第59話 王の帰還③ 生存証明
「……いいですか、カシオス様。あなたは、一度死にました」
「え?」
本来なら、子を導くのが親の仕事だろうに、とんでもないセリフだ。
それは、恐らく七つになったばかりの頃の話。
……今でも忘れられない言葉だ。
「……今、なんて?」
「殿下は一度死にました、と申し上げました」
「………どういう、こと。でも、僕は生きてる、息をしてる…それって、生きてるってことじゃないの」
すると、レイドックはしっかりと僕の目を見て頷いた。
「そうです。今もこう、私と目を合わせ、言葉を交わしています。」
「じゃあ……なんで」
意味が分からない。
もしかして、僕は何かでレイドックを怒らせてしまったのだろうか?そんなことばかり頭の中をぐるぐる回り、困惑したのを覚えている。
「はい、…殿下は今息をして、大地に足をのせ生きています。……いいえ、生かされているのです」
「生かされ……??」
「生まれたばかりの頃、あなたは母上様と共に襲われ、命を落としかけた。しかし、母上様がご自身の命と引き換えに、あなたを守った。……それは、覚えていますね」
「う、うん……」
当時、僕はレイドックにすぐさま「母の死」を突き付けられてしまった。
叶わない夢を見ないために、とレイドックは言うけれど。
――僕の心は、受け入れていなかった。
「あなたはこれから、母上様の命も背負って生きていかなくてはなりません。」
「母上の命も…僕の?」
「……その命を軽んじたり、何かに差し出されるようなことは絶対にしてはいけません」
「………よく、わからないよ」
「はい。わからないのが普通です…ですから、覚えていてください。私との約束です」
何故、レイドックは僕にそんな約束したのか。
……それは、その後孤独に耐え、生き抜くために僕に施した、彼なりの【知恵】だったのだろう。
(考えてみれば、脅迫に近いな。……でも)
そのおかげで、僕は諦めず前を向いて進むしかなかった。
……そして今。セルリア王と、王妃アゼンダリアと、こうして真正面から向き合うことができている。
「では…ラデュオン=セルリア王太子殿下の要請に伴い……正統審議会の開催をここに宣言する。王太子殿下、審議の要請陳述を述べよ」
最高裁判院長が促し、ラデュオンが立ち上がる。
「はい…。此度、逝去された先王の遺言状の提出と、その遺児であると自称する青年の戸籍を認可するか否か……王室としては、新たな王権者の出現を認めるには、アズレアに所属する全貴族の真意を問うべく、開催を要請いたしました」
高らかとラデュオンの声が響くと、全ての座席に座っていた貴族達の目が一斉にカシオスに向いた。
「要請は受理されました。……では、レイドック=ルドヴィガ伯爵、イルモンド=エイデン侯爵は、審理対象の全ての質問に対し、嘘偽りなき回答を提示するように。質問の権利は全ての貴族に付与されることとなるが、節度を保ち、貶めるような発言は控えるように…では、最初の質問は」
カン!と槌がうたれると同時に、王が手を挙げる。
「カシオスと言ったな……ただ、我が兄に容姿が似ているだけで、血統など証明できまい。髪はいくらでも染められるし、眼の色だって…もし万が一、全てが偽りと審理が下れば、伯爵、侯爵両人共に爵位の降格、領地没収もあり得る。その覚悟があるのか?」
「はい。勿論ございます」
再びカシオスが顔をあげると、王は少し怯んだ。
「……あい、わかった。その覚悟…しかと見届けよう」
すっと、手を下げたのと同時に、隣に座っていたアゼンダリアが手を挙げた。
「ルドヴィガ伯爵。そなたが持ってきた遺言書とやらは、本物か?そんなもの、いくらでも偽装ができよう」
「紛れもなく、本物でございます。その遺言書に押されている印は、今はもう失われたセレスト王家の刻印。その徴となる指輪を、審議の証拠として提出いたします」
「……何?」
判事が持ってきたのは…箱に収められた血の付いた指輪だった。
それを見たアゼンダリアの表情が一瞬強張ったのを、カシオスは見逃さなかった。
「……五弁の青い花びらのついたネモフィラの印。紛れもなく、セレストを象徴する文様です。クロム陛下はご自身の臨終の際、指輪は既に夫人であるアステル様が所持しておられました。この血痕は…幼きカシオス様の衣にしっかりと収められておりました」
(……アズレアでは、王家の徴は家門によって異なる)
ラデュオンは、王の持つ指輪を見た。
代によって模様が異なる王家の印は、指輪の主が何らかの理由でその指輪をはめられなかった場合、同じものは唯一血を分けた直系男子か、その妻が持つことができると言われている。
(私が調べた限りでは、クロム王の死を看取った者達のリストに、ルドヴィガ伯爵とエイデン侯爵の名前があった。その時点で妃・アステル様はご自分の領地にいたという…出産を控えた妃に、死が間近に迫った王が指輪を託すのはあり得ない話ではない)
「……ふ、それを証明するものは?」
「私があの現場にいたことを証明する物的証拠は一切ございません。ただ、王が嵌める王印の指輪には、ご自身のモチーフと…もう一つ、裏側にはめ込まれた王家の証となるブルーダイヤモンドがはめ込まれております。そして―――」
レイドックは立ち上がると、ホールの中心にある天井窓から差し込む光を指さした。
「このホールにも、同じように天井にブルーダイヤモンドがはめ込まれております。強烈な光に照らされたブルーダイヤモンドは、青を失う……その指輪も然り。お試しになりますか?」
「それは私が」
ラデュオンがその指輪を受け取るのを見、アゼンダリアは扇子で口元を隠した。
「そんな希少なものをなぜそなたが?……伯爵は異国の踊り子如きを妻に迎えた方……そのような方のお言葉が、審議の場に相応しいのかどうか、判断が出来かねますわ」
「……」
吐き捨てるような言葉を並べるアゼンダリアだが、レイドックは静かだった。
同時に、傍聴席にいる貴族たちの間からざわめきが聞こえてくる。
(全く…舌が良く回る。王の隣に立つ女性の言葉とは思えないな)
そして、カシオスは手を挙げた。
「お言葉ですが、私を慈しみ、育てて頂いた代父に対して、その発言はあまりにも無礼です。【辱める発言は控える】……冒頭に審議官が述べた正統審議会の誓をお忘れですか?」
ひときわ、会場がざわついた。
そのざわめきを聞き、レイドックは無意識のうちに口元に笑みが浮かぶ。それを見届けて、カシオスは続けた、
「踊り子如き…と仰いましたが。聞き間違いではありませんね?ならば、アゼンダリア王妃殿下はランザの歴史について、あまりにも浅慮でいらっしゃるようです」
「……何?」
「ランザ王国において踊り子とは……、神と人とをつなぐ巫女のような役割を担っております。それは、キアルーン地方に古くから伝わる伝承であり、神職の一つと言われております。…ご存じないのですか?」
「……キアルーンのことなど存ぜぬ」
「それは仕方のないこと。ですが、同じような伝承は、このアズレアにもございます。西部の方では10の月の豊穣際には選ばれた踊り子が【奉納舞】を披露するとか。踊り子は、神と人との懸け橋になる特別な役割の一つと聞いております。いかがです?西部を収めるラスエラ伯爵殿」
「!う。ううむ……」
突如、名前で呼ばれたラスエラ伯爵は言葉に詰まる、が、頷いた。
「彼のおっしゃる通り…西部で豊穣際が行われる際は、神に捧げる舞を奉じる躍り子がいます。彼女たちにとっては神に使えるに等しい神聖な儀式の一つと認識されております故……王妃殿下のお言葉は過ぎるという発言には同意いたします」
「―――ご返答、感謝いたします。ラスエラ伯爵」
「……うむ」
(西部には、アズレア港の規模には劣るが大きな港がある。そのせいか、アゼンダリアとは犬猿の仲だと聞いていた。……カシオス、それを知っての事か?)
ならば、と。ラデュオンは目を細めた。
「やるじゃないか」
「殿下…その」
「ああ。…失礼いたします。伯爵のおっしゃる通り、鮮やかな青が失われ、透明な色に……少なくとも、この指輪のブルーダイヤモンドは、紛れもなく、我が王家に伝わる鉱石に間違いないようです」
「……わかりました。先ほどの発言は私が少し言い過ぎたこと、認めましょう」
カン、と槌がうたれ、場は鎮まる。
「それでは、証拠物としての提出を容認いたします。――では、次の質問を」
「はいっ。恐れながら挙手いたします!!王室所属、王室付文書記録担当補佐官の次席、ラシアン=ホーザーと申します!ホーザー家の三男となっております!!」
場にそぐわない元気のよい言動と、長い自己紹介に他貴族から失笑が漏れる。
「ごほん!……質問と名前は、静かに述べるように」
「はいっ!失礼いたしました!!」
だが、そんなことは気にならない様子で、ラシアンは太い眉毛をキュッと上げて質問を述べた。
「カシオス様はお生まれになった後、王妃殿下の馬車の襲撃に伴い、レイドック伯爵さまとエイデン侯爵様に救われたと…そこまでは理解できました。では、その後、どちらへ?…この王都に戻るまで、10年という空白の期間は一体何を?」
「その質問には、私が」
イルモンドが立ち上がると、真っすぐラシアンを見た。
(いい目だ。……実直かつ、質問の内容に無駄がない)
「…っ!あ、げほん!ど、どうぞ……」
「馬車の襲撃の後…あの日は雨が降っていた。私と伯爵は、アステル様の馬車が炎に包まれたのを確認したのち、その場を離脱しました」
「……続けてください」
「王都には北部の門を通っているので、過去の記録を見ればそれは証明できましょう。…そして、我が領地、エイデンへと向かいました」
「……何故王都に戻るという選択をしなかったのですか?」
「王都にお連れするには、カシオス様は幼すぎました。母親と永遠の別離を迎えたばかりの乳飲み子には、安全に成長できる場所と環境が必要です。当時、エイデンには同じ頃生まれた双子達がおりましたので…我が妻ゼネシアが乳母になることを、申し出ました」
「……証人はいますか?」
「はい、入場の許可を」
カン、と再び槌が鳴らされた。
同時に、審議の門が開かれる。
「証人、名は?」
「はい。ゼネシア=エイデン……イルモンド=エイデンの妻でございます」
カシオスが、何とも言えない気持ちでゼネシアを見ると、彼女は静かにほほ笑み返したのだった。
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