、すごく綺麗だったから…乗り切れたところもあるよ?」
「シャルちゃん……!!!大好き!」
ああ、更に沼にはまってる。
恐らくラッセルも同じようなことを思っているに違いない、と思う。
(爵位を継ぐ…この子は、キチンと自分の道を選んでいるのね)
「少し、羨ましいわ」
「え?」
「私は、恐らく我が家の為に、卒業と同時にどこかに嫁ぐことになると思うから」
「カレンシア……」
「あー…それはあたしもかな。ニッカブランドは兄さまが継ぐことに決まってるから、カレンちゃんみたく政略結婚はしなくても、選ぶ自由はある程度ありそうだけど」
「か、カレンちゃん?!」
「いいじゃん!同志同志!あたしのこともラシーちゃんて呼んでいいよ?!」
「け、結構ですわ!」
何ともなれなれしいことだが、そこまで無碍にできないから、不思議な娘だ、と思う。
「そっか…私は、まあ、お婿様を迎えないとならないから、ある意味幸せかもしれないね」
「その相手を選ぶのも大変よね…でも、大丈夫!お婿さんじゃなくても養子を貰えばいいものね!」
「クーちゃん。さらっとすごいこと言ってるの、自覚ある?」
「なあに?」
「な、なんでもない」
(まあ、こういうのも、たまには悪くないわね。ここに、紅茶とお菓子でもあればいいのだけど)
この場にいるのは、16歳になったばかりの令嬢達。
嫌でも迎えるそれぞれの未来を胸に、女子会は授業そっちのけで、日が暮れるまで続いたのである。




