第53話 介入する悪意
「もう一人の……王子?」
「はい。……あれ、もしかして知らなかったんですか?!みんな知っている話ですよ?」
「……いや、そうだな。初めて聞い―――」
「なんでも、先代の王の遺児が突如現れたとか、なんとか」
イリシユはうすら笑いを浮かべて、そっと声を潜めた。
「青髪に、銀の瞳…力強く、不遜な態度で!……もし、本物なら、奴はきっとこの王の座を狙ってるのでは?なんとも図々しいとは思いませんか?!兄上がいるというのに!」
そして、大仰に手を振りわざとらしく嘆くふりを見せる。
「……それは、誰から聞いた?」
「誰って…言いふらしているのは僕じゃありませんよ?……セフィール=ヴァラモ、です」
「……セフィール?」
「あの場所にいたとかなんとか……あ、どっちだったかなあ」
「……いや、直接、私が聞きに行こう」
「あ。そうですか?」
「ああ、失礼する」
「はーい」
すたすたと歩き、去っていくラデュオンをひらひらと手を振り見送った後、イリシユはほくそ笑んだ。
(フン……俺より顔のいい奴は、いらないよな?せいぜい二人で、潰し合いを―――)
「ああ、そうだ。イリシユ」
「!は はい?」
突然ラデュオンはくるりと回れ右をし、こちらに向かって歩いてきた。
そして…顔を近づき声を潜めた。
「私が聞いたのは、街で一番人気のカフェテリアで、白昼堂々女性を侍らせ歩いてた男が、まだデビューすらしていない女性に直接声をかけようとして、尻餅をついて転んだ――と、聞いたが?」
「!!な そ、それは……っ」
「先王の遺児云々の事の真偽はともかく―――その特徴によく似た男性がいたという話は、セフィール本人から聞いている。それよりお前は、その派手な素行を少し控えた方がいい」
「……ッ」
カッと赤くなるイリシユを見て、ラデュオンはため息をつく。
「もっと自覚を持て。王家の恥になる」
それだけ言って、背を向け歩き出した。
呆然と立ち尽くしたイリシユは唇を噛み、わなわなと震えた。
(くそ!くそくそくそ!!……なんだよあいつ!えっらそうに!!)
すると、突如目の前がちかちかと光だし…空から羽の生えたガチャが降り立った。
『チャンチャンチャーン♪ガチャを引きますか?』
「!勿論引くに決まってる…!」
バッと手を伸ばし、思い切り引き金を引き――出てきたボールを見て、イリシユはにやりと笑った。
『じゃーん!SR:対象の噂を三倍の噂で広めるマル秘アイテム……マルヒメガホン効果・中!!これがあれば、いい噂も悪い噂も広めれまーす!』
「……ははっ。サイコーじゃん」
ぱきん、とボールを割ると、黄色の手のひらサイズのメガホンが飛び出した。
『おや?もうつかうんですかーあ?』
「当然だろ、…さて、どうするか」
『注意事項を一度目を通した方が……』
「黙れ、ガチャ。どうせなら……あの俺ユウトウセイですーって顔した兄貴の阿保面を拝みたいよな」
ぶつぶつ言うイリシユの周りを、ガチャはふらふらと慌てたように飛び回る。
『あーあーどうなっても知りませんよお?……ま、いっか。どんどん話は面白くなる……観衆は満足する』
す、と音もなく消えたガチャなど気に留めず、メガホンをとる。
「じゃあ、これだ。【どうやら先王の遺児を名乗る青い髪の偽物の王子が現われ、国家転覆を狙っているらしい…】」
すると、まるで水のようにメガホンは融け、空に消えていった。
(フン…あの青髪も、ラデュオンも……二人仲良く、くたばればいい)
「さあて…どうなるかな」
「あ」
馬車を降りてすぐ、ぽつん、水滴が鼻に当たった。
途端に、細く糸のような雨に代わり、乾いた地面を濡らしていく。
「ああ、そうだったわ。…アズレアでは、雨が降るのは普通の事だったわね」
「はい。あ、傘どうぞ」
「あら……まあ、素敵。傘なんてものはランザにはないの!雨は年に数回しか降らないもの」
「色々なデザインもあって、みてるだけでも素敵ですよ」
黒く濁った空に、ぱっと青い空模様の傘が浮かび上がる。
「うふふ、いいわね。これならいつでも青い空が見えるわ」
「星空の傘もあるんです。…素敵でしょ?」
ここは、ルドヴィガ家の歴代の当主が眠る墓地。
白い壁で囲まれた塀の向こうは、墓石が均等にずらりと並んでいる。その奥の方――小高い丘の上にある、開けた場所に真新しい墓所がある。
雨の音に混じって、遠くでさざ波の音が聞こえた。
「……そう。ここ」
ダイアナはそれだけ呟くと、持っていたユリの花束をそっと置いた。
「少しだけ、一人にしてくれる?」
「……はい。あちらで待っています」
雨はまるでヴェールのように絶え間なく、優しく振り続ける。
(私が…この世界に来た時も、雨が降っていた)
あの時は何が起こったのかわからずただ、毎日を必死に過ごした。
リア―ネの幽霊に会って、お父様と仲よくなれたし、双子達にも会うことができた。…未来を変えて、そして今はデビュタント直前まで、私は生きてきた。
ガチャに振り回されはしたけど、得難い経験だった……などと、タイトルロールが出そうなくらいな気持ちでいると、ふと、妙な感覚がした。
「あれ……?」
生ぬるい、ざわざわする感覚。
目を閉じると、頭の中で勝手に色んな言葉や、言葉に表せない知識の数々が高速スレッドのように流れてきた。
(アレ…?!この感じ、エコー・ライブラリだ。脳内スマホ!……何で?もう使えないんじゃないの?)
エコー・ライブラリ…は、ガチャで引き当てたスキルの一つ。
もう忘れかけていたというのに、急に【メガホン】の文字が浮かんだ。
(…めが、ほんて。あの、メガホン???)
―――【噂】に、気を付けて。狙われているから
すると、同時に誰かが耳元でささやいた。
そして…パッと目を開く。
鳥の声、雨の音、海から流れる風と、微かな潮の香り。
何度か目を瞬くと、雨はいつの間にか止んでいて、空から陽光が差し込んでいた。
「あ……」
「待たせたわね」
「!叔母様……」
ぎゅっと抱きしめられ、直にぬくもりを感じ…強張った身体が、落ち着いていくのを感じた。
「あの…?」
「アーシャル…今ね、リア―ネと約束してきたわ」
「約束……?」
「そう。レイドックから聞いているわ。……デビュタントの、シャペロンの話」
「あ……えっと……その」
徐々に、感覚が戻ってきて……色々なことが頭を駆け巡る。
一度、浮かんだ疑問は振り払い、自分の感覚を取り戻した。
(そうだった……叔母様にお願いしたかったけど)
ランザとアズレアでは、色々なことが違っており、戸惑うことも多いのでは、と。
「……その、ご迷惑かもって」
「あら?どうして?こんなかわいいお姫様をみんなにどうだ!って…紹介するのが、【シャペロン】なのでしょう?」
「ダイアナ叔母様……」
「安心して?…わたくしはこう見えても、大王キアロが太陽ならば、王女ダイアナはそれを影で照らす月と言われているの。……このアズレアの社交界なんて、一ひねり!よ?」
「ふふ、ひとひねり?」
「当たり前でしょう?……それに、ほら」
ダイアナはそう言うと、すっと天を指さした。
「ほら、空も晴れたわ。太陽まで祝福してくれているもの!……任せなさい」
(こんなにも、力強い「任せなさい」なんて、初めて聞いた)
「ありがとうございます、叔母様。よろしくお願いします…!」
そう言えば、と思い出したことがある。
さっき、耳元で聞こえた声、あれは。
(リア―ネ……お母さま?)
「あ、お帰り、シャルちゃん」
馬車に戻ると、ククナが満面の笑みで迎えてくれた。
……なんだか、ほっとする。
「ククナ…ただいま」
「お参りできた?」
「うん。……それとね、ダイアナ叔母様が私のシャペロンをしてくださるって」
「!わあ、本当っ?!…すごい、今期で一番ゴージャスな淑女になりそうね、シャルちゃん…!」
ぱあっと…目の錯覚だろうか、ククナから見えない光があふれているように見えた。
(こ、こんなに喜んで(?)くれるなんて…)
「ええっと、ゴ、ゴージャス??」
「うん!!着飾ったダイアナ様と、シャルちゃんが並んだら……もう、他の皆は霞んじゃうんだから!」
「そ、そこまでは」
「わああ…楽しみ!お邸についたら、早速調整させてね?!シャルちゃんはね、絶対誰にも負けないくらいで綺麗で素敵でかっこいいだからっ!!」
「あ…はは は」
ククナの熱い信頼と好意に、ちょっとだけ怯えてしまったのだった。
**
「ねえ…聞いた?」
「聞いた聞いた!…あの噂」
首都・アズール。
水の都と呼ばれているこの街で、最も栄えているのは湾岸1番街。
様々な国の情報と物資が交差する、いわゆる繁華街と言われるこの場所で、もっとも有名な盛り場がある。
それが、【バール・スロットル・ホーム】。
三階建てのレンガ造りの建物で、アズレアに船でやって来た者は必ず立ち寄るという朝も夜も眠らない酒場である。
「どうやら先王の遺児を名乗る青い髪の偽物の王子が現われ、国家転覆を狙っているらしい…って噂だけど」
「そう言えば、この間港のカフェで噂の王子が火遊びしてやけどしたって」
「大きな船が来たよね?あの船にはすげえ美女が乗っていて、リムノ商会の馬車に乗ったって」
「火遊びした王子様、あいつでしょ?私の友達も泣かされたのよ?!」
「なんか青い髪?の王子様だかが、火遊びした王子をやっつけたって……」
噂は広まる。
尾ひれと背びれをつけ、更には羽根までつけてあちらこちらに散らばっていく。
瞬く間に広がった情報はまるで生き物のように、アズレアという大海を泳いでいき―――止まらなくなった。
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