第67話 ここぞのお願い…VSケディ
遠くで始業ベルの音が聞こえる。
ああ、まあしょうがないか…どっちにしても、恐らくさっきの硝子騒ぎでバタバタしてるだろうし。
それにしても。
(ケディの行動力……さすがだわ)
「あ?!ちょっと待って!医務室は嫌。イリシユが来る!」
「は?そんなことどうでも」
「お願い、ケディ…なんかあの人苦手なのよ……」
「シ、シャルがそう言うなら…あ!そうだ」
すると、ケディは急ブレーキを踏んで、全く反対側の方向に走りだした。
「?!こっちって…剣術訓練場?」
「そう。あ、エイルさんもついてきて!迷いやすいから」
「は、はい!」
そこは…訓練場に併設された、小さな簡易医務室だった。
武術の稽古で怪我した人たち向けに作られた場所で、常駐の先生がいるわけでもない。
しかし、一通りの絆創膏や包帯などはずらりとそろっている。
長い脚jで椅子を引き寄せ、私をそこに座らせてくれた。
「あ、ありがとう」
「お嬢様ぁ…鏡…」
半べそかいたエイルが見せてくれたのは…多分イリシユがかばったときだろう、首筋に流れる赤い血が見え、言葉を失った。
「…わあ…」
「裂傷ってさ、怪我したら結構血が出るんだよな…首触るけど、良い?」
「うん…ちょっと待って髪かきあげるから」
「え…あっうん。今、塗り薬を」
今日はただの三つ編みだったんだけど、首元が露出してるところに破片が当たったみたい。
ジャケットを一度脱いで払うと、パラパラと細かい破片が落ちてきた。
(うーん…実はかなり危ない状態だったんじゃ)
王道ゲームなら、王子様に助けてもらって、好感度アップ!なイベントになりそうだけど…今回のは真逆で、私の好感度はだだ下がり。
あのイリシユ王子はなぜあんなに女性に人気あるんだろう。
「…?あの、さっきからどうしたの、ケディってば」
「あ?!いや。ええと…やっぱ女性の首には…その」
「はい?」
もごもごと何言ってるかわからない…けど、要するに恥ずかしいってこと?
「ごめん!エイルさん!よろしくおねがいします!」
「思春期って、大変ですね…わかりました。お嬢様、ちょっとひやッとするかも」
「うう…ぞくぞくする…っ」
「我慢、我慢」
するとケディは、なんだかばつが悪そうに手近の椅子を引き寄せた。
「ごめん…もうちょっと早く僕が近くにいたら」
「気にしないで。ただの事故だと思うし……まあ、イリシユ王子に何もなくてよかったわ、ホント」
「確かに。でも、よく咄嗟に身体が動いたね、シャル」
「まあ、落ちてくるのが見えたから」
そう。
あの瞬間、メガホン鳥がはじけて飛んだのが見えたけど…あれは偶然?
あいつら、自爆したのか…それとも誰かが退治した可能性もあるけど。
「あの窓…立て付けが悪いって噂もずっとあったみたいだし、劣化とかかなあ」
「噂?…あの窓に?」
「うん。確かに近くの席に座ったら、風とかでガタガタ揺れてるし…気になっていたけど。あのタイミングで落ちるなんてね」
「…噂、かあ」
「あの、お嬢様」
「?」
こそ、とエイルが私の耳元に話しかけた。
「昨日のお話し…ケディ様なら、お力になってくれるのではないですか?」
「…噂の話?」
「はい。…その、心配です。今日みたいなことがまた、あったら」
「………うーん」
それは…今はまだ保留にしておいた方がいいかもしれない。
別にケディを信じないとかそう言うのじゃなくて、まだあの鳥がどういうもので、どういう仕組みかわかっていないし。
「ね、ケディ。ほかにもそう言う噂って聞いたことある?」
「ああ、色々あるよ。…と言っても、僕はあまり興味ないからなあ…ラッセルとか、詳しいと思う」
「あ!そっかラシー、自分で言っていた」
ふと、じっとこちらを穴を開くほど見ているケディに気が付いた。
「何?」
「…あのさ、シャル。なんか、妙なことに巻き込まれてない?」
「妙なこと、とは」
「うーん…僕としては、カシオスと仲がいいのにも驚いているけどさ。イリシユの奴、随分シャルに気安くないか?」
「それは……そう言えばそうかも。今日だって、わざわざ僕のこと嫌いですかって聞きに来たし」
「な、なんていったの?」
「はい、キライですって。…でも、喜んでるの。気持ち悪いわ……」
しばらくあんぐり口を開けていたケディだったが、やがて声を出した笑った。
「あはは!そりゃあ、大変だ!シャルの天敵じゃないか!」
「笑い事じゃないわよ…ねえ、どうしたらいいと思う?嫌いが大好きって聞こえるってことでしょう?私あの人に大好きなんて、死んでも言いたくないわ!」
「うーん…でも、シャルに怒られるのが嬉しいのは…ちょっとわかるような」
「は?」
「な、何でもないです。でも、いくら今シャルを追っかけてたところで、いずれはそれなりの家門の令嬢と結婚するんだろう?あまり心配することないんじゃないか?」
とはいえ、残り三年をあんな奴に絡まれて過ごすのはちょっと…。
「まあ……まさかうちの家にその話が来るとは思わないし」
「来たところで、カシオスとはおじさんがダックを組んで断固阻止するから…むしろ」
「?」
「あ…ええと。か、カシオスとはどこで?随分仲良さそうじゃないか…って。あ、そうか。おじさん、代父だったんだっけ。なら、無理もないか…」
あれ、ケディが何かを考え込んで黙ってしまった。
それよりも、私が驚いたのはケディのコミュ力……カシオスのことを、名前で呼び捨てしてるのって、ケディだけなのでは。
「ケディこそ、カシオス様と仲いいのね」
「ん?だって、少しの間だけど一緒にいたし。しかも何もなければ、うちでそのまま大きくなっていたかもしれないって。そしたら僕の弟になるだろ?」
「エイデン三兄弟?!アハハ、フォーレの胃が痛みそうね…」
「それ、どういう意味だよ…」
(こういう他愛もない話をして、授業さぼって過ごす…なんかいいな、こういうの)
「あ、ねえ。せっかくだから、剣術訓練場、見て回ってもいい?女性ってこの手の授業ないし。滅多に入れないのよね、ここ」
「いいんじゃない?今更授業に戻れないし。まあ…シャルはお茶の授業より、武術の授業の方が好きだよな」
「ひ、否定はしない……」
簡易医務室を出ると、すぐそばに演舞場が見えた。
王宮スタイルの剣術だからか、広いドーム型の建物には、等間隔に四角い枠が白い線で区切られた場所がいくつもある。
「王宮剣術は、一対一が基本だったっけ」
「ああ。…まあ、僕はそれより集団戦の方が好きだけどな」
「ケディは先兵?それとも軍師?」
「うーん…軍師の方が圧倒的に楽しいと思う。あ、摸擬戦の話だ!別に戦いとかそう言うのじゃないぞ」
「わかってるよ、でも意外。そういうの、フォーレの方が得意そうなのに」
「フォーレは多分苦手かなあ…そもそも、争いに向いてないよ。…優しいから」
ふと、フォーレだったらなんていうのかな?と考えた。
今のセリフ、フォーレが聞いたら怒りそうな気もするけど…私の見立てでは、学者タイプだし、あながち間違ってないかも?
「あ!せっかくなら、今勝負しない?誰も来ないし!…ケディ、まだ私と本気で対戦してくれたこと、ないでしょ!」
「えー……まさか、シャルに本気で?無理だよ」
まあ、確かに本気で来られたら、絶対負けてる。
「でも、一回くらいは戦ってみたいじゃない!」
「うーん……」
尚も頭をかく姿を見て、ちょっと私はむっとした。
「なら!私、ロングソード、ケディはレイピア!…どう?!ハンデでしょ?」
「リーチが違うじゃないかあ」
「う―…なら!半分でいいから……ケディが勝ったら!一つケディのお願いを聞いてあげる!は?」
「……それ、ホント?」
ん?声のトーンが変わった。
…あれ、これは何かまずいことを言った?
「―――半分の実力で、シャルに僕が勝ったらお願いを聞いてくれる、でいいんだね?」
「う、うん」
「なら、シャルが強いのは知っているから…フェアで怪我がないように、模造剣でやるか。防御装備は?する?」
「小手とグローブくらいは、しておこうかな…」
「わかった、首から上は狙わない。それでいい?」
「ええと、うん」
なんだか、物凄くやる気になってる。
気迫が違う…アレ。これ大丈夫なのかしら…まさか、火をつけちゃった?
「……行くよ」
ざり、と足を踏み込み、二人で面と向かって対峙する。
(うん、さすが。剣術の天才…構えに隙もないし、圧が違う…これが、ケディの本気)
一番最初の剣筋は真っすぐ。
何とかよけきることはできたけど、隙を与えず二回目。視界の外から続く突きまでは辛うじて受け切れたのに…正面から来る四回目が強い。
(一撃が重いっ)
「すごいな、シャル。やっぱ強い…でも!」
次の一撃を何とか受け流せた…そう思ったのに。
……勝負は一瞬だった。
次が来る!…そう思った次の瞬間には、私の首元にケディの剣先が突き付けられてた。
「……参りました」
「うん!…よっし!」
「信じられない…悔しいっていうか、あまりにも圧倒的過ぎて、笑っちゃう。すごいね、ケディ」
「えっ。……そ、そお?!」
ぱあっと明るい笑顔。
さっきまでは一流の剣士の顔で、絶対に負けないっていう気迫があったのに。
(こういうところは、子供のころからそのままだなあ)
褒めるとすぐ調子に乗って失敗しちゃう。
「はあ…約束は約束だもん。さあ、無理なお願いじゃなければ…なんでもどうぞ」
「……あのさ。だったら…」
トン、と剣を地面に突き刺し、一度背筋を伸ばしてから膝をついた。
(ん??)
「シャル。今度のデビュタント……ファーストダンス、僕を選んでくれませんか?」
「え?!」
「…僕、勝ったけど?手は?」
「ファーストダンス……って」
なんか、これ以前に誰かにも言われたような。
そんなに、大事なことなんだろうか…と思ってしまうけど、そういうものなんだろう。
「…謹んで承ります。ケディック=エイデン公子様」
そして、そっと手を重ねたのだった。
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