第68話 常識と非常識の間で…VS相互理解とは。
「じゃあね!シャル。約束だからね!」
「はいはい」
ニコニコで去っていくケディを見送り、軽く手を振る。
「ふう…ねえ、エイル。デビュタントのファーストダンスってそんなに大事な物なの?」
「お嬢様…軽く二つ返事だったので、気にはなっておりましたが……」
「だって、デビュタントってことは、その後あらゆる場所でダンスを踊るわけでしょ?別に最初の一回だからって、特別なわけでもあるまいし……」
と、みるみるエイルの顔がしなびていく。
そして、首を傾いた状態で小さなため息をついた。
「実は、今回お仕えするにあたり、メイド長のルルさんから、きつく言われていることがあります…」
「なあに?」
「お嬢様は、特に異性間との交友がフラットすぎる!常に紳士様方に対して危機感をお持ちいただくように!!と!!」
「ええっ?危機感て……命のやり取りをするわけでもないし」
「だからそう言うところなんですってば!!はっきり言って、す・き・だ・ら・け!です!!」
「そ、そんなサバイバルなっ」
あ、でも言われてみれば。
女性よりも男性の方が気楽…というか、女の子ってみんなめんどくさいって思っちゃう。
感情的になるし、徒党を組むし。共感性?だかなんだかでマウントしあうし、疲れてしまう…。
ククナやラシーは結構バッサリした性格だし、交友関係も…
「た、確かに…エイデン兄弟に、セフィール先生、王子様シリーズ…ここ最近まともに会話したの、男性ばかりだわ……」
「お嬢様。普通の女性では、お近づきになりたくてもなれない方達ばかりです……」
あれ?そう言えば、なんでそうなってるんだっけ。
「そう、だよね。って、ねえ。それとファーストダンスと危機感てどうつながるの?」
「まずですね…ファーストダンスは、いわゆる【公式での初めてのお相手】ということで、男性は勿論、女性は特に重要視しております!」
「ふんふん」
「そもそも注目度が高いから、が主な理由かな。基本的に男性がリードをする側だけど、デビューしたての女性をダンスでエスコートするというのは箔が付く。女性側も初めての相手がこれからの基準になるわけだからね」
「それは男性側のメリットの話でしょう?なんだか納得いか」
「ッヒ…お、お嬢様っ…うしろ、うしろ!」
「?なに、魔王でも見たような顔して…ぇえ?!!」
ふ。と耳に息が吹きかかり、慌てて振り返る。
「やあ、シャル。そう言うところが隙があるってことなんだけど、な」
「か、かカシオス様っっ」
「おかえり。…怪我したんだって?大丈夫かい?」
じりじりと距離を縮めてくる。
「しかも原因がまたあの無節操王子だっていうんだから。……いっそ蹴り飛ばしてやればよかったのに」
「それをしたらあの人、更に喜びそうなんで絶対に嫌です」
「………真性の変態とは救いようがない。それで?」
くい、と私の顎をつまんで首筋に巻かれた包帯を見る。
う。首が痛い…
「あの…首が痛いです。」
「あとは残りそう?」
「それは大丈夫です!ケディが」
「……ケディック?」
「あ」
エイルの顔にヤバイです。お嬢様!と書いてある。
そんなエイルには視線で頷き、カシオスの手を取った。
「はい。ケディがすぐに応急処置をしてくれたので、恐らくあとは残りませんよ」
「それなら、いいけど……窓が落ちて来たらしいね。今、早急に原因を調べさせている」
「原因…は、ただの劣化ではなく?」
すると、カシオスは一度私をひと睨みし、ため息をついた。
「劣化にしては、タイミングが良すぎるだろう。わざわざ二人が真下にいる時に落ちてきたんだ。仕組まれていた可能性だって否めない。今回はその程度で済んだかもしれないけれど、大けがになるところだった」
うーん…これは、少し怒ってる、かも。
「す、すみません…」
「シャル、君は確かに強いのかもしれない。でも、もう少し自分自身を大事にしてくれないと」
「はい……」
「また無茶をするようなら…適当な理由をつけて本当に僕の手元に閉じ込めるよ?」
「え」
(なんか、今、さらっと怖いことを言われたような……この人が言うとシャレにならない)
「とにかく。無茶はしないで…それだけ」
そう言って、くるりと背を向けるカシオス様。
ここで私は直感した。実は本当にめんどくさいのは、カシオス様じゃない?って。
「お嬢様…私、もう少し頑張ります……魔王様、怖いです……」
「護衛のあなたがそれを言っちゃあ、駄目よ……」
―――それにしても。
「タイミングが良すぎる」「仕組まれた可能性」…って、どういうことだろう。
あの時、私はたまたま食堂の前でイリシユに呼び止められたと思っていた。メガホン鳥で噂を流したのは私だし……いずれは何かしらの変化がありそうだなって。
でも、確かにあのタイミングでイリシユが声をかけてこなかったら、あんなことは起きなかったかもしれない。
(確かに聞こえた、「イリシユ様を独り占めして」という声。あれは誰だったんだろう)
私は勝手に、メガホン鳥が何かしら関わっていると決めつけているけど、果たして本当にそうなんだろうか。もし、メガホン鳥がきっかけの一つで何かしらの変化が起きて、あの事故に繋がってるとしたら。
「まさか、進化する…とか。ない…よねえ」
「はい?」
「ううん、何でもない……」
だとしたら…やっぱりもう少し調べてみた方がいいかもしれない。
***
「…クオンタ公子。僕は大分、譲歩しているつもりなんだけど…どうしてこう、彼女には伝わらないんだろうな」
「……ええと、好意のお示しの方法、であっていますか?」
「ああ、婦人から聞いたよ。君には、婚約者がいるんだろう?」
「はい。とても淑やかで、心根の優しい女性です!」
(心根の優しい…は、シャルもだけど、淑やかとは程遠いな)
などとカシオスは思いもしたが、口には出さなかった。
「例えばこう…何をしたら喜んでもらえると思う?」
ふと、この時レイル=クオンタは考えた。
これは、王子殿下の恋愛相談ということになるのだろうか。
それとも、ひと付き合いの基本的なことをお伺いされているのだろうか?と。
「あの…殿下は、ルドヴィガ令嬢と、どういった関係をお望みなのでしょうか?」
「それは…できるなら、将来を共にできれば、と思う…というか。ほかの女性では考えられない」
「そ、その心意気は理解できますが……殿下のお立場で考えますと、相手の女性にお覚悟とお時間が必要のように感じます」
ぴたり、とカシオスの動きが停止した。
「なるほど…多分、僕は彼女のことをだいぶ理解しているつもりだし、何を考えているか手に取るにようわかるけど」
「は、はあ」
「そうか。……少し一方通行だったかもしれないな」
「!そ、その通りです。愛情深いのは尊ぶべき事柄ですが、互いの配慮と思いが通じ合ってこそ、恋愛は成り立つと思います」
「……人の心の内はわかっていても、もどかしいものだ」
「まずは、互いを理解し合うところから始まるのではないでしょうか」
「うーん……相互理解があってこそ、か。難しいな」
(こういうところでお悩みになるところは、思春期の青年、という感じだが)
法廷での詳細を何となく聞いていたからこそ、父にカシオス殿下の護衛を頼まれた時、レイルは驚いた。
クオンタ公爵家は、代々王家の近衛隊の総隊長としてその地位を確立してきた家門。
長子たるレイルもいずれはその座に就くことが約束されており、『時には影となり、盾となり、剣となる。迷うときは良き方向へとお導きできるように、自身も清らかで曇りなき目でお仕えするように』と、何度も言い聞かせられていた。
だからこそ…自分が仕えていいのだろうか、と悩んだものだ。
ラデュオン王子殿下が王位継承権の承認を得た後、なぜかクオンタ公爵はレイルに護衛の任に就かせず、先王の遺児であるカシオスに護衛として傍に置いた。
つまりは、レイルに「若き王子をお前が導くように」……そう、暗に命じたのである。
(この方の今までの環境や孤独を考えると…他人との距離が曖昧なのは無理もないのかもしれない)
――その理由は後に知ることになる。それが、現在のセルリア王家の基盤の脆さだった。
現状、セルリア王家は、ヴァラモ公爵家と深いつながりがありすぎる。それを危惧したクオンタ公爵はラデュオン王子殿下よりも、この危うさを抱えた若き王子に未来を見出したのだ。
「そう言えば……イリシユはどうしてる?」
「今は、医務室でお休みになられているようです……怪我などはされていないようですが」
「シャルはけがをしたというのにね。……学校医はヴァラモ派だったか」
「……どうやら、妻がヴァラモの傍系ときいております」
「本当に、まるで雑草のようにはびこっている。数年前に目に見える雑草は大分刈り取ったと思っていたけど……根が深いな」
こういう時、カシオスの銀色の瞳は刃のように鋭く、冷たくなる。
けれども……ある特定の人間に対しては、まるで子供のようで純粋で、年相応の青年の表情をする。そのアンバランスさは、時に危うく感じる。
(だが、総じてこの方は…何事に対しても、合理的で、現実的で……時に非情のようだ。そして)
「……一度、煩わしい雑草狩りをした方がいいかもしれないな」
なんとも、大変な任務だな、と…レイル=クオンタは改めて実感した。
(一人の女性に対する熱意が…重い!!これを、どう説明すれば理解していただけるだろうか…)
「そ、それは…政治的判断、でしょうか、それとも」
「どっちだと思う?」
「……あの」
「大丈夫。……7:3というところ。やりすぎると、本当に嫌われてしまう」
「そこは……存じてらっしゃるんですね…」
「相互理解が大事なんだろう?じゃあ、彼女に僕のことをもっと見てもらわないと」
「そ…れは。相互に理解するのとは、異なると思うのですが、いかがでしょう」
「……そうなのか。うーん、中々難しいな…」
そして、カシオスはため息をついた。
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