第58話 王の帰還② 審議の門
【正統審議会】—―—
『アズレアにて、「貴族」を名乗れる爵位の家門はおよそ482あると言われているが、そんな彼らが一同に会する場面はそう、ない。
しかし、例外もあって…それが、今。
『王の勅命により招集され、王家に関する特定の議題の是非を問う……それが、王城のアーゼリア・ホールで行われる【正統審議会】。その影響か、エストランテ学院入学式延期が決定』
「正統審議会、蒼き審判の扉が約20年ぶりに開かれる……か」
がさ、と新聞をテーブルに置き、私は大きなため息をつく。
(すごいな…カシオス、本当に彼の言う通りのことが起きている)
……新聞の内容の通り、エストランテ学院の入学式が7日間延期になってしまったのだ。
「すごいな、国の一大事って感じ?」
「やっぱり本物だったんだな……あの人」
私の隣で難しい顔をしてるのは、フォーレ。
お菓子を口に放り込むのと同じくらい軽口をたたくのは、ケディ。
2人とも、私の心配をしてきてくれたらしい。
「二人とも…大丈夫なの?こんなところにいて」
大丈夫!と二人の声が重なった。
(…あ、息がぴったり戻ってる。と、言うことは)
「仲直り、したんだ」
「仲直りってほどでも」と、そっぽを向くフォーレ。
「そうそう!」こっちはケディ。
二人同時に違うことを言うものだから、なんだか笑ってしまった。
「母上が、シャルが心配だって」
「ゼネシア様?」
「だって、シャルも当事者だろ?……おじさんいないし、さ」
「そうだったんだ……」
ゼネシア様は、昔から私を可愛がってくれた。
…なんだか、その気持ちがとても嬉しい。
「にしても……この間、父上から聞いたよ。僕とフォーレと…カシオス殿下は、いわゆる乳兄弟ってやつなんだって!フォーレ、覚えてる?」
「覚えてるわけないじゃないか…幾つだと思ってるんだよ」
「……二人とも、カシオス様の事は知ってたの?」
私の質問に対し、二人は顔を見合わせた。
「知ってたっていうか…聞いたことはあるけど、全然。ケディは?」
「僕は昔、じいさまに『崖から落ちて助かった獅子の子がいる』ってのは聞いていた。何のことかわからなかったけど…」
「おじい様…っていうと、亡くなった先代様?確か、旅行が好きだって言っていたよね」
昔、お母様が遺した飾り箱を知っていて、鍵を開いてくれたのはこの二人だった。
(そう言えば…大変な時、いつも二人は近くにいてくれるな)
「まあ、爺様は知らないわけないよな。うちも…姻戚関係にあるわけだし」
「そう考えると、大ごとだよな……だって、既にいないと言われていたはずの王族が戻って来たんだ。…国家を揺るがす事件だよ」
「……うん」
既に私は、その渦中にいる。
この間、お父様が帰って来た時、私に色々と話してくれた。
カシオスの事、先王クロム様とのこと。
それと、これからの事。
「…よし!ケディ!私と弓の勝負しない?」
「え、こんな時に??…しょうがないなー」
「俺は二人のその趣味だけは理解できないよ……」
「いいから!審判よろしくね!」
「はいはい……全く」
(こういう、何気ない会話は嬉しいな)
色々と心配だけど、でも……。
時計を見たら、もうすぐ正午を指している。……そろそろ、審議が始まる頃だ。
(今日の夜には、ある程度の結論が出ているはず)
もし、カシオスの血統が証明できなければ、お父様は勿論、エイデン侯爵家だってただでは済まされないかもしれない。それも分かっているんだけど…なぜだろう。
「大丈夫」と……どこか、確信にも似た想いが私の中にある。
(頑張って、お父様、カシオス……)
**
「約20年ぶりの審議会……か。これだけ、貴族が一同にそろうと、壮観だな」
王城の門には、馬車がずらりと並び、続々と貴族たちが入城している。
その様子を、ラデュオンはホールを見渡せる傍聴席からその光景を見下ろした。
「……珍しいことなんですか?」
「ああ。王が全貴族を招集するなんて、相当な国の一大事が起きている証拠だろう。……歴史に刻まれるような出来事だ、イリシユ」
「はあ……」
ちらりと、隣に立つイリシユを見、ラデュオンは小さく息を吐く。
(心ここにあらず、と言った様子だな)
「……あいつが、俺の弟ですって?認めないですよ、俺は」
「弟というか……まあ、正確に言えば従弟の関係になるわけだが」
「従弟だろうと何だろうと……もしかしたら偽物かもしれないでしょ?国家を狙うテロリストかも…」
「イリシユ」
「兄上もなんとも思わないんですか?!……あいつ、絶対!なんか企んでるんですよ!!この時期にわざわざ帰ってくるなんて…しかもキアルーンの最新式の船に乗って…おかしくないですか?!」
「それを決めるのは、お前じゃなくて……この国の貴族と父上だ」
「だからって!…俺は認めませんよ!まるであいつ、物語のヒーローじゃないですか!!」
「物語、ね」
そう、何もかもが、まるで誰かが書いた筋書き通りの英雄譚のようだ、とラデュオンも思う。
しかし、彼が伯爵と侯爵とともに数々の証言と物的証拠、様々な情報も―――すべて最初からこうなることをわかっていたかのように並べられている。
(先王クロム陛下は……こうなることを予測していたのか)
クロム=セレストという人間に、ラデュオンは子供の頃に遭遇している。
その頃からすでに病床の身であり、余命も数えるほどしかないと言われていた。だが…その姿は病理の影など一切見せず、子供心にも大きく見えた。
カラッと笑う笑顔も、しっかりとした身体も…まるで銀色のナイフのような鋭い眼も、ひどく印象に残っている。
(王の病……死、アステル妃の出産による蟄居に、その道中の事故。そして…隠滅)
全てを合わせると、一つの可能性が浮上する。
それが―――【暗殺】。
「筋書き通り……?」
ぽつりと呟いた言葉に、違和感を覚えた。
アステル妃自ら物的証拠を炎と共に消し去り、他でもない父上自らその情報を封じてしまった…それは何を意味するのだろうか、とラデュオンは考える。
ただ、カシオスが生き残っていたことを公に公表していたのなら、彼の命は既にない。
――そう言う人間も、この王宮にはいるということを知っている。
「……全ては運命だったのか、それとも」
―――閉ざされた青い扉の前に立ったカシオスは、刻まれた天秤のレリーフを見た。
(これが、審議の門……王家の人間のみがくぐることができると言われている)
鮮やかな青は、王家の青。
空でもなく、海でもなく…王家の為に作られたこの色は、元はアズレア王国の始祖の時代に大量に眠っていた青い鉱石からとられた色だと言われている。
「……美しい青。シャルの瞳に似ているね」
「……殿下」
「わかってるよ、レイドック、イルモンド。…これでも、緊張しているんだ。たわ言くらい、多めに見てほしいな」
たわ言、という言葉にレイドックは眉を顰める。
すると、イルモンドはやんわりとたしなめた。
「殿下は……この審議会が終わったら、何をしたいですか?」
「うん?」
「緊張時こそ、心を穏やかにし、良い未来を想像しておくものです」
「そうだね……まずは、叔母様に報告、父上の墓前に報告……それからゆっくり眠る、かな。ああ、あの子に手紙を書く、のもしないと」
「リッハシャルに、随分と入れ込んでいるようで。…あの子とはどこでお知り合いに?」
すると、カシオスは一度いたずらっぽく微笑む。
「秘密だよ。……君のところのライバルたちには、負けたくないからね。それにしても初耳だったよ、つまり僕は彼らと乳兄弟ってことになるわけだよね?」
「……妻の意向です。ある程度年齢を重ねてから、息子たちに選んでほしいから、と」
「……そう」
ふ、と思わず笑みを浮かべる。
「シャルから聞いた。ケディックは剣の天才、フォーレストは学術の天才だって?」
「はは、双子のくせに、得意なものはまるで正反対でして」
「僕も剣は得意だな。…ケディックと、どちらが上だろう?学術も負けないよ」
「……今度、席を設けましょう。あの子たちにとっても、いい機会となる」
「その時はシャルも呼んで?レイドック」
すると、レイドックは苦虫をかみつぶしたような表情を見せた。
「まあ……、あの子がいいというなら、ですが」
そして…カン!と審議開始の金づちの音が響き渡る。
「……始まったね」
カシオスは、審議の門の扉を手にかける。
開かれた門から注ぐ光に思わず目を細めた。そして、見上げた先の檀上には、セルリア王と、王妃アゼンダリアが眼光を光らせ、こちらを見据える。
ヴァラモ家特有の炎のような瞳は、炎のようにゆらゆらと揺れている。
(侮蔑、怒り……それに、焦り?)
思わず口角が上がる。
「……改めて問う。汝の名前は?」
「私は、先王クロム=セレストの遺児にして、妃アステルの子。名は、カシオス=セレストと申します」
(王妃アゼンダリア……あなたは僕を見て、何を思う?)
「……まずは、今代のセルリア陛下にお礼を申し上げます」
「礼、だと?」
(血を分けた兄への贖罪か……それとも。真実を葬り去りたかったのか?)
「陛下の恩情のおかげで私はこうして…この場に立つことができています」
―――そう、あなたのおかげで僕は生きて、このアズレアに、還ってこれたのだから。
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