第76話 ブルースターの花
「う」
音楽が流れた瞬間、右足に少し痛みが走る。
「やっぱり」
「…え、や、やっぱり?」
「こちらへ。…レディ」
そのまま、セフィールは手を引いて中庭へと向かった。
ちらりと私の足元を見て、ため息をつく。
「全く」
「あ、あの…?」
「そんなヒールであんな激しい大技を出した後、二人の男性パートをするなんて…無茶が過ぎる」
「……む、無茶をしてるわけじゃ」
「これは、一応ダンスの教官としての忠告だ。…少し、休むように」
「でも」
「おいで。…応急処置くらいはできるから」
(この方と二人きりと言うのも気が休まらないけど)
が、無茶をしているという指摘も、間違っておらず――素直に従うことにした。
「わかりました…」
「素直でよろしい。……そこに座って」
やって来たのは、ダンスホールから少し離れたところにある、庭園だった。
…ふわり、と優しい香りが漂う。
(わあ……王宮の庭園ってこうなってるんだ)
季節柄、丁度王宮内でしかも夜にしか咲かないらしい、【アズレア・ロサ】という青色の薔薇が満開だった。思わずじっと見つめていると、隣にセフィールが立った。
「初めて見るの?」
「!あ……ええと、こんな王宮の奥に来る機会はないので」
「だと思った。でも、君がルドヴィガ伯爵家を継承すると、訪れる頻度も増えるだろう」
「……!」
この人は、私が伯爵家を継ぐと確信しているみたい。
大抵は女性がーとかなんだかんだという人が未だ多いけれど……この人はそうじゃなさそう。
ヴァラモ公爵家って、ゴリゴリとの保守系なイメージが強いのに。
少し意外だな、と思っていたら。
「…意外かい?」
「え」
顔に出ていたようで、思わず片手で顔を隠した。
「世間では色々薔薇の貴公子だのなんだの言われているけど…俺は実際、そこまで公爵家を崇拝しているわけではない」
「崇拝…?」
すると、セフィールはアズレア・ロサをじっと見つめた。
実を言うと、この人の髪は炎のようで…あまり好きではなかった。
太陽の下に立つとギラギラして見えるから、何となく警戒してしまうような…そんな感覚。
でも今…青い薔薇の中に、赤い髪の彼が立つけれど、月明かりのせいかそこまで違和感はなかった。
「先ほどは、妹を助けてくれてありがとう」
「!あ、いえ。助けたわけでは…ただ、少し様子がおかしかったので」
「つい、飛び出してしまった?」
「う……あ、はい」
「そう言うところが無茶だ、と言うんだ」
「……っはは」
うーん…否定できない。
すると、惚けて立っていたせいか忘れていた右足に激痛が戻る。
「……腕を貸すのと、抱き上げるのどちらがいい?」
「う、腕で」
「どうぞ、レディー」
本当にこの人は何をやっても絵になるというか、なんというか。
月明かりの下、薔薇の庭園で腕を差し出すこの雰囲気……過去、現代で読み漁ったロマンス小説や漫画の思い出し、なんか、ざわざわする。
(なっ流されないように気をつけよう…っ!!これは、介護!私はけが人!!)
「……ふふっ」
「?!な、なんですかっ」
「いや……笑ったり、怒ったり、悩んだり…面白いね」
「………せ、セフィール様も、笑ったりなさるんですね……」
「それは……そうだろう?」
そう言って、なんとも珍しい表情を見せる。
もしかしたら、無自覚なのだろうか?この人、いつも仮面みたいに綺麗な顔が張り付いて、うすら笑いをずっとしているイメージ。
(うすら笑い…は失礼よね)
「いつも、作り物のような…完璧な彫刻のようなイメージがあったので」
「……彫刻。ハハッ!それは人間らしくない、という意味だね?」
「ま、まあ…」
ストン、と中庭のベンチに座り込む。
すると、セフィールは膝をついて私の靴を脱がした。
「?!…いった!」
「飾りとしては秀逸だけど、アンクレット・チェーンは一度外そうか。重たいだろう?ブルースターの飾りが、足に少し食い込んでいる」
しゃらりと音がして、チェーンが外れると……驚くほど足が軽くなった!
思わず、おお。と声が出る。
そして…彼は胸ポケットから白いハンカチ―フを取り出して、足首に綺麗に結んでくれた。
「それと…代りに、これを結んでおけば、足首はこれ以上腫れないし、だいぶ楽になるだろう」
「よ、よくわかりましたね!私は自分でも気が付かなかったのに」
「……ルビエルが似たような症状に良くなっていたから」
「ルビエル様が…?」
「これも意外?昔はよく頑張りすぎて今の君みたいになっていることが多かったから」
「意外と言うか……」
「あの子は俺と違ってヴァラモの言うことを聞きすぎてしまうから。…我慢するのが美徳と思っている節があるんだ」
(彼女と遭遇したのは、数えるくらいしかないけれど)
【完璧な薔薇と、完璧な貴公子】……彼らの話を耳にすると、必ず出てくる言葉。
外側の姿と、本来の姿は全く異なるものなの?と改めて実感する。
そして同時に、先ほどイリシユがルビエル様に行ってた言葉と、幼い頃の苦い記憶が少しつながってしまった。
「……ヴァラモの、花」
「………ああ」
「私は……幼い頃、それを……ある人を通じて、恐ろしさを知ったことがあります」
「……彼女は、別の国に渡っている」
「あの人の、その後はどうでもいいです。…ただ、私にとっては呪いの言葉の一つだったから」
―――お前の美しさは、大人になったとき、周りの人間を不幸にする。
後にも先にも…あんな言葉を言われたのは、その時だけだった。
別に、気にしてはいないけど…でも、時々金属に爪を立てたような不快感を思い出す。でも。
「……ルビエル様は、立ち振る舞いも、佇まいも美しいです」
「そうだね……」
「でも…それって、きっと血をにじむような努力をされているからでしょう」
「!」
うつむいていた顔が、眼を見開いてこちらを見た。
「一緒にするのはおこがましいけれど、私もそうなので」
「……」
「才能でどうにかなるものでもないし、人の三倍努力していないと、絶対に身につかない。後で報われて、初めて身体に染みつきますから」
「それは…知っている」
「あ、すみません…余計なことを」
「そうじゃなくて……俺の無茶な要求にも完璧に答えてくれていたろう?足の動き一つ、手の動き全て…君とダンスをすれば、どれほど努力しているかよくわかる。」
「そ、そこまでわかるんですか」
すると…さっきまで流れていた音楽が途絶えた。
(……まあ、誰かと約束していたわけでもないし)
「……この後、誰かと予定は?」
「?ありませんけど…」
「じゃあ、一つ究極の選択をあげようか」
「き、究極の、選択?」
「今ホールに戻ったら、真っ先にイリシユ王子が君を探しに来る」
「え」
「基本的に、王族からの誘いを断れないのは、知ってるだろう?」
そう言えば…ルビエル様とのダンスが終わった後も、明かにそうだった。…そこへ、セフィールが割り込んできたのを思い出す。
「そ、それは………嫌」
「君はどうも俺のことが苦手らしい…けれど、なら、ここで俺とダンスをするか、それとも…あちらに戻る?」
「別に、苦手ってわけじゃ」
と、言いかけて…訂正する。
「……正直言うと、少し苦手でした」
「だろうね」
「ヴァラモ公爵家の方ということで、初めから先入観を持っていたけど……でも、改めます。」
「!」
「セフィール様。今お話しして…貴方は妹想いの普通のお兄様なんだなって思いました」
「それは…この手を取ってくれるということ?」
「ええ。お相手、よろしくお願いします」
「……それは、光栄です」
流れる音楽は、3拍子の…ワルツよりもしっとりした「メヌエット」。
(わあ、さすが。動きたい場所にサポートがある……すごいなあ)
「リッハシャル。この夜が終わったら君は社交界という舞台に公式に立つわけだけど……君なら星の数ほどの招待が届くだろう」
「そ、それは…予言ですか?」
「いいや、どちらかというと、確信。…今日の一夜だけで名だたる令息・令嬢とダンスをしたんだ。噂好きのご婦人が放っておくわけがない」
「……あはは」
乾いた笑いを浮かべてしまうのは理由がある。
実際、社交界という開かれたパーティに参加すればするほど、令嬢達は知名度を上げて、地位を築いていくわけだけど。
学生という身分もあって、ある程度制限された招待を受けることになるので、そこは実は安心している。お父様も、それを見越して私を学校に行かせたわけだし。
「だから…俺が真っ先に確約を貰ってもいいかな?」
「え?!」
くるり、と軽やかなオーバーターン。
少し力強く、私の足に負担が全く感じないのは、本当に神業だ。
「か、確約?」
「今日のお礼もかねて。ルビエルと三人でのティー・タイムはどうだろう?」
「!それなら、喜んで」
「……やった」
「!?」
最後にぐっと距離が近くなり、ほぼ耳元でささやかれてしまう。
(だ、ダンスってどうしてこうなるのっ……?みんなここぞとばかり)
「改めて、招待状を送るよ。受けてくれるね?」
「……う、承りました」
「さあ、少し休んだらラスト・ダンスだ」
「はい!……あの、足、ありがとうございます。セフィール様」
「どういたしまして。礼を言うのはこちらのほうだ……今日の夜の話は、秘密だよ」
「勿論です」
(今日はヴァラモ兄弟の意外なところを見ちゃったな)
そして、私は軽くなった足取りで、最後のラスト・ダンスに挑むのだった。
その姿を見送りながら、シャラン、という音ではっとなる。
「!…アンクレット・チェーン」
(ブルースターの花…【信じあう心】、か)
そっと花を指でなぞり、そのままサイドポケットにしまい込んだ。
「……また、逢う理由ができた」
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