第62話 王の帰還 決着
「俺が立会人でいいのか?クロム」
「勿論、あとはこれにお前がサインをするだけさ」
それは、今まで誰も見向きもしなかった、ランザ王国の貿易ルートを確立し、ルドヴィガの繊維事業も軌道に乗り始めた頃のこと。
ランザとアズレアの二つの国の定期船の運航が確約を手土産に、クロムと共にアズレアで帰る途中の出来事だった。
ゆらゆらと揺れる波の音を聞きながら、太陽の光が水面に反射しながらも沈んでいく光景を二人で見ていた時の話だった。
「キアロ王は想像以上にたくましく、面白い方だったよ。…それに、情に厚い。たった一晩朝まで酒を飲み交わしただけだというのに。……恐らく、レイドック、お前の事も気にいるはずさ」
「……別に、俺の心配までしなくてもいいだろうに……」
(一晩の酒。…そんなこと、誰でもできるわけがない。お前だからできたんだろうな、クロム)
約一年ぶりに会い、レイドックは驚いた。
体調が芳しくないという噂には聞いていた。今のクロムは、重ねた服で誤魔化しているもの、本当に大分痩せてしまった。瞳だけは変わらず輝いたままで。
銀色の瞳がすっと細まると、赤い紐と青い紐で括られた羊皮紙の巻物をふたつ、手渡してきた。
「これは?」
「キアロ王には二つの書面…アズレアと、キアルーンにと全部で四組の書面を準備してもらった」
「定期船の航行許可と宣誓書だろう?…何で四つも」
「まあ、未来への遺産という奴さ」
すると、クロムは実に愉快そうに口角をあげた。
「ふふん。今回の誓約…、キアロ王と話して一つ仕掛けをしている」
「仕掛け?」
「ああ。……アステルのお腹も安定期に入ったらしい。二月の後には、何事も無ければ無事男児が生まれる、名前はカシオス!…いいだろう?」
「だが…それは公用語では空虚の意味だろう?いいのか?」
「わかってないなあ。…だからいいじゃないか。空っぽってのは何でも詰め込めるんだ!それに、キアルーン地方でカシオスと言うのは「空」を意味する言葉らしいぞ!」
「それは…知らなかった」
キアルーンの地方の原語は、慣れない使い方と発音が少し難しい。
そもそも大陸共通語が浸透している為、不自由がなく改めて覚える必要性はあまりない。
「寝台にいると、暇でな…キアルーンの歴史は面白い。今度、お前にも本を貸してやるよ」
「それは…興味深いな。それで、その生れてくる子供と、その仕掛け、とやらはつながっているのか?」
「見てみろ、赤い紐の方」
まるで子供のように生き生きとしたクロムの表情を見て、レイドックは少しだけ構えた。
する、と赤い紐が解けると…その中に書かれていたのは―――
「アズレア・キアルーン定期船15年更新契約書……?」
「それは一通目だろ!もう一通の方。青い紐!」
「?……こちらも、15年更新だが…日付が、15年先の…未来の年号になってるぞ?!しかも契約者が…カシオスって、まだ生まれてない息子の名前じゃないか!」
「そうだ!……驚いたろう?その日付はな、息子の出産日…から半年後!15歳になるカシオスへ、俺からの誕生日プレゼントだ!」
「プレゼントって…」
そして、遠くを見て、ぽつりと呟く。
「……その頃、もう俺は傍に居られないからな」
「………クロム」
「ランザはこれからどんどん良くなる!15年後にはアズレアと肩を並べるほどの大国になっているに決まってる。…その時、他の奴らが手を出せないように…クロム様の独占契約、というわけだ!それと…もう一つ。ランザの叡智が詰まったとっておきの秘密があるんだ」
(まさかここまで読んでいた、とは思わないが……)
そして、現在。
レイドックは……青筋を立て、いかにも不服そうなディアス=ヴァラモの表情を見た。
―――いい、ざまだ。
「……そんなもの、本当に効力があると思っているのか?」
「効力があるかどうかなど、ただの王の臣下である貴方が決めることではなくてよ?ほら、御覧なさい。しっかりとキアロ=レガリオの名が書かれているでしょう?」
「……そんな紙切れ、誰でも作れる、証拠にもならぬ。あなたがランザの王女と言う証拠もあるわけでもない。平然と王家に背を向け、独断で行動するレイドックという男の駒かもしれぬ」
にやりと笑う、公爵。
その自信のある様子を見て、他の貴族にも動揺が走る。
「フフ……アハハ!!全く……なんて、不見識で無作法な御仁なのかしら!」
しかし…それを打ち破ったのは、他でもない、ダイアナだった。
だが、公爵はピクリと方眉をあげただけで沈黙した。
「……我が王の正印をまがい物とのたまり、王女の私を駒と言う。このダイアナ=レガリオに対する侮辱とお見受けするが、よろしいか?」
「しかし、それをどうやって証明する?あいにく、そなたらのような蛮国について知る者は多くない。あなたを詐欺師と否定できる証拠もないだろう」
刻々と進む事態をカシオスはじっと見つめていた。
(ここまで、侮辱するなど許せない……ディアス=ヴァラモ……!)
ダイアナは、一度カシオスを見て、ふわりとほほ笑んだ。
「……いい顔じゃない、王子様。では…これでいかがかしら」
歌うようにそう告げると、懐からライターを取り出し、羊皮紙に火を点けた。瞬く間に炎は紙全体を包み込むと、ざわ、と会場全体が揺れる。
「バカな…?!」
「燃やすなど、なんて愚かな…」
「ふふ…蛮国らしい野蛮な方法でしょう?でもね……」
やはり、蛮国の人間に過ぎない。
羊皮紙であろうと、炎に燃えてしまえばいずれ煤となる。誰もがそれを想像した。
しかし…じわじわと炎がはがれていくと、そこから真っ白い紙が現われた。
「?!な…っ」
「あなた方は見たでしょう。現在ある船舶技術を尽くした我が国の船を!このアズレアなど足元に及ばぬほど、我々の技術は進化している。…これは、玻璃で作られた燃えない紙。そしてここに書かれた文字の色は……ご存じでいらっしゃいますわね?国王陛下」
白い紙に書かれた文字はうっすらと青い。
「……アズール・インク。我が王家のみ使用が許される、蒼きインク。なるほど……」
「陛下!騙されてはなりませぬ!」
「王妃よ。そなたですら、このインクの使用はできないのは知っているだろう。代々の王が公文書を作成するときに用いる特殊な青。…たとえ炎に燃えても、その青は決して失われない」
「……それ は」
見れば見るほど、その文字は鮮やかで、決して色あせていない。
「これで、証明となるかしら」
「……間違いはない。必要な時にしか、その青は使わぬ。そして、王位継承時にその青インクは次代の王に引き継がれる……私もまた、兄の没後受け継いだ」
王の表情はどこか寂しげだった。
そして……国王自らが認めたとなると、それを咎める者は誰もいない。
「……では、あなたがランザの王女と言う証明は?」
「私が身に着けているこの首飾り……青を希少とするあなた達の方がご存じではないかしら?」
ダイアナが首飾りを外すと……青緑の宝石は、鮮やかなラズベリーピンクへと変化し、うっすらと太陽の紋章が浮かび上がる。
「……ブルーガーネット!」
「……ランザでもアズレアでも最高級の石とうたわれているわ。この石はね、光に通すと赤く輝くと同時に、ランザの象徴である赤い太陽の紋章が浮かび上がる、私だけの宝石。そう言えば、この石を我が国との取引で最も高く買い取るのは、いつもアズレアのとある高名な公爵家と聞いているわ。名前は……何だったかしら?」
「!」
ちら、と公爵を見ると、憮然とした表情のまま。
「なぜ、あなた方ランザ王国は、レイドック=ルドヴィガを擁護する?……何の利益があるというのだ」
「そんなの簡単よ。……ねえ王妃・アゼンダリア。ご存じかしら。あなたが先ほど踊り子如きと吐き捨てた娘はね、私の実の妹なの。……可愛い妹を愛してくれた、その夫に力を貸す。それに理由が必要かしら」
「!!」
その言葉に、アゼンダリアの顔色がさっと変わる。
「今は公式の場でもあるし、可愛い義弟の顔と、敬愛するわが父の友人の子に免じて、教えてあげましょう。……次、もし我がランザ王家の一族を貶めるような言葉を口にしたら、あなた方は我が国の敵。―――ゆめゆめ、忘れぬように」
「………承知、いたしました」
ぎり、とアゼンダリアは唇をかみ、公爵は静かに目を閉じた。
そして――しん、と誰もが沈黙する。
アズレアにはない船舶技術、燃えない紙。その場にいる全員が、「ランザ」という国を初めて脅威に感じたのだった。
レイドックが手を挙げると、審議官は頷いた。
「私の手元にも、その文書と対となるものがございます」
そう言うと、証言台を降りたダイアナにライターを借り、二通とも炎で燃やして見せると、同じように白と銀色が混じった不思議な紙が姿を現す。
そこに書かれているのは、クロム王、キアロ王二人のサインと、「15年後、アズレア王国及びランザ王国間における航路権・交易優先権について、十五年後の更新権限をクロム=セレスト第一子、カシオス=セレストへ委譲するものとする」という公文と、立会人のレイドックの名前だった。そして…下のほうに青いインクで書かれた短いメッセージ。
【空の名を持つ我が子へ。二つの国と、空と海を結ぶこの道を、お前に託す】だった―――。
それを見たカシオスは、ほんの一瞬、視界がぼやけた。
「……父、上」
「私がカシオス殿下を隠したまま、なぜ独断で海を渡ったか……山奥で年月を経たのち、ランザ王国の庇護を賜る為と…丁度更新時期と重なる15年後の誓約の締結の教育の為。クロム王の友人であるキアロ陛下は、殿下に権限を受け取るに相応しい教育をしてくださいました。これで、空白とされた期間の証明はできたでしょうか」
誰もが言葉を出さぬ中、決を降したのは、他でもないセルリア王だった。
「―――たしかに承った。我が兄の子、カシオスよ。そなたをアズレア王家の一人として、私は承認する。意義ある者は?」
同時に、その場にいた貴族全員が頭を垂れる。
それを受け、審議官は槌を三度ならした。
「王の決定と、提出された数々の証拠により、カシオス=セレストの正統性を認可する。……よろしいですね?容認される方は拍手にて、意志を表明するように」
すると、真っ先にクオンタ公爵が拍手し、レイヴェン伯爵もそれに続く。
更には、ラスエラ伯爵、ホーザー子爵もまた続いた。そして、いつしかその音は徐々に大きくなり……ヴァラモ公爵と王妃が拍手をしていなかったことなど、誰も気が付かなかった。
(これで道は開いた……クロムとの約束も、全て未来へとつながった)
そして、レイドックは深く息を吐いた。
はー堅苦しいセリフだった。読んでいただきありがとうございます。…燃えない紙は、本当にあるそうです、すごい




