第63話 スタートライン
「おーほっほ!キアルーン王国の技術も宣伝も十分にできたし……失言の愚か者にも制裁を降せたし!満足だわ!」
ホールから出てからの第一声が、これである。
「ダイアナ様。お力をお貸しくださり、ありがとうございました」
「あら、いいのよ!これくらい派手に宣伝したんだもの。可愛いシャルのデビュタントにも、拍が付くというものよ」
「ああ……そうか。だからうちの双子が張り切っていたわけだ」
「……イルモンド。選ぶのはうちの娘だ」
憮然とした表情のレイドックを見て、イルモンドは苦笑する。
「あなた!」
「シア」
「……よかった。無事で終わって。カシオス殿下も…」
くるりとゼネシアが振り返ると、カシオスはぴたりと背筋を伸ばし、頭を下げていた。
「!ま、まあ…殿下たるもの、そう簡単に頭を垂れるものでは」
「……いいえ、エイデン侯爵夫人。僕は、今まであなたの存在を認知していなかった…自分が許せない」
「あら、それは言わなかった夫も、レイドック伯爵にも非がございますわ」
なだめられながらもカシオスは顔をあげた。
「レイドック、イルモンド……二人にも、改めて礼を言わせてほしい。イルがエイデン家の事件を黙ってくれていたこと……とても感謝している。僕が、気に病まないように、との配慮だったんだろう?」
「申し訳ありません。……あの事件は、公にできぬことも多く、カシオス様が殿下としてこの国に戻られたときにお伝えしようと、妻と話し合って決めておりました」
「うん……僕はここで、やらなければならないことが増えたね」
「……殿下。申し訳ありません……」
「謝らないでほしい。イルは今まで通り、僕を補佐してほしい……夫人も、ありがとう。僕を生かしてくれて」
すると、ゼネシアの瞳から涙が一筋こぼれた。
「一度、ご無礼を」
「!」
そして、ぎゅっと抱きしめた。
「よく、ご無事で……帰還なさいました」
「ああ。……双子にも、今度きちんと挨拶をしに行くよ」
「フフ……ケディックは、剣の手合わせをしたい、などと言っていました。心よりお待ちしておりますわ。それに」
「おかーたま!おとーたま!」
とてとてとメイドと共にやって来たのは…金色の髪のリバティアだった。
「ああ、ティア。いい子にしていた?」
「うん!なかなかったよ!」
「2歳の娘です。……殿下は、一気に兄妹が増えましたね」
「……ああ、ありがとう。ティア、君にもきちんとお土産を持って行くよ」
「!」
すると、ティアはさっと母の胸に顔を隠した。
その後、こっそり顔を見、にっこり笑った。
外に出ると、パッと開けた青空がまぶしくて、カシオスは思わず片目を閉じた。
「お父様!!カシオス様!」
「……あ」
一番先頭に止まっていた馬車から駆け出したのは、リッハシャルと双子達だった。
「シャル!」
しかし、カシオスの横はすり抜け、レイドックに抱き着いた。
「お父様!!!」
「シャル!……迎えに来てくれたのか?」
「すみません…でも、心配で」
その横で、カシオスはなぜか一人頷いていた。
「……うん」
空の手を腰に当てると、隣にいたダイアナがにやにやとカシオスを見た。
「あら、まあぁあ!意外な強敵がいらっしゃるみたい!」
「……まあ、仕方がない。レイドックなら、認めざるを得ない……僕をここに連れてきてくれたのも、彼だからね」
「カシオス!」
「!」
すると、軽快な声が自分を名前で呼び、しかも肩をバンバンと叩かれ、戸惑った。
…ケディック=エイデンである。
「やあ!無事だったみたいでよかった!」
「ええと……」
「こらケディ!すみません、殿下。不躾な兄で…!」
「何言ってるんだ!僕たちはこれから長く一緒にいるんだし、これくらいのスキンシップは必要だろう?」
「そう言うのは慇懃無礼っていうんだよ!!分かれよ!!」
そんなふたりのやりとりを目にしながら、カシオスは妙な気分だった。
(そう言えば…同年代の子供とまともに話すのは、ほとんど初めてに等しい)
シャルの為に学校に身分を隠して在籍したことはあっても、完全に周囲と距離を取り、関わろうとしなかった。しかし、これからはそうはいかないことを実感する。
「ケディ」
「!」
「フォーレ」
「…はい」
「これからよろしく。……僕はあまりにも世間とはかけ離れた場所にいたから。君たちが傍にいてくれるのは、とても心強いと思う」
すると、ケディは晴れやかな笑顔を、フォーレはどこかそわそわした様子で頷いた。
「まかせて!ひとまず、いっしょに学園生活を満喫しようか!」
「及ばずながら…お力添えできれば、と思います」
(固い弟に、クレバーな兄。面白い位正反対な兄弟だな)
そんな様子を見ながら、イルモンドは目頭がじんわりと熱くなった。
「あら、あなた。……子供たちの前ですわ」
「いや……うん」
「おとーたま、おめめいたい?」
「急に目にゴミが入っただけだよ…」
そんなエイデン侯爵家の微笑ましいやり取りを見ていると、レイドックの元からシャルがこちらにかけてくるのが見えた。
「カシオス様」
「!シャル……やっと僕の相手をしてくれるの?」
「あ、相手って……。それよりも王籍復活、おめでとうございます」
しかし、カシオスは静かに首を振る。
「色々な人が助けて生かしてくれて……今、ここにいる。スタート地点に立ったばかりだ。僕はまだ、何もしていないよ」
「……カシオス様」
「カシオス=セレスト、ここにいたのか」
急な風が吹き、木々がざわざわと揺れる。
エイデン夫妻と、レイドックが最敬礼をしたので、慌ててシャルと双子も後に続く。
「ラデュオン王太子殿下。お久しぶりでございます」
「ああ、楽にしていいよ、イル。……他の者達も」
(ラデュオン王太子…って、つまりはアズレアの時期王位継承者ってこと?初めて見た)
シャルが恐る恐る顔をあげる。
―――思ったよりも、穏やかそうで……カシオスのような華やかも、イリシユのような退廃的な雰囲気もない。実直そうな自立した大人の男性といったイメージだった。
「……審議会でもお見掛けいたしました、お会いできてうれしいわ。ランザ王国王女・ダイアナ=レーガリアと申します」
ダイアナが極上の営業スマイルを繰り出すと、それを察してかラデュオンは苦笑した。
「ランザの女神の微笑…ですね。キアロ王が太陽ならば、あなたはそれを支える月と称されているとか。想像にたがわぬお美しさです」
一瞬ダイアナは目を見開くと、すぐさまにっこりと笑みを深める。
「まあ、お上手ですわ。……こちらでは、ランザ王国の事は良く伝わっていないようだけど。お調べに?」
「これは手厳しい。…仰る通り、早急に湾岸局と商人達から早急に情報収集をいたしました。先日停泊したランザ王国の船があまりにも衝撃的でしたので。そして、この度の燃えない紙の技術……あんな技術が既に10年前からあったとは…実に興味深い」
「我が王は新しい物を作るのも、試すのも大好きなお方です。当時は見向きもされないマイナーな技術でしたのよ」
「時が来れば、キアロ王にもお会いしてみたいものです。――我がアズレアは、あなた方、ランザ王国を歓迎する。今すぐには無理でも、いずれは国交も改善されていくでしょう。…カシオス、お前がクロム陛下から受け継いだ遺産は、計り知れない。……大事にすると良い」
そして、すっと手を差し出した。カシオスはその手と自分の手を見比べた。
(……ラデュオン=セルリア、王族なのに簡単に手を差しだすなんて……気取らぬ人だ)
だが、それも悪くない。
その手をがっしりと握り返した。
「至らぬ身ではありますが……ご指導賜りたく存じます」
「ああ。よろしく……今度、わが宮に挨拶に来ると良い。いつでも歓迎する。…それよりも、父上や王妃殿下が来る前に、退宮した方がいい。イリシユとも……無駄に絡まれたくないだろう?」
後半の部分は小声で伝えると、軽く手をあげ、去っていった。
「あの様子では、例のカフェの一件……実情を既にご存じのようですね」
「……兄上直々のご忠告だ。聞かないわけにはいかないだろう」
ラデュオンの言う通り、表玄関のほうでが妙に騒がしい。
招致された貴族たちが続々と各々の馬車で帰路についているようだった。
「シャル!」
「ケディ、フォーレ!…今日はありがとう」
「ああ、僕たちは父上たちと一緒に帰る事にする」
「次は学校で会おう」
「うん!」
エイデン侯爵一家を見送り、父に促され、再び馬車へ戻る。
と、その手をさっとカシオスが攫い、馬車のステップへエスコートをしてくれた。
「今日はカシオス様もルドヴィガへ?」
「一応、僕の邸と言うのはこれから王宮敷地内で作られるそうだけど…三日ほどは、そちらに滞在させていただくよ。学園に行く準備もしないとならないしね」
「では、またご一緒ですね。……先輩がいない間に、新刊がたくさん出てるんですよ?知ってました?」
「それは知らなかったな……読むのが楽しみだ」
――こうして、無事に審議会は幕を下ろし、カシオスとレイドックは勝利を手にした。
それから約10日後の事。
創立以来初めて…例年よりも遅れたエストランテ学院の入学式が開催されたのだった。
「…よし、儀礼制服もばっちり。髪もタイもばっちりね」
「はい!お嬢様…素敵です!」
「ありがとう、エイル。髪を結ぶの、ホント上手だよね」
「えへへ。お嬢様が美しいからです!」
この度、シャルの学園での護衛兼傍仕えのメイドとして、エイルが選抜された。
護衛と言うのも、エイルは実はただのメイドではない。
これでもれっきとした「ルドヴィガの鷹」の隊印章を持っており、ナイフ投げならば右に出る者はいないと言われている。
相変わらず、女性ながらもスワローテイルジャケットとリボンタイを着用してはいるが。その胸にはシャルの印章、ブルースターフラワーモチーフのブローチが光った。
「さあて……小社交と言われる、エストランテ学園で、何が起きるかしら。楽しみね」
そして、部屋のドアをしっかりと開いた。
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