第64話 初遭遇…VSイリシユ
「ねえ!聞きまして?……例の王子様、この学園に入学なさるとか…」
「まあ…一体どのような方なのでしょう」
何処からか花びらがひらひらと舞い落ちた。
花弁は誰かが開いた窓から滑り込み、通り過ぎる人にと風に押され、宙を漂う。
「今回の入学した奴らの話、聞いたか?そうそうたるメンバーらしいぞ?」
「黒髪の令嬢に、第二王子と第三王子まで。前代未聞だな……」
「これはどちらの勢力につくか、そこが重要だ」
「!…お、おい」
ひらりと青い外套がはためく。
頼りなさげな花弁は、空を映した青い髪の上を通り、白の礼装上衣かすめ、そこに定着した。
「花びら、ついてます」
「ありがとう。レイル公子…あ、自分で取るから構わない」
廊下でたむろしていた子息令嬢は、彼が来た瞬間さっと道を開ける。
銀色の瞳がちら、と動くと、とらえられた女生徒は、持っていた書類を全部床にばらまいてしまう。
「こっちは食堂、あっちは一学年校舎…で、ダンスホールが向こうのあの塔のあるところ」
「へえ」
校舎の案内役を買って出たらしく、先頭はケディック=エイデン、その後ろに弟のフォーレスト=エイデン。その後ろを守るようについているのは、制帽から覗く青交じりの茶色の髪が良く映える、レイル=クオンタ公子。
「エイデン兄弟に、クオンタ公子様が護衛を…?!」
「あそこだけ、空気が違いすぎる…」
通り過ぎる度に生徒たちが、何かしらの反応を起こす様を見るのは本当に面白い。そろそろ、彼女に会いに行こうか…などと、カシオスが考えていると、階下の渡り廊下に人だかりができているのが見えた。
「あそこは?」
「ああ。……庭園に続く渡り廊下になりますが、あれ、もしかして」
フォーレが思わず身を乗り出すと、続いてケディが声をあげる。
「シャルと……あれは、もしかしてイリシユ殿下?!」
「…………ふうん」
突如、すたすたと歩きだすカシオスを三人が慌てて追いかけた。
(何で、こうなったんだっけ)
リッハシャル=ルドヴィガは、本日何度めかのため息をついた。
天気も良く、自分が所属するクラスはククナも一緒のようだし、普通に嬉しい。
式まではまだ時間があるし、高等部の校内の見学でも、とククナと二人歩いていたら……謎の女性集団たちに囲まれた。
万事休す、どう脱走しようか?などと考えていると…まるで扉が開くように女生徒たちはさっと左右に分かれ、そこからよくわからないポージングのイリシユ王子が現われたのだ。
そして、くるりと一回転して、こちらの指をさっと取る。
「やあ!……やっとあえたね。黒髪の乙女!!」
(くろかみの…乙女??)
なにやら、随分とキャッチ―なネーミングである。
デジャヴだろうか、小説か何かで聞いたことがあるかもしれない。などとぼんやり考えていると、イリシユは指をぐっと掴みながら、こちらの目をじっと見詰めてきた。
(何、この人)
ぱしん、と指を引き離し、一度きっとにらみつける。
「第二王子殿下と言えど、無作法ですわ」
「え……」
「何…?私の顔に何かついてますか?」
すると、隣にいたククナが肘で小突く。
「シャルちゃん、挨拶しなきゃ。一応王子様だし」
「あ、そうだった……申し訳ございません」
す、と胸に手を当てカーテシをする。
「あ…いや、えーと、そうじゃなくて…おかしいな、普通の子ならもう落ちてるのに」
「……?落ちるって」
さっきからこの王子様は何を言いたのだろう?
いぶかし気にその顔を改めてみる。……顔の造形はカシオス程ではないにしても、綺麗な部類になるだろう。髪の色はセルリア王家特有の深い青で、瞳は銀に近い灰褐色。
じっと見つめ返すと、急に落ち着きない様子で更に目力を強めてきた。
(……だから、なんなのよ)
「変だな……君は、俺を見て、こうドキドキとか、キュンッとか……しないの?」
「は?」
何を言ってるんだ、こいつは。
言葉に出さず、表情につい出てしまう。
そして、互いに謎に見つめ合う無言の時間が流れた。
「な、なんで…?!だって君は」
一種ただならぬ雰囲気に、野次馬も集まり、いつの間にか注目の的である。
苛々も限界となりそうな瞬間、イリシユの頭上を以前見た…あの、羽根つきメガホンが見えた。
(何でこいつ、ここに?!)
サイズは…多分そこそこ大きいショウジョウバエの大きさ程度。
あ、ぶちのめせる。と思った瞬間、ひゅっと自然に王子の肩付近の壁に向かって腕が動いた。
「ヒッ?!」
手のひらが壁に当たり、バチン!と派手な音と、王子の小さな悲鳴が廊下に響き渡る。
「失礼…黄色い虫がいましたわ。イリシユ殿下」
「えっ?えっ?!…え?」
丁度……はたから見たら、逆壁ドン。
しかし、実際は蠅退治、手ごたえ十分、こちらとしては満足だが。
(あ…このままじゃ、妙な噂が立っちゃう)
それは御免だ。過去の経験からとりあえず営業的なスマイルを繰り出し、その場を誤魔化す。そして咄嗟に、イリシユのずれた帽子をさっと直した。
「帽子がずれておりましたわイりし」
「………シャル?」
「!!!」
さあッと、その場の空気が急に冷え込むような、絶対零度の声が聞こえた。
(こ。氷が、ブリザードがっ……こ、この声は)
「あ……か カシオス、様?」
「何してるの?こんなところで」
一見するとにっこり、と眩しい笑顔を向けているように見える。
だが。シャルは知っている。こういう時、カシオスの目は一切笑っていないことを。
「随分と人だかりができてるな、と思っていたんだけど」
「たっ、たまたま廊下を歩いていたら、第二王子殿下に目をつけら……えっと、遭遇しましたの。そうしましたら、お顔の傍に虫が飛んでおりまして……」
「なら、顔事ひっぱたけばいいのに」
「な?!」
「だって、彼、殴ってほしそうな顔をしているじゃないか」
ぎょっとしてイリシユが仰ぎ見る。
観衆たちも、綺麗な顔でとんでもない暴言を吐くカシオスを見て、あんぐりと口を開けてしまう。
……カフェでの一部始終を見ていたエイデンの双子からすれば、カシオスのイリシユに対する塩対応は認知済みなので、笑いをこらえるのに必死だった。
空気が固まったところで、シャルはゆっくりと静かに、二人の間からすり抜けた。
「おい、俺は兄だ。そんな口をきいていいのかい?弟よ…!」
「…何の話をしている?僕と君は親戚なだけで、そのほかには何のつながりもない」
「黙っていれば…っ随分堂々と言うじゃないか、カシオス=セレスト…!」
「イリシユ=セルリア、僕が君と仲良くする理由はないだろう?」
「……この」
腕を伸ばした瞬間、カシオスはイリシユの右手の指をギリ、とひねる。
「っ?!」
「汚い指で彼女に触るな……二度はない」
耳元で脅し、パッと離すと、反動でよろけた。
それを回りにいた女生徒たちが囲い込み、非難の視線をカシオスに浴びせた。
「ひどいですわ!」
「イリシユ様がお可哀そうで……!」
す、と銀色の瞳が一瞥すると、全員が押黙った。
「大変だ。これは学園内に広まるゴシップになってしまうな?!」
「うんうん、第二王子と第三王子が実は不仲、なんて……驚きだよなあ」
わざとらしく吹聴するエイデン兄弟を見て、カシオスの口角が上がる。
そのままくるりと踵を返すと、その後を追うクオンタ公子が女生徒たちを冷たく見下ろし、イリシユを中心に身を寄せ合う。
去り際、カシオスはリッハシャルの手を掴んで、歩き出した。その後を、ククナとエイデン兄弟が続く。
「行くよ、シャル」
「ええと…助けて頂き、ありがとうござます。なんというか、すみません……事を大きくしてしまったみたいで」
「……いけないよ。僕以外の男に必要以上に近づいたら」
(また、この人は…でも)
イリシユとのルドヴィガ令嬢との間に良からぬ噂が流れるところだったが、大衆からすればカシオスの対立宣言の方が恰好のネタになるだろう。
結果的に、噂の種をせき止める形となったのだ。
「それより、無事でよかった。全く……彼は、何かおかしな魔法でも使うのかな」
うんざりしたようなカシオスの言葉に、しばし思考したのち、フォーレが答えた。
「一理、あるかもしれません。イリシユ殿下の周辺にいる女生徒たちは、みな彼に…こう、なんていうか異常なくらいぞっこん…というか」
「男女問わず、かもしれない。…まともじゃない連中が多いというか、普通じゃないよね」
「……ふうん」
(調べてみても、いいかもしれない)
「―――ところで、シャル」
「は、はい?」
「……虫は退治できた?」
「!」
(なんだろう?……カシオス様の言い方、引っかかる)
どこか含みのあるような言い方に聞こえるのは気のせいだろうか。
「はい……小うるさい蠅でした」
「え、シャル…素手で虫潰したの?」
「ケディ…見たらわかるでしょ、手袋越し、よ!」
そんなこんなで、あっという間に時間が過ぎ――ホールでは一般参加もできる高等部の入学式が厳かにひらかれた。
エストランテ学園には、制服が二種類ある。こういった儀式や会に着用する「白い儀礼制服」と、普段着用する「青い通常制服」と、それぞれの服装のルールがある。
周りとの摩擦を防ぐために王族は特殊な制服を着ることとなっているが、今回のように王族が二人も在籍するとなると、入学式にいつもの倍の人間が参列した。
そして、シャルは気が付いてしまった。
(…何これ、あっちにも、そっちにも。いたるところに、あいつがいる。それに…)
黄色のメガホンに羽が生えた、おかしな鳥。
大小さまざま、まるで渡り鳥の群れのようにエストランテ・ホールの上空を好き勝手に回っている。
そして、その中心にいるのが……金色の、羽根の生えたガチャ。
何かを品定めするかのようにふらふらと飛んでいる。
「…残念、今弓を持ってたら、一発であんたをしとめるのに」
何気なくつぶやいた言葉に、上空にメガホンたちは一斉にこちらを見る。
そう、神様ガチャは、まだ終わっていない。
脳内スマホに浮かび上がる…それは、「continu」の文字だった。




