第74話 ダンスカードに書かれた名前は…VS大衆の目
ざわざわと会場がざわめく。
何が起こるのだろう?と、どこか一触即発な雰囲気の期待感と、緊張感。
その場にいた全員が「噂の先王の遺児」の動向と、デビューをして間もない一人の令嬢に注目した。
「なんて答えるのだろう?」
「まあ、最近の若者はマナーが成っていないわね…」
そして、彼女がどう答えようとも、この公式の場で王族の申し出を肯定しても否定しても……この先の社交界と言う場で、その令嬢は白い目で見られるに決まっている。誰もがそう思った。
「あの王子様があんなに入れ込むなんて、きっと怪しい呪いでもしたんじゃ…?」
「見て、あの髪。やはり異国の血を引いてるから…」
――だが、その結果は全員の思惑を覆すものだった。
「今日は16歳の女性たちが社交界を華々しくデビューする、彼女たちが主役の日。高潔なお二人がその場を乱すのは、私以外の女性たち全員に対して礼をかく振る舞いだとご自覚くださいませ」
凛とした声は、良く響いた。
そして、それは…少し離れた場所にいたイリシユの耳にも。
「すげえ…あの子、超イイ女じゃん…!」
ぼそっと呟いた言葉もまた、思った以上に周りに響き…彼を取り囲んでいた淑女たちの耳にもしっかり届いてしまった。
「まあ…!イリシユ様!!ひどいですわ!私というものがありながらっ」
「えっ?」
「そうですわ!!…やはりお噂は本当だったのね…!わたくし、あなたとのダンスはキャンセルさせていただきますわ!」
「?!ちょちょ、ま」
しらーっと周りの女性たちが離れていく。
「う、嘘だろ?!俺、主人公じゃないのか??あ!曲が…」
ヴァイオリンの流れるような音が、会場を包み込んだ。
「シャル。こう見えて、結構緊張してるんだよね…僕」
「あら、天才剣士ケディ=エイデン様が?」
「意地悪な言い方をするな……」
ぐ、と重ねた手は、思った以上に大きくてごつごつしてて…少しだけ戸惑う。
「ケ、ケディの手、やっぱり大きいね」
「そう?シャルの手は…綺麗な、と言うよりカッコいいね。弓を弄るからかな?指が長くて美しい」
「うつく…?!」
「うん……お茶とか花とかを嗜む細くて繊細な指より、僕はこっちのほうが断然好き。女性にしとくのはもったいないよ」
「もう!それは失礼じゃない?!」
「うん、でも…目が離せない」
言いながら、指先を絡ませ少しだけなぞる。
その動作一つ一つが、シャルからすれば普段から見慣れない姿で落ち着かない。
「ちょ、ちょっと…距離近いよ!」
「何で?しっかり身体を寄せてくれないとバランス取れないよ?」
「も、もう~…」
「……あのさ、シャル」
「な、なあに?」
「さっき……本当はフォーレとかカシオスとかを振り切って、そのままシャルのところに行きたかった」
「!……でも、来なかったよね」
くるりと少し大きいターン。
回ると、ドレスが綺麗な円を描き、美しい花の形を彩る。
綺麗なターンが決まり、嬉しそうな笑顔を見ると…ケディックの胸は締め付けられるようだった。
「だって…君は、望まないだろ。そんなこと」
「あ、私を信じてくれたんだ?」
「当然。それに……僕までそこに行ってしまったら、君はもっと困るだろう?」
「それ…は、うん。ケディは、周りの場の空気を読むのがほんと、上手ね」
「当たり前。…だから耐えた。褒めてくれる?」
「褒めるっていうより……ありがとう、でしょ?」
「うん…!」
音楽が終盤に差し掛かる。
「……でもさ」
「うん?」
「君が君だから……僕はもっとずっと知りたいし…傍にいたいなって、思うんだ」
「ケディ…」
「フォースト・ダンスの話…聞いた?」
「!」
「一応、言っておく。これから僕から誘う最初のダンスの相手は君だけだよ…シャル」
「ケディ……」
――そして、ぴたりと音楽が止む。
だが、ケディはその手は離さない。やがて、その手を取って、指に口付ける。
「!」
「……残念。同じ相手とダンスするのは、一度きりってルールだから」
「そう。…と、言うわけで交替だ。ケディック=エイデン」
「カシオスが来たらしょうがないなぁ……僕は引くしかなくなる。でも、シャルの初めてのダンスは僕だから。…それは、変わらないよ?」
「……ふ」
「ちょ…ちょっと…あ!」
ぐ、と手を引っ張ると、そのままホールの中心に移動する。
「…来て、シャル」
「……ちょうどよかった。私、カシオス様に一言いいたかったんです」
「嬉しいな、何?」
そして、音楽が流れる…次は、ゆったりとしたスローテンポなワルツだった。
「さっきの、わざとでしょう」
「どうしてそう思うの?」
「だって、最終的に最も全員の注目を攫ったのは、カシオス様じゃないですか」
「そんなことないよ?…ほら、見てごらん。みんな君を見てる」
(確かにさっきからちらちらこちらを見ている人は多いけど)
いつの間にか周囲から人は減り、ぽっかりと穴が開いたような空間に二人きりで放り込まれてしまった。
「私ではなく、カシオス様を見てるんでしょう?」
「それは違うよ」
「!」
少し大胆なリードターンに、足元が追い付かない。
四苦八苦してる間に二人の距離はどんどん縮まっていき…あっという間に顔が間近になるほど至近距離まで詰められてしまう。
「…っ?!」
「僕じゃない、僕と一緒にいる君を見てるんだ」
「そ、その言い方はずるい!」
「うーん…謙遜はシャルのとてもいいところだけど」
完全にカシオスのリードに翻弄されて精一杯。
それを見越したように足元を滑らかにすくい上げ、軽々とリフトを決める。
途端に視界が替わり、楽しそうに笑うカシオスしか視界に入らなくなってしまう。
「それは……僕の前だけにしてほしいな。」
「あ…!」
「もっと高嶺の花でいてもらわないと。…誰にも手が届かないと思わせるくらいに、ね?」
「~~……ッお、おろしてっ」
一気に顔が熱くなる。
すっかり足が浮いているほど高く持ち上げられているので、抵抗もできなかった。
(ううう…顔が綺麗な男性はそれだけで武器になるからやめてほしい!!)
「……今でも、私をうまく利用してるくせに」
「レイドックの教えだろ?利用できるものは利用する……お互いに、ね?」
ふわりと地面に足が付き、心底安堵する。
「うーん…一曲は本当に短か……っ?!」
「うふふ。利用できるなら、利用するんですよね?」
「これを利用とは言わないよ?君が僕の靴の上にヒールのかかとを乗せてるだけだからね?」
「あら、女性の武器ですもの」
すっと、離しカツン、と音を鳴らし…くるりと、ハイヒールでフルターンを決めて見せる。
「お相手、ありがとうございました」
「こちらこそ、…僕はいつでも君を待ってるよ、シャル」
「待ちくたびれないでくださいね?…では、良い夜を」
華麗に背を向ける姿を見て、カシオスは思わず緩む口元を手で隠す。
(怒らせてしまったかな?全く……ほんと、つい夢中になってしまう)
これをしたら、彼女はどんな反応するだろう?そんなことばかり考えては、あの手この手で構ってしまう。
「やり過ぎたら嫌われてしまうな…気をつけないと」
「あの……」
「!」
声をかけてきたのは…見慣れない女性。
「もし…次のお相手が」
「失礼」
「…え、あ」
すっと空気が冷え込む。
……冷たい刃の一言で、十分だった。
そして、カシオスは他の興味を一切失ったかのように、女性に背を向けたのだった。
「ふ――…嫌な汗かいた…」
「シャルちゃん!」
「あ、ククナ!」
丁度休憩中。
ククナがダンスを終えて、こちらに急ぎ足で向かってきた。
(あら?!)
「カシオス様とのダンス、すごくステキだったよ!」
そしてこそっと、「最後、カシオス様にやり返せてよかったね」と笑った。
それを聞いて、つい苦笑いしてしまう。
「ね、ね!お父様とのダンスの後、ククナは誰と踊ってたの?」
「ええと、名前は何だったかな」
「あはは、ルウト=ヴィレンツェだよ、レディ・リムノ」
「あ!……ごめんなさい、ヴィレンツェさん、でしたね」
「いいよ、それくらい。…それと、初めまして、レディ・ルドヴィガ」
やって来たのは…見たことのあるアッシュグレーの髪の青年。
(ん?…あ、そっか。ケディと一緒にいるの、見たことあるかも)
「ケディのご友人ですよね?」
「ああ、よくご存じで。お噂はかねがね…あいつは君にぞっこんのようだから」
「ぞっこん?あはは!付き合いが長いだけですよ」
「あー……うん、なるほど。あ、来た」
そして続いてエイデンの双子がやって来た。
「ケディ!…フォーレはどうしたの?随分疲れてるけど」
「あ、シャル。さっきはありがとう!…全く、フォーレの奴、女の子に群がられて困ってたから、連れてきた」
「群がれて…っていうか、ダンスを申し込みに来た子たちを対応してたら、ああなっただけだよ」
「お前のそう言うところが女の子達の心を掴んで離さないんだな……」
「でたらめを言うな、ルウト。適当に顔が良くて、家柄が真っ当だからじゃない?」
「あ、自覚はあるんだ…フォーレは時々自信があるのかないのかわからん」
軽口が叩けるほど仲がよさそうな三人を見て、少し驚いた。
「仲がいいのね。ケディがいつも一緒にいるのは何となく知っていたけど」
「!僕のこと見てくれてたんだ?そう。ルウトは、お父上が外交官で色々国外のことに詳しいんだ」
紹介されたルウトは、改めて挨拶をする。
「改めて。オレはルウト=ヴィエレンツェ!レディ・ルドヴィガのことは双子から聞いてよく知っているけど、レディ・リムノとは、実は何回かお会いしたことがあるよね」
「ええ。うちの商会の船をよく使ってくださいますよね!…シャルちゃん、サー・ヴィレンツェは、ランザの方にもよくいらしていた方なの。子供のころ、何度かお会いしたわ」
「まあ、オレのことは覚えていないみたいだけど……」
「あ。…えへへ」
聞きながら、なんともククナらしいと思う。
(…多分。お客様としては覚えているけど、一個人としては認識してなかったのかも…)
すると、休憩終わりの音楽が流れた。
「!シャル。次は俺だよね…エスコートしても?」
「はい。お願いします、フォーレスト様」
「待って、シャルちゃん!」
「ん?ククナ?」
さっと腕を取り、ダンスカードにさらさらと自分の名前を書いた。
「ククナ・リムノ…っと。フォーレスト様の後は、私と踊ろうね!」
「うん!」
「じゃ。それまで一曲どうですか?ククナさん」
「あ、はい。ケディック様、喜んで」
そして…フォーレと二人、ダンスホールに向かって歩き出す。
「……行こうか、シャル」
「うん、よろしくね!」
読んでいただき、ありがとうございます!!評価もブックマークも嬉しいです!こういう話は正気に戻ると手が停まってしまいますね…楽しんでいただけたら、幸いです。




