第78話 その頃、王子様たちは
音楽が止まった途端、カシオスは会場に背を向ける。
「あ、あの」
「失礼」
デビュタントを迎えたばかりの無垢な少女たちの誘いを、ことごとく冷たくあしらい、彼は会場から姿を消した。
皆がダンスに夢中な中、カシオスは誰もいない回廊を、一人静かに歩いていく。
(へえ…豪華な建物。さすが王宮)
この王宮の舞踏会大ホールは、建国当時から作られ、幾度もの改装や建て替えを繰り返し今の姿に至る。王族の結婚式、主催の舞踏会は全てここで行われいているが、カシオスはこの場所に来るのがはじめてだった。
「迷路みたいだ」
通り過ぎながらも、メイドや給仕は彼の姿を見ては驚愕し、物凄い勢いでのけ反る。
なんだか居心地が悪く、そのまま人のいない場所を目指して歩いていく。
そして……一人の老婆に遭遇した。
「あら……まあ、こんなところで会えるなんて」
「!……貴方は」
「停めて」
腰が曲がり、目に光を失った老婆は、付き添いのメイドに命じる。
「……エネイベル=アーズレア上皇夫人……!」
「あら珍しい。私のことがわかるの?坊や」
「お初にお目にかかります。カシオス=セレストと申します」
「ふふ、礼儀正しい子ね。セレスト…ということは、私のひ孫にあたるのかしら。あの坊やは亡くなったと聞いていたけど……」
「いいえこの度、生還しアズレアに戻ってまいりました」
すると、上皇夫人は膝をつくカシオスの頭に手を置いた。
「…あの」
「頑張ったわねえ……」
「じ、上皇夫人……?」
「……よくぞ、戻ってきた」
遠慮なく頭を撫でられ、戸惑っていると…さりげなく付き添いのメイドが制する。しかし、ぼろぼろ涙を流す上皇夫人を見て、止めてしまった。
(王宮の奥で静養していると聞いていたが…まさか、こんなところに)
エネイベル=アーズレアは、クロム=セレストと、現在の王・レゼル=セルリアの祖母に当たる。
御年87歳と言われ、王家の歴史の生き証人と言われていた。
「ああ…お前の顔は見えないけれど、眩いほどの光を感じる……数奇な運命に巻き込まれながらも、空の色のように澄んだ光は、決して失われないだろう」
「あ、ありがとう、ございます…」
「この国を…頼むよ」
「…!!」
その言葉は、何か特別な言葉のようで――胸にずしんと落ちてきた。
「――尽力いたします、エネイベル様」
「……リーデ」
「はい。…お手を」
「これは…」
リーベと呼ばれたメイドは表情を変えず、夫人の中指にはまっていた指輪を抜いて、カシオスに手渡した。
それは……青い薔薇の刻印の紋章。
先々代の王家のモチーフに使われた「アズール・ロサ」の指輪は一対となっており、王と王妃二人にしか持つことが許されていない。
「せ、先々代の王の指輪は、国葬品として埋葬されたと聞いています……お気持ちは嬉しいのですが」
「いいの……もうじき、あの人は私のところに来てくれるから」
「エネイベル様……いいえ、…っひい…おばあ、さま」
すると、エネイベルは嬉しそうにほほ笑んだ。
「ほほ……不器用な子だね」
右の中指にはまったクロムの指輪をそっと撫でると、そのままカシオスの手をぎゅっと握った。
「お前に幸福が訪れるように」
「……ありがとうございます、大切にいたします」
「その指輪、大切に人に渡すのよ」
「はい」
そう言って、エネイベルはゆっくりと手を離す。
「ひいおばあ様。お会いできて…嬉しかったです」
歩き出そうとした足を止め、その声にこたえるように軽く手を振る。
「それじゃあね」
「…はい、どうかお健やかにお過ごしください」
そして…再びメイドと共に歩いて行った。
(巡り合わせ…と言うのかな)
母アステルの結婚指輪は、燃える馬車と共に失われてしまった。
カシオスの手には父クロムの指輪だけが手元に残ったのだ。なんとも不思議な面持ちで二つの指輪を眺めていると…自分の身長よりも小さな扉を見つけた。
「……修繕用の階段」
軽く手で押すと、すんなり開いた。そして…軽やかに響くヴァイオリンの音が空間一杯に色がると、薄ぐらい中にも、奥に道が続き、上に昇る階段を見つけた。
「ここは、ホールの上?会場をすべて見下ろせる」
直ぐ真下は音楽を奏でる楽団の席。
真上はドーム型天井の円形のステンドグラスが鮮やかな色を落とし、ダンスホールに煌びやかな空間を演出している。
その中でも一際美しい黒髪の花を見つけ、思わず口元がほころぶ。
「シャル…!相手は、ククナか」
女性同士のダンスに異を唱える者もいるかもしれない。
しかし、彼女たちは何よりも楽しそうで、華やかで…音楽が停まった瞬間、少し残念にすら思えた。
(次は6曲目?誰と…)
シャルはククナと何か話した後、真っ先にくすんだ青髪のところに歩いていく。
何か脅迫でもされたのか?と一瞬、顔をしかめるが、どうやら…シャルはそのダンスの相手、ルビエル=ヴァラモに声を掛けに行ったらしい。
ルビエルにちょっかいでも出したのだろう。6曲目が始まるときには、シャルはルビエルとダンスを、イリシユはダンスホールから追い出されてしまった。
「本当、君の周りは目まぐるしい。しかし、彼女がいるとなると…」
視線を動かすとイリシユと何かを話し込むセフィール=ヴァラモの姿を見つけた。
(やはり、か。あの男、タイミングを計ったな。それよりも…)
気になったのは…シャルの連続での男性パートのダンスだった。
基本的に女性が男性パートを踊るのは、珍しいこと。ある程度のリードは必要でもあるし、いつも以上に神経を尖らせることになる。そして、身体の負担も。
(もし、次……セフィールでもイリシユでも彼女の元へ行ったら)
いっそここから飛び出そうか、などと考えていると…7曲目が始まると途端に、シャルはセフィールとは踊らず、そのまま二人で中庭に行ってしまった。
「!!……中庭」
同時に、カシオスもその場を後にした。
**
「はぁ……」
その頃、フォーレは冷めない興奮のまま、一人、ノンアルコールのシャンパンを飲んでいた。
結局、その後誰とも明確な約束は交わしておらず、制服であることを理由に壁の花に徹している。
少し離れたところで、ケディは誘われた女性とダンスをしており…シャル以外の女性に対し、なんだかんだと徹底して平等に扱う姿は、とてもケディックらしいと思った。
(シャルに……変に、思われなかっただろうか……あんな。思い出しただけでも…)
顔が赤いのは、決してこのアルコールが入っていないシャンパンのせいではない。
「どお?楽しんでる?フォーレ!」
「!」
やって来たのは…ラッセル。
最近のトレンドファッションでは、カジュアルな膝丈スカートが人気らしい。最も、恐らく仕掛け人はシャルとこのラッセル=ニッカだろう。
「……レディ・ニッカ。こんなところにいていいのかい?」
「なんでよー、友人のフォーレスト君が決死のダンスを親友のシャルと披露したんだもん!そりゃからかいに来るでしょ?」
「からかいに来るなら結構。一人にしてくれ…」
「なあにい?…王子様のプロポーズキャンセルからの!両手にハンドキスとか、やるじゃん」
カッと更に顔が赤くなる。
「や、やめてくれ……!」
「だいじょーぶ大丈夫!アレくらいしないとシャルは動じないよ……」
「それは…知ってる」
「見たでしょ?今日のシャルの相手!もう、明日の新聞はその話題で持ち切りね……王子様登場のインパクトとどっちが勝つのやら」
「どちらにせよ、シャルは望まないことだろうな」
「まあ、あの子なら対して気にしないと思うよ?最近忙しいみたいだし」
「…忙しい?」
ふと、先日窓から美術室にこっそり入ってきたシャルの姿を思い出す。
(もしかして…あそこで、何かしてるのか?でも、一体何を)
「あ…音楽止まった。ね、ねえ!フォーレ」
「………」
「ちょっと、聞いてる?ほら!」
「あ、ごめん…何?」
「こ、ここ!空いてるの!」
ラッセルは自分のダンスカードを見せてきた。
9曲目が空欄のまま。
「気持ち悪くない?!あと一曲だってのに!」
「別に、埋める必要ないだろう?誰かと競争しているわけでもなし」
「そ、そうじゃなくて…ら、ラシーちゃんの敵は、未来の自分なの!だから……い、一曲くらい。その…」
「残念だけど、俺は制服だし」
「もう!」
ぐっと手を握ると、そのままずんずんとホールに向かって歩き出す。
「ちょっと…ラッセル」
「女性の誘いを断るなんて、意地悪な紳士!」
「別に今じゃなくても」
「今断らなくてもいいってことでしょ?」
「それは…まあ」
「へへ。じゃ!一曲踊ろ」
「…はいはい」
**
「どこだ…?」
ホールを避け、階下に降りたカシオスが、中庭に向かって歩いている最中の事。
「あ、見つけた。王子様」
「!」
こんな時に、と振り返った先にいたのは…ダイアナだった。
「だ、ダイアナ王女」
ダイアナは、煙管からふっと煙を吐き、にっこり笑った。
「シャペロンがこんなとこにいても?」
「今、あの子は休憩中。女の子同士のダンスパートってはたから見ると、とーっても可愛らしい!けど。慣れない紳士パートをする方にとっては相当負担なのよね」
「……わかってるなら」
「停めようとしたけど、その前に貴公子様が連れていっちゃったの。あの子、いいじゃない?気遣いできる子は素敵よ」
「………」
「あら、ご不満そう。でもね、せっかく晴れの日に、女性たちを冷たく突き放すようなオイタをするようじゃ、まだまだ」
ふ、とカシオスに向かって煙を吹き付ける。
「…気をつけます」
「ねえ……王子様?国を一つ統べるのと、女性の心を一つ狙うの…どちらが難しいと思う?」
「国を一つ統べる方…では?」
「あら…随分と、つまらない答え」
すると、ダイアナはにやりと笑った。
「正解…知りたい?」
「……さぞかし、有意義なことなんでしょうね」
「なら、教えてあげなーい」
「えっ…」
そして、8曲目が終わった。
読んでいただきありがとうございます。ちょっと間延び感あるので、頑張ります。




